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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
八章『藁の中から一本の針を探す方法』

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9話:後半 回路対策

「では、こちらからは捕虜から得られた情報について話そう。捕らえた馬竜部隊から分ったことがいくつかある」


 クレイグは特に機嫌を損ねることなく言った。


「まずは馬竜だが。なかなか難しい生き物のようだな」


 捕らえた馬竜は狭い場所に押し込めようとしたら酷く暴れたらしい。乗り手が制御していない場合はとてつもなく扱い辛い。大河をクルトハイトまで渡ることは難しいだろうという話だった。


「帝国の政治状況についてもある程度分ったが、それはこの場では置いておこう。先ほど言った魔力のことだが。馬竜部隊の荷から面白い物が見つかってな」


 クレイグは懐から取り出した結晶を机の上に置いた。俺は首をかしげた。見慣れたとは言わないが、ただの魔結晶に見える。だが、フルシーとノエルは驚いた表情になった。


「これは、なかなか……」

「何か普通と違うんですか?」


 改めてみるが、赤く光る透明な見た目。大きさ。特に変ったところはないように見える。


「分らないの? そうよね、分らないのよね。ほんと分らないわ」


 ノエルにあきれられた。その台詞のほうが意味不明だぞ。


「内包している魔力の強さが普通の魔結晶とは大きく違うのじゃ」


 フルシーが言った。そう言われると、なんか心持ち赤が濃いように見える。


「この結晶は帝国でも特別な物らしくてな。馬竜部隊が持っていたのも多くは普通の物だった。例の破城槌に関してはこれを使って動かしていたようだな」

「なるほど。魔脈の奥には強力な魔結晶が存在するという言い伝えがありましたな。帝国は魔導により魔脈の深部までいけるのでしょうな」

「そして、王国には輸出せずに蓄えていたというわけだ」


 当たり前と言えば当たり前の話だ。最良の軍需物資をいずれ攻め込むつもりの国に渡すわけがない。


「ずいぶんと深い情報が得られましたね」

「ああ、何人かの腕を切り落としたからな」

「うげっ」


 俺だけでなく、全員が微妙な顔になった。戦争なんだからそういうこともあるだろうけど、この快活な王子の口から出るとインパクトがある。


「誤解するな。捕虜の腕の入れ墨、あの手綱と関係している物だ。そこから広がる腫れに酷く苦しんでいた者がいるのだ」


 クレイグは不敵に笑った。


「人間の体に魔力回路を刻むとなればやはり代償がありましたか」


 フルシーが頷いた。拒絶反応みたいなものか。


「使用していないとそこまでではないが、定期的に薬が必要らしい。必要となる期間にはずいぶんと個人差があるようだ」

「その入れ墨の色素についてもいろいろと知りたいところですね」


 俺はいった。もちろん今俺たちがやっている事とも関連があるが、魔力を通したときの副作用とは気になる。


「切断した腕を持ってくれば良かったか。……冗談だ。捕虜達は今回王都に移送した。宰相に言えばある程度の融通は利くだろう。実は西方で動きがあってな、ダゴバードの後任が到着したようだ。僅かだが馬竜の補充もあったようだ。おかげで、敵の動きが活発化し始めた」

「なるほど。もうそう簡単には花粉に引っかかってくれないでしょうからね」

「相手が警戒してくれている分楽だがな。それでも、スピードという物は本当にやっかいだよ。最初の奇襲で落とされなかった防衛網の砦と連携して、三方からカゼルを監視する体制が整った後で良かった」


 西方の主戦力は対処したつもりだったが、帝国だってそのままにはしておかないか。王都が東西から圧迫されている状況というのは変らないのだ。


「つまり、英雄王子は西から離れられないと」

「そうだな。当然、東にも動きがあるだろう。というわけで真の英雄に期待したいところだ」


 それはどこの誰だと言いたい。とんでもない過大評価だな。さっき俺の保身を見破ったときのノエルやフルシーの言葉を考えれば分る。俺は元の世界にいれば、それこそ一介の大学院生だ。もし、フルシーが地球に生まれていたら最低でも大学教授は固いだろう。ミーアは言うまでもない。ノエルが大学の同期だったりしたら、俺は彼女を仰ぎ見ていたのではないかな。クレイグに至っては若手ベンチャー企業を起こしていても不思議じゃない。


 大体、魔力についてさっぱりだというのは正真正銘ほんとなのだ。さっきの魔結晶一つとっても、魔力が強いって言うのは一体どういう意味かわからない。例えば光の場合強さには2種類ある。光を粒子として考えた場合、強さは粒の数と、一粒の持つエネルギーの両方によって決まる。後者は色として人間の目に見えるものだ。たぶん、二人には見えるのだ。


「英雄ではないので、二つ質問が。まず、破城槌についてなんですけど。破城槌の表面、金属部分は魔導金で出来ているんですよね。そこに溝を掘って溝の部分に別の金属を流し込んで魔力を遮断することで回路、魔力の通路を作っている。これで間違いないかノエル」

「ええそうよ」

「溝は魔導金を貫通していないんだよな。じゃあ、溝の下で魔力が流れるんじゃないのか?」

「…………魔力は表面に沿って伝わるの。正確に言えば、表面のパターンに沿って流れるの。錬金術で魔導金を加工するときも、穴が必要でしょ」


 常識でしょ、みたいな顔でノエルに言われた。そういえば、ベアリングの金型を作るときに、どうして空気穴が必要なのか疑問を持ったことがある。アレは空気じゃなくて魔力を内部に流すためだったのか。


「騎士団が使う魔導金の武具も、魔力が効果を発揮するのは表面だ。規則正しく流すためには厚さが必要だから、メッキというわけにはいかんがな」


 なるほど断面が【凹】という形があれば、魔力の流れは表面に従って【 ▍▍】になるって事か。空気では完全に絶縁は出来ない。だから凹んだ部分に魔力を通しにくい金属を入れる。なるほど……。


「えっと、馬竜に乗っていた騎士は、その模様を手綱で覆っていましたよね」

「これだろう。手綱と対応した模様が描かれているだろう」


 表面パターンは一緒。矛盾はしないな。原理についてはさっぱりだが、もしかしたら界面が必要ということかな。この場合は空気と金属の境界。空気は物質的にはすかすか。もしかして、他の物質に占有されていない真空が必要とかだろうか。例えば、気圧を上げたりして魔力を流すとどうなるんだろうか。


 やっぱり俺が知っている回路の常識と違うところが出てきた。ただ、それとは別に思いついたことがある。魔導に対抗するための光明と言っていい。


「雨が当たったりしたらどうなる?」


 連想したのは火縄銃の火縄だ。


「僅かに影響が出るじゃろうな。じゃが、その程度なら術者の制御でなんとかなる」


 魔力回路にはそれこそ魔法陣みたいに、幾何学模様だけでなく文字のような物が描かれている。アレで情報処理をしているのだ。いわば複雑なゲートだろうか。


「それに関するのがもう一つ質問です。魔力回路の使用、つまり効果を発動する上で、人間の役割ってなんですか?」

「基本的すぎてどう答えていいのか困惑するな。”魔力回路”にただ魔結晶を繋げただけでは魔力は流れん。さらに言えば、ただ流しただけでは魔力回路は効果を発揮せん」

「となると、やっぱり一種類じゃ心許ないな」


 魔結晶が電池、魔力回路が電気回路だとする。電気回路なら電池を繋げば少なくとも導線部分には電流は流れようとする。だが、魔力回路は魔術士あるいは魔導士といった、魔力を扱える人間がいないと駄目と言うことか。電圧みたいなのをかけるのに、術者が必要ということだろうか。さらに、魔力回路のゲートの操作は術者が意識的に行っているようだな。どうやったら遠隔で出来るのか想像出来ないが、それは置いておこう。


 魔力の性質として興味深いのは前者だが、今回の場合重要なのは後者だ。


 俺が知っている物と大いに違いがあるが、魔導陣が回路であることは間違いない。回路というのは要するに、何かが流れる場所と流れない場所の組み合わせ。そして、流れを制御するゲートによる情報処理だ。流れるのが水であろうと、電流であろうと、魔力であろうとその基本は変らない。


 効率は最悪だが、水路と水門を使ってコンピュータ回路は作れるのだ。


 もっと一般化して言えば、人と人との間にお金が流れるととらえれば、経済は回路そのものだ。極端なことを言えば、今俺たちがしているこの会議だって人と人との間を流れる言葉(情報)の回路だ。企業の決算も、会議の結論も基本的にはネットワークによる演算結果だ。


 俺はちらっとミーアを見た。さっきミーアが言った魔力回路のパターンはグラフ理論と呼ばれるネットワークの挙動を表現する数学だ。


 フルシーは俺に魔力が扱えない事よりも、ミーアに魔術を使うほどの資質がないことを嘆くべきだな。


「先輩?」

「ああ、すまん、何でもないんだ」


 脱線した。今必要なことはもっと単純だ。回路には回路としての性質がある。これは流れているのが何であろうと回路である以上逃れられない。魔導を何とかしようと考えるのではなく、回路を何とかしようと考えるのだ。つまり……


「剥き出しの敵の魔力回路をなんとかすれば魔導は防げますね」


 下でやっている魔力阻害物質の精製が成功するという前提が必要だが。


「ほう。IG-1は大量生産出来ることを利用して、盾にでも使うのかと思っていたが、違うようじゃな」


 フルシーが唸った。


「アイ・ジー・ワンとは何だ?」

「こやつの発想の下に作っている魔力阻害物質じゃ」


 フルシーが説明した。まて、まだ精製も終わっていないのに従来の物よりも遙かに強力とか、安価で生産出来るとか盛るんじゃない。


「……赤い森で魔導そのものに対抗策を得るというのはそういうことか。リカルドは相変わらず想像も出来んことを……。だが待てよ」


 クレイグは考え込んだ。


「剥き出しと言っても、向こうは弓よりも攻撃の射程が長く、しかも狙いが正確なのだぞ?」

「そうですね。それこそが克服しなければいけない課題です」


 相変わらずクレイグの指摘は運用面で一番重要なポイントを突いている。クルトハイト陥落の様子から、敵の攻撃魔法は城壁の上から放たれる矢よりも射程距離が長く正確。それが敵の大きなアドバンテージだ。


 こちらが弓であちらが火縄銃として。銃の弱点である火縄を弓で射貫けばいいといっているような物だ。それが出来るならそもそも銃よりも弓の方が強い、普通に戦っても勝てるということになる。


 だが……。


「クレイグ殿下。一つ用意して欲しい兵器があります。後は、捕虜に対する人道的な扱いを希望ですね」


 下の作業が成功すれば、クリアしなければいけない条件は一つだけだ。捕虜さんには実験台になって貰おう。

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