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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
八章『藁の中から一本の針を探す方法』

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5話 大公邸の日常

「なんだこの数字の洪水。頭がこんがらがってくるぞ」

「先輩の播いた種なんですから、ちゃんと把握してください。そもそも、ここに住まなければならないのも先輩の責任なんですからね」


 帳簿を前に天を仰いだ俺。横に座るミーアのジト目が怖い。


「わ、分ってるって。いやー、ミーアが居てくれて本当に良かった」


 恐らくミーアの頭の中では大量の数字が全て有機的に繋がっている。彼女がいなければ絶対に破綻しているわこれ。


 大公邸の二階の客間の一つ、俺には立派すぎる部屋。久しぶりの休日なのに、俺は帳簿とにらめっこしていた。ハチミツ、金型、黄砂糖といった商品や権利のやり取り。西部貴族とのパッケージ契約。期間も形式もばらばらのお金の流れが目の前に並んでいる。俺の粗末な頭脳では、ヴィンダーが今どれだけ儲けているのか把握出来ない。


 今朝「儲かりすぎて潰れそうだよ」と悲鳴を上げていた親父の気持ちが分る。ちなみに親父は精力的に外で働いている。まるで少しでも大公邸に居る時間を減らしたいみたいだ。セントラルガーデンを中心とした他の商会との共同事業やギルド関係、つまり渉外は全て丸投げしている。ジェイコブとレミがつきっきりで護衛している。


 ちなみに、人間の相手の方がいいといっている。なんやかんやでちゃんと適応していると言える。


 一つだけ言えることは、実際の商売においてヴィンダーで一番の無能が俺だということだ。


「調子の良いことを言っている暇があったら、仕事をしてください。これだけの書類を片付けて貰わないといけないんですから」


 ミーアは新しいハチミツ事業の契約書を積んだ。何たら男爵、子爵、おいおい伯爵なんて説明会にいなかっただろう。……ルィーツアの伝か。


「ペドロからの報告では、このままでは分蜂が間に合わなくなるということです」


 ペドロ、あの花粉の発見者だ。養蜂普及の責任者に抜擢したが実際には、フルシーやダルガンに続く国家の救世主だ。クレイグからの勲章がいるか聞いたら、蜂の翅よりも激しく首を左右に振っていた。


「本当なら大公関係者からもうちょっとゆっくり広げていくつもりだったからな」

「アルフィーナ様が営業をお手伝いしてくれましたからね」

「あれは西部の諸侯の裏切りを減らすために仕方なかったんだよ」

「そうですか。ヴィンダーの不手際で王国の政情が不安になるわけですね」

「……ある程度はレンゲ栽培を先行させることを勧めてごまかそう。利益は少ないがリスクは皆無だからクライアントによってはそちらを好むはずだ」


 なんでヴィンダーの商売が国家安全保障上の案件マターに関わっているんだか。政商とか言われてそうだな。


 おかげで、俺たちはこんな屋敷に守られていなければならない状況である。今のところ具体的な危険は感じない。何しろ、東の大公が事実上失脚した状況で、西の大公と英雄王子の庇護の元にあるウチに手を出してくるのは自殺志願者だ。保身を考えればとても出来ないだろう。


 おっ、つまり一回り回って保身完了か。……敵が大きくなっちゃ意味が無い。と言うか、国家の安全保障の中で商売するのが商人だぞ。最近、自分の職業について少し疑問を覚える事がある。もちろん、ほんのちょっとだけだが。

 勘違いしているのは俺ではない。周囲だ。そして帝国が悪い。


「そういえば、ミーアはもうここには慣れたみたいだな」

「……慣れません。私本当ならただの村娘ですから。この前メイドさんを手伝おうとして怒られました」


 ただの村娘はちょっとしたヒントで円周率を自力で算出したり、暗号文の冗長性を一瞬で見抜いたりしない。


 まあ、気持ちは分る。何しろ大公エウフィリアからは賓客として、王女アルフィーナからは友人として扱われているのだ。屋敷の人間が俺たちにどう接するか想像に難くない。


「先輩はアルフィーナ様といつも一緒で良かったですね」

「アルフィーナ様と一緒に居る時間なら、ミーアの方が長いだろ」

「私は、アルフィーナ様の勉強会とも関わっていますから」

「そうだよな。……えっと大丈夫か」

「はい。ちゃんと身元がしっかりしていて、数字の基礎がある人間を雇うチャンスですから」


 アルフィーナの勉強会には、セントラルガーデンの各商会の関係者からも参加者がある。その中には、ヴィンダーに入りたいという人間がいるのだ。


「ただ、先輩の統計ノウハウがある程度他の商会に漏れますが」

「ああ、それはかまわない。それにしても、貴族学生と平民学生を混ぜて勉強会なんてよく運営出来るな」


 学院で明らかに貴族の家の女子学生から、ミーアが先生と呼ばれていたのを思い出した。基本的に互いの得意分野を教え合うという緩い物だと聞いているが。


「主催者であるアルフィーナ様が数術の勉強にも積極的ですから」


 アルフィーナの人徳か。最近は財務関係も勉強しているらしい。どこへ行くつもりなのだろうか、あの聖女様は。


「仕事と言えば、魔導回路の解析の方はどうなっている」

「…………帳簿」

「ちょっとした息抜きだよ。ほら、こんなに忙しいのにミーアに任せっきりだから」

「……今のところ私はそこまで忙しくありません。賢者様とノエルは苦戦していますから。恐らく幾何学的パターンがあると思いますけど、私には直接見えませんから」


 模様に魔力を流すことは出来るが、途中で止まるらしい。電子回路的に言えば、導線には電気を流せるが、スイッチ部分を操作出来ないという感じだろうか。


「ただ、伝達の効率はやはり高いみたいです」

「なるほど」

「先輩の言っていたノードポイントの概念で見直すと、王国の魔術よりもループが目立ちますね」

「……なんやかんやで解析してるんじゃないか。いや、ほんと巻き込んで申し訳ない」


 どう考えてもブラック企業だ。まあ、ミーアは経営者の一人なんだけど。


「仕方ありません。私は先輩の秘書ですから」


 ミーアはそう言って笑った。本当に頭が上がらないよ。


◇◇


「あらリカルドくん。貴方をここで見るのにも慣れてきたわね」


 知らないご令嬢と話しているルィーツアが俺とミーアに気がついて声を掛けてきた。お客様を優先してください。


「まあ、その方がリカルド・ヴィンダー殿ですの。アルフィーナ殿下だけでなくクレイグ殿下の覚えもめでたいという」


 貴族らしいご令嬢が俺の名前に振り向いた。その笑顔、貴族が平民に向けるものじゃない。割とマジで怖いんですけど。第一、貴族がこちらの名前を知っているのに俺は知らないなんて胃が痛い。


「公爵邸の茶会に参加していた……」


 ルィーツアが紹介する。あの餡子vsチョコレートの時の参加者らしい。


「さて、アルフィーナ様は参加を歓迎すると言うことです」

「あ、ありがとうございます」


 ご令嬢はルィーツアに何度も頭を下げてから、玄関に向かった。


「……今のはなんですか?」

「アルフィーナ様の勉強会の参加希望者よ。私は受付だから」


 いかにも学生らしい集まりが、ルィーツアの口から出ると永田町的に聞こえるから不思議だ。実際やっているのは選別だろうな。


「ちなみに、あのハチミツ事業の説明会に参加した貴族も、勉強会の関係で引き込めた家がいくつもあるのよ。もっとも、すでに断る方が大変な状況なのだけどね」


 完全に永田町の方だった。


「アルフィーナ様としては、帝国に翻弄される家を一つでも減らしたいとお考えの様なの」


 自分の一家がフェルバッハの乱で不遇の身に落ちたアルフィーナらしい。実際問題として、外患があるときに国内の結束は最重要だけど。


 東の大公の失脚、クレイグのさらなる英雄化という国内の勢力の傾倒。そして、クルトハイトが落ち、カゼルが占領されている王国の危機。感覚的には帝国に国土の三分の一を占領されたような感覚だろう。


「リカルドくんにも参加して欲しいところね。貴方に関心を持っている人間は多いの。いろいろな意味でね」

「なるべくそういうのには関わりたくないんですけど」

「これまでの功績はアルフィーナ様とクレイグ殿下、そして大賢者様が表になっているけど。実際の中心は貴方なんだから。貴族にはそういうのに目端が利く人間はいるのよ」

「そうですよね」

「上手くあしらえとは言わないけど、最低でも警戒はして。こちらが有利だけど、取り込めないと自暴自棄で逆に向こうに流れるのよ。謹慎中のクルトハイト大公はともかく、表向き第二王子は健在なんだから。……そういえば一つ聞いておきたいことがあったのよ」

「な、なんですか」

「リカルドくんとしてはクレイグ殿下の即位についてはどう思ってるのかしら」

「……いやいやいや。そんなの平民の考えることじゃないでしょ」


 まるで世間話みたいに聞いてきた。前世では次の首相について考えることは、ある意味国民の義務だったが、こっちじゃ命に関わるんだ。


「あら、ちまたの平民の間ではクレイグ殿下の評判はもう大変なもの。この戦が終われば、陛下が位をお譲りになるなんてまことしやかな噂まで流れているのよ。立役者の――」

「リカルドくん。ミーアも」


 廊下の向こうからクラウディアをつれてアルフィーナが来た。ルィーツアはアルフィーナに向き直った。圧力から解放され、俺はほっとした。


「アルフィーナ様、次の勉強会ですが……」


 ルィーツアがアルフィーナに話を始める。アルフィーナは笑顔で頷いている。


「リカルド。その、ハイドが困っているぞ」

「えっ?」

「外出するときは必ず警護の人間に連絡して貰わなければ困ると」

「……気をつけます」


 ちなみに、戦時下を理由に学院にも警護の騎士がいる。もちろん、中心となって守っているのは館長室だが。生きた国家機密が何人も居るからな。


「そういえば、水晶は最近どうなんですか」


 俺は声を潜めてクラウディアに聞いた。


「幸い、全く反応がないようだ」


 クラウディアが言った。帝国が攻めてきている時に災害まで起こられたらたまらないからな。


 帝国の魔導技術に対する対抗手段のめどが付いたら、それを使って水晶の解析も進めたい。でも、聖堂から持ち出せないんだよな。フルシーに頼めばなんとかなるんだろうか。

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