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9話:前半 プレゼンテーション

 角ばった暖炉は赤いレンガで組まれている。暖炉と調和するベージュの壁には冬の草原の絵が一枚かかっている。天井には青銅色の小型のシャンデリア。テーブルは楕円形の分厚い木製のもの。


 俺とアルフィーナはテーブルの同じ側に腰掛けている。二人共制服だ。大公家にふさわしい服装なんていくら掛かるかわからない。二度と来ることはない予定なのだから。


 落ち着かない。部屋のパーツは一つ一つの質は高いと思う。ただし、俺には大公家に相応しい格式かまでは判断できない。そして、豪華というよりも質実剛健な雰囲気は、屋敷の主が女性であることを考えると意外さを禁じ得ない。


 何が言いたいかといえば、俺が形だけでも歓迎されているのか、それともすでに、お前の様な土民は倉庫に毛の生えたこの部屋で十分だな、と威圧されているのか分からないということだ。


 アルフィーナをチラッと見る。お茶を入れてくれたメイドはすぐに去ったので、部屋の中は二人だけ。どうしたのかとニッコリと微笑まれる。いつもと変わらないか、いつもよりも明るいように見える。まあ、お姫様にとっては親戚の家だ。


 そういえば「お義父さん娘さんをください」ってあれ、一種の面接だよな。となると「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはない」は圧迫面接ってことになるか。


 まてよ、後見人とはいえ相手は女性だ。「あら、あなたが娘の彼氏?」って感じのフレンドリーな……。違う違う、何を考えているんだ。現実逃避としても突拍子がなさ過ぎる。俺はブンブンと首を振った。


「リカルド君?」


 同級生は口をつけていたカップをテーブルにおいて、小首を傾げた。俺とは上品さが違う。動作一つ一つが、この部屋に自然に馴染むのだ。どう考えても別の世界の住人です。いや、転生云々じゃなくて。


「大貴族相手の振る舞いなんて全くわからないから。無礼でもやらかしたらと思うと。はは……」


 それをお姫様相手に言うのも何だかなと思いながらも、カップに手を伸ばした。俺の腕は持ち手に触れる前に止まった。皿の横に添えられている蜂蜜に気がついたのだ。淡い色合いには大いに見覚えがある。


 ウチの商品だろう。普通に考えたら歓迎の印。だが、お前のことは知っているぞというジャブに見えるけど。


 間違いなく厄介な相手だ。自分は十分な準備を整えて、こっちには準備の余裕を与えずに呼び出す。無害なド平民相手に油断無しとか大人げなさ過ぎる。


「そんなに緊張しなくても。リカルドくんはお客様ですし。叔母上様は優しいお方ですから大丈夫ですよ」


 貴女様がそう仰られるのであればそうなのでございましょうね、貴女様にとっては。


 まずい、心の声まで敬語仕様になっている。


 アルフィーナが励ますように俺の手に自分の手を重ねた。スキンシップはずるい。ホームの彼女はいつもよりも抱擁感があって、お陰で心が落ち着いていく……。


「待たせたな」


 その瞬間、ドアが開いた。侍女と執事を連れた貴婦人が入ってきた。アルフィーナは慌てて手を離した。


 貴婦人は、豪奢な金髪を螺旋状に束ねて肩口から垂らしている。王冠でも被ったら女王と言われても信じそうだ。立ち上がろうとした俺達を手で制し、ずんずんと大股で歩くと反対側に座った。上品というよりも、颯爽とした動作。三十代前半と聞いていたが、二十代半ばにしか見えない。


 これがベルトルド大公エウフィリア。アルフィーナの叔母か。


 ドレスをきた女傑は侍女から受け取った羽扇を広げる。雰囲気としてはフランス革命で処刑されそうになって、でも切り抜けました、という感じだ。


「さて、よく来てくれたな。そして、この前は姪が世話になった。礼を言わねばな」

「滅相もございません。姫さまの案内役を務める事ができ光栄の極みでございます」


 お前に押し付けられたんだからな。門限までにちゃんと返したのだし、やましいところなどなにもないぞ。全く笑っていないように見える目に対して、心のなかで吠える。負け犬の遠吠えは、まだ相手に聞こえるだけ立派だ。


「姪はいささか箱入りの度合いが強すぎてな。妾も心配しておったのじゃ。多少の火遊びくらい経験しておかんとのう」


 女大公は羽扇で口元を隠していった。


「へっ!?」

「叔母上様!?」


 俺は手を伸ばしかけたカップを倒しそうになる。アルフィーナも口をふさぐと慌ててカップを置いた。


「うん? そうではないのか。あの大人しいアルフィーが私をダシに逢引など。朝出てから、夕方に戻ってくるまでひいふう……」

「大公閣下。ご冗談にも程が有りましょう。私は商会の仕事と、今日ご説明する実験のサンプルの採取で手一杯。アルフィーナ様も村ではずっと手伝って頂いておりました」

「行き帰りの馬車ではどうじゃ。中に居たのは二人だけじゃろうが」


 やっぱりどこか遠くに護衛的なのが居たのね。まあ、これは予想の範囲だ。確か、要人ともなれば防犯ブザーの魔具版みたいなのを持ってるんだよね。


「とにかく、私など王女殿下の同級生というだけでも恐れ多いことなのです」

「ほう、あの偏屈者の紹介状には、身分など毛先の価値も与えぬ生意気な小僧だと書いてあるぞ」


 あのじじい。万全の推薦状とは何だったのか。こちらの命の危機を、遊び心で演出されたらたまらない。


「それに、アルフィーも、そなたは自分を王女として扱わないと、それは嬉しそうであったしな」

「そ、それは、今回の件リカルドくんが協力してくれたのはあくまでその、私の身分に対して仕方なくではなく、えっと、検証可能な仮説があってのことだということで……」


 アルフィーナは頬を染めてしまった。すっかり翻弄されている。


「アルフィーナ様は聖女としての御役目を果たそうと、知識を求められました。その知識をたまたまフルシー館長と私が持っていたというだけのこと。また、我が商会にとってもあの村は大事な場所です。吹けば飛ぶような小商会なれば、商売相手を一つ失うことも大事なのです」


 俺は利害を強調した。王女への忠誠を気取るつもりは無い。そんなこと言って信用されるわけがない。俺なら絶対そんな人間は信じない。


 そして、ベルトルドの領主であるこの女性にも絡む利害だ。俺は、交渉者としての目で大貴族を見た。

 

「では、本題に移ろう。我が領地に迫る危機の話だったな。アルフィーナの予言。西方からもたらされる災厄の証拠が見つかったということじゃが。魔獣氾濫とはにわかには信じがたい話じゃな」

「今から、我々がその結論に至った経路を説明させていただきます。ご判断はその後、閣下ご自身で下されますよう」

「無論そのつもりじゃ。我が領土、ひいては王国の大事を、小僧一人の言葉で決めるわけがあるまい」


 大公の目が細められる。眼光が鋭さを増す。統治者の威圧感とでも言うのだろうか。何千何万という人間の運命を日常的に背負っている人間の迫力か。


 あくまで俺の感覚だが、男爵が村長、子爵が町長、伯爵が市長、侯爵は県知事と言った感じだ。そして、目の前にいるのは大公、日本では住んでた街の首長すら会ったことがない俺には、想像できない相手だ。


 ここからが本番だ。


「まずアルフィーナ様の見られた予言のイメージを元に、地理条件と風俗をもとに考慮した結果。予言に現れたのがレイリア村だと確定しました。この点は特に、アルフィーナ様ご自身で確認していただきました」


 アルフィーナが頷いた。俺は説明を続ける。災厄の候補の絞込、検証のための方法の検討、そして実験。論理展開のポイントポイントを意識して、根拠と結論を並べていく。簡潔にまとめているつもりだが、一つ一つ説明するのは時間がかかる。


 合間合間で口を止め、反応を伺う。だが、大公は口元を羽扇で覆ったまま表情を読ませない。ミーアの整理した降水量と収穫量の表に、わずかに眉を動かした程度だ。


 やりにくい。まだ反論でもしてくれたほうがましかもしれない。まあ、俺のプレゼン力じゃ、口を挟まれた瞬間プチフリーズくらいはするだろうけど。


「……得られた西方の魔脈のパターンから、今年魔獣氾濫が生じるという仮説は検証されました」


 結論にたどり着いた。大公は羽扇を閉じた。俺は反論に備えた。


「そなたは予言についてどう思う?」


 飛んできたのは、予想外の質問だった。


「はっきり言えば、予言というものを信じているのか、ということだ」

「叔母上様。私は確かに……」

「いえ、信じておりませんでした」

「…………リカルド君」


 俺は敢えて言った。嘘は言っていない。だからこそ、予言を予想にすることに全力を注いだのだ。


「そうじゃな。実を言えば、予言の水晶を読み解ける巫女姫など、この三代出ておらんのじゃ。予言はな、そなたらのやったように降雨量から作る。各地に魔具を配して雨の量を記録しておるからな。むろん、そなたらほど厳密な手法ではないがな。ちなみに、今年の予言の原案は東方西方ともに例年通りの収穫じゃ」

「ですが、叔母上様。東方で魔獣氾濫が起これば予言は外れるのでは?」

「今聞いた計算では差がでておるが、そこまで大きくはないだろう。例年通りの収穫が少しの豊作になって誰が文句を言う?」


 大公はあっけらかんと内情を暴露した。予言が茶番として扱われているのは、アルフィーナへの扱いを考えても明らかだ。種があったことにむしろ感心するくらいだ。


「ですが、残念ながら”魔獣氾濫”は起こる可能性が高いのです。アルフィーナ様の予言をスタートとして、フルシ―館長、ミーア、そして私がアルフィーナ様と作り上げた予測です。西方で災厄が起こるかどうかではなく、西方で魔獣氾濫が起こるかどうかをご判断ください」


 俺は言った。


「アルフィーの予言に関係なく、西方山脈から魔獣氾濫の徴候が出ている。王国の貴族として、西方に領土を持つ領主として、どうするのか。そう言いたいわけじゃな。なるほど、本当に生意気な小僧じゃ」


 俺は頷いた。大公は羽扇を顎の下に当てて、沈黙した。


「――予想される被害は?」

「東方で討伐が無かった時代を参考に算出しています。小規模であっても赤い森から数十ガルジの範囲はモンスターの群れに飲まれます。その領域に有る村々はレイリアを含めて少なく見積もっても二十。城壁に守られたベルトルドはともかく、周囲の村は無事では済まないでしょう。無論そうなれば……」


 交渉において常に一番大事なのは、交渉相手の利害だ。全体の利害ではない。なぜなら、交渉相手は基本的に一部の代表だからだ。仮に相手がトップでもそれは変わらない。


 もし万が一相手が極僅かな例外に当たった場合でも、それで機能する。相手は勝手に全体に敷衍して考えてくれるだろう。


「みなまで言わずとも良い。そもそも、周囲からの食料がなくなれば都市など滅びるだけじゃ」


 輸送に時間と労力がかかるこの世界では、海の向こうからでも食料を運べる日本とは違う。わずかでも距離が離れれば、仮に豊作の地域があっても飢えが襲う。王国でそれが殆ど無いのは、単に収穫が多いからだけではなく、それが安定しているからだ。


 もちろん、商人はその安定が崩れた時のためにいるというのは俺の信念だが。……いまさらだが、なんで直接巻き込まれてるんだろうな。


「では、更に聞いておきたいことがある」


 大公は羽扇を机に置いた。必要な騎士団の規模や、出現しうるモンスターの種類などを口にしていく。予めフルシーから聞いていた知識を元に俺は答えた。


「…………なるほど、お前の言いたいことは解った」


 大公は机の上に置いた羽扇を再び持ち上げた。つばを飲む音が二つ、テーブルに響いた。


「よかろう。この結論妾も共有しよう。当然、王国にも共有させるように動く」


「ありがとうございます」「ありがとうございます叔母上」


 アルフィーナが歓喜の声を上げた。俺も素直に頭を下げた。流石にホッとする。


「ああ、アルフィーナはよく頑張った。そなたの言葉に耳を傾けなかったのは妾の不明であった」


 あっぱれといったところか、大公は扇を広げて満足気に言った。


「そんな。それにこれは全部リカルド君が中心になったからこそ出来たことです」

「とんでもない。自らのお立場を顧みず、お役目を果たそうとしたアルフィーナ様。魔獣氾濫を予測する理論を打ち立てたフルシ―館長……」


 俺の油断を戒めるように保身アラームが突然鳴り始める。


「そうじゃ、残った問題はそこよな」


 羽扇を閉じる音で、俺の言葉は中断させれられた。わざとらしく扇の先端を自分の眉間に当てて、大貴族は首を振った。


「そなたの話は理解できた。じゃが、15そこらの平民の小僧がどうやって今の説明を作れる。理解できん話じゃな」

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