9話:前半 ロジスティクス
ベルトルドの城門前には、四十台を超える馬車が並んでいた。前列中央には魔獣騎士団の馬車。その左右をベルトルドの騎士団の馬車が固める。その後ろに大公の呼びかけに応じた商人達の馬車が並ぶ。
その多くがベアリングによって改良された馬車であることが頼もしい。どの馬車も荷物を満載している。
決定した方針通り、俺たちは昼夜を問わずベルトルドへと急いだ。騎士団には敵に背を向けて逃げるような行動に不満もあったようだが、そこは英雄王子の実績と威光である。結果、次の日の夜にはベルトルドへ着いた。
すでに早馬で作戦を伝えておいたため準備は進んでいたが、それでも移動体が到着するまで時間がない。準備が整ったのは本当にギリギリだった。
今作戦の切り札、工房に保管されていた大量の帝国の木材は対魔騎士団の馬車に積み込んである。
今は、万全を期すためにボーガンと工房の若手達が潤滑油などを配っている。
それにしても、よくこれだけ残ったものである。今後の商業上の優遇や次の馬車の優先的提供をテコに商人達を引き留めたらしい。彼らの馬車改良の成果が力を発揮したということか。
「君がヴィンダー商会の跡取りか」
「はい、ジヴェルニー商会さんですね。協力ありがとうございます」
俺は民間馬車の集団からこちらに歩いてきた男に声を掛けられた。後列の馬車の半分はこの男の商隊のものだ。輸送を専門にする金商会らしい。
「ケンウェルともダルガンもお得意様だ。それに、見本市で見せてもらった面白いものが、実際に動き出していることを確認したからな。実際見るまでは半信半疑だったが」
「ベルトルドは今後もっと発展しますよ」
国全体の輸送能力の強化と、ベルトルドの産業化にとって彼はキーパーソンだ。
「ほう。まるで君がそれを差配してるような言いようじゃないか。だが、新興銀商会の跡取りが天下の対魔騎士団に指示を飛ばしている姿を見ると信じてしまいたくなるな」
男は意味ありげに俺を見た。
「……今回の魔獣討伐の要は輸送ですから」
「なるほど。そういう意味ではこちらもちゃんとした仕事だ。所定の場所に頼まれた荷物を運ぶというね。将来はベルトルドから食糧以外の商品を運ぶ機会が増える期待もあるが」
男は言った。なるほど、将来の取引を考えている訳か。まあ、蜂蜜の輸送なんかそのうち俺たちには手に負えない量になるだろうしな。
「何にせよ。宰相閣下に良い土産話が出来そうだ」
「……はっ?」
男のつぶやきの意味を聞こうとしたが、輸送ギルドの大物はすでに自分の馬車に向かっていた。
「うろたえる必要はない。妾は最後までこの街にとどまる」
城門の上で、エウフィリアが街の住人に呼びかけている。もちろん、失敗に備えて避難の計画が進んでいるが、それが秩序だって行われるためには指揮する人間への信頼が一番重要だ。
領主の言葉を聞く住人にはほとんど焦りはない。もちろん、二度にわたって魔獣を退けた英雄王子とその騎士団に対する信頼もあるのだろうが……。
「大したもんだ」
考えてみれば、ベルトルドの産業都市化がこうもすんなり進んでいるのも、これまでの大公の実績あってのことだしな。蜂蜜事業を始める時に親父の信用がものをいったのと同じだ。
「頼まれたものは積み込んでおいたぜ。こんなもんで良いのか」
ドルフが俺の方に走ってきた。彼は袋から中身を手のひらにのせた。細かく削られた木くずだ。表面積を増やしたことで、木材が蓄えている瘴気が発散しやすくなる。
「ありがとうございます」
「後、言われたとおり木材一つ一つからサンプルは取っておいた。賢者様に渡せば良いんだよな」
「助かります。後は自分たちの避難の準備を優先してください」
「は、自分の城を捨ててそう簡単に逃げられるかよ」
「いやいや、だから……」
「わかってるぜ。俺たちの腕の方が替りがきかないって言うんだろ」
ドルフは力こぶを作って笑った。本当に分ってるんだろうな。まあ、避難計画そのものが無駄になるように、こちらも努力するか。
◇◇
平地の真ん中に対魔騎士団の馬車が並ぶ。二台から覗く大量の丸太は、まるでキャンプファイヤーの準備をしているみたいだ。元の世界なら焼き肉の用意もセットだな。
そんなのんきな話だったらどれだけ良いか。
馬車の周囲には騎士達が土木作業中だ。杭を地面に打っては引き抜くという、拷問みたいな作業が進んでいる。
馬車の南北方向に三角形を作るように、ドルフに削ってもらった木材のくずを穴に播いていく。
「……二体の魔獣に貼り付けた偵察隊から、魔獣の進路がこちらに向いたという報告があった」
「ありがとうございます。もうそろそろレーダーで正確な位置が分りそうですね」
偵察隊の報告を伝えてくれたハイドに俺は答えた。
「魔獣はもう馬車では追いつけない速さになっている。ここに来る頃には騎馬でも離されるかもしれない。準備は間に合うのか」
ハイドは馬車の周りを見た。いくつもの壺が用意されている。
「あんまり変なことをして相手に避けられたらいやなんで」
魔獣が「油っこいものはちょっと」なんてダイエット中の女子みたいなことを言うとは思えないが、不確定要素は避けたい。調味料は最小限で自然の味で勝負だ。
俺はレーダー馬車の中で作業しているミーア達に合流する。
「偵察隊に持たせた魔結晶の反応を捕らえたぞ」
「魔獣の軌道はほぼ計算通りですね」
ミーアの言葉に少しほっとする。
だが、油断は出来ない。何しろ相手は生もの。しかも、道路ではなくでこぼこのある大地を来る。ちゃんと正面衝突させないといけないのだ。
「数値修正、北の魔獣が少し速いわ」「計算の修正をします」
ノエルの声にミーアがペンを走らせる。
「木組みはもう少し南西に移動させてください」
俺がいうと。ハイドが騎士団の馬車に合図を送る。馬車が十メートルほど南に移動した。
「来たぞーーー!!」
騎士達から声が上がった。あるものは北を、あるものは南を見ている。地平線上から南北ほぼ同時に土煙が上がった。
…………三日前に見たのとは迫力が違うじゃないか。
きりもみ回転する二台のミサイルが。俺たちを挟み撃ちせんばかりに迫ってくる。恐怖を感じる。だが、その姿は予想通りだ。
「よしよし、どちらも時計回りだな」
俺は恐怖を押し殺して確認した。ただ目的に対して盲目的に進むだけの生き物など、いくら恐ろしくても動かない的と同じだ。知能を持った人間様がびびってられるか。
ゴゴゴゴッーー。
地面が震える。俺の両足はそれを増幅した動きを見せる。知能を持っていても人間は動物だから、恐怖には最優先で反応するんだよね。
「調整は終わりだ。二隊に分かれて進路を開けろ」
木材を馬車から運び出した騎士達が、クレイグの指示で東西に分かれる。残ったのはキャンプファイヤーの木組みだ。後は草原に開けた穴に仕込んだ木くずによる微調整が効くことを祈るだけだ。
魔獣の姿がはっきりと確認出来る。正面近くから見ると、ぐるぐると渦を巻く赤い光が不気味だ。キャンプファイヤーの周りに残っていた最後の騎士達が、周囲に壺を配置して離れていく。
「矢の準備をしろ」
堂々としたクレイグの声が平原に響く。騎士達が布を巻いた矢を構えた。
俺も慌ててレーダー馬車に向かおうとした。そのとき、風が頬を撫でる。
「風向きはどっちかな、東南だと縁起が良いんだが」




