13話 赤い星
黒いカーテンで明かりを遮った部屋の中、シャーレの上には星が光っていた。培地の上のコロニーが下に敷いた砕いた魔結晶からの魔力を受けて薄く輝いているのだ。色は赤が多いが、青、黄色など多彩だ。
「流石は本命の赤い土、期待出来そうですね」
バクテリア一匹一匹ではとても見えない光でも、密集してコロニーを作ることで見える様になっている。それでも、コロニーの総数に対して光っているのは2割にも満たない。赤い森と言っても、多くは魔力を利用する種ではないということだろう。
いや、むしろ2割近いバクテリアが魔力に関連しているのに驚くべきか。
「楽しみじゃ。しかし、色を見るとコロニーの数ほど種類はないのかも知れんな」
「赤色はコロニーの大きさも同じに見えますし。全部同種かも知れません」
魔力環境における分解者の生態系という意味では、この赤いバクテリアは重要かもしれない。残念ながら、今の俺たちの置かれている状況では基礎的研究をする余裕はない。必要なのは使える物だ。
「この光、測定の邪魔になりませんか?」
「すでに確かめておる。魔結晶から離せば消える。流石に花粉の時よりは持つが」
フルシーが敷き詰めた魔結晶の粒からシャーレを持ち上げる。途端に光が薄くなっていく。コロニーによってはスイッチを切ったように一瞬で光を失うようだ。
花粉を魔力でマーキングして鳥の体内で追った実験は数日かけて吸収させて、シグナルは数時間で失われたんだったな。
「でも考えてみれば……」
「どうした?」
「いえ、このバクテリアの体を作っている材料、培地の成分そのものは普通の物じゃないですか」
正確に言えばダルガンの牧場の土や水や空気が元だ。もしかしたら普通の土地の土中にも魔導金みたいな元素が微量含まれているのかも知れないな。
生体内にある色がついた分子には中心に金属を使った物があった。赤いヘモグロビンの鉄や、緑の葉緑素の……マグネシウムだったか。それらの金属元素は鉱石から得られるわけじゃない。ごく普通に土中にあった物が吸収されのだ。
「いえ、今はいいです」
「それでは測定を開始するぞ。いよいよじゃからな」
実を言えば、赤い土の方も培養条件の決定には苦労した。そもそも、魔力を与えなければ培養出来ない。いや正確にはコロニーはいくらでも作るのだが、感魔紙に反応するようなコロニーは育たなかったのだ。
瘴気レベルの弱い魔力で済むという予測から、粘菌魔獣のくず魔結晶を使うことでなんとかなった。
さらに言えば、培地は糖分を減らしてある。エネルギーを魔力からも得るバクテリアなら炭水化物からのエネルギーが少なくとも育つのではと言う推測だ。
それでも、培養コストは黒い土よりも大分かかる。【IG-1】という実績が出来たことで予算はさらに増えたが、実用化を考えると無視できない。戦争さえ終われば、大量に必要になることはないから大丈夫だろう。
と言うか、どれだけの利益を誰が取るのかも決めていない。商人失格だな。図書館長室で弾道計算をしているミーアが聞いたら怒られる。
10枚のシャーレが感魔紙の上に並ぶ。手順は【IG-1】の時と同じだ。魔力の照射時間が短かいのが唯一の違い。今回のアッセイが魔力を防ぐという単純な効果ではなく、注がれた魔力に対してどんな反応が得られるかだ。
「どうやら赤いコロニーには2種類あったようじゃな」
フルシーがシャーレをずらして言った。灰色になった感魔紙に沢山の黒い点と少数の白い点が見える。シャーレ一つ一つに十数個の割合で存在する赤いコロニーと対応しているようだ。
黒い点は魔力を吸収しているバクテリアがいるのだろう。白い点はフルシーの手から注がれた魔力を何らかの形で強化しているようだ。こちらが当りだな。
「魔力阻害だけではなく、活性化物質も得られた訳じゃな。魔力触媒と総称するのは良いとして、これの名前はどうする?」
「種類が多いですし。ちゃんと精製できてからにしましょう。これなんかどう考えますか?」
俺が指差したのは、針の先ほどの白点だ。本当に真っ白になっているが、スポットとしては小さい。フルシーが目尻の皺を深めて、顔を近づけたり遠ざけたりする。
「……もしかしたら魔力を屈折しておるのかも知れんな」
「なるほど」
俺は、シャーレを戻して対応するコロニーをマークする。丸いコロニーは周囲よりも盛り上がりが高い。コロニーがレンズみたいになっているのか。どういう原理だ?
「他には、…………これも変っておるな。これも面白い」
フルシーは感魔紙を舐めんがばかりに目をこらす。俺たちはアレでもない、これでもないと宝探しを続けた。本培養や抽出でトラブルを抱える可能性はいくらでもある、候補は沢山必要だ。
結局、十数個のコロニーがマークされた。
「ん、魔結晶の欠片でもくっついていたか?」
シャーレをかたづけようとして俺の手が止まった。感魔紙の端、魔力を注いだ範囲から外れた真っ黒な場所に一つの感光が見えた。シャーレの底を探るが何もない。
「もしかしたら……」
俺はもう一度シャーレを感魔紙の黒い部分に置く。そして持ち上げると、やはり白い点が現れた。かなりの強さだ。
「夜光塗料みたいな物か……」
注がれた魔力を吸収して、それを後で放出している。光を当てた後に蛍光を発する性質だ。俺はすぐにフルシーを呼んだ。
「これはまた面白い。むむ、コロニーから発せられる魔力が微かに揺らいでおる」
感魔紙の上でシャーレを直線上に動かすと、確かに白い線が波打つ。
「これも候補ですね。本当に大漁だ」
純粋な形で保存しなければいけないので、株一つ当りのコストが馬鹿に出来ない。同じような効果を持つコロニーはなかったので、保存しないわけにはいかない。
後で一株当りの保管費用を算定しておかないと。コンタミの危険を考えれば、一株あたり複数の保存は必須だし。
「それで、どれを培養する」
フルシーの目は先ほどの蛍光を持ったコロニーに注がれている。気持ちは分るが。
「目的を考えると、最優先はこれだと思います」
俺が指差したのは赤いコロニーの中の少数派、魔力効果を強化するコロニーだ。魔力阻害剤と魔力活性化剤の両方が揃うことが大きい。
「なるほどのう。精製にはどれくらい掛るかのう」
「ヴィナルディアとも相談しないとなんとも。【IG-1】は上手くいきすぎくらいで考えてください。館長は時間の方は大丈夫ですか?」
「こんなものを見せられればいくらでも協力するわい。今日から培養を始めたとして……、ちょうど明後日が空けられないのじゃった」
「珍しく仕事ですか?」
「王宮から呼び出されておる。この前、第一騎士団の練兵場に行ったとき、陛下から直接言われたのじゃ」
「これも仕事じゃ」という突っ込みがないのが恐ろしい。そして、国王による諮問に対しこの言いよう。老人の保身が心配になる。
「王様を怒らせて予算削減とかない様によろしくお願いしますよ」
「ええい、人ごとだと思って勝手なことを。……帝国と言えば捕虜の方はどうなっておるのじゃ」
「既存の魔力阻害剤を薄めて塗っているって体ですね。馬竜乗りの腕の魔力回路を阻害する濃度については分りました」
「高価な魔力阻害剤を捕虜の治療に使うと装っているわけか。えげつないのう」
「実際治療してるじゃないですか。捕虜が二人、腕の切断をまぬがれたみたいですよ」
思惑通り、馬竜乗りの赤く腫れ上がった腕が【IG-1】軟膏により沈静化した。魔力さえ流れなければ、模様は無害なようだ。
ちなみに、治療に同席したダゴバードからは嫌みしか言われなかった。何が「他人事じゃないだろう」だ。思わせぶりなことを言ってくれる。




