16話 国で一番偉いジャガイモ
その部屋は王宮の最重要区画。つまり、王国の国政の最重要施設である謁見の間と王の生活スペースとの間にあった。
第一騎士団の騎士が二人、部屋の前を守っている。俺をここまで連れてきた同じく第一騎士団の二人よりも、格式がさらに上なのだろう。マントに王国旗と同じ紋章が金糸で刺繍されている。
中に入ると、人の背丈ほどもある王国旗が目を奪う。その前に紫檀の机がある。座っているのは四十半ばくらいの男。そして、その傍らに立つ老人。
国王の執務室にしては思ったよりシンプルだが、流石に雰囲気がある。物一つ一つが圧力をかけてくる。そう言った物に関心がない人間でも、物が発する雰囲気は何かしら伝わるのだ。
俺を挟むように立っていた二人の騎士が、宰相の指示で扉の向こうに消える。これで向こうは王と宰相の二人。一方、一緒に来たエウフィリアとフルシーとフルシーに助手役として無理矢理連れてこられたノエル、が控え室で待たされているので、俺は一人。
まあいい。これは前哨戦の前哨戦に過ぎない。緊張してたら身が持たない。目の前にあるのは俺の目的のための道具。向こうにとっては俺が道具だろう。つまり、主観としては対等の関係というわけだな。
「この度はお時間をありがとうございます」
あくまで”こちらの”都合での会見なので、俺は言った。
「竜討伐の時以来……、いやあの会議にも同席しておったのだったな」
国王が口を開いた。自分の部屋に土足で踏み込んだ身の程知らずに対して鷹揚と言ってもいい態度だ。言葉だけはだ。王は分厚そうな机の天板に3通の書状を広げた。
「「この者の策が帝国打倒のため必須であることを我が名誉の全てをかけて保証する」三人とも全く同じ文章だな。賢者は寄る年波には勝てぬから隠居を考えて居ると、唐突に付け加えられているか。さらに、聖堂を通じて巫女姫からも文が来た。要約すると、其方がいなければ予言の災厄について責任が持てないということか……」
紹介状の内容なんて聞いてなかったけど、思ってたよりずっと過激だった。おいおい、これじゃあまるで俺が王族関係者三人と大賢者を背景に圧力をかけてるみたいじゃないか。道理でエウフィリアとフルシーが控え室で待たされるわけだ。
「陛下の手を煩わせる以上、必勝を期さねばならぬと考えております」
俺の言葉に宰相が一瞬目をつり上げた。必勝なんて言葉を使うのは遺憾の極みだ。まるで詐欺師になった気分だ。
ああ、国王の出陣を既定事項みたいに言ったからか。いかんな、焦っているのか先走りすぎだ。
「クルトハイトの帝国軍は攻勢を強めている。先日、グリニシアスの北方にある伯爵領が落ちた。一刻を争う状況ゆえ、リカルド・ヴィンダーは早急に策を説明せよ」
宰相が言った。
「帝国軍の最大の優位は、王国よりも遙かに遠くから正確に攻撃できる魔導の存在です。ですが、今回我らの準備した戦術を以てすれば、帝国軍の射程に入る前に敵の魔導を無力化できます」
「…………」
「つづけよ」
王は沈黙。表情からは反応が読めない。宰相が続きを促す。
「まず、攻撃には弓よりも射程距離の長い投石機を用います。これによって射程の不利は覆すことが出来ます。そして、投石機で打ち出す弾丸には控えの間に待つ大賢者フルシーの指揮で開発した魔力に作用する物質を用います。これにより、帝国の魔導の発動を阻害いたします。敵の優位点さえ潰せば、後は士気と兵力の問題でございましょう」
「…………」
「戦場において投石機という物はそれほど正確に的を狙える物だったか?」
「それに関しましては投石機の管理者であるファビウス卿がご覧に入れます」
俺はバルコニーを指差した。ミーアが館長室に残した計算式は、ここに居る人間の息子にじゃまされたけど、ギリギリ完成していた。玉の中身に関しても、ヴィナルディアと一緒に試行錯誤を繰り返した。
執務室から見下ろせる第一騎士団の練兵場には二台の投石機が準備されている。俺がバルコニーから合図を送ると、投石機を準備していた老騎士ファビウスと部下達がこちらを向く。国王が手を上げると、ファビウスを先頭に一斉に最敬礼を施した。
「なるほど、見事な物だな」
王が言った。通常の石弾も、油を詰めた壺も四百メートル先の標的である直径10メートル円の範囲に着弾している。
「長きにわたって役目を忠実に果たしてきたファビウス卿。そして、僭越ではありますが我が商会の者が考案した数術の計算の成果でございます。弾丸の中身に関してはナトアス商会の協力を得ております。勝利の暁には陛下のお褒めの言葉を直接頂戴いたしたく、お願い申し上げます」
やっと反応した王に、俺は深く頭を下げいった。表情を隠すためだ。ちなみにナトアスはヴィナルディアの家だ。
「無論、功には報いる」
「ありがとうございます。生涯の栄誉となりましょう。では、次に実際にあの弾丸がもたらす効果に関してですが、私よりも大賢者様による説明が適当でしょう」
俺はフルシーをここに呼べと要求した。魔力を使えない俺には実演できないし、フルシーが自分がやると言い張ったのだ。
「……以上でございます。帝国の魔導においてその術式密度は圧倒的で有りますが。それが逆にこの方法の効果を高めるのでございます」
部屋に入ったフルシーは挨拶もそこそこに、ノエルが魔導金で作った簡易魔力回路を取り出す。ちなみに、呼ばれたのはフルシーだけのはずなのに、ノエルだけでなくエウフィリアも当たり前のような顔をして入ってきた。
「その矍鑠たる有様。隠居にはまだ早そうだな」
「とんでもございません。優秀な若い助手に助けられてのことでございます、一人はここに居るノエルですが、是非とももう一人も褒めていただきたいですな」
王の皮肉に、フルシーは逆に要求を突きつけた。紹介状の隠居という名の脅迫といい、このじいさん俺よりも切れてるんじゃないだろうな。冷静に頼むぞ。
「ただ、この策を用いるには帝国軍をこちらにとって最適の場所におびき出さねばなりません」
俺は付け加えた。つまり、おとりとしてお前が必要だと言うこと。
「……分った。策については理解した。なるほど……」
王がやっと俺をまともに見た。
「我が国の重鎮が揃って推すだけのことはあるな」
こちらのプレゼンは終わり。それでも、王は自らの出陣とは口にしない。
「グリニシアスはどう思う。帝国の魔力に関する補給の限界を待つのが其方の方針であったはずだ」
「はい。これまでの交易の結果から、帝国の魔結晶産出力を不正確ではありますが想定しました。また、クルトハイトに対する補給頻度が低下傾向にあることも突き止めています。時が経てば帝国軍の魔力の余裕がなくなる。それまでは耐えるべきと考えておりました。ですが、最近の帝国軍の攻勢はこれらの数値から大きく外れております。テンベルクの報告では、敵はトゥヴィレ山に多くの守備兵を割いているようです。また、帝国の暗号文書を再度解析した結果、帝国がクルトハイトというよりもトゥヴィレ山に興味を持っていた痕跡がうかがえます。帝国軍は何らかの補給手段を持つと考えざるを得ません」
わざわざクルトハイトを狙ったのも奇襲の他にも、そちらの目的があったのだ。クルトハイトをドラゴンが襲ったときのダゴバードのこだわりから考えても、かなり前から狙っていたのだろう。
それが何かは分らない。フルシーの予測だと、あの帝国の特別な魔結晶と関わっている可能性が高いらしい。
「つまり、帝国はクルトハイトに長期にわたって居座り、王国の蚕食を続けると言うことだな」
「その危険が高いと判断せざるを得ません」
「ふむ」
王が考えるポーズをとった。
「恐れながらグリニシアスは我が領土、臣も陛下のお供をさせていただきます」
「グリニシアスまで離れては王都の守りはどうする。万が一敵に余剰の戦力有れば、次は直接王都をつく可能性もあるぞ」
「そうですな。敵に内通を疑われた――」
エウフィリアが口を開いた。俺は王の顔色を覗う。変化無し。
「――クルトハイト大公も王都におります。僭越ながら、王都の留守はこのエウフィリアにお任せください」
エウフィリアは言った。王が首を傾げた。
「カゼルに帝国軍が存在する状態で西の要である大公が長期にわたって王都にか」
「ご心配には及びません。クレイグ殿下もカゼルを押さえております。また、西部諸侯のまとめには万全を期しております。妾がベルトルドを離れても西部は揺るがぬと約束しましょう。妾が王都にあって帝国の奇襲はもとより、不満を持ったクルトハイト大公の残党も含めしっかりと留守を守りましょう」
クルトハイト大公の”残党”は俺がいない間ちゃんと監視して貰わなければならない。打ち合わせ通りだけど、なんか言い方が思ったよりも過激だ。いくら、東と違ってちゃんと自分の管理地を守り切っている西の大公とはいえちょっと言い過ぎでは?
「…………そうか」
沈黙が執務室を覆った。ただでさえ重い執務室の空気がさらに重圧を増した。王は変わらない表情のまま。腹心と妹を順番に見る。
「分った。余自ら出陣し帝国を打ち払おう」
全員が深く頭を垂れる。絨毯を見ながら、俺はやっと一息ついた。前哨戦一つこなした程度で気を抜くわけにはいかないけど、これで一つ超えた。
◇◇
「ご協力ありがとうございました」
控え室に戻って俺はフルシーとエウフィリアに頭を下げた。ノエルにも言いたいが、ノエルは何故かトイレに駆け込んでいる。
「あそこまで無茶な言い方をして大丈夫ですか?」
俺が言うと二人とも微妙な顔になった。
「……妾達が多少無茶をして見せた方がまだましじゃと思ったのじゃ」
「ですな」
何だそれ、意味が分らない。俺は冷静だっただろ。最初から最後まで王のことは道具だと認識するように努力したぞ。「客はジャガイモだと思え」って現代知識の応用だ。
まあ、観客が一人の場合に適切であるかと考えると、確かに疑問だったかもな。




