表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
七章『情報戦』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/280

1話 生物学的情報分析

 宰相サプライズゲスト付きの会談から三日後、俺はクレイグから受け取ったブツを手に館長室に来ていた。部屋にいるのは主である男爵様と肉屋の倅先輩だ。二人とも俺が開けた箱の中身を前に微妙な表情をしている。


 まあ、無理もない。箱の中に鎮座しているのは白くて丸い塊。大きさはテレビで見た象のくらいだ。


「これが今回の国家機密かよ。リルカ達には見せられないな」


 ダルガンがつぶやいた。


「動物の専門家たる先輩が頼りです」

「いやな専門家だな。……事情はこっちにもある程度は聞こえてきてるけどな」


 なんやかんや言いながら汚れ仕事を引き受けてくれるのが本当に有難い。


「本来ならこんな物持ち込まれたくはないが、言ってられんな」


 騎士団からのもう一つのお土産、現場近くにあった足跡のスケッチに見入っているフルシーも言った。


 男爵様は給料の内じゃないかな。


「とっとと始めるか」


 一瞬で職業家の目になったダルガンは木べらで謎の動物の落し物を崩し始めた。


 そう、汚いなんて言ってられない。何しろ状況はかなり深刻なのだ。


 帝国の敵対行動が明らかになったのに王国は通常営業だ。謎の動物の残した痕跡はクレイグの対魔獣騎士団、公館に残された暗号文書は宰相、そして置き捨てられた皇女は馬車を捕らえた第一騎士団。見事に縦割り管理されている。


「一刻を争うよな……」


 俺は粘菌まじゅうへいきを引き寄せた木材からの年輪サンプルの結果を思い出す。


◇◇


「やはり、王国の樹木とは少し勝手が違うようでな。百年近くあった年輪で七十年前までしか遡れんかった」


 フルシーが測定器を手に言った。


「ここが五十年前。帝国との戦争が終わったところじゃな。二十年前のフェルバッハの乱がこのあたり。…………そして最近十年の変動がこれじゃ」

「…………」


 淡々と説明するフルシーにいつもの冗談めいた雰囲気は無い。計算助手を務めたミーアは沈黙を守っている。明らかになった帝国の魔脈活動記緑。一年前、魔獣氾濫の兆候を明らかにした時よりも遙かに深刻なその意味。


「私も西部の出身だから昔の戦争のことは聞いてるし、今回の魔獣の件は許せないけど、これがそんなに重要なの?」


 一人状況についていっていないノエルが首をかしげた。そういえば、最初の予言の時には居なかったな。


「重要なんて物じゃないんだ。見てくれ。確かに帝国の説明の通り、五十年前の停戦の数年前から帝国の魔脈活動がだんだん上昇している」


 俺は五十五年前の数値を指した。同じスケールで比較出来るとは限らないが、元々王国よりもずっと高い数値から始まって、その数値がさらに上昇している。帝国が戦争どころではなくなり、帝国領から魔獣がなだれ込む事を恐れて、過去にそういうことがあったらしい、王国も停戦に応じた。もともと、王国には得るものの乏しい戦いだ。


 その後は、食料と鉱物資源の交易で両国の関係は安定していた。王国にとっては基本的には平和な時期が続く、皮肉にも魔獣がもたらした平和だ。だが、帝国の魔脈はその後もじわじわと上昇している。さぞかし苦しかっただろう。だが、逆に言えば激しくなる魔獣の活動に帝国は耐えた、いや恐らくは適応して学習したのだ。俺たちが見たあの馬車に使われた魔獣素材や、粘菌を兵器として使ったのはその成果なのだろう。


 その魔脈の活動は、十二、三年前にピークを迎えた。その後、魔脈の活動は下がり始め、ここ五年はピークの七割強と言った数値で落ち着いている。


「つまり、帝国は活発化し続ける魔獣と戦う力を四十年掛けて鍛えた後、今その力に余裕が出来たわけだ」

「魔脈が収まったんだから、良かったんじゃないの」


 もちろん帝国だって良かったと思っているだろう。だけど、あっちの立場に立って考えればただほっとしていられない。


「ノエルよ。このまま魔脈が大人しくしている保証はないじゃろ。ここからまた上昇に転じたらどうする?」

「あっ……」


 フルシーの言葉にノエルがはっとした。


 そうだ、帝国にとってはいつまで続くか分らないゴールデンタイムだ。そして、大河の南には五十年間の平和にダレきった王国えものが腹を見せている。


「帝国の意図は明白ですね。魔獣の被害が減っているのに、食料や塩など戦略物資の交易の増強を求めていたのですから。そして、こちらにはなるべく魔結晶を渡さない」


 ミーアが言った。紹賢祭のデータやカレストの帳簿などから分ることだ。


「望みの大河って言ってたな」


 リーザベルトの言葉を俺は思い出していた。


◇◇


「おいヴィンダー。終わったぜ」


 ダルガンの声で俺は現実に戻ってきた。


「お前が言いだしたことじゃぞ。ちなみに、これ自体に魔力の反応はない」


 フルシーが言った。いかんいかん、まずは目の前の情報に集中しないといけない。俺は大まかに分類された落とし物を見た。


 ダルガンが木べらの先で白くて粘っこい物質を指した。


「この白いのは鳥の糞に似てる」


 おそらく尿酸だろう。体内の窒素廃棄物を尿酸の形で排出するのは爬虫類と鳥類、いや恐竜類だ。こうなると、貪竜の落とし物も採取しておくべきだったな。あの時はそんなこと考える余裕はなかったが。


「茶色い部分には糸っぽいのが残っている、牛なんかの糞に似てるな。この動物の食いもんは草だな」

「……牛ですか? カモみたいな植物を好む動物の糞の方が近いんじゃないですか?」


 俺は聞いた。もしこれが俺の想像通りの生き物ならそちらの方が近いはずなんだが。


「いや、そりゃこの白いのはそうだけど。こっちはどちらかというと牛に近い、同じ草を食う動物でも細かさみたいなのが違う、まあ見た感じだけどな」

「ということは反芻してるのか?」


 単位重量辺りだと肉を食うのが一番高効率だが、単位面積だと全く違う。太陽のエネルギーを直接得る上、動いて消費することもない植物が大量のエネルギーを蓄えている。


 さらに、反芻動物は人間には利用出来ない”ブドウ糖の塊”である食物繊維をバクテリアに分解させることで栄養とすることが出来る。食っているのは草だが、実際吸収しているのはバクテリアとその分泌物だ。おかげで牛はドレッシング抜きのサラダで巨体を維持出来る。


 もちろん、日本の和牛みたいに霜降りにするには、穀物を食わせないといけないが。


 尿酸排出型の草食の馬車を引けるくらい大きな動物。俺が想像していたのとちょっと違う。だが、人間が使役するという観点から考えると利点とも言える。


 ティラノサウルスの親戚には反芻をする草食竜がいたはずだ。チリサウルスだったか。足跡から分る二足歩行で指が三本というのも合う。


「その草は干草ですか」

「流石にそこまでは分らねえよ。こっちはあくまで肉を扱うのが商売だ。……そうだな、冬場と夏場の糞の違いを牧場に聞いてみることは出来る」

「お願いします!」


 帝国は王国に持ち込んだ後、おそらく数ヶ月はこの動物を維持している。どうやって飼っていたかは重要だ。帝国が王国内でこの動物を”運用”する時に密接に関わってくるからだ。


「分った。後はこれだな……」


 ダルガンが繊維質、といってもほとんど消化されている塊から粒のような物を分離した。未消化の植物の種だろう。麦のように大きくない、おそらく草の物だろうな。


「館長。この粒に魔力が含まれていないか確かめてくれ」


 俺はいやな顔をしているフルシーに頼んだ。


「この量では確証はないが、殻の中心部にわずかに痕跡があるな。なるほど、これを好んで食っていたということは魔獣である可能性が高いな」


 測定に使った紙を早々に捨てると、フルシーが言った。


 やはり魔力を含んだ植物か。もしかしたら葉は赤かったのかもしれない。普通の動物がたまたま口に入れたのではない、わざわざ帝国から飼料を持ち込んだのだろう。


「……帝国には草食の小型恐竜……小型ドラゴンを使役する技術があるようですね」


 俺は結論を言った。


 帝国の馬車がオーバースペックだったわけだ。向こうにとっては、足回りだけばれても痛くなかったんだろうな。しかも、逃げたバイラルはそれに騎乗していた。竜騎兵かよ。


「それはまたとんでもないな」

「そんな物を持ってる国と戦うのか!?」


 フルシーも流石に茶化したり、知的好奇心を優先する場合じゃないらしい。


「問題は、帝国がどれほど用意可能かですね」


 五匹、いや十匹でも補助的な意味を持つだろう。例えば伝令だ、山野を問わず夜間も高速移動出来る伝令。そして、もし百匹も投入出来るなら純軍事的意味を持つ、千匹なら王国が滅びかねない。何しろ普通の武器が効かない上に、馬よりも遙かに早く、おそらくスタミナも持つだろう。


「魔獣を飼育、どうやってるんじゃろうか」


 前言撤回。フルシーの顔がなんか新しい玩具を見た子供みたいになっている。ただ、これは重要なことだ。どれだけ強力でも、補給の問題はネックとなるはずだ。帝国が攻めてきたとして、赤い森の周辺を押さえに来る可能性があるな。


「なあ、竜だって言うのなら、あの花粉が効くんじゃないのか?」


 ダルガンが言った。確かにそうだ。おそらくこの動物の呼吸システムも気嚢だ。あの花粉は切り札になる。いや……。


「すいません、ダルガン先輩。花粉のことで追加調査をお願いしたいです。カモみたいななるべく……」


 俺は追加リクエストをした。ダルガンは頷く。


「帝国が馬代わりの竜、馬竜か、をどれほど用意出来るのかどうやって確かめるのじゃ?」


 フルシーが言った。なんでそんなうらやましそうなんだよ。


「それに関しては、一つあてがあります」


 俺はミーアを見ながら言った。帝国の二つ目の落とし物を探らなければならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ