9話:後半 単純であることの弱さ
ドカッ!!! ガリ、ガリ、、ガリ……グシャ、グシャ、グシャ……ブシュ……。
…………ビシャッ
緑の草原を黒く削り取りながら、まっすぐにキャンプファイヤーを目指した二匹の移動体。魔獣列車は地面に撒かれた木くずに誘導され正面衝突した。王国では貴重な木材が、粉々になって飛び散る。雹のように降り注ぐ木片が俺達の馬車にガツガツと当たる。俺は思わず頭を覆った。
「おお、止まったぞ」「急げ、時間がない」「矢に火を付けろ」
騎士達の声に恐る恐る窓から顔を出す、キャンプファイヤーがあったところには、二つの水滴がぶつかったような白い塊があった。
螺旋を描いていた赤い光は、うっすらと全体を覆いながら弱く明滅している。塊はかすかに震えるだけで動かない。
「放て!!」
挟み撃ちにするように突進してきた魔獣は、左右に分かれた騎士団に挟撃される立場に立っている。対魔獣騎士団とベルトルド騎士団が呼吸をそろえて弓鳴りの合奏をつくる。
無数の火矢が左右から塊の周囲に降り注ぐ。キャンプファイヤーの周りには、ベルトルドから馬車が運んできた薪や竹、そして油壺が積み重ねられている。
降り注ぐ矢は魔獣には跳ね返されているが、周囲に置かれた可燃物に一斉に火を付けた。
あっという間に塊の周囲に炎が立ち上がる。
「ここまではお主の計画通りじゃな」
魔獣にアンテナを向けながらフルシーが言った。
「これで終わってくれれば良いんですけど」
俺は魔獣に向けたレーダーを祈るように見た。見ても分らないけど。
「不味いな、魔力の波がもう復活を始めたぞ」
測定器を見ていたフルシーが警告を発した。俺は目をこらす。スライムの塊には一見なんの変化もない。
だが、炎に囲まれ黒い塊と化した魔獣に、火とは違う赤い光が見え始めた。潰れた粘菌の体が、ずるずると円形へと形を変え始める。
でたらめだった赤い光がだんだんとパルス状にリズムを作り、螺旋状のパターンが幾つも生じる。
正反対の螺旋同士をぶつけることで打ち消した怪物の統制が、自己組織化的に再構成されていくのだ。
黒い塊がねじれるように渦を巻き始め、表面の焦げた個体がばらばらと剥がれ落ちる。その下には白い肌が赤く光る。
やがて、複数の螺旋が塊の中心に集合し、次の瞬間盛り上がり始めた。
「パターンはどうなってますか、館長」
「走ってきた時と同じじゃな」
「ダメか」
このまま子実体を作ってくれればという希望は潰えた。ここに来たときの二倍の大きさの白い柱が、天に向いて立ち上がった。
「こちらに倒れるぞ、待避! 待避!!」
地響きを立てて、起立した巨大移動体が細長い体を地面に倒す。その方向にいた部隊が慌てて逃げ出す。
ドーーーン!!
圧迫によって周囲の炎が飛ばされる。
「残りの火矢をつぎ込め、動く前に少しでも攻撃を!」「もうほとんどありません」「動き出します」
絶望的な騎士達の声。巨体は周りを焦がす炎に表面を焦がしながらも、動き始める。
地面で蠕動していた巨大移動体が鎌首をもたげた。その先にはベルトルドの街がある。このままでは、二倍近い大きさの破城槌にベルトルドが襲われる。
クレイグが俺を見た。彼の背後には二台の馬車が控えている。馬車には学院の図書館長室の壁と同じ魔力を遮断する染料で染められた布で覆った木材が入っている。
アレを南西に走らせれば、最悪でもベルトルドから進路を逸らせるだろうが。その後が保証出来ない。だが、決断が遅くなればなるだけ粘菌の進路に対する俺達の主導権は失われる。
村が一つ余計に潰れる。あるいは最悪ベルトルドへの突入を防げないなど。時間と共に、選択肢は狭まるのだ。
ついに、白い巨体がベルトルドへ進み始める。俺がクレイグに合図を送ろうとした時。頬を熱い空気が撫でた。
俺はクレイグに合図を送る。馬車から出した俺の手が、まっすぐ王都の方を指す。馬車から布が捨てられ、東に走り始める。
「俺たちも距離を取ってください」
誘引剤が突如、自分の進行方法とは逆に現れたことで、魔獣が戸惑うようにCの字を描いた。
ゴーーーーーーーーーーーー!!!
次の瞬間、これまでとは比べものにならない炎が立ち上がった。キャンプファイアーのあった場所を中心に、地面そのものが燃え始める。その中で粘菌はまるで痛みを感じているように、のたうち回る。
キャンプファイヤーの周囲に掘っていた穴は、単に粘菌を誘導するためではない。泥炭層に空気を供給するためだ。そして、地面には粘菌の回転移動によって削り取られた乾燥した泥炭層が露出している。
それがベルトルドから運んだ大量の可燃物の炎により着火して、泥炭火災を引き起こしたのだ。
「火計の二段構えだけど、なんとか上手くいったか」
これがこの場所に粘菌をおびき寄せた理由だ。泥炭から上がる猛烈な煙の中、黒い影の様にのたうち回る巨大な蛇。
その動きがだんだん弱っていくのを見て、俺は息を吐いた。
◇◇
大量の煙が晴れると、黒焦げになった塊がジュウジュウと音を立てている。
騎士が槍を投げつけた。炭化した粘菌がぼろぼろに崩れる。開いた穴の中も、真っ黒だ。
「魔獣の死亡を確認しました」
どうやら中までしっかり火が通っているようだ。キノコしかない焼き肉パーティー、二度とやりたくない。
「見よ、災厄の魔獣は討伐された」
「「「うおぉぉぉー」」」
クレイグが勝利宣言をした。騎士団から雄叫びのような勝ちどきが上がる。全員が両腕を振り上げている。
「今回は犠牲者ゼロで済んだみたいだな。良かった良かった」
俺は深く息を吐き出した。実際には先日の落馬で骨折した人間が数名いる。だが、前回と違って死者が出なかった。
「……そうじゃな」「……そうね」「…………」
「なんだよ。もっとうれしそうな顔しろよ。まあ、本当にギリギリだったけどさ。ああ、後片付けは大変だな」
「いやむしろ、お前の方が……。まあ、もう今さらか」
「先輩は”人間相手じゃなければ”完璧な策士ですね」
「言わないでくれ。王都に戻った後のことを考えると、頭が痛いんだから」
災厄はなんとか片付いた、次は原因に対応せねばならない。
向こうの意図はほぼ完全に挫いてやったが、ミーアのいうとおり魔獣よりも遙かにやっかいであることに変わりは無い。
ただ一つ気になるのはリーザベルトだ。帝国がこれを引き起こしたことは、木材が誘因作用を示したことで確定と言って良い。
じゃあ、なぜ帝国皇女は俺たちのヒントになるようなことをいったのだろうか。
まあ、天上界のやりとりは大公と王子の仕事だよな、うん。




