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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
七章『情報戦』

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2話:後半 ネタバレすれば大丈夫?

あけましておめでとうございます。

今年も予言の経済学をよろしくお願いします。


活動報告に『昨年の感謝と、今年の抱負的なもの』を上げています。

「一番重要なことは終わりました。それで、帝国の文字は何種類ですか?」

「そんなことも知らずにやっていたのか。閣下、やはりばかばかしいにもほどがありますぞ」


 十は年下の少女の言葉に文官が怒る。


「答えてやれカイル」

「……34種類だ」

「これらの文書は全て30種類の文字から出来ています。おそらくですけど、いくつかの母音を抜いてあります」


 英語の略号を思い出してもらえば分ると思うが、母音を抜いても言葉の意味はほぼ理解出来る。


「では帝国語の単語の平均文字数は?」

「そんなものに、何の意味が。……王国とそんなに変わらないはずだ」

「では、王国と同じ6文字プラスマイナス2文字に90パーセントが入るとします。それから母音を引くと想定すると、平均4文字毎に現れるこの記号『Λ《リューダ》』がスペースの役割を果たしていると考えられます。同様に、帝国の文章の平均単語数が分れば文の区切りを表す記号、王国で言えばピリオドが推測出来ます」

「…………な、何を言っている」


 完全に数字の世界から戻ってきていないミーアが説明した。文官が狼狽えている。さて、記号二つが解明だ。


「ちなみに、この文章は一通りではなく、少なくとも三通りの暗号表によって文字を置換しています」


 ミーアは十分な数の文字が焼け残った文書を、三つの束に分けた。見ただけでパターン認識出来るミーアは特別だけど、こうされると俺でもなんとなく三種類の区別が分る。


 多分宰相と文官にも、何か違うくらいは認識出来ている。文官が開きかけた口を閉じたのはその証拠だ。……宰相の視線がますます厳しくなったのも。


「三種類の暗号表が存在するという根拠は?」


 宰相が聞いた。


「右の文章グループの文字の頻出度合いはΘ《シルダ》、Ω《オルム》、Γ《ガルマ》の順番。真ん中のグループはΑ《アフラ》、Ζ《ゼチ》、Ε《イーロン》の順番。そして、左はΕ……の順番です。つまり、右の文章のΘと真ん中のΑ左のΕは復号すれば、同じ文字です」


 英語で考えるとわかりやすい。アルファベット27文字は同じ頻度で使われない。iやeが多いのは分るだろう。その頻度は暗号化しても当然受け継がれる。十分な文字数のある文章なら、内容はともかく、最頻出文字のパターンはほぼ一緒になる。特に上位数文字はそうだ。


 仮に三種類の暗号表を使って、三種類の英語の短編小説を暗号化したとしよう。三種類の文章で、最頻出文字は一見異なるものになる。だが、その割合はほぼ同じになるだろう。


 仮に文書の最頻出上位三文字のパーセンテージがほぼ同じで、文字の種類が違えば、複数の暗号表があることが類推出来る。


 おそらくさっきミーアが見ただけで判断したのは、その文章の最頻出文字のパターンだ。もちろん、一目でそんなことが出来るのはミーアのような特別な才能を持った人間だけだが、紙とペンがあれば誰でも可能な芸当だ。数えれば良いのだ。


 母音をいくつか抜いてあっても、幾通りか仮定して計算すればよい。


「帝国の文章における文字の出現頻度はどうなっていますか? 帝国語で書かれた普通の文章はいくらでも保管されていますよね」


 ミーアは言った。文官はぎこちない動きで立ち上がった。

「この文章はおそらく、ΑをΘ、ΩをΛで置き換えています。後は単語によく出る文字の並びを考慮すれば、虫食いの要領で置き換えた文字が分るはずです。一文字判別する毎に推測の難易度は上がりますが、同時に候補が減り、周辺情報が増えるので残りの判別は楽になります。加速度的に」


 次は文字の並びのパターンだ。例えば英語ではTHやWHという並びはよく出る。過去形なら単語の後ろにedが付くだろう。ちなみに、英語なら同じ母音が続くことはあっても同じ子音が連続することはまず無い。帝国の暗号が母音を抜いているのはそういう意味もあるのだろう。


 もちろん、暗号文だから時勢も省略している可能性がある。その場合はそれを想定した文章の文字頻度を計算し直せば良い。


 第二次大戦、ドイツや日本の暗号は数学者によって解かれた。コンピュータ理論の元祖であるチューリングの功績が有名だ。


 どちらも、この帝国の暗号なんか足下にも及ばない複雑な処理だ。単なる置き換えじゃなくて、日時や乱数を使ってパターンを消そうとしている。


 だが、原始的なコンピュータでもそのパターンは見いだされた。


 それは”意味”がどうやって生じうるかの根本原理でもあるから逃れられないのだ。チューリングは単に数学が得意だから暗号を解けたのではない、計算という概念それ自体に対する深い理解がその背景にある。


 ちなみに、言葉に対して俺たちの脳がやっているのも基本は同じ事だ。


「パターン操作という観点から言えば、これはきわめて単純です」


 ミーアが静かな目で国家間機密を見下ろしている。向かいの二人は、もはや何か不気味な物を見せられたという顔になっている。不味いな。


「分って頂けたと思いますけど。この方法は文字の入れ替えを基盤にした暗号”全て”の解き方です」


 繰り返すが、目の前の二人はめちゃくちゃやばい理解に至ろうとしている。ミーアがやったことは、この世界の普通の暗号全てを殺したのと同じだ。


 もう完全に保身の一大危機なのだ。平民二人の命は風前の灯火なのだ。


「どう判断する?」

「…………王国の暗号は全面的に対処が必要です。この原理を知っている者に対しては、暗号表をどれだけ変えても意味がありません」


 文官はがっくりと肩を落とした。宰相の目がさらに厳しくなっている。ほら、帝国のスパイと疑っていた時以上にこっちを睨んでる。


「ち、ちなみに騎士団ではその作業を進めていますから」


 だから俺は補足した。目の前の平民二人消しちゃえば暗号の基本原理を独占出来ちゃう、という欲求をもたれたら堪らない。


「後は、暗号の内容はそちらで読んでから教えてください。俺たちは二人とも帝国の書き言葉は読めないですから。ただし、ちゃんと教えてもらわないと馬竜との関わりをこちらで判断出来ませんからね」


 俺は念を押した。内容を管理するのはあくまでそちらですよと、上位者の面子と管理欲求を満たさせる。平民の鏡、保身の奥義ここに有り。


「フルシーも大公も、王子ですら其方の隠れ蓑か」


 用意しておいた万全の保身を並べ立てたのに、宰相の目は全く笑っていない。保身のプロたる俺がこれだけ気を遣ったのに、あまり効果がない。


「お前は何を望む」


 宰相が重ねて言った。


 こういうやりとり久しぶりだ。今思えば、フルシーやノエルは知識に夢中でゆるゆるだったし、エウフィリアやクレイグもあれで甘かったんだな。


「……強いて言えば二つありますけど。結構大それてますけど、それでも聞きます?」

「言え」

「一つは魔脈の変動を組織的に観測する仕組みです。東西の赤い森だけでなく、もっと細かい観測体制を構築したいんです。魔の領域になってる、大河の中央部近辺もですね」

「ほう?」


 それでどうやって国家転覆するのだ、みたいな顔で宰相が俺を見る。逆だから。


「えっと、そうやって得られたデータをですね、水晶のシグナルの頻度を組み合わせるんです。データが積み重なれば、巫女姫がいなくても災厄の規模、タイミング、方向の目安が出来るようになるかもしれません」

「ほう、自分は王女に懸想しただけの小僧だと言うつもりか」


 宰相は言った。


「ど、どうしてそんな話になるんでしょうか。巫女姫の資質を持つ人間が希少である以上、それになるべく頼らないシステムを作り出すことは国家安全の当然の要求じゃないですか。違いますか、それくらい判断出来ますよね」


 なぜか冷や汗を流して俺はまくし立てた。ミーアが机の下で俺の足を踏んだ。やばい言い過ぎた。


「宰相府に席を――」

「俺は生涯一商人で良いんです」


 俺は言った。宮仕えなんてまっぴらだ。


「………………その言葉が本当だと万が一判断出来たら、巫女姫が役割から解放された時には、ある程度の協力をしてやろう」


 宰相が言った。意味が分らないが、何に折り合いを付けたのだろう。


「二つ目は?」

「あっ、はい、えっとですね帝国の残したもう一つの情報元ですね、リーザベルト殿下との面会です」


 予定していた依頼だ。皇女の身柄を押さえている第一騎士団に、クレイグやエウフィリアから話を持って行ってもまず通らない。


 宰相と第一騎士団も友好的ではないらしいが、大分マシなはずだ。


 もっとも、その後も大変だけど。これまでの二つと違って、コミュしょうにとっては一番難しい情報収集だからな。


「新しい暗号を作るにあたってはそちらの少女の――」


 席を外そうとした俺達に宰相が声を掛けてきた。俺はミーアを後に下がらせた。大きく息を吸うと、老人と向かい合う。


「おそれながら宰相閣下、平民にも出来ることとできないことがございます」


 宰相の立場なら別におかしな事は言っていない、だがこちらにはこちらの立場がある。それを踏み越えたら戦わなくてはいけない事に身分も善悪も関係ない。


 平民だって平和に穏やかに生きる権利がある、んじゃない。そんな権利は平民だろうと貴族だろうと、誰にも保証されていないというだけだ。


 そしてそのためには、あの紫髪の皇女殿下にも役に立ってもらう必要がある。

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