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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
八章『藁の中から一本の針を探す方法』

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2話:後半 二つのプロジェクト

「一つ目はもちろん魔導の解析です。魔力効率と術者と魔道具の間の相性をどうやって実現しているかですね」

「言われるまでもなくやるわい。じゃが、一筋縄ではいかんぞ」


 フルシーは難しい顔になった。それはそうだ、帝国はすでに王国の主要都市の一つを落としているのだ。


「ヒントはあります。まず、帝国が使っていた破城槌の模様を写し取ってきたんですけど、これが帝国の魔導プログラム……じゃなくて術式の参考になるはずです。実物も近く届くはずです」


 俺はミーアに馬竜軍団が使っていた破城槌の表面にあった模様を写した紙を渡した。


「この破城槌は巨大魔獣みたいに螺旋回転で威力を増していました。つまり、この模様の中に螺旋を生み出すような意味が組み込まれているはずです」


 この模様は螺旋の数式をコードしている暗号と言うことだ。


「なるほどな、そういうとっかかりがあるなら大分違う」


 フルシーとノエルが頷いた。ミーアの数学能力と合わされば、この二人ならやってくれるのではないか。


「同じく馬竜軍団が使っていた手綱です。これも魔道具の一種じゃないですか?」


 俺はクレイグから貰ってきた革製の手綱を5本取り出した。フルシーは穴が空くほどじっくりとそれを見た。


「先ほどの破城槌と似た形式のようじゃ。恐らく魔道具じゃな。なるほど、馬竜乗りは二百人以上存在していたのじゃったな」


 フルシーが頷いた。こちらは多くの人間が共通して使うためのインターフェイスのヒントだ。


「数があるので、破壊的方法で調べられます。模様を描いている染料の性質に関しては、ヴィナルディアの力も借りたいって思ってます」


 染料の知識のあるヴィナルディアなら何か突き止めてくれるかも知れない。


「回路の形式だけでなく、回路を作っている素材の性質が分れば魔力効率についてのヒントになると思うんです」

「そうね、例えば魔導金は魔力をよく通すけど、通しすぎて細かい制御が難しいのよ。魔導金の加工に必要とされる魔力が多いのはそういう理由もあるの」


 ノエルが言った。なるほどな。となると、もう一つ欲しい物があるが……。それはまだ早い。俺のプロジェクトが上手くいかないと意味がないからな。


「それは重要だ。魔力効率は向こうの戦争継続能力を測るのに重要だからな」


 いくら効率が高くても、帝国がこの戦争に大量の魔結晶を使用していること自体は間違いない。魔結晶を産出しない王国でどれほどの長期戦が可能なのかは決定的に重要だ。第二次大戦の日本を想像すれば分る。


「レオナルド先輩にもお願いがあります」

「あ、ああ。言ってくれ」

「はい、宰相閣下にこれまでの帝国との魔結晶の貿易から、あちらの魔結晶産出能力の推定をして欲しいんです。もちろん、帝国が開戦前に魔結晶の交易を絞ろうとしたように、正確な数字は分らないでしょう。でも、今と違って余裕がなかった十年以上前のデータからなら、ある程度のことが分るはずです」

「分かった。父上、宰相閣下にそう伝える」


 帝国の魔導の質と量の解析をこれで進められる。第二次大戦の日本のように、どれだけ優れた兵器ゼロせんを開発出来ても、兵器を作るための資源と燃料がなければ戦争は継続出来ない。


 まあ、この場合向こうは資源国なんだけど。


「お主はどうする」

「赤い森から取ってきた土の解析をします」


 俺はテーブルの上の実験器具を見た。ガラスや金属の器具が十種類以上。元の世界で言えばシャーレや試験管などだ。思ったよりもずっとそれっぽい物が揃っているが、やろうとしていることを実現するためには、恐らく試行錯誤が必要だろう。


「魔導の術式、魔導陣の解析は分るわ。だけど、土がなんの役に立つの?」


 ノエルが首を傾げた。


「魔力に反応する物質を見つけるっていうのが近いかな。ほら、この部屋を覆っている黒い色素みたいな物を探すって言えばわかりやすいか?」

「前にも言ったが、そんな物がそう都合良く見つかるのか? 土自体がアンテナになんの反応もしなかった以上、もしあの土に何かあってもごく僅かじゃろう」

「そのごく僅かを見つけ出す方法があるんですよ」


 前世の言葉で言えば有用物質のスクリーニングだ。主に抗生物質や抗がん剤を見つけるために使われていた手法だが。今回の場合は新触媒の探索が近いだろう。


 仮に地球が魔力のある異世界に転移したとしよう。真っ先に魔力に適応する生物種は二つ。人間とバクテリアである。


 理由は簡単で共通、学習速度だ。


 バクテリアはまず数が多く、世代交代が圧倒的に早い。DNAという生命に共通の学習装置において、この二つの要素はとても重要だ。ランダムに異なるタイプの子孫を産みだし、魔力に少しでも適応する遺伝子を持った個体がエネルギー獲得競争において有利となる。当然、沢山の子孫を残し、その子孫の中からさらに魔力に適した子孫が生まれやすくなる。後はその繰り返し。


 進化、自然淘汰とは命を使った学習なのだ。ある環境において、どんなDNAの並びが優れているかを計算しているような物だ。


 さて、人間はDNAによる学習という意味では最悪に近い。ところが、脳と文字という別原理の学習装置を持つ。世代交代や突然変異に頼らない、圧倒的に柔軟で早く、生み出された知識いでんしの組み合わせと蓄積による高層化が可能な学習だ。


 仮の話からこの世界に戻ろう。基本は同じだが、学習期間の長さが加味される。地球からこの世界に何度かの転移が行われたことは間違いない。となると、バクテリアは最長で数十億年前にここに来た可能性がある。恐竜は一億から千万年単位。一方、人類はせいぜい十万年だ。


 俺がこれからやろうとしているのは、知能という学習能力チートを使って、バクテリアの学習成果を拝借しようという試みである。


 もっとも前途は多難だ。ベンチャービジネスや知的財産の授業で概要は習ったし、大学の学生実験で簡単な実験はやったことがある。前世の恩師がそう言った企業の顧問的な立場だったおかげで、化合物バンクを見学させて貰ったこともある。


 重要なのは道具と原料と操作方法(マテリアル&メソッド)だ。当然ながら、実験キットなんて売ってないから全て自前で用意しなければならない。自前と言っても人頼りだが。


「ノエル。頼んでいた物は作ってもらえたか?」

「……ピペットね。これをピペットとは言いたくないけど出来てるわよ」


 ノエルは古いSF漫画に出てきそうなレーザー銃みたいな形の道具を取り出した。芯の部分が魔導金でシリンダーとネジが付いている。さらに、魔導金で出来た吸い込み口が十個。前世ではマイクロピペットと呼ばれていたものだ。


 生物系の研究室では、博士号保持者すらこれの前には奴隷と化すという呪いのアイテムだと聞いたことがある。


「少量を厳密に計りたいって。あんたの無茶な注文に苦労させられたのよ。まず魔導金で細く作ることで少量を吸い取れるようにして、さらにネジで微妙な量の調整を出来るようにしたわ。おかげで目がしょぼしょぼして仕方ないけど」

「本当に助かるよ」


 ネジの横には回転数に対応した目盛まで刻まれている。少量を正確に扱えれば扱えるほど、スクリーニングの効率は跳ね上がるのだ。


「ほうほう、これを使ってどうするのじゃ」


 フルシーがモデルガンを見た小学生みたいに目を輝かせた。どちらかと言えば水鉄砲なんだけどな。


「赤い森の土の中に生息していると予測される、魔力に適応した生物を取り出すんです。目に見えないほど小さな、いろいろな種類のミューカスって言った方が通じますか」

「ほう、例によって見たことも聞いたこともない話が出てきたな」


 馬竜の手綱とピペットを行き来していたフルシーの目がすっと細まった。


「ちょっと時間がかかりますけど、実際に見て貰いますよ。赤い森のサンプルは不用意に開封したくないから最初は庭の土を使いますけど」


 俺は瓶に入った土を取り出した。この中に下手したら人類よりも多い、というよりもこちらの世界の人類の数よりは間違いなく多い、バクテリアやカビの仲間が生息しているのだ。


「そんな目に見えないほど小さいミューカスが居るとして、どうやって扱うのじゃ。そのピペットでも無理じゃろ」

「そこは工夫な訳ですよ。ちなみに、研究所はいつ完成しますか?」

「後十日くらいと聞いておる」


 フルシーが顎髭をしごきながら、うれしそうに窓の外を見た。レオナルドが目を泳がせた。一体いくら使ったんだ。


「お主の希望通りあの菓子屋の息子の伝でオーブンと氷室を作らせたぞ。料理屋でもやるのかと言われたがな」


 半分以上俺のせいだったか。さっき見たプルラの笑顔は引き攣っていたのかも知れない。


「それであと十日は早いですね……」


 よし、その間に実験操作の練習や、器具のチェックをしよう。


 俺は火から下ろしていた鍋を開いた。良い匂いが館長室に広がった。鍋の中にはシャーレの様な円形のガラスの器が二枚置いてある。シャーレの中には琥珀色のゼリーが入っている。ダルガンに頼んで作って貰った物だ。


 蓋に触れて冷めていることを確認する。軽く揺すって固まっていることを確かめた。蓋をずらさないようにテーブルの上に移す。


「良い匂いがするけど、新しい料理?」


 ノエルがダルガンと同じようなことを言った。まあ、ちょっと塩気が足りないだろうけど恐らく食べて食べれないことはないな。


「人間じゃなくて、極小のミューカスの食べ物だ。この上で、目に見える大きさになるまでミューカスを増やすんだ」


 簡単に言えば、ゼラチンと肉汁と血に砂糖を加えた物を煮込んだ煮こごりだ。実際には、それをぎりぎりまで煮込んで、保存のため乾燥させるところまでやって貰っている。めちゃくちゃ手間がかかっている。恐らくこの世で一番高価なスープの元だろう。


 この部屋に来た時、俺はその乾燥煮こごりを四切れほど切り取り、シャーレにそれぞれ入れた後、水を注いだ。後は、水を浸した鍋の中で加熱して戻した訳だ。


 さてどう説明するか。


「スケールが全く違いますけど。このゼリー、肉汁の培地を帝国がミューカスの胞子を播いた魔脈地帯だと思ってください。ミューカス一匹一匹は小さくて見えなくても、大量に増やせば人の目にも見えるようになるでしょ」


 正確にはミューカスは粘菌だから真核生物で、バクテリアは原核生物だけど。


「うーむ…………」「…………ヴィンダーの言ってることが理解不能なのは珍しくないけど」


 二人とも、頭をひねっている。こっちには微生物の概念がないからな。目に見えないほど小さいだけじゃなく、分裂で下手したら20分で倍に増えるなんて言葉で説明してもな。


「えっと、こっちは最初の予備実験が時間かかるんで、館長達は魔導陣の方を進めていてください」


 俺は二枚のシャーレの内、一枚の蓋を開いて言った。最初にやるのはこれだけだ。

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