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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
七章『情報戦』

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5話 平面展開

「ねえ、ヴィンダー」

「うわ、危ないだろノエル」


 肩を叩かれた弾みでペン先が行きすぎた。紙に書いていた漢字の『田』が『甲』になるところだった。


「……また私に何か作らせるつもり」


 警戒心もあらわに、ノエルが紙の上の田と、それを書いたボールペンを見た。なにかの設計図に見えたようだ。


「これは違うから安心していいぞ。今は問題整理をしているんだ」


 正確に言えば次にノエルに作ってもらう諸々の為でもあるが。


「この前はお前のせいであんな会議に駆り出されたからのう、まだ腰が痛いわい」


 フルシーが言った。大賢者様は何を言っているんだ? どう考えても因果関係が逆だ。


「大賢者様が王宮会議で帝国の魔獣について説明をした話は魔術寮にも伝わってるけど、例によってヴィンダーも暗躍してたんだ」

「暗躍とは人聞きが悪いな。俺は会議では一言も発言してないぞ」

「会議では、な」


 胸を張った俺を見て、フルシーがあきれ顔になる。


「今日のはもっと泥臭い平民らしい仕事です」

「王宮で王子、大公、宰相と同じテーブルで密談することに比べれば、どんな仕事でも平民らしかろうな」

「うわ、ちょっとは覚悟してたのにもっとアレな事やってるじゃない」


 ノエルは俺から数歩離れた。俺だってあの密室政治からは一歩も二歩も距離を取りたかったさ。


 まあ、おかげで大枠の国家戦略が決まったので、次の問題は帝国魔術への実際の対処だ。難易度は変わらないが俺にとっては遙かに気が楽な相手だ。


 図書館長室、つまり魔術班の基地にいるのはその為だ。ミーアは例のコンテナ規格の検討でケンウェルと騎士団との話し合いに行ってもらっている。大公とアルフィーナはリーザベルト関係で奔走しているはずだ。


「良いから始めるぞ。えっと、帝国の魔術に関しては大きく分けて二つの課題があるんだ」


 俺は田の字の上に【緊急|緊急じゃない】、左に【重要|重要じゃない】を書いた。いわゆるアイゼンハワーマトリックスだ。そして、田の字の左上の升【緊急かつ重要】には「馬竜」。その右の【緊急じゃないが重要】の升には「帝国魔術そのものに対する対策」を書き込んだ。


「なるほど、明白な脅威としての馬竜の存在はもちろん、それを可能にする帝国の魔術水準そのものへの対処を考えておかないといけないということじゃな」


 フルシーが言った。


「そういうことです」


 【緊急で重要な問題】は誰でも重視する。問題は【重要だけど緊急じゃない問題】だ。往々にして後回しにされ、最終的に全ての問題を悪化させる上、新たに無数の問題を生み出す原因となる。


 単純な2×2のマトリックスだが、凡人が複雑な状況を整理するには良いのだ。平面展開は脳みその容量が少ない人間の味方である。大量の情報の羅列、つまり一次元の情報は二次元に展開する。複雑な多次元の情報は二次元に簡略化する。


 人間は視覚で考える生き物だから、二次元が基本なのだ。


「下は? 【重要じゃなくて緊急でもない】問題なんか無視すれば良いんじゃない」

「ああ、その通りだ。これは手を付けるべきじゃない問題だな。それをはっきりさせるために書いている。ちなみに、【緊急だけど重要じゃない】は人に任せるのがベストだ。とにかく、現状では馬竜に対する対処と、帝国の魔術そのものに対する対処の二つが課題というわけだ。で、馬竜に対する対策は現在進行形。今日の議題は帝国魔術それ自体に対する準備だ」


「言ってることは分かったわ。分かったけど、おかげでますます不穏なんだけど……」


 俺はすっかりノエルの信頼を失っているらしい。身に覚えがありすぎて、何も言えないのが悔しい。


「……帝国の残した暗号文書の中で、魔術に関する部分で何か分かりましたか?」


 俺はまずフルシーに尋ねた。暗号には馬竜に匹敵する何かの部隊の存在が示唆されていたのだ。馬竜と違って具体的な情報が無い。魔術の専門家であるフルシーなら何か掴めるのではないか。


「宰相府が復号翻訳したこの『魔術』という言葉に少し違和感がある。微妙に違う用語に読めるのじゃ。術ではなく、文脈と単語単独の意味からして流れ、伝播のようなニュアンスじゃろうか。……そうじゃな『魔導』と言うべき言葉じゃ」

「魔導金の魔導ですか?」


 ノエルの言葉にフルシーは頷いた。


「言葉の意味としてはそう見える。ただ、錬金術のことではなさそうじゃ。恐らくもっと広い意味じゃな」

「魔導……」

「まあ、断片的な文書ではこれ以上は分からん。じゃが、馬竜と言い馬車と言い帝国の魔術技術が王国に勝っているのは間違いあるまい」

「なるほど、となると帝国の魔術は【魔導】と呼んで区別するのが良いかもしれない。そういえば魔導金と言えばノエル。錬金術士と見込んで聞きたいことがあったんだ」

「な、なに?」

「王水……金を解かす液体って存在するのか?」

「あるわよ。あっ、分かった。魔導金の加工に使えないかって思ったんでしょ。残念でした、王水でも魔導金は溶けないのよ」


 ちょっと早口でノエルが説明してくれる。


「いや、単に王水があるかどうか知りたかった。そうか、あるのか。ダルガン先輩に連絡を取らないとな……」


 おかげで【緊急で重要】な問題への対応がやりやすくなった。


「で、本題だけど。ノエルには作ってほしいものがあったんだ」

「ほら来た。な、何よ」

「えっと、こういう三角帽子を伸ばしたみたいな形で。大中小の三種類の大きさで、それぞれ十個きっちり形の揃ったのが欲しいんだ」


 俺は小さな三角錐、中身を抜いたパーティーのクラッカーみたいな形、を書いた。


「種類と量はともかく、形は単純だからできるけど。何に使うの?」

「簡単に言えば実験器具の先端だ。微量の液体を正確に扱いたい」


 俺は言った。細くて薄く作ってもらわないといけないし、小さいのに形を揃えないといけない。さらに扱う物が扱う物だから、高温で滅菌したい。


 となると、精密に加工出来て熱に強い魔導金が一番最適だ。


「ふうん。まあ、これくらいの単純な形ならそこまで手間じゃないかも」


 ノエルはそう言いながら、俺が示した数値をメモしていく。


「あとは、これを取り付けるためのピペットだな、それと……」


 俺は前世の実験器具をイメージしてデザインした図を見せた。ノエルの顔がだんだん引き攣ってきた。


「一つ一つはアレだけど、こんなに種類があったら……」

「予算というか、魔導金は宰相から確保してもらってるから」

「魔導金をそこらの畑から取ってきたみたいに言わないで。宰相閣下って……」

「言ったじゃろ。こやつ王子と宰相と大公と同じテーブルで悪巧みしておった」

「あ、あれは、たまたまだろ。あの場で居眠りしてた館長に言われたくない」

「たまたまそんなことには絶対にならないわ」

「と、とにかく、スポンサーは最上位者だから心配ない」

「また、先輩達の視線が、嫌みが」

「喜べ、上手くいけば見習いが取れるぞ」

「あと十年は取れなくて良いのよ!」


 ガラス関係はプルラとケンウェルに頼んでいるし。元々フルシーが魔感紙の作成に使っている器具もある。


 これで赤い森から戻った時の準備はよしとするか。今回のプロジェクト、上手くいく保証はない。でも、たまたま気嚢に効く化合物を見つけたみたいに運に頼るよりはマシなはずだ。


「で、赤い森に行く計画じゃが」


 ぶつぶつ言いながら、俺の下手な図面を綺麗に書き写しているノエル。フルシーが待ちきれないという顔で言った。


「そうだった、西方観測所を拠点に赤い森に入ります。クレイグ王子から護衛の騎士を付けてもらえるように頼んでるけど、本当に館長も来るんですか? ここでサンプルを待ってても良いんですよ」

「当たり前じゃろ。赤い森の深部に入るなど、滅多にない機会じゃ」


 王宮に上がるにも腰が痛いんじゃなかったのか? まあ、実際、フルシーの知識は重要だから助かるけど。


「ちなみに、何をしに行くのじゃ」

「最初に言ったとおり帝国の魔術、いや魔導への対応策を取りに行くんですよ。この部屋にもある物ですが……」


 俺は部屋を囲んでいる黒い壁を見渡した。簡単に言えば魔力に影響する素材ということになる。フルシーに聞いた限りでは壁に練り込まれた黒い染料じゃ費用的にも、効果的にも全く足りないのだ。


 そうだ、染料とか塗料とか色素関係に詳しい人間が欲しいな。誰かいたか……。


「もったいぶるのう。まあ、其方のことじゃから。どうせ面白いことなんじゃろう」

「実際の実験は俺には手を出せないですから、いやでも館長にお願いしますよ。さっきノエルに頼んだのはそのための器具ですから」

「ほうほう」


 フルシーがノエルが必死で設計を始めた図に目を戻した。本当に、玩具を前にした子供じゃないか。


「後は、ベルトルドの工房のことで、大公閣下とお話し合いか」


 俺は今日届いたエウフィリアからの呼び出しを思い出し、ため息をついた。そういえばリーザベルトはどうなっただろうか、予定通りなら俺たちが森に到着するくらいにご帰国頂くはずだ。


 お土産は上手く渡してもらわないとな。

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