17話:前半 決戦開始
「川向こうに敵軍が現れました」
大きな王国旗のはためく天幕に、連絡将校のマントを付けた騎士が駆け込むのが見えた。俺はフルシーに断ると馬車から出る。
秋晴れの空に、風向きは僅かに東。
馬車を挟むように巨大な投石機が二台、少し離れたところにもう一台設置されている。老騎士ファビウスが部下に指示を飛ばしている。前を見ると、隊列を整えた騎馬部隊と歩兵部隊が並んでいる。
俺たちの居る王国軍の本陣から東に向かって草原が続き、小さな川にぶつかる。川に掛っていた橋は、すでに破壊されている。
その川の向こうに、黒い旗の群れが集結しつつある。俺はそのさらに東方に意識を飛ばした。森に遮られて見えないが、ミーアがいるであろうクルトハイトがある。
偵察によると帝国軍は約八千。主力である魔導部隊は百五十を越えているらしい。クルトハイトその他の占領地の守りを考えると、動かせる全戦力を投入してきたようだ。
こちらは王都から王が自ら率いてきた親衛隊と、グリニシアス公爵領で帝国と対して居た第一騎士団を合わせて一万五千強。公爵の城は殆ど空になっているらしい。
平地で倍近い兵力差。だが、川向こうの帝国軍の隊列には動揺が見られない。一方、黒い旗を見た途端、王国の兵士達がおびえる。ここにいる兵の多くは、これまで帝国軍に対してきたのだ。遠距離から一方的に炎の弾に打ち据えられる恐怖が染みついているのだろう。ちなみに彼らの持つ盾は緑色に塗られている。正真正銘ただの緑色の染料だ。いくら量産可能な【IG-1】でもそこまでの量は作れていない。
視線を近くに戻す。流石に本営付近の騎士達は背筋が伸びている。王様がいるんだから無様な姿は見せられないよな。
「リカルド・ヴィンダー」
第一騎士団長テンベルクが馬に乗って近づいてきた。彼が持つ盾は緑に塗られている。こっちは本物だ。
「決戦場の設定とここまでの敵軍の誘導。お見事でした」
国王という最高の誘蛾灯があるとは言え、この場所に戦場設定できたのはテンベルクの力が大きいのだろう。俺はアレを使うために必要な地形を言っただけだからな。
「お前の言うとおりにいかなかったときは、覚悟はあるのだろうな。……我らが指示に従うのはあのラインまでだ」
テンベルクの馬鞭が川の少し前に立つ木を指した。あれよりも近づかれれば敵の魔導攻撃が本営に届く。従って、突破されたらテンベルクは撤退するつもりだろう。
「分っています。それよりも例の件はくれぐれもお願いしますよ」
「お前が言っていた言葉が、敵の指揮官に伝わればいいのだな」
「はい」
帝国軍の陣形が整う。横に長い長方形で、中央奥に短い杖を持った特徴的なローブの集団。それをコの字に囲むように歩兵の集団。左右に騎馬の集団。馬竜は居ない。よく見ると前衛の歩兵は土嚢のような物を持っている。向こうも準備は整えてきたか。
前衛に向かうテンベルク、俺は逆に投石機の方に下がる。王都から運んできた二台の投石機。グリニシアス城から調達した一台の計三台。個体差が大きすぎるので、弾道計算が使えるのは王都からの二台だけだ。3台目はファビウスの経験と勘で撃った方が命中率が高い。
「準備はどうですか」
俺は老騎士に声をかけた。
「いつも通り……であるように務めている」
ファビウスは厳めしい顔を少しだけ緩めた。本日の勝敗は実質的に彼らに掛っている。勝たないことには戦後の交渉もくそもないのだから。
◇◇
帝国軍が動き始めた。なるほど精強に見える。ザッザッザッザッ、と足をそろえて近づいてくる大集団の迫力。こっちの方が兵力が多いと分っていても普通に恐い。巨大な竜とは別種の恐怖だ。
帝国軍の前衛は川にたどり着くと、一番狭まった部分、つまり橋の残骸の左右に土嚢を放り込んでいく。俺は馬車から顔を出したフルシーのうなずきを確認して、ファビウスに合図をした。
ダーーーーーン!
シュルシュルシュルーーーーーー
投石機から石弾が発射され、土嚢の橋を作ろうとしている帝国歩兵に落下していく。平らな練兵場じゃないのに吸い込まれるように敵の集団に向かっていく。だが……。
ヒュン……ヒュン、ヒュン……
…………ガン、ガガン!!
帝国の後衛で光が生じたと思ったら、三つの炎が打ち上がった。炎の玉は三つの石弾に正確に激突し、火の粉をあげてはじき飛ばした。バシャーンという音がして、反らされた石弾が川に落ちた。一瞬だけ作業を止めていた敵兵は作業を再開した。
すごいな。ほとんど直進してるぞ。いくらこちらの射程距離が長くても、これじゃあ意味がない。
「予想していた中でも最高じゃないか。プラン2でいける」
俺はフルシーに合図を送る。【IG-1】で緑の水玉模様を描かれた陶器製の壺が左右の投石機にセットされる。違うところと言えば、右には『I』、左には『E』のマークが書かれていることだ。
そうこうしているうちに帝国軍は土嚢の橋を作り上げた。歩兵が次々と川を越え、俺たちと地続きの平原に前衛を形成していく。背水の陣は平気なんだな。川を越えないと俺たちが射程に入らないし、射程まで近づけばアウトレンジでやりたい放題という条件だからな。
そして、ついにローブの集団が動き始めた。渡河のため土嚢の後ろで楕円形に固まる。
俺は手を上げた。テンベルクの騎士団が前進を始める。そして、ファビウスが投石機の綱を切った。
ドドドドドッ
ダーーーーーン!
シュルシュルシュルーーーーーー
加速していく騎馬部隊の上を二つの陶器の壺が飛んでいく。さっきまでの石弾よりも高い高度で放物線を描く。向こうにとっては狙いやすい的だろう。最高到達点から落下を始めたところを赤く揺らぐ光弾により迎撃された。
陶器製の壺にぶつかった光弾がばらばらに飛び散る。次の瞬間、ガシャンと音を立て壺が砕けた。
空中でぶちまけられた水混じりの油は壺の破片や壺の中に入っていた撹拌用の小石と一緒に、魔導部隊の上に降り注ぐ。降り注ぐ細かな油の雨粒は右が緑色、左が赤色だ。
ダーーーーーン!
シュルシュルシュルーーーーーー
ドーーーーーーーン!!!
渡河を終えた帝国兵に石弾が突っ込み。数人の兵士がなぎ倒される。迎撃はない。
「敵陣の魔力反応は半減、いやそれ以下じゃ」
馬車からフルシーが叫んだ。
敵陣後衛のローブ集団はこちらから見ても混乱している。必死に腕をこすっているのが見える。油性インクがそう簡単に取れるかよ。
ローブの集団の中央で小柄な女性魔導士が何か指示をしている。あれが指揮官か。指揮官の指示に、魔導部隊が落ち着きを取り戻す。次にやることは……。
ボッ。ボ、ボン!!
敵陣の左翼で数個の炎が破裂した。ローブに火がついた魔導士が悲鳴を上げている。その周囲には腕を押さえている魔導士達がいる。
「いい感じに暴走してくれましたね。気の毒に」
馬車から出てきたフルシーに俺は言った。
「……あんなことをされては魔術士はたまらんじゃろ」
フルシーは俺をジト目で見た。まあ、どうやったら魔力の流れを最大限混乱させるかを考えた結果だからな。穴だらけの道なら注意すれば歩けても、穴と突起がでたらめに配置された道はそうはいかない。
「ミーアを攫いおった帝国に同情はせんがな」
「ええ、徹底的に叩いてもらいましょう」
混乱する敵の前衛に、騎馬軍団が接近していく。その中央で槍が天を指した。
「敵の魔導は失われた。恐れる物は何もない。進め、進め、進めー」
テンベルクを中心に騎士団が敵軍に激突する。数個の光弾が申し訳のように飛んでくる。騎士団の前衛だけが持つ緑の盾によって防がれる。
防がれることのない石弾が、敵陣に再び飛び込む。数千人の敵兵に対して効果は限定的だが、騎士団と同時である上に無害だと思っていた攻撃にダメージを受けるのはショックが大きかろう。
怯んだ敵の歩兵を蹴散らし、第一騎士団が切り込んでいく。騎士団の最初の一人が敵の作った橋を踏破したのが見えた。どうやら勝ったな。
後は俺の伝言がちゃんと伝わることを祈るだけだ。




