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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
八章『藁の中から一本の針を探す方法』

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9話:前半 要するに回路

 フルシー研究所ラボは館長室の裏側にある。大きさは普通の民家程度。2階建ての建物で三角形の屋根の上には煙突が二つあり、風車が回っている。裏には焼却炉がある。


 放課後、俺はそこに学外者を案内していた。


「ここに来るのも久しぶりだ。前回の紹賢祭以来だな」

「今年は中止になりましたからね。それにしても事前連絡くらい……。無理ですよね」


 戦時中に軍の最高幹部の所在など明らかに出来るわけがない。ラボの周囲にさりげなく配置された護衛の数が普段の二倍だ。


「大賢者殿に土産もある。是非リカルドの意見も聞きたい物だ」

土産やっかいごとですか……」


 土産どころか褒美と称して持ってきた物が厄介ごとである可能性すらあるのだ。


 「あの、すいません。無理ですから。お願いします頭を上げて。私にそんな力あるわけがないですから」「そのようなこと信じられません」そのとき、ラボの入り口がある方向から女の子の声が聞こえた。劣勢の方は聞き覚えがあるが、もう一人はだれだ?


「ノエル殿は大賢者様の愛弟子というではないですか。卒業後は史上最年少の宮廷魔術師になると」


 一人は学院でも魔術士のローブを着たノエル。もう一人は上級生らしい女生徒だ。袖から覗く刺繍から貴族だと分る。


「私はただの助手ですから。それに、大賢者様というか、あいつにいいように便利に使われているだけで。あ、ミーア丁度いいところに」


 ノエルがミーアに気がつき、救いを求めるようとした。


「ノエル。今日の報告よろしく頼むぞ」


 クレイグが声をかけたのは最高のタイミングだった。ノエルの首がギリギリと音がしそうな動きでクレイグに向いた。


「これはクレイグ殿下。トールドの三女アリーナでございます。ベルトルドでのご活躍は……」


 女生徒の方は一瞬で反応した。すごいな、突然の王子の登場にもちゃんと挨拶をして、適切な話題で持ち上げる。一方、ノエルは絶望的な表情になっている。さっきまでの保身アピールが失敗したことは間違いがないな。


「かわいそうに。帝国さえ攻めて来なければこんなことにはならなかったのにな」

「先輩。先輩だけはそれをノエルに言ってはダメですよ」


 同情した俺にミーアが言った。


「流石貴族って言うのは大したもんだな。あれが社交辞令ってやつか」

「……あんたは覚えた方がいいと思うけど」


 俺がさっきの女生徒を褒めると。ミーアに愚痴っていたノエルが俺を睨んだ。


 ラボの中に入った俺たちは、一階の右の部屋に向かっていた。ラボは3区画に分かれて、一つが今向かっている生物学実験室(仮称)だ。赤い森のバクテリアの培養をしている。今通り過ぎた左の部屋が錬金術関係で、ノエルの避難場所と化しているらしい。魔術寮よりましらしいが、さっきのように押しかけられることがあるらしい。


 そして、二階がフルシーのライフワークであるアンテナなど魔力測定。


 今日の議題は帝国の魔導についての現状報告だ。二階に向かおうとしたのだが、生物学実験室から老人の声が聞こえた。


 俺たちがドアを開けると、フルシーの他にリルカとヴィナルディアが居た。今日の手伝いは彼女たちか。


 部屋には天井から棒が伸びており、そこに繋がった歯車により、三角フラスコの様なガラス器具が中の琥珀色の液体と一緒に揺れている。バクテリアの震盪培養だ。


「確かリルカと……ヴィナルディアだったか。ご苦労だな」


 二人も膝を折ってクレイグに挨拶をする。すごいぞ、ちゃんと名前を覚えている。さらに、ヴィナルディアの家業について話しかけるクレイグ。ヴィナルディアは緊張しながら答えている。成功の暁には何が欲しいか聞かれている。


 まあ、危険な作業を手伝って貰ってると言っているからな。ラボの洗い物なんて、危険・汚い・きついの3Kもいいところだ。ここが完成して滅菌用の竈が出来たので少しはマシになったが、ビニールの手袋すらないのだ。


 直接バクテリアに触れるような作業は俺がやっているが。


「そういえば、俺の結婚式の布を用意してくれるらしいです」


 俺は言った。


「ほう、なかなか抜け目ない」


 クレイグの言葉にヴィナルディアが何故か顔を青くした。


「あ、あの、違うんです。私が冗談で言ったのに通じなくて、決して――」

「義妹だけでなく私の服も頼むかな」


 ぽっと出の銀商会であるヴィンダーと違って、負担よりも利益が大きいのではないか。確か、ドレファノやカレストが潰れて困っていたはずだ。


 それにしても、いつの間にアルフィーナからも注文を取ったのだろうか。


「王族御用達とは良かったじゃないか」


 俺の祝福に、ヴィナルディアとリルカが何故かため息をついた。


 二階のフルシーの部屋。ノエルが必死にスペースを確保している。何しろ空いている場所は石板の前くらいしかなかった。なんで移って数日でこんなに散らかっているんだ?


「では始めてくれ」


 クレイグが言うとノエルがおずおずと進み出た。今日の内容については俺もほとんど知らない。何しろ、バクテリアの方にかかりっきりだったからな。


「で、では帝国の魔導についての解析結果を報告します。え、えと、魔導陣を作っている素材についてと、魔導陣そのものについての二つにわけての説明で。その、最初は私が素材についてせちゅめ……。素材につひて……。そ、素材は私が担当します!」


 クレイグの視線を受けて噛みまくったノエル。最後はなんか無理矢理言い切っている。クレイグに落ち着けと言われて、深呼吸している。


「まず、帝国の馬竜の手綱に描かれた模様の素材ですけれど。魔力を通す特別な染料で描かれており。下地である皮も魔獣の物と考えられます。次に、破城槌に記された魔導陣ですが、錬金術を使って彫ったと思われる溝に魔力を通さない金属を流し込む構造になっています。…………どちらも、王国にはない技術です」

「なるほど、破城槌はそうやって強度を確保しているわけか」


 具体的な魔導についての説明が始まると、ノエルは見違えたようにきっちりと話し始めた。クレイグも感心したように聞いている。なるほど、やはり王国を遙かに超える技術か。それにしても、魔力を通す部分と通さない部分か。


「魔導陣の形式についてじゃが……。はっきり言って描かれている内容、意味はさっぱり分らん。式の形式がかけ離れているのじゃな」


 一方、師匠フルシーの方はマイペースだ。さっぱり分らんって、バクテリアの方にかかりっきりだったからじゃないだろうな。酷使したのは俺だけど。


「ただ、回路自体の特徴として言えるのが、細さじゃな。手綱の模様はもちろん。破城槌に関しては流れる魔力の量を考えるとやはり細い。普通はこれほど細いと魔導金の間に不規則な魔力の流れが生じるのじゃが。ノエル」

「は、はい。先ほど魔導金を加工して魔導陣を彫ると言いましたが。錬金術を使うことにより、溝の精度を高め、さらに溝に流し込まれる金属にも何らかの工夫があると考えられます」


 ショートすると言うことか。水路で言えば堤の高さ、電気回路で言えば絶縁の問題みたいなのがあるんだな。錬金術を使っているから、ぶれが少なくその分ぎりぎりまで細かく出来ると言うことか。


「なるほど。帝国の馬車は特殊な鉄を使っていたのだったな。やはり向こうは大分進んでいるな」

「ただ、破城槌に関しては普通の方法では線一本にすら魔力を流すことが出来んのじゃ。正確に言うと、魔導陣の入り口のすぐ後ろに魔力の流れを妨げる要素があるのじゃろうな。現時点ではここまでじゃ。尤も、魔導陣に関してはミーアがいくつか特徴を見つけた」

「魔導陣のパターンには魔術と比べて明確な特徴があります。一つは繰り返し要素の小ささです。恐らくは、循環の要素を工夫することによって冗長性を減らしています」


 ミーアが純粋に魔導陣のグラフパターンについて説明した。


 なるほどな。これまでの説明を聞いていると、魔導陣が一種の回路であることは間違いないな。


「ほう。確か帝国の暗号を解いたのも其方だったな」


 クレイグは感心したように言った。


「それらの技術が合わさって遠距離攻撃を実現しているということか」


 専門家達のとがり気味の説明を、クレイグが実用ぐんじの面からまとめる。


「…………おそらくは。模様の細さ。繰り返しの少なさ。それらを組み合わせることにより、狭い範囲に精密な術式を組み込むことに成功しているのじゃろう。これは使用魔力の低減にも繋がる。帝国の魔導部隊が使ったという火の玉を発する魔道具も恐らく同じなのじゃろう」

「矛盾しないか、魔力が流れるのが少なければ効果も小さいのではないか」

「ですな。我らでは破城槌に魔力を流せないことに関係しているのかもしれませぬ」

「なるほど。魔力に関しては一つ思い当たることがあるから後で話そう」


 クレイグは内容を整理するように頷いた。そして、フルシー達三人を見た。


「よく分った。三人の働きは見事だ。だが……」


 そこで、クレイグの顔が真剣みを帯びた。


「どうやって対抗する」


 ノエルが顔を伏せた。フルシーは苦笑いだ。


「王国の魔術では対抗しようがないですな。帝国が使った魔道具は短い筒じゃと聞いたが、もし我らが同じものを作ろうと思えば、人が持ち運べる大きさにはなるまい。まあ、その前に作れぬがな」

「予想はしていたが厳しいな」

「まあ、現時点ではじゃが」


 意味ありげに俺を見るフルシー。


「素人に過度な期待はやめてください。俺が魔力回路についてちゃんと知ったのは今なんですよ。さっきから三人の話に感心してたの見てたでしょ」


 俺は慌てて言った。もちろん、今回の一連の説明で魔導陣が魔力回路であるということが分ったのは大きい。ただ、魔力なんて前世にはなかった物が流れる回路である以上、一筋縄でいくとは思えない。まだ情報収集のフェーズだ。実行案どころか、仮説すら立てられない。


 そこさえクリアできれば、応用可能な知識に心当たりがないわけじゃないが。


「そうなのか?」

「……いえ、多分ですけど。何か知ってます。今”魔力回路”って言いましたよね。意味は分りますけど、私たちは使わない言葉ですから」


 ノエルが言った。ノエルに、よりによってノエルに俺の保身を見破られた。これはショックが大きい。じゃなくて。


「い、いや、魔術回路と魔導回路ってこんがらがるでしょ。どちらも魔力が通る回路だからそう言った方がいいかなって……。本当ですから」

「こやつの思考の特徴じゃ。現実よりも一枚か二枚上の抽象的な何かを見ようとする」

「そういえば、宰相には全ての暗号には共通の性質があると言ったそうだな」

「…………」


 クレイグとフルシーが揃って頷いた。さっき俺が知らないと言ったときとは全く違う態度だ。ミーアは礼儀正しく沈黙を守っている。まるでそれが、せめてもの援護であるかのように。


「その前に、クレイグ殿下が言っていた「魔力に関しての心当たり」とはなんでしょうか?」


 仕方が無いので、俺は強引に話をクレイグに振った。魔力についてもう少し知らなければいけないのは確かなのだ。

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