3話 面会
武骨な対魔獣騎士団とちがい、王都の守りの要であるはずの第一騎士団本部は瀟洒な雰囲気だった。
「思ったよりも人が少ないんだな、ですね」
第一騎士団の規模は対魔騎士団よりも小さいはずだが、それでも人影は多くない。
「団員のほとんどは貴族家の当主だ。常に本部にいれるわけがないということだ」
アルフィーナに付いてきたクラウディアが答えた。なるほど、着てる物からして違うね。もちろん、魔獣騎士団の騎士達だって平民とは比べものにならないけど。
「仮に、魔獣ではなく人間との戦いになれば、ここにいる騎士達は自分の領土の兵士を率いて一部隊の指揮官となる」
同じく付いてきたハイドが補足した。なるほど、親衛隊的と言ってもそれは戦争がないからで、軍の上部構造だけが組織化された様なものなんだな。魔獣に対しては平民兵はほとんど役に立たないことから、純粋な騎士団として組織されている対魔騎士団と違うわけだ。
ただ、それにしても緩みすぎじゃないのか……。
「そうすると帝国が攻めて――」
「これはアルフィーナ殿下、わざわざのご来訪光栄の極みですな」
ひときわ豪華な大男が廊下の真ん中で立ち止まった。筋骨逞しい、いかにも歴戦の騎士という中年男だ。房付きのマントの裏には家紋が刺繍され、腰に帯びた剣の柄には金銀の模様と宝石が付いている。装いだけならクレイグなんかよりもずっと身分が高く見える。
「侯爵」
なるほどこれが第一騎士団長か。侯爵、知らない爵位だ。
侯爵なら大したことないかと反射的に思ったあたり、俺の感覚は麻痺しているらしい。周囲に王族とその亜種の密度が高すぎるんだよ。保身メンタルのリハビリを考えないといけないな。
男爵でも偉いんだぞ。殿上人だぞ。……だめだ男爵っていうとフルシーしか浮かばない。
「本日は元ご学友のお見舞いということですな」
俺にも解るくらいの皮肉だ。コミュ障に優しいじゃないか。
俺たちの格好は学院の制服だし、実際学生だ。そう思われても仕方ないかもしれない。だが、口調はいやみったらしく、視線は非好意的だ。
アルフィーナの名前で宰相を通して依頼したのに、面会したいなら出向けという返答を寄越すわけだ。
フェルバッハの乱で功績を立てたということは、アルフィーナの母方の祖父と戦っていると言うことだよな。帝国との繋がりを危惧してというより、職分を犯された不快感か。
「予言の姫巫女であるアルフィーナ様に無礼では」
クラウディアが言った。
「アデル伯の娘ではないか。帝国と事を構えることになれば、第二騎士団は我々の指揮下に入るのだ。せいぜい貢献してもらおう。少なくとも、兵糧を運ぶのは得意らしいからな」
おまけに馬車レースのこと根に持ってるよ。こっちは帝国の馬車に夢中で、お前らと勝負したこと自体を忘れていたのに。オマケなのに。大負けしたのに女々しいな。
しかも、活躍している対魔獣騎士団に対する対抗意識は払拭されてないみたいだ。
なにより問題なのは、帝国に対する危機感がゼロなことだ。これが、対帝国の司令官になるのか。
◇◇
幸いにして第一騎士団長殿はとっとと自分の執務室に引っ込んだ。俺たちは侯爵の命令で付けられた第一騎士団の騎士に、奥にある部屋に案内された。
「アルフィーナ様。今日は付いてきてもらってありがとうございます」
部屋の前で俺は言った。考えてみれば、第一騎士団はアルフィーナにとってあまり足を踏み入れたくない場所のはずだ。
「リカルドくんが心配ですから」
「はは、もちろん頼りにしています」
俺のコミュ力で帝国皇族から情報を引き出すなんて心許なさすぎるからな、本当に助かる。
ただ、話の転がり具合によっては、リーザベルトを利用することになる。そのときは、泥は俺がかぶる必要がある。戦後のことを考えれば、アルフィーナとリーザベルトの繋がりは残したい。
王族でも何でもない俺は、リーザベルトとの接点は間接的でいい。
「ひ、姫様には指一本触れさせません」
主の前に立ちはだかって入ってきた俺たちを必死で睨むのは、あのときお茶を用意していた侍女だ。もう一人護衛役の侍女がいたはずだが、まあそんな物騒な人間がとらわれの敵国人に付いたままな訳がないか。
「……アルフィーナ殿下。ヴィンダー殿も……」
侍女の後ろには、簡素な部屋着のリーザベルトがいた。憔悴した顔で顔を伏せる。
「まずはお礼を申し上げます。リーザベルト殿下のご忠告のおかげで、この度の災厄は最小限の被害で収まりました」
木のテーブルに着くや、アルフィーナが言った。俺が言えば「ははは、貴方の間抜けさ加減のおかげでそちらの作戦を阻止出来ましたよ、ざまぁ」といった感じに聞こえる台詞だが、アルフィーナが言うと本気で感謝しているのように聞こえる。まあ、実際感謝しているのだろう。
もちろん状況からして、リーザベルト自身は魔獣を放つことを知らなかったのだろう。
だが、俺なんかは人を見るたびに裏を読もうとする。それは逆に言えば、表を見る自信がないことを意味する。本当に人を見る人間というのは、裏を読もうとするんじゃなくて、表から裏も見るのだと思う。
「っ!」
リーザベルトは信じられないものを見たという顔でアルフィーナを見た。
「そ、そうです。ひ、姫様は何もご存じ――」
「アン。おやめなさい」
ここぞとばかりに主を弁護しようとした侍女をリーザベルトは止めた。
正しい判断だ。ぶっちゃけこの状況に至ってはリーザベルトの意思など関係ない。例えば、今回リーザベルトは帝国公使が逃げるための囮にされた。
二重に被害者だ。だが、王国にとっては帝国のバイオテロ主犯の逃亡を助ける役割を果たしたというだけだ。
「では、リーザベルト殿下の目的を教えて頂けますか」
俺は言った。人徳ゼロの策士の役目をするか。
「で、すから姫様は……、申し訳ありません」
肩を怒らせた侍女だが、リーザベルトの視線で黙った。
「目的、と言いますと?」
「リーザベルト殿下が、王国に派遣された目的ではなく、貴方が王国にいらした目的です」
「……信じてはいただけないでしょう」
「信じません。判断するだけです」
俺は言った。アルフィーナが複雑そうな顔で俺を見た。言葉が強すぎたか、でもこれが俺の限界だしな。
「やはり面白い方ですね。不思議なことにそう言われた方が気が楽になります」
リーザベルトはやっと笑った。そして、ゆっくりと語り始める。彼女の故郷の惨状が、少し血の気の引いた唇から語られていく。
血の山脈に近い故郷、リーザベルトの母の故郷と言うべきか、そこは度重なる竜の襲来で苦しんでいるのだという。
しかも、その竜は子育て期の特徴が現れているらしい。このままでは、将来的に複数の竜の襲来が予測されるというのだ。なるほど、ドラゴンが親子で来店か。料金は払わない。店は壊す。そして、注文は生きた人間だ。必死になるわけだ。
「なるほど。しかし、帝国には魔獣を倒すための部隊があるのではないですか? 王国に派遣出来るだけの」
俺は敢て言った。
「…………それに関しては、詳しいことは申し上げられません。ただ、何事にも優先順位があります。それは王国でも同じではないでしょうか」
リーザベルトは言った。彼女の故郷は魔獣の領域に近い上に、おそらく土地もあまり豊かではないのだろう。つまり、帝国中央にとっては費用対効率が悪い。まあ、だいたいここら辺は予想通りだ。
だが、帝国にとっては価値のないその辺地に、俺は興味がある。
「話せることだけで良いので、リーザベルト殿下の故郷についてもう少し詳しく教えていただけますか。魔獣と関係ないことでも」
俺の言葉にリーザベルトは困惑の表情を浮かべた。だが、ゆっくりと内容を確かめるようにその盆地のことを話し始めた。蕎麦や豆の産地であること、隣に川と豊かな平地を望みながら、魔獣のせいで眺めることしか出来ないこと。
「ふふ、ヴィンダー殿には是非一度遊びに来て頂きたいですね」
「そうですね。可能な限り早くそうしたいと思います」
リーザベルトの言葉に俺は思わず食いついた。ああ、今のは社交辞令……でもない一種の皮肉か。
「あの、リカルドくん。今はその帝国とは……」
アルフィーナは心配そうな顔で俺を見る。
「あ、ああ、もちろんすぐという話ではありませんから」
ちょっと私的な目的を前に出しすぎたな。
とにかく、”リーザベルト自身の目的”については信じることが出来る。彼女が王国の民が魔獣の被害に遭うことに心痛めたのは確かなのだろう。
もちろんクレイグとの伝作りという打算があっただろうし、帝国のテロだと知っていたら行動が変わった可能性はあるが。
だが、彼女とは利害関係を作りうると俺は判断した。つまり、リーザベルトには利用価値がある。もう少しだけ穏便に言えば、彼女にとっても俺は利用価値がある。互いの持っているものを交換することで互いに利益が出る関係を作りうるということだ。
実に商人的判断である。
「では、リーザベルト殿下に竜を倒す秘密をお教えしたいと思います」
俺はビジネスを始めることにした。ただ状況が状況だから、完全に誠実というわけには行かないけど。
「ヴィンダー殿?」
リーザベルトは驚いた。
「おい!」「リカルドそれは……」
黙って後ろで聞いていたハイドとクラウディアが慌てる。だが、俺は伯爵令息&令嬢を手で制すると、懐から紙包みを出した。
むろんクレイグには許可を取ってある。三角形に折った紙を開くと、紫色の粉末が顔を出した。俺はこの花粉の竜に対する効果を簡単に説明した。
「つまり、その毒で竜のブレスと飛行能力を押さえることが出来る……」
「そうです」
「……それが本当なら、竜の力は半減、いえそれ以下にできるではありませんか。だから王国は簡単に討伐を……。とんでもない秘密ではないですか。……どうしてヴィンダー殿の判断でそのような秘密を……」
リーザベルトは二つの困惑を並べた。
「この花粉を見つけたのはリカルドくんだからです」
アルフィーナが言った。信用の裏打ちは大切だ。そうでないと、試してすらもらえないからな。
「それでは、ヴィンダー殿はベアリングや豆のジャムだけでなく、やはり予言の災厄を阻止する役割も」
唖然とした顔でリーザベルトが言った。ベアリングのこととか調べられていたのね。帝国が俺に目をつけたなら要注意だ。
「私が調べた事だけで、信じられませんでした。では、ヴィンダー殿が魔獣を何度も防ぎ、ベルトルドやその周囲の民を豊かにする差配を……」
リーザベルトがあっけにとられた目で俺を見た。
「いえ、私は切っ掛けというか。私自身には魔術の素養も、軍を率いる器量も、領地を統治する能力もありませんから」
ダメ過大評価。俺の胃と命に悪いから。
「それは逆に言えば魔術の資質がなくても……」
リーザベルトはテーブルから身を乗り出してきた、視線が俺に突き刺さる。さっきまでと打って変わった熱のこもった視線。もしかして暗殺の危機?
「リ、リカルドくん。その、花粉のお話に戻した方が」
アルフィーナが言った。そうだ、一番重要なのはそこだ。リーザベルトの利害にとっても、俺の利害にとっても。
俺はここに来る前に渡されたダルガンの調査結果を思い出しながら、話を進める。真実の内、任意の部分だけを、ギリギリまで。
「もちろん、クルトハイトに襲来したドラゴンと、リーザベルト殿下の故郷を襲うドラゴンが全く同じではない以上、私としても必ずこれが効くとは保証できません。ですが……」
◇◇
「おかげさまで、なんとかなりそうです」
廊下に出て、俺はアルフィーナに言った。
帝国のこだわっていた竜討伐の秘密。それを知ったリーザベルトの価値は帝国にとって跳ね上がった。さて、これを長短両方の期間でどう活用するか。
「……やはり付いてきて良かったです」
アルフィーナが立ち止まった。
「リカルドくん」
「はい」
「リーザベルト殿下……帝国に行ってしまったりはしませんよね」
心細そうに俺に聞いてきた。上目遣いで見上げるその瞳が少し潤んでいる。
「も、もちろんです」
俺が将来欲しいのは彼女の故郷の隣であって、そこは帝国領じゃないのだ。そしてリーザベルトの相手は今後もアルフィーナに任せるのが無難だ。
おそらく俺はいずれ……。




