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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
八章『藁の中から一本の針を探す方法』

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2話:前半 帝国の魔導

 カゼルに向かうクレイグの騎士団に途中まで送られ、俺達は王都に戻ってきた。カゼルにはまだ五千を超える帝国軍が立てこもっている。馬竜も40匹近く残っているはずだ。しかも、クルトハイト陥落により王国本軍は東部を重視せざるを得ない。


 西部諸侯の部隊を集結させても、奪還は簡単にはいかないというのがクレイグの見立てだ。


 王都に戻って予定通り大公邸に居を移した翌日、俺はミーアと一緒に学院の図書館長室に向かった。図書館の近くの裏庭には新しい建物が作られている。フルシーが子爵位の代わりに貰った研究所が建設中なのだ。前に見た時には一階の骨組みだけだったが、少なくとも外側は完成しているようだ。


 窓から中で何か指示しているプルラが見えた。俺たちに気がつくと、いつもの皮肉っぽい笑みを浮かべた。


 館長室にはフルシーとノエルに加えて、予算のことで派遣された宰相の次男レオナルド・グリニシアスが居た。


 机の上には大量のガラス器具や鍋が積まれている。どうやらベルトルドに行っている間にヴィナルディア達が頑張ってくれたらしい。箱を開けると、褐色の固形物が入っている。ダルガンに頼んでいた物だ。


 まずは試してみないとな。俺はフルシーに断って、固形物と実験器具のいくつかを鍋に入れ、水に浸して竈に掛けた。


「王国東部の状況は切迫しているのです」


 まず口を開いたのはレオナルドだ。グリニシアス公爵領はクルトハイトの隣だ。レオナルドが憤慨しながら言うには、クルトハイトがあっさりと落ちた理由は、東部諸侯軍が遊兵と化したことにあるらしい。


 俺たちがベルトルドで蜂蜜事業の説明会をしていた時、出兵を渋っていたクルトハイト大公ザングリッチが第一騎士団撤退を受けてゆっくりと王都に向かっていたらしい。


 宰相の見立てでは、ザングリッチは馬竜との直接対決をクレイグやエウフィリアに押しつけようとしたのではないかということだ。


 東部諸侯軍がやっと王都に入ろうとした時、本来なら通れないはずの大河の中央を越えて、帝国軍がクルトハイトを急襲。留守部隊しか居ないクルトハイトをあっという間に落としたという。


 結果として、東部諸侯軍は東西のどちらの戦いにも役に立たない遊兵になったわけだ。東部の中心が突然落とされ、東部諸侯の半数は慌てて自分の領地に戻ったという。


 現在、ザングリッチは東部諸侯軍に対する指揮権を剥奪され王都に謹慎。残った東部諸侯軍は第一騎士団長の元でグリニシアス公爵領で帝国に備えているらしい。


 その理由は、クルトハイトに立てこもった帝国軍の予想以上の力だ。


「帝国の軍団は短い筒から炎の矢を放ったというのじゃ。炎の矢は城壁の上の兵士を次々と打ち払った。これがどれほどあり得ないことか分るか!!」


 フルシーが興奮を隠さずに語ったのは、東方観測所から王都への帰りにクルトハイト陥落に遭遇した魔術士の報告だ。話からイメージされるのは前世のゲームなんかでよく見た定番の魔法、ファイヤーボールだ。そんな魔法らしい魔法があるなんて聞いていないぞ。


 城壁の上から打ち下ろされる矢よりも長い射程、術者の意思によりある程度ホーミングもするらしい。それが百数十人から放たれた。もちろん、軍勢はその何倍も居たらしいが、実質その攻撃だけで東部最大の都市が落とされた。


 大河に張り出しているワイバーンの領域を突破したのも、空を飛ぶ相手に飛び道具で対処出来るためだろう。


 銃で武装した軍隊に中世都市が攻撃されたような物だ。とてもじゃないが防げない。そして言うまでもなく、そんな飛び道具で武装した城塞都市を攻略など不可能だ。クルトハイト奪還を目指した第一騎士団長の軍は、ほうほうの体でグリニシアスに戻ったらしい。


「其方達の言う馬竜も大した物じゃが、魔導というのはこちらの常識を遙かに上回っておる」


 どうやら本当の主力は向こうだったらしい。もし西部に来ていたら、俺たちには対処出来なかっただろう。そういう意味で言えば幸運だったか。


「帝国は今のところ動きは北方を固めることに集中しているようだが、いつ王都へ攻めてくるか分らない状況だ」


 レオナルドの表情は青ざめている。もしも帝国軍が王都を目指せばグリニシアス公爵領は戦場になる。


「帝国の魔導部隊の強力さは分りましたけど、魔術理論的には魔導はどういう風に特別だと言えるんですか?」


 問題の定義をするために、俺はフルシーに尋ねた。


「…………一言で言えば距離じゃな。魔術は距離が離れれば離れるほど魔力必要量が雪だるま式に増える。それなのに、帝国は魔術そのものを飛び道具として用いた。これは本来ならあり得ぬことじゃ」

「えっと、ノエルが魔導金の量が増えれば等比級数的に必要魔力が増えるって言ってたけど、それと同じか?」

「そうね。そう考えて良いと思うわ」

「魔力の測定は遠距離から出来ますよね」

「魔術となる前の魔力そのものは長距離を伝わる。例えば、このアンテナの場合……」


 フルシーは自慢のアンテナを指差した。


「その魔力を感知する魔術はアンテナで発動しておる」


 なるほど、距離や容量に対して必要量が等比級数的に増えていくのは魔力を効果に変換する上での共通の性質である可能性が高いな。


「帝国は王国と違って多くの魔結晶を産出するんですよね。加えて今回の戦争に備えて備蓄していたはずですよね。圧倒的な魔結晶の量で今の炎の矢を実現している可能性はどうですか?」

「東方観測所から戻ってきた魔術士は、儂の新型に取り替えていらなくなった旧式アンテナを持って帰るところじゃった。旧式のアンテナでも遠距離からはっきり見えたそうじゃから、帝国の魔導が大量の魔力を用いてはいるじゃろう。恐らく対魔騎士団の十倍近い規模でじゃ。じゃが、魔力を飛び道具のように用いるなら、恐らくもっと多い魔力が必要なはずじゃ」

「魔導金の武具に魔力を通す場合の何十倍って魔力量が必要だと思うわ。こちらの常識に合せればだけど」


 ノエルが補足した。直接触れているのと、遠隔じゃあ必要なエネルギーが桁違いなのは想像出来る。


「帝国の魔導は、こちらの魔術に比べて魔力を効果に変換する効率が遙かに高いって考えた方が良さそうですね」


 恐らく、十年前までの厳しくなる一方の魔獣との戦いの中で、何らかのブレークスルーが起こったのだろう。


「可能性は高いのう。じゃが、それだけではない。もう一つあり得ぬ事は、同じような魔術を何十人もが一斉に使ったという事じゃ」


 なるほど、予言の水晶は特別だとしても魔術もそれぞれの特性に合った資質が必要なんだった。単純に魔導金の武具に魔力を流すだけでも、万人に出来るわけではないのだ。恐らく魔道具の回路と、その人間の持つ回路の相性みたいな物があるんだろう。思い出されるのは、馬竜部隊の不自然な手綱の持ち方だ。


「帝国の馬竜部隊なんですけど、全員が手綱を腕にぐるぐると巻き付けていたんですよ」


 普通に考えて危険な行為だ。実際、馬竜に巻き込まれて落馬した帝国の騎士達は少なからぬ人数が腕を骨折している。そして、手綱が巻き付いていた腕には、手綱の模様と同じような色の入れ墨が彫ってあったのだ。


「人間の体に回路を刻むことが出来る技術を帝国が持っておると言うことか。それならばあるいは……」


 前世の言葉で言えばインターフェイスだろうか。単純に人間を魔結晶から魔力を生み出す動力装置。魔道具をそのエネルギーを魔導に変換する道具だと考えよう。例えば、前世の家電製品と電源の関係だ。家電製品が電気を使って発揮する効果はいろいろだが、電源はコンセントを介す形で共通化している。どんな家電でも、コンセントに繋げれば動く。


 魔導に関しては恐らくそこまで単純ではないだろうが、確かコンピュータプログラムでもプログラム間の情報の受け渡しで同じような仕組みがあったはずだ。全ては情報処理、特に魔術は超効率の情報処理だというのが俺の仮説だ。基本は外れていない気がする。


 よし、少し分かってきたぞ。


「つまり、魔力を効率的に魔導に変換することと、共通の魔道具を使用出来る仕組み。この二つが帝国の優位性と言うことですね」

「……そうじゃな」

「……私もそう思うわ」


 その結果としてのいわゆる攻撃魔法、ファイヤーボールの実現か。俺の定義にフルシーとノエルは少し考えた後に頷いた。

「大賢者様。そのような帝国の魔導にどうやったら対抗出来るのでしょうか……」


 レオナルドが言った。さっきよりも顔が青い。


「勝てんな。全く勝てる見込みがない」


 フルシーは言った。油断や楽観は論外の状況だが、ちょっとは立場を考えて発言してほしい。王国の魔術トップ、最近は王国始まって以来の天才とか言われてるんだろ。この部屋に来るまでの間だけでも、馬竜部隊を打ち破った功労者として大評判だったぞ。


「そ、それではグリニシアスは……」


 レオナルドが暗澹たる顔になった。


「まあ、普通ならじゃ。ただし、ここには普通じゃない者がおる」


 フルシーが俺を見た。


「俺は魔力は全くなくて、魔術は使えないんですけど」

「赤い森に行ったのは帝国の魔導への対抗策のためだったのじゃろ。すでにこれだけの準備を整えておる。そろそろ何をやるか教えてくれても良かろう」


 フルシーは実験机に並んだガラス器具を見てニヤリと笑った。王国の危機よりも自分の好奇心を優先してる気がするのはいつものことか。


「言っておきますけど、帝国が魔力を使った飛び道具を持ってるなんて予想もしてませんでしたからね。ただ、魔力を使うならそれに影響を与える手段があればって思っただけで」


 俺は保身に走った。まだ基礎研究も始まっていないのに、応用を期待されては堪らない。


「つまり、魔力を使うなら魔導であっても対抗して見せようということじゃな。お主らしいではないか」


 フルシーはますます面白そうな顔で言った。保身失敗。


「……まあ、そうも言えますね」


 最近、保身の成功率が落ちている気がする。ここに来る前にミーアにそう愚痴ると「最初から0である確率がどうして下がるのでしょう、確率にはマイナスはありませんよ」なんて言われてしまった。


 しかし、待って欲しい。俺が思うに恐らくだが最近の保身の不調は帝国イレギュラーのせいではないだろうか、それを除けば実は成績が改善している可能性も……、虚しい。


 俺は立ち上がると実験室の竈に向かう。


「帝国の魔導部隊に対抗するためには、二つやらなければならないことがあります」


 竈の上から鍋を下ろしながら俺は言った。魔力が無い俺に出来ることは極めて限られているのだ。

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