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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
八章『藁の中から一本の針を探す方法』

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11話:後半 精製抽出染色編

「大変だったわよ。染料はいいけど。インクや絵の具を作っている工房にまで話を通さないといけなかったんだから」


 いろいろな種類のようばいを手に、ヴィナルディアは胸を張った。金髪のツインテールがはねる。彼女の横に置かれた籠には何色かの染料らしき物が入っている。


「助かるよ。ウチで手に入るのなんて、蜜蝋くらいだからな。後はダルガン先輩に頼んだ羊毛油くらいだ」


 常温で固形のあんな融点の高い油は使えない。そして、羊毛油ラノリンは別の用途だ。食用の油を使ってもいいのかも知れないが、溶媒としての性質は全く見当がつかない。アルコールは一番高い上に、水にも溶ける。


「で、どれを使うの?」

「取り敢えず、一番安い物かな」

「何をする気じゃ?」

「水と油のどちらに溶けやすいかのテストって感じです……」


 培地の不純物は大分除いたので、もう乾燥させて仕上げと言いたいのだが、俺が考える魔導対策の為には一つ性質を調べなければいけない。


 俺は小さなガラス瓶に培地を約0.5cc、ヴィナルディアから受け取った油を0.5cc加えてよく振った。そして、遠心分離機にかける。回転が止まると、上に油で下に培地の二層に分離した。ただし、透明だった油が緑に染まっている。一方、下の培地の心持ち緑色は薄くなっている。


「上の方が阻害効果が強い、倍以上じゃな」

「やっぱり脂溶性か……」


 つまり、目的の魔力阻害剤【IG-1】は水よりも油に溶けやすいということだ。これに関してはある程度予想があった。細胞膜を通過して分泌されるのだから、油に溶けやすい可能性があるのだ。


 完全に想像だが、ステロイドみたいな物質なのかも知れない。


「次はどうするの?」

「この精製した培地を乾燥させて水を抜く。そして、有機溶媒…………アルコールか油で溶かし出す」


 やっていることはラー油作りに近いか。唐辛子の辛味成分カプサイシンは油にはよく溶ける一方、水にはほとんど溶けない。だから油で煎ってやると油に溶け込み、ラー油ができるのだ。


 唐辛子の辛さを水で対処出来ないのはそのせいだ。水に溶けないと言うことは水で洗い流せないと言うことだ。多分だけど、蒸留酒をストレートとかで飲めば洗い流せる。ちなみに、ウイスキーやブランデーの琥珀色も、樽の木の色素が有機溶媒であるアルコールに溶けやすいからだ。


 培地の一部を試験管に入れて火にかけて水を飛ばすと緑褐色の粉末が得られた。フルシーに頼んで、粉末に強い魔力阻害効果があることを確認した。コーヒーカップ一杯分の培地が僅かな粉末に濃縮されたのだから当然だ。


 もちろん、この中には【IG-1】以外の物質も大量に含まれている。例えば、培地に入っている塩などだ。


 ここまでは素人でもある程度見当がつくことだ。単に、培地からゴミを除くという 物理的操作だからだ。だが、この後の工程となると化学だ。正直自信が無い。例えば、脂溶性が高いと言うことはこの粉末を有機溶媒に溶かせば、優先的に抽出される。つまり、脂溶性が低い物質から【IG-1】を分離して更に精製度を上げられるのは予想できる。


 だが、収量その他を考えたときにどういった手順が良いのかは見当がつかない。しかし、ここには専門家がいる。


「というわけで染料の専門家に期待したいんだが……」

「なるべく緑色を抽出する方針でいいのね」


 流石ヴィナルディアは分るらしい。染料が水に溶けるかどうかは大問題だ。というか、水に溶けられては染料にならない。洗濯したら色が抜けるし、雨が降っただけで大変なことになる。


「ああ、多分その緑色が当りだ。違っても館長が測定すれば分る」

「色によっては木灰の液で調整したりするけど。そういうことをやると色が変わることもあるけど?」


 ヴィナルディアが言った。むむ、溶解度がペーハーで変ったりするのか。


「問題ない。それも……」

「儂が計れば良いだけじゃな」


 フルシーが言った。そう、ピペットによる微量サンプルの操作で何通りもの条件を並行してテストできるし、魔力による非破壊測定により目的物質の動態は分る。前世でもウン千万とかの機械を使わないと出来ないことだ。


「分かった。やってみるわ」


 粉末とノエル特製のピペットをヴィナルディアに渡す。ピペットの使い方を聞いたヴィナルディアは怪訝な表情だった。彼女が最初にやったのは持参してきた木灰を煮た水の上澄みを、同じく持ってきた青色の染料で調整することだった。


 ヴィナルディアは何度かピペットを操作すると、道具の製作者を見た。ノエルが困った顔になる。


「……あきらめた方がいいと思うわ。それ、純金で出来てるのと同じだと思って。いま貴方がぽんと取り外したチップ。一つ金貨五枚だから。材料費だけで」

「ヴィンダーの案件ならそういうこともあるのね」


 ヴィナルディアはため息をつくと慎重にピペットを持ち直した。


「何だヴィンダー案件って言うのは」

「…………」「…………」


 俺の言葉が沈黙しか生まなかったのはともかく、この後はヴィナルディアの独壇場だった。緑がかった粉末を木灰や酸の液で調節して色で判断、塗りつけた緑の液体をフルシーがテストする。その繰り返し。


 これは、培地の段階からお願いした方が良かったな。見た限りでは、恐らく緑が上手く溶けるペーハーに調整して、溶かしだした後に中和。そして、溶媒に溶解みたいなことをやっている。


「……出来たわよ」


 ヴィナルディアが差し出したガラス瓶は綺麗なエメラルド色に輝いていた。フルシーが頷く。


「では厳密な効果の測定をするぞ」


 【IG-1】の原液を振ってフルシーが言った。ちなみに原液の定義は1リットルの培養液を最終的に10ccに溶解した物とした。


◇◇


 感魔紙の上に置かれたガラス板を除くと2×4のスポット(黒点)が現れた。上の行の四つが既存の黒い魔力阻害剤を原液、10倍、100倍、1000倍に希釈した物。下が今回新しく得られた緑色の魔力阻害剤【IG-1】を同じように希釈した物だ。


 八つのスポットの内、一番右の列は上下共に真っ黒。つまり、フルシーが注いだ微量の魔力を完全に阻害している。効果に差は見られない。だが……。


 希釈されていくにつれ、残酷なまでの差が見えてくる。既存の魔力阻害剤が10倍ですでに薄くなり始め、100倍では灰色、1000倍でなんとか確認できる程度の濃さなのに対し、【IG-1】は100倍でも真っ黒だ。1000倍希釈も既存の魔力阻害剤の10倍希釈と同じくらいの濃さを示す。


「比べものにならんな」

「効果は100倍近いって事ですね」

「しかも、いくらでも作れるのじゃろ……。今更じゃが、お主なんで魔術士じゃないのじゃ」

「平民だからですね。平民が魔術の資質を持ってる方が珍しいでしょ」

「私の知ってる平民と違うわ」

「卒業するまでは平民同士仲良くしてくれ」


 ノエルの言葉に俺は切り返した。元々貴族の出だし、見習いが取れたら叙爵みたいな話になるに決まっている。というか、ノエルの場合もう爵位で国に縛っておかないと困るのは国の方だろう。


「私は今起こったことの半分も理解できないけど。これってとんでもないことなのよね」

「そうじゃな。一応言って置くが、このレシピは口外不可じゃぞ」

「分かってます。新しい色の抽出でも門外不出になるのに……」


 ヴィナルディアがびくっと震えた。これで国家機密の関係者がまた一人増えた。帝国を恨んで欲しい。


「なんで人ごとみたいに私を見ているの。一番危ないの貴方でしょ。私が帝国なら貴方を一番に狙うわよ」


 ヴィナルディアが縁起でもないことを言った。


「【IG-1】はバクテリアが勝手に作ってた物を拝借したんだし、館長の感魔紙がなければそもそも不可能な実験だし。ヴィナルディアの技術がなければ、ここまで綺麗な形で取り出せなかっただろ。俺一人じゃなにも出来ないぞ」


 俺は前世の知識があっただけなんだ。今回は確かにちょっとやり過ぎた感はあるけど、俺一人では手が出ないことは完全に事実だ。ここにいるメンバー以外にも、セントラルガーデンの皆には軒並み協力してもらっている。


「取り合えず。魔力阻害物は上手くいったので次は赤い土の方に手を付けましょうか。確か、館長はそっちの方が興味あったはずでしたよね」

「そうじゃった! これを見て忘れておった」

「ああ、【IG-1】を使えばアンテナの感度の向上が図れますからね」

「……そういうことじゃ」

「それも期待していますよ。なにしろ、測定は全ての基本ですから」


 測定とは要するに情報収集だ。地味に見えても、その精度で仮説立証までの時間と費用と労力が一桁変わる。


「忘れていたと言えば、これはそもそも帝国の魔導に対する対策じゃったな」

「それは忘れちゃ駄目でしょ」


 おいおい、さっきの口外不可は何のためだったんだ。


「コホン。これを盾に塗るのか?」

「……そういうシンプルな使い方が一番考えられますけど。もうちょっと凝ったことを考えてます」


 幸い【IG-1】は脂溶性。俺の考えた目的に使える可能性が高い。ただし、その為にはいくつかのテストをする必要がある。


「もしかして、そのクリームみたいなのが関係するの?」


 俺の視線に気がついたのか、ヴィナルディアが乳白色の半固形物の入った瓶を見た。ダルガンに頼んで入手した羊毛から取れた油だ。


「鋭いな。でも、これは捕虜の治療のための軟膏の材料なんだ。体に彫った魔導の副作用に苦しんでいる捕虜達を助けなければいけないだろ。腕を切り落とすなんて残酷だからな」


 羊毛から取れる脂は、前世でも化粧品クリームなどに活用されていた。この天然の軟膏に【IG-1】を混ぜて使う。誤解を恐れずに言えば、皮膚病に対するステロイド治療に近いか。


 あくまで人道措置だ。その際に必要な【IG-1】の濃度とかいろいろと調べさせて貰うけど、あくまで治療のためだからしょうがない。


 おっと、パッチテスト(接触皮膚診断)くらいは事前にしておかないとな。人間相手に毒を使ったなんて事になったら、戦後の関係が難しくなる。

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