12話:カタパルト
第一騎士団の本部裏には城壁の間に挟まれた長方形の練兵場がある。俺たちはフルシーの怪しさ爆発の馬車でそこに乗り付けていた。
実質は近衛騎士団と言うだけのことはあって、門のチェックは厳重だ。フルシーに加え、補給のことで王都に来ていた対魔騎士団副団長のアデル伯が同行していても顔パスというわけにはいかないらしい。
王宮に直通する道があるのだから当然か。どこの馬の骨とも分らない平民が二人乗ってるしな。
「第一騎士団との関係は今どうなってますか?」
尊大そうな第一騎士団長の姿を思い出しながら俺は聞いた。クレイグの対魔騎士団が西方、第一騎士団が東方という分担になっている。俺たちの持つ対魔導作戦を実行するのは第一騎士団にゆだねるしかない。
まあ、馬竜の想像以上の速度でしてやられたとは言え、あの会議で第一騎士団長の予測した帝国の戦略そのものは正しかったし、有能なのだと信じるしかない。その前に、話を聞いてくれるかが問題だが。
「しばらく大人しかった帝国軍がクルトハイト周辺を蚕食し始めた。帝国の4倍の兵力を持っても、テンベルク団長はグリニシアスを守るのが精一杯だ。殿下からは今回の話は思ったよりは簡単に通ったと聞いている」
考えてみれば王都が挟み撃ちにされているのに実質上の近衛騎士団長が王都を離れているのは異常だな。五十年間の平和で騎士団削減が進み、第一騎士団はいわば士官だけの集団だったか。平時における組織管理という意味では効率的だったのだろうが。
「それは助かりましたけど……」
「そうだ。通ったのはあくまでアレの試用に関してのことだけだな」
重々しい口調でアデルが言った。俺の考える作戦を第一騎士団が採用するかどうか。これは難しい問題だ。まあ、完全に俺の守備範囲を超える話を考えても仕方ない。エウフィリアやクレイグや宰相に期待するしかない。
俺が心配するのは目的の物がちゃんと管理されているか程度だな。
◇◇
「最後に実戦で使われたのは二十年前と聞くが、なるほどずいぶんと年季が入っているな」
練兵場に引き出された二台の巨大な木組みを見てアデルが言った。三角形の台に木の匙が載った様な形。投石機だ。高さは人の身長の倍以上。思ったよりも大きい。下には移動のための車輪と固定のための杭がある。
二十年前と言うことはフェルバッハの乱で使われたのが最後か……。
「整備はきちんとしております。二ヶ月前に訓練で試射をしておりますので使用に耐えると保証いたします」
アデルに答えたのは五十を越えると思われる老騎士だ。攻城兵器の管理者らしい。後ろには8人の兵士が控えている。
よく見ると、木材は飴色だが巻き付けられている綱は新しい。弾丸らしき丸い石も、異なる大きさの物が綺麗に並んでいる。第一騎士団の現状を考えるにどう考えても閑職だろうに、責任感の強い人でよかった。
「これがまた使われる日が来るとは、不謹慎ですがいささか感慨深いですな」
老騎士は半信半疑の表情だ。
「帝国の魔導は弓よりも長く飛ぶ。それに対抗するためには投石機の力が必要なのだ」
「なるほど。帝国は弓も届かぬ距離から攻撃を仕掛けてきたと聞きますな。しかし……」
老騎士の顔が曇った。
「うむ、そうそう当たる物ではないと聞いておる。じゃからこそ儂らが来たのじゃよ。ただ、その為に何度も試射をして貰わねばならんが」
フルシーが言った。馬車の中ではアンテナの改良について興奮してまくし立てていたのに、今はまるで国家の元老みたいな顔をしている。
「この大事に大賢者様のお力になれるとは光栄の極み。この老骨いくらでもお使いください」
大賢者の言葉に老騎士は顔を輝かせた。後ろに控える兵士達も顔を見合わせてうなずき合っている。フルシーにはここを出るまで威厳を保って欲しい。それは兵器で玩具じゃないという意識が重要だ。
「では、実際の射程距離はどれくらいですか」
お偉いさん同士の顔合わせが終わったので、俺は話しかけた。隣にはメモの紙を持ったミーアが立つ。もちろんミーアが本体だ。
「大賢者様。この二人は……?」
「儂の助手じゃ。計算が得意でな」
「助手……」
学院制服の俺とミーアに老騎士が一瞬言葉を止めた。
「ほう、若いのに大した物だ」
「平民の子供ごときが」みたいな反応を覚悟していたのに、老騎士はにこりと笑った。
「そうだな、あの真ん中の石弾なら王国で使われる弓の倍は飛ばせるぞ」
老騎士が指差したのはサッカーボールを一回り大きくしたくらいの石だ。俺達が持ってきた球とちょうど同じ大きさだ。
◇◇
「玉よーーーい!」
「おもりよし」
投石機にとりついた兵士達が規則正しい歯車の様に動く。
「撃てーーー!!!」
指揮官の合図で斧が振り上げられ、綱が切られると木の匙が跳ね上がる。
ダーーーーーン!
シュルシュルシュルーーーーーー
ドーン!!
投石機が腕を振ると、石は放物線を描いて飛び、土煙を上げて地面に激突した。すぐに、一定間隔で印を付けた紐を持った兵士が走って行く。同時に別の兵士が荷車を持って玉の回収に走る。前世の砲丸投げを思い出す光景だ。
残った兵士は全員で綱を引っ張り次の射撃の用意をしている。一糸乱れぬ動きだ。
「どうですか」
投石機に横付けされた馬車の中で俺はフルシーに聞いた。
「心配ない。ちゃんと映っておる」
フルシーの手元の水晶にアンテナの捉えた魔力の軌跡が移る。弾丸には例の粘菌魔獣の魔結晶が取り付けられているのだ。
「ミーアの方は計算出来そうか」
「水晶と地面の数値の組が十分な数得られれば、関係式の構築は可能だと思います」
ミーアが頷いた。
「じゃあ、本物の球を飛ばして貰うか」
フルシーが老騎士に合図をすると、兵士が馬車に積んできた”玉”を下ろす。馬車を降りて俺も手伝う。
「じゃあ、俺は落下点の方にいくから」
玉を下ろし終わった俺はミーアにいった。
「ちょっと待ってください先輩。高度について一つだけ……」
馬車の外の俺をミーアが呼び止めた。ミーアが俺に見せた紙には先端が詰まった放物線が描かれている。馬車の窓越しに打ち合わせを終えて、俺は落下予測点の近くに向かう。
ダーーーーーン!
シュルシュルシュルーーーーーー
ガシャーーーーン!!
バシャーーーーーーーー!!!!
投石機から発射された玉が地面で砕けて内容物をぶちまける。射程距離も一番小さな石弾よりも2,30メートルは長い。これならもっと角度を上げてもいいかもしれない。
悪くない。最悪の場合、陶器製の玉では発射に耐えられないかも知れないと思っていたのだ。
実際に使うときは、最初に小さな石弾を撃って指標にするのがいいか。数値の相対化をすれば環境の変化に左右されにくいはずだ。
「後は地面の状態だな」
俺は手で合図を送ると落下地点に近づいた。地面には砕けた陶器と水をぶちまけたような模様が出来ている。俺たちが持ってきた玉は油を詰めた厚い陶器の壺だ。アデルには「敵の炎の矢を火計で防ぐつもりか?」と聞かれた。
なるほど、敵の魔導士が油まみれになれば、ファイヤーボールは使えないかも知れないな。だが、俺の目的は違う。
「もうちょっと細かく飛び散って欲しいな。油に水でも混ぜるか。空を飛んでる時は、ぐるぐる回っているから中は撹拌される……。いや、遠心力で分離するか。その場合は外側が水になるから……。うーん」
アイデアを紙に書き付ける。俺が離れると次の玉が飛んでくる。確かに着弾位置はずれるが、思ったよりは近くに落ちる。石よりも形が整っているからだろうか。
俺はカタパルトを見た。ミーアがフルシーと相談している。この距離から見ると、老賢者が孫みたいな年齢の女の子に指示されているように見えるのがおかしい。まあ、実際に指示してるんだろうけど。横にいる老騎士も感心したように頷いている。
そりゃ、これまで経験則でやっていたのを方程式化されたら驚くだろう。
「ん? あいつらは何だ?」
ミーア達のところに物々しい集団が近づいていく。第一騎士団の鎧を着ている。老騎士達が直立不動になった。アデルやフルシーもだ。よく見ると騎士達の中心にマントの人間がいる。アレって……。
「国王陛下の視察ですか」
俺があえて時間をかけて戻った時、大仰な集団はすでに背中を見せていた。国王が視察に来ていたらしい。
「戦争中となれば、こういった士気向上は重要って事ですか?」
「無論だが。それだけではない。言ったとおり西に呼応するように東も騒がしくなっているのだ。いや、帝国の主力は東だろうから、我ら対魔騎士団が対峙している西が、東に呼応しているのだろうな」
「帝国の攻勢が近い、ですか。それではクレイグ殿下が東に来るということは……」
俺は期待を込めて聞いた。クレイグが指揮官なら俺たちの策は通る可能性が高い。だが、アデルは首を振った。
「万が一、西の馬竜が東と合流すれば取り返しがつかん。現状で王国軍の士気を上げ、動揺する東部諸侯を引き締めるにはよほどの手が必要。陛下もそうお考えのようだ」
「それって……」
「あくまで最後の手段だがな」
国王出陣の可能性だろうか。また知らなくていいことを知ってしまった気がする。
◇◇
「おい、今見慣れない商人がいなかったか。今日は陛下の急な視察があったんだぞ。怪しい人間なんかいたら首が飛ぶぞ」
「大丈夫だ。宰相府の許可書を確認した」
門番達のぴりぴりした会話が聞こえる。一瞬俺たちのことかと思ったが、門番達は黙って通してくれた。まあ、伯爵様と男爵様だからな。
緊張は分かる。王都を守る第一騎士団施設で国王になんかあったら存在意義そのものに関わるよな。地球の歴史では、古代ローマ帝国の近衛軍団みたいに「仕事は皇帝暗殺です」みたいな軍隊もいたが。
「軌道計算の方程式はどうだ」
「まだ時間が掛ります。角度はどれが良さそうでしたか」
「3番目。つまり一番高度が出る角度だな。ほぼ真上から落ちてくるのが理想だ」
「……滞空時間が長いと、ぶれが大きくなります」
「玉の方でどう工夫すればいいか見えてきたから、大体の範囲に入ってくれればいい。そうだな、前後左右に1割くらいは大丈夫だと思う」
射程距離が400mとして40mのズレ。玉の中身の調整に掛っているからヴィナルディアにも相談に乗って貰わないとな。
「実際に使う玉と、石の関係は発射角度によらず安定しているみたいですから。それくらいならアンテナのデータがあればなんとかなると思います」
「あの担当者も驚いておったぞ。こんな方法があるとはとな」
発射した弾の軌道をレーダーで捉え、落下点までの距離も測定する。それを元に素早く計算を修正する。大げさに言えば「諸元入力」というわけだ。地上での固定砲台からの射撃なら、人力で計算可能な範囲でも精度アップが期待できるはずだ。




