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8話:前半 予言から予測に

 レイリアから戻った翌日。学生達の好奇と嘲笑の視線を背景に、俺は中庭で一仕事終えた。その足で館長室の隣の部屋に向かった。もともとの館長室だったスペースを二つに分けて、一つが個人実験室になっているというのだ。


 中に入ると、窓は分厚いカーテンで覆われ壁は黒塗り。魔力の影響を防ぐ材質らしい。壁と同じ色の分厚い実験机。そこにくっついた、得体の知れない瓶の並んだ棚。壁には館長室と同じ石板がはまっている。


 どちらかと言えば簡素だった館長室よりもずっと金が掛かっている。しかも、明らかにこちらが広い。主の心の重心が、趣味と仕事のどちらに偏っているかが判る仕様だ。図書館利用者ランキングベストファイブに入る俺が、一度も見たこと無いわけだ。


 魔具とそのエネルギー源である魔結晶は、ほぼ国家管理じゃなかったか? 腐っても元宮廷魔術師か。


 実験机の向かいには黒いエプロンと黒い手袋の老人。図書館長から学者に変わっている。俺はフルシーの向かいに立った。右にミーア、左にアルフィーナだ。


「では、実験を始める」


 フルシーは手術前の外科医のように両手を上げると宣言した。実験机には黒布に包まれた細長い物体と、俺が取ってきた中庭の木。そして黒い紙がある。


 老教授の指導による学生実験の様な光景。だが、俺たちは関与できない。俺の資質はほぼゼロ。ミーアも大して変わらないだろう。

 魔術は資質のあるものが特定の魔具の扱いに精通して初めて行使できるのだ。アルフィーナは予言の水晶に特化。騎士団は己が使う武器や防具といった具合だ。


「まずはこの”木”じゃな」


 フルシーは木の棒をつまみ上げた。いわゆるネガティブコントロール。樹木そのものに魔力に反応する要素がないことを確認するためだ。本来なら魔力をすっていない同じ種類の樹木が望ましいのだが、それは無理だ。


 フルシーは机の黒紙に棒を押し付けると。右手の手袋を外して中指と人差し指を伸ばした。頼りなく小刻に震える枯れ木のような指。中指には、アメジストに似た小さな宝石の付いた指輪が嵌っている。指輪の金属部分には迷路のような模様が彫ってあるようだ。


 フルシーがモゴモゴと口を動かすと、指輪から白い光があふれる。リングの模様がそれに合わせて光り、宝石に幾つかの模様が浮かび上がる。最後に光が手を覆った。震えはピタリと止まっていた。


 魔術師はサンプルを黒紙に押し付けると、二本の指でゆっくりと右から左へ、幹の中心から樹皮の方向に動かしていく。


 棒が取り除かれると、黒紙が白く感光していた。全く均一。刷毛で白いインクを塗ったようだ。俺はほっと胸をなでおろした。植物自体におかしな反応をされては、測定の難易度が跳ね上がる。


「素直に通すようじゃな。次は標準の作成じゃ」


 フルシーは正方形の小さなタイルのような物を十個、紙の上に置く。指輪が光り、真っ白からほぼ黒までの四角が現れた。


 準備は整った。次はポジティブコントロールだ。


「これが”わざわざ”東方から運ばせたサンプルじゃ」


 黒い布を解くと、くり抜かれた赤葉樹の幹が取り出される。フルシーの伝で東方の測定所近くで採取されたらしい。


 右端から指が動き、左端に抜けた。フルシーは俺を見た。思わず固唾を呑んだ。もし何の結果も示さなければ、年輪で魔力変動を観測するアイデアそのものがダメということになる。


 ゆっくりとサンプルが持ち上げられる。フルシーの目が光った。


「なるほど、こうなるか……。面白いぞ」


 紙の上には波のような模様が現れていた。俺は大きく息を吐いた。抜けが薄い部分、つまり黒い部分は乱雑な魔力である瘴気の量が多い。明るさと瘴気量が反比例する。原理としてはレントゲンと同じ。魔樹が魔力の記録を残すメカニズムは解らないが、年によって濃淡が有ることは明らかだ。


 ただ、幹の中心から中間部分、つまり古い年代では白黒の模様が曖昧になっている。


「あまり古い年代は無理みたいですね。十年分くらいか……」

「待て待て、もう少し感度を調節してみよう」


 すっかりやる気になったフルシーは指輪をいじる。先ほどの写像の隣に、もう少しコントラストの効いたパターンが現れた。


「ほれ、ましになった。それでも、三十年より以前のデーターは捨てるのが無難じゃろうな」


 なるほど大したものだ。確か、観測所より一桁高い精度だったか。直接測定だから、それで足りるんだろうが、赤葉樹相手ならアウトだった。


「よし、これで数値化する。ミーア君は記録をとってくれ」


 ミーアが定規とペンと取り出すと、横にずらした幹の縞に合わせて印をつける。フルシーは拡大鏡を手に、年輪から年ごとの濃さを数値化していく。息はぴったりだ。……俺の秘書だからな。


 アルフィーナは俺の隣で緊張の表情でそれを見守っている。


 結局、二十八年分のデータが紙上に並ぶ。フルシーは懐から巻物を出した。俺達には見えないように、得られた数値とそれを比べている。そして、巻物を机の上に放った。


「あの先生、これ機密書類の印が付いてますが……」


 アルフィーナが控えめに言った。そりゃ、軍事機密だろうからな。


「機密の意味が無いわい。同じものが目の前に在りおる」


 フルシーは言った。俺は左右の数値を比べた。二十八年前の観測値は30、年輪の測定値は14。二十七年前が観測値33で測定値15、二十六年前が観測値40で測定値18。もちろん数値は一致しないからそれぞれ平均の数値に合わせて相対化する。二倍強すれば対応しそうだ。

 いや、三年前は24に対して12だから丁度二倍、やはり時間による減衰はある。だが、これくらいなら許容範囲だ。


 何も言わずともミーアが平均に対してプラスマイナスで相対化して行く。本来なら標準偏差や検定もすべきだろうが、サンプルの量的に意味が薄い。


「まったく、こんな方法があるとはな。お主は一体何者じゃ」

「運が良かったんですよ。まさかここまで綺麗なデータが取れるとは思いませんでした」


 さっきまで新しい玩具を楽しむようだったフルシーだが、俺を見る目は鋭くなっている。俺は頬を引きつらせながら答えた。まさか異世界知識とはいえない。予言よりも胡散臭いじゃないか。


「…………過去二十八年で、東方で起こった魔獣氾濫は中規模一回、小規模四回じゃ。これを見れば分かるように、魔獣氾濫の五年前から魔脈が活発化。三年前にピークを迎えて、二年間の減少の後に魔獣氾濫が発生する。対応する年輪のパターンはここじゃ」


 黒い紙には三目盛り分、段々と黒くなっていく帯が見えた。


「すごいですね。リカルド君の言ったとおりになっています」


 アルフィーナは俺の手を握りしめた。綺麗な瞳が少し潤んでいる。このお姫様は感情が顕になると、ちょっと反応が無邪気になるんだよな。


「んっ、ん」


 咳払いするミーア。アルフィーナは慌てて手を離した。


「……明確に予測可能なパターンを見出した館長の功績ですよ」


 魔脈からの魔力が増大するに従って魔獣の個体数が増え、魔力のピークに少し遅れて魔物の数のピークが来る、増えた魔物は魔力の減少を引き金に暴走するって感じなのだろう。


「ふん。……さて、年輪から得られた、四年前までの数値がこれじゃ。大きな変動はない。今日の実験だけで、今年魔獣氾濫は起こらないと予測できるということじゃな。もちろん、東方の場合、観測所のデータの裏書にすぎん。じゃが……」

 フルシーの目が俺が手に持った包に突き刺さる。そう、ここには未知の情報がある。そしてそれは、西方の魔力変動のパターンという学術的な記録にはとどまらず、もっと深刻な意味を持つのだ。


 俺はアルフィーナを見た。彼女は頷いた。俺は二人で切り出したサンプルをフルシーに渡した。


 いよいよ本番だ。緊張した空気が部屋を覆う。フルシーは樹皮とは反対側、古い年代から棒を持ち上げる。白い抜けが紙の上に現れる。ゆっくりと焦らすように俺達の目に測定結果が伸びていく。だが、先ほどのサンプルならパターンが見え始める部分になっても紙は白いままだ。


 ついに、樹皮が紙から離れる。俺は紙を凝視した。だが、そこには白以外の何も見えない。


 魔脈の変動は起こってないのか……。予言が告げる災厄は魔獣氾濫ではないのか。次の仮説を検討しなければならないのだろうか。いやそもそも予言は…………。頭のなかがグルグルと渦を巻く。


「おかしいのう。全く変動が無いというのも不自然じゃが。そなたちゃんと…………。しまった! 感度を戻してなかった」

「おい、じい……頼みますよ館長」


 フルシーは頭をかくと指輪をひねった。年輪の上をもう一度指が動く。サンプルが紙から離れる。やはり、真っ白…………。いや、かすかに陰りはある。


 白い線の中、末端近くに一箇所だけの薄いもやがあるように見える。


「もう少し調整するぞ」


 三度目の正直。フルシーは「ふう」と息を吐いて棒を置いた。現れたのは、俺達が望んでいた望むべからぬ結果だった。


 完全に白く抜けている幹の中心部、よく見れば微かに波打っている中間部。

 

 

 そして樹皮のすぐ側に一つだけある黒い帯。


 

 東方と並べるとはっきりと分かる。西方では確かに魔力は安定している。ただし、それは五年前までの話だ。今から四年前に僅かに陰りが現れ、三年前、二年前とそれが濃くなっていく。そして、一年前は白に戻った。今年のデータは不完全だが、少なくとも影は見えない。


「この感度で標準をつくり直すが。数値化するまでもないじゃろう。予兆が現れておる。おそらくは今年……」

「西方で大いなる災い、魔獣氾濫が発生する、ということですね」


 風もないのに、ランプの光が揺らいだ。


 俺達の結論に、二人の少女は沈黙した。一人は、生まれ故郷を襲う災害。もう一人は、自分の見た恐ろしい光景が実現する証拠を見せられたのだ。


 神秘的で曖昧なイメージから数値による予測へ。

 

 

 それは予言が情報へと姿を変えた瞬間だった。

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