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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
六章『破城槌』

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5話 発展の萌芽

「確からしいことは二つか。ベルトルドと王都の間で薄い魔脈地帯が発生したこと、その魔脈の瘴気によって卵が孵ったこと」

「つまり、次はその卵がどこから来たのかということか」


 フルシーの言葉は俺の前提の肯定だ。俺はうなずいて議論を進める。


「可能性はいくつかあるけど、一つは元々あっただ」

「数百年間眠っておったことになるぞ」


 休眠状態で長い時間を耐える事はありうる。日本でも千年以上前の蓮の種が芽を出したというニュースがあった。卵はともかく種なら長期の飢餓や乾燥にも耐える。


 だが、王国が成立して以来の事態だ。土の中で大量の胞子が眠っていたというのは違和感がある。


「もう一つは、実は胞子は常に飛んできていて、これまでは魔脈がないから孵らなかったから分らなかった」


 アスファルトのヒビに生えた植物のようなものだ。遠くの草原から常に種は飛んできているが、ほとんどの種はアスファルト上で焼ける。アスファルトが完全な状態の時は種の存在すら誰も気がつかない。ひび割れが生じて地面が露出すると実は種が飛んできていたことが分る。


 ドラゴンだって飛んできたのだ。種が空を飛んできてもおかしくない。バクテリアレベルなら普通に起こっていることだ。


「それも考えづらいな。それなら、例えば前回のトゥヴィレ山とかでミューカスが発生しておろう。あるいは、東西の赤い森の側でそういうことが起こっても不思議じゃない」

「なるほど……」


 俺は考え込んだ。


「焦るのは分るけど、魔獣は騎士団に任せれば良いんじゃない。そもそも、あれが危険ならベルトルドよりも王都の方が危ないでしょ」

「確かにそうだな」


 騎士団が討伐に向かうことは決まっているのだ。王都に戻るころには情報が集まっている。ノエルの言葉の通り、あれが予言の災厄と関係するかどうかすら定かではないのだ。


「そんな暗い顔をしていたら、こっちまで気が滅入るわよ。ちょっと窓開けるわよ」


 ノエルが馬車の窓を開けた。同じ姿勢で考え続けていた俺は首筋をほぐすと、空気を求めて窓から顔を出した。周囲は平坦な草地だ。幹線道路に乗ったので、明日にはベルトルドに到着する。


 ベルトルドへは蜂蜜と工房のことでも行くわけだし。他にも考えなければいけないことはある。


 あれ?


「馬車を止めてくれレミ」


 草原に複数の人影を見つけて俺は御者台のレミに言った。三人の男が、地面に鋤の様なものを突き立てている。


「泥炭を掘ってるんじゃないの、珍しくもないけど」

「ちょっと遠くないか?」


 近くの村からは結構離れているはずだ。泥炭は水を含んで重い。わざわざこんなところまで掘りに来るというのは引っかかる。馬車の改良で今までアクセス出来なかった資源について考えて居る俺は、それが気になった。


「は、はははい。泥炭をほっています。その、俺たち何か法に触れるような……」


 最寄りの村人だという男は明らかにオドオドしている。レーダー馬車は外装には豪華さの欠片もない。だが、警護に一人の騎士がいる。フルシーだって、ノエルだって普通に見たら十分立派な格好だ。


「いや違うんです。ここって村からかなり離れているでしょ。泥炭ならもっと近場でいくらでもあるんじゃないかと思って」

「あ、ああ、なるほど。実はここの泥炭は乾燥していて使いやすいんです」

「そうなのか……」


 俺は掘り出されたばかりの黒い土に指を伸ばす。確かに、多少さらさらしている。


「はい、掘りに来るようになったのはここ一年くらいですが」


 水分含有量が少なければ確かに軽くなるし、乾燥の手間も少なくて済む。でも、泥炭が乾燥した理由は何だ。地下水脈が低下したと言うことか。だとしたら原因は?


 俺は地面に開いた黒い穴を見た。泥炭は軟らかく、地盤としては弱い。まさか災厄は地盤沈下なんて事はないよな。


◇◇


「うわ……、なんか賑やかになってなぃ……」

「そうだな、馬車の数が明らかに増えている」


 ベルトルドの城門を越えたら、街の様子が変わっているのが分った。賑やかな街路に、俺とノエルが揃って声を落とした。


「なんじゃ、ごみごみしてきたな」


 フルシーも同調した。めでたいことなのは分ってるんだ。だけど、賑やかであることに反射的に引く人間って言うのはいるんだよな。


「そうですね。今まで訪れなかったような商人も訪れるようになっていますから。宿を取るのが大変になってます。この夏は、近くの農村から蜂蜜を運ばなければならなくなりますし。会長も苦労していますよ」


 工房の方に向かうと、途中に骨組みだけの建物が見えた。新しい宿屋だろうか。


「こらこら、そこはもっと思い切って角度を付けるんだ。これまでとは……」


 工房に入ると、ドルフの声が聞こえた。若い職人に板バネの設置を教えているようだ。


 奥の炉では必死に作業する見習いを黙って見ているボーガンがいる。人間の拡充は順調か。


「おうヴィンダーの若旦那」


 ドルフがこちらに気がついた。ボーガンも腰を上げた。炉に付いていた一人を除いて、五人の男が俺の前に集まってくる。新顔達は「あの人が」「若い」などといっている。どんな風に説明されているんだか。


「あ、いや、忙しいだろうから、あんまりかまわないでくれ」


 俺は工房に並ぶ馬車を見て言った。人数が三倍になっているが、とてもじゃないが手が足りていないのだ。”修理”でこれだ。


「まあな、とてもじゃないが手が足りない。来月にはもう一人増える予定だがな。そうすれば一から小僧を鍛えることが出来るようになる」


 ドルフが言った。彼はまんざらでもなさそうだ。


「か、金型の調子はどうなのよ」


 ノエルが恐る恐るボーガンに聞いた。


「酷使しているが信じられないくらい頑丈だな。まだメンテナンスは必要がない。というわけで、ベアリングの生産効率は上がっている。仕上げを任せられるようになったからな」


 現状では取り付けの方がボトルネックか。だが、ドルフの方が軌道に乗れば、今度はベアリングの生産が追いつかなくなるかもしれない。何しろ、金型は一つしかない。


「ボーガンさん。火元の管理はどうなっていますか?」


 拡大よりも予言への対応が最優先だ。もちろん、最悪の事態を想定する。ベルトルドが崩壊しても、致命傷は避けることを考える。その後で、そもそも崩壊しないように考える。


「火の管理は鍛冶屋の基本だ、新入りにも厳しく言っているが……」

「通常の状況ではない場合はどうですか、例えば突然ドラゴンが襲ってくるみたいな」


 俺がそう言うと、新顔の一人がびくっと身を震わせた。なるほど、クルトハイト出身かな。トラウマを刺激して悪いが、その経験は活かさせてもらおう。


「そこの彼にも話を聞いて、いざというときの避難計画を立ててください。ただし、優先順位は。一にも二にも人です。金型はその次でお願いします」


 ここまで育った人が一番の財産だ。金型は作り直せる。


◇◇


「街の様子は見てきたか。なかなかであろう」


 城と言っても良い大公邸。エウフィリアは満足げに羽扇を振りながら言った。


「順調みたいですね」


 俺は敢て明るい声で答えた。


 屋敷の隣が大聖堂の塔だ。あれが倒れると言うことはここも無事ではあるまい。大公には出来れば逃げて欲しいが、そういうわけにもいかないだろうな。


「工房の人数が増えたのと、騎士団の馬車の改良が一段落したので商人達が押し寄せてきた。馬車の装飾などを扱う職人も増えているようじゃな」


 後ろの財務担当官が頷いている。


「当家の騎士団でも馬車の置き換えは進めております」


 執事が言った。なるほど、工房にベルトルドの紋が付いた無骨そうな馬車があったな。これから起こることを考えると、輸送能力はあればあるだけ良い。


 ただし景気のいい話はここまでだ。


「好事魔多しじゃな」


 俺がここに来るまでのミューカスの発生を話すと、エウフィリアは忌々しげにいった。


「西方の魔獣氾濫モンスターフラッドといい、ドラゴン襲来と良い、近年おかしな事ばかり起こるな。其方の言うとおり、大規模な変化が背景にあるのだろう」

「何が起こっても良いように、警戒は増やしております」


 執事が頷いた。


「そういえば帝国からの木材の買い付けじゃが、あの茶会のこともあって成功したぞ。すでに川を越えてこちらに向かっておる。量はどれくらいだったか」

「はっ」


 空気を変えるようにエウフィリアは言った。財務担当官が俺に契約書らしきものを見せる。


「こんなにですか。館長も喜びますよ。伐採された場所は分りますか?」


 その量に俺は驚いた。宿屋どころか、工房を二つも三つも建てても余る。帝国が木材を売りたがっているという話は聞いていたが、クルトハイトとかと競争だし。帝国は向こう寄りのはずだ。まさか、小倉抹茶アイスの力じゃあるまい。ただ、これで多量のサンプルが採れる。


「それはこちらの腕次第じゃな」

「なるべく聞き出してください。例えば、帝国とは気候風土が違うから、木材のたわみとかが違ったら困る的な感じで」

「やってみよう。そうじゃな、ベルトルドへの人の流入と農村の拡大をそれとなくアピールすれば、向こうはこちらが良い客だと思うのじゃろう?」

「商人的にはそうですね」


 実際にはもう一つ、ああまた貴族の自慢が始まったかと思うけど。帝国の商人の気質とか、こちらでも調べないとな。


「……村が広がっていると言えば、一つ聞きたいことがあって。ここに来る前に……」


 俺は泥炭をほっていた村人のことを話した。


「王都の薪の値上がりがこちらにも響いていましたから。冬の間、ベルトルドでもいつもより消費量が多かったようです」


 執事が答えた。


「それに、その辺りは数年前から耕地が広がっている場所ですな」

「なるほど」


 農業で地下水脈の利用が進んで水位が下がったということか。地盤沈下でベルトルドが潰れるという可能性は一応考えておくか。


「北、大河の近辺でもやはり人口の拡大が起こっているようじゃ。そこであぶれた人間もベルトルドの評判に引きつけられるかもしれんな」


 エウフィリアは地図の上を指した。俺はそこに奇妙な空白を見つけた。大河の近くと言うことは、農業には適しているはずだ。


「そういえば、帝国との交易拠点ってどうなっているんですか」

「中心となるのはここ、カヴィールじゃな。西部といっても、王の直轄で妾の力は直接は及ばぬが」


 エウフィリアは地図を指した。大河から少し離れたところに四角い都市のマークがある。


「川から離れている様に見えますが……」

「昔の名残じゃな。帝国と戦っていた頃には、川から引き離してから叩くのが基本だったようじゃ。ベルトルドが後方基地になっていたくらいじゃからな。まあ若い妾にとってはあくまで伝聞じゃがな」

「帝国の馬は王国よりも大型で、騎士団同士の戦いでは不利だったようです。兵士一人一人も魔獣との戦いに鍛えられた強敵だったようです。王国は各地の城壁により勢いを受け止め、人数の力で対抗しておりました。私も子供の頃の話ですが」


 なるほど、限定された焦土戦術か。やはり、個々の戦闘能力では帝国が上なんだな。五十年前でもか。


「じゃが、この五十年で村なども広がっている。今攻め込まれたら、どこまで対応出来るか。特にそなたが見たという帝国の馬車、あれが気になるな」

「平地で運用する限りでは、こちらの改良馬車も負けないとは思いますけど……」


 結局あの馬車がどの程度運用出来るかだが、敵の補給能力が想定より大きいと、古い対帝国マニュアルなど崩壊する。万が一、ベルトルドまで攻撃されたら、王国の西部が帝国の手に落ちるなんてことになりかねない。


 俺は見てきたばかりの街の様子を思い出した。


「何としても守らないと」


 魔力を使った馬車、俺たちがレースで見たあれが…………。

「待てよ、あのレース!」

「どうした」


 俺は地図を凝視した。俺たちが調査した魔力が低下したスポット、そこから南南西にスポットが連なっていく。ゆっくりと弧を描くスポットの並びは、レースに使った幹線道路からは大きく外れている。


 だが、その地点は予選であの馬車の動向が分らなくなった付近だ。普通ならこんな悪路を大回りなんて考えられないが、帝国のあの馬車なら可能。


「間違いない、卵の出所は帝国だ」


 レースのスタート前のことが脳裏によみがえる。あの時フルシーはなんと言った。帝国の馬車は魔力を遮断するといった。本選では隠すのはやめていたので、馬車の性能を誤魔化すためだと思っていた。


 だが、あれが魔力で卵が目を覚まさないような措置だとしたら、全てがつながる。


「つまり、あのスライムの群れは……」


 帝国のバイオテロ、いや生物兵器ということになる。馬車レースへの干渉などとは比べものにならないレベルの行動だ。一刻も早くクレイグに伝えないといけない。


 大公邸の庭には、もうピンク色の花が咲き始めている。予言に関してももう時間がない。


「すぐに王都に戻ります」


 俺はエウフィリアに言った。今頃、アルフィーナはリーザベルトと会っているはずだ。場所はプルラだし、クラウディアの他に店内にミーアやヴィナルディアが”たまたま商談のために来ている”はずだから、大丈夫だと思うけど。

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