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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
八章『藁の中から一本の針を探す方法』

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15話 交渉材料の選択

ドンドン ドンドン


 両手をドアにたたきつけ、耳をそばだてる。近づいてくる足音、わざともったいぶっているのではないかと感じる。


「今の馬車はなんだ……」

「ただの食料の納入だ。もし動きがあればちゃんと知らせるといっているだろう」


 ドア越しにハイドが答えた。彼と部下達は大公邸の俺の部屋を昼夜を問わず警護している。


 もちろん彼の任務の中には、俺を外に出さないという物が含まれる。保身は万全というわけだ。


「大事な身内を守れなくて何が保身だ」


 ミーアが攫われてからすでに五日がたっている。その間、俺は大公邸から一歩も出してもらえない。他のメンバー達が必死でミーアの為に動いているのに、俺だけがここで待っているだけ。


「落ち着くのだ。衛兵も始め多くの人間が探している」


 ドアがわずかに開き、ハイドが言った。


「なら、安全な大公邸にいる俺じゃなくてお前達もミーアを…………。すまん」


 分っている。俺のそういった認識が今回の事態を招いた。ハイドは俺を中心に護衛する。俺はあの場に遅れちゃいけなかった。いや、裏門で待ち合わせというのも間抜けな話だ。例え遠回りになっても表門を選ぶべきだったのだ。


 そもそも根本的に、可能な限り固まっているべきだったんだ。危機感もなく分散するなんて、ホラー映画の登場人物並の愚かさだ。


「無事でいてくれ……」


 机に戻る。机の周りには書き散らかした紙が散らかっている。祈ることに何の意味もない。考えなければいけない。そう思ってペンを取る。ところが、書いても書いても考えが整理されない。


◇◇


 さらに一日経った。俺の部屋にはセントラルガーデンの皆が集まっている。王都の外れ。城門の近くの空き家で、襲撃者達の痕跡が見つかったらしい。


「ドレファノとかカレストの関係者か。くそっ」

「うん。ナタリーが知ってた潰れたお店の奥でね……」


 ナタリーやヴィナルディアだけじゃない。リルカもシェリーもダルガンもプルラもありとあらゆる伝を巡って走り回ってくれたらしい。


「ウチやジヴェルニーの情報では、その手の人間が何台も馬車を手配していたみたいだね」


 ジャンが言った。親父から聞いて協力してくれたらしい。食料ギルド長の息子として忙しいのに、わざわざ来てくれたのだ。


「グリニシアス公爵の調査では。東に向かう通行許可証が一枚多く発行されていたそうです。東への許可証は厳重に管理されているはずなのですが」


 アルフィーナが言った。王都の治安を預かる宰相を動かしてくれたのだ。本来ならあり得ない許可証の存在。それは当然あることを意味する。


「許可証の手続きに関わっていた役人。リカルド君の指摘通りの方法で浮かび上がったわ」

「それも、ミーアの手柄ですけどね」


 これまで俺がやったことと言えば、以前に降雨量と税収の関係の統計処理を思い出したことだ。


 派手に税をごまかすのは、必ずしも単に欲深くて愚かであることを意味しない。それが可能な後ろ盾が有り、同時に後ろ盾に強く縛られている可能性が高いと言うこと。つまり、落ち目の第二王子から離れたくても離れられない人間だ。


「第二王子派の人間?」「はい、サガイン子爵の本家筋です……」


 第二王子デルニウスか。絶対ただでは済まさない。平民一人どうしようとリスクはないと思ったのだろうが、思い知らせてやる。


「東ということはおそらくクルトハイト。ミーアは……帝国の手に落ちたって事…………だな」


 俺はなんとか結論を言った。これだけの人間がミーアのために必死になってくれている。やらかした俺が役立たず状態を続けるわけにはいかない。


「クルトハイトに侵入してミーアを取り戻すのが一番早くて単純だな」

「いや待て……」

「だがそれは不可能だ」


 ハイドの制止を待つまでもなく、俺は俺の案を却下する。一番選びたくて、一番選んではいけないからだ。


 俺にそんな技術はない。ジェイコブやレミも無理だ。よし、俺は冷静だぞ。


 となると時間が掛かる。ミーア救出に到達する細くて長い道を歩ききらないといけない。全体を考えたら気が狂いそうになる。問題を分割して処理可能な”粒度”に落とし込むのだ。いつもやっていることだ。


 まず第一にミーアの現在の安全を確保する。第二に帝国がミーアを返さなければいけないくらい叩く。最後に、ミーアを取り戻し同時に今後の憂いを絶つ。この三段階だな。


 一つ一つは明確。後はこの目的を達成するために物理的に可能な全ての手段を行使するだけだ。


「ミーアが帝国にとって価値があるようにしないといけない」

「どうするのですか」

「ダゴバードとの交換を申し込むのがベストだけど……説得力がない。今のミーアの捜索範囲をクルトハイト周辺まで伸ばす。王国がミーアを必死で探していることをアピールするんだ」

「やぶ蛇になったら……」

「やぶ蛇にはならない」


 帝国が俺たちの活動を知ったのなら、ヴィンダーを脅威と認識することはおかしくない。第一ターゲットは俺のはずだ。


 だが、俺が遅れたといってもミーアだけが攫われた。もちろんミーアを攫う方が俺よりも簡単だ。だが、それならその後のアクションがあるはずだ。例えば、ミーアを人質に俺を呼び出すとかだ。


 ところが犯人は俺に拘泥せずクルトハイトに戻った。つまり、目的を達成したと思っている。となると、その確信を後押ししてやればいい。


「でも、今度は帝国から取り戻すのは難しくならないかしら」


 ルィーツアが言った。ミーアが帝国にとって価値があると分かれば分かるだけ、交渉は厳しくなる。それは確かに道理だ。


「だから次のステップは、帝国をこちらの要求をのまなければいけないくらいの危機的状況に落とし込むことになる。具体的にはクルトハイトの帝国最精鋭部隊である魔導軍団に決定的打撃を与える。方法はある」


 ミーアを攫った帝国の人間どもをたたきつぶす。その為の手段は出来ている。


「貴方が出来るって言うのなら信じるけど。その、東部の指揮はクレイグ殿下じゃないわよ」

「そうだな、帝国との戦いは俺の指示通りに行って貰わないと困る」


 問題はそれを実行する為の主導権をどうやって”王国内”で確保するかだ。


「そんなことどうやってやるの」

「第一騎士団長よりも上位の人間に俺の作戦を了承させる。いや、それだけでは駄目だな。現場が反発してどうなるか分らない。その人間が現場に居ないと駄目だ」


 第一騎士団はその人間を守るためにあるんだから丁度いい。論理的な結論だ。第一……。


「子供のやったことの責任を親に取らせるだけだろ」

「……親って」


 ルィーツアがぎょっとした顔になる。


「もちろん簡単じゃない。会うこと自体が難しい相手だからな。というわけで王子と大公と、ついでに大賢者のコネを借りたい」

「大賢者の肩書きがやっと役に立つか」

「叔母上様は一度こちらに戻ると言っています。そのリカルドくんとは約束があると」


 エウフィリアが王都に戻ってくるのか。それは本当にありがたい。


「……それなら、陛下に会うことは出来るわね。でも、説得はどうするの?」

「問題ない。ここまでは利害が一致している」


 そう、ここまでは成算がある。”親”の方とも利害が一致している。むしろ国王は最大の受益者だ。


 だが、こちらの立場からすればミーアを取り戻すだけじゃ足りない。その後のことまで考えなければならなのだ。


 重要なのは国外に追い出す予定の帝国ではなく、国内だ。はっきり言えば、第二王子をどうするかだ。当然だが、クソ王子には俺達の視界から消えて貰わなければならない。


 それが正しいからではない。王族ともあろう者が、私利私欲のために国民を犠牲にしたのは許せんなんて話じゃない。それは本質ではない。デルニウスという一人の人間を、俺という一人の人間が許さないと決めた。それだけのシンプルな話だ。


 反省とか謝罪はいらない。するわけがないし、万が一していても俺にはそれが本物か確認できない。何しろコミュ障だからな。


 と言うわけで目の前から消えてくれれば十分だ。もちろん恒久的にを目指す。


 だが、相手は王子の肩書き持ち。いわば豪華な服を着た人間。中身に何の価値もなくとも、刺し殺せば血で汚れた服を弁償しろと言われるだろう。


 事が王国の権威そのものに関わる以上、これまで俺達が王国にしてきた貢献など何の交渉材料にもならない。


 これだけ王国のために尽くしてやったんだから、王子一人くらい始末しろ。通るわけがない。通ったら相手の正気を疑う。


 大体、これは個人的問題。勝つか負けるかの問題だ。圧倒的な交渉材料が必要だ。


「館長とノエルには用意して貰いたい物がある」

「何でもするぞ」「言って」


 二人の魔術師が頷く。


「ノエルに頼みたいのは、以前言った魔力を少しだけ通す金属。魔導銀だったか、それを手に入れて欲しいってことだ。あとは、あのボールペンが二つ欲しい。インクは空で頼む」

「よく分からないけど分かった」

「儂はどうすればいい」

「館長にはある魔力回路を作って貰います」

「どんな物でも作るわい」


 俺はフルシーとノエルに俺の考えを伝えた。二人は何の意味も無い様に見える回路に首を傾げたが、何も言わずに引き受けてくれた。


 これで計画は出来た。後は一歩一歩進めていこう。ミーアを迎えに行くために。

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