4話 赤い恐怖
「まだ動くものに関しては完全じゃないと言うことか」
「そうじゃな。ドラゴンクラスの巨大な魔力や、裸の魔結晶のようなはっきりとした対象ならともかく、小型の魔獣程度なら動かれると厳しい」
「その小型の魔獣程度でも、一般人にはきついからな……」
揺れる馬車の中で俺はフルシーとレーダーの性能について話し合っていた。ノエルの努力でレーダーの安定性は上がったが、まだまだ課題は多い。
「赤い森に一般人を入れて資源を取ろうなんて、めちゃくちゃな計画よく考えるわね」
「出来たらの話だ。せっかく馬車の輸送能力が上がったんだ、レーダーで魔獣の接近さえ分ればって思ったんだよ」
「どちらにしろレーダーを動かせる魔術士が必要じゃない」
「そこなんだよな」
魔術回路の仕組みについてもうちょっと調べなければいけない。流れるのが魔力だと言っても、回路は回路だろう。俺の持っている知識である程度理解出来るはずだ。
それが出来ても一般人は魔力が少なすぎて使えないだろうが。もうちょっと個人の資質に頼らないように出来ると良い。帝国はどう運用しているんだろうな。
「将来の計画はともかく、ここまでの測定結果はお前の言うとおりじゃったな」
フルシーが地面に向いたアンテナを見ながら言った。王都からベルトルドまでのだいたい五分の一程度の場所だ。幹線道路を使えないのと、地面の魔力を詳細に測定する必要上、二日かかった。
周囲には灌木や竹林が分布している。近くに村はない。
「ここら辺が魔脈低下の中心地ですね」
だんだん下がっていく魔力の数値を見てノエルが言った。魔脈の低下は測定限界の見せる幻ではない、すり鉢状に円を描くことがが分った。
「お前の考えが正しかったのは良いとして、それが災厄と結びつくか? ただでさえ薄い魔脈がこれでは普通の地面と変わらんぞ。魔獣なんぞ存在しようがない」
「ああ、だからさ。魔力を消費する……」
俺がフルシーに一つの可能性を説明しようとすると、馬車の窓に男の顔が現れた。定期報告らしい。四人の騎士と共に馬で護衛しているハイドだ。俺に対する感情はともかく、職務には忠実だ。
「賢者様。部下達に周囲を一回りさせました、何も危険は発見出来ません」
職務に忠実だが、俺に対してはやはり何の意味もないじゃないかという非難の視線を忘れない。実際、早春の空と緑が目立ち始めた草原、そして周囲の灌木。周囲の光景は平和だ。
「おっと騎士様。何もないって言うのはちょっと違わないか」
同じく馬に乗ったジェイコブが言った。その手には半分になった小さな動物の死体がぶら下がっていた。
馬車を止めて、ジェイコブの獲物を見る。大ネズミの半分になった死骸だ。
「狐にでも食われたのだろう」
ハイドはジェイコブの言葉を一蹴した。
「ジェイコブの意見は?」
「騎士様の意見にも一理ありますがね。魔獣氾濫の主力である魔狼なら大ネズミなんて一のみだし。だいたい騎士様なら、それくらいの魔獣が接近してきたら分るはずです」
「その通りだ」
「走られない限り、儂のレーダーにも映るな」
「なるほど……」
データが危険がないと言っているのだから、それは信じよう。そもそも、大前提として魔脈が低下している場所を調べているのだ。そんなやばいものがいるはずがない。
「ただし、この食べかけの断面、少しおかしいですね。歯形がない」
断面は腐りかけている様に見える。遺骸が放置された後、虫にでもかじられたのかもしれない。
「後、この食べかけがあった場所の近くの灌木に、白い粉みたいなものが付いていた」
白い粉。何だろう。
「若と男爵様は、こちらの線から入らないように」
レミが馬車の右側を区切った。ノエルと二人で荷物の少ない半分の場所を占拠する。そんなつもりは毛頭ないので、俺はフルシーと肩身の狭いスペースで眠りに付いた。長期的な観測旅行をするなら、もうちょっと居住性を考えないとな。
◇◇
…………カ……カ…ンカン…カン、カン、カン!
「……な、なんだ!」
鐘の音にたたき起こされた。レミはすでに外に出ているようだ。俺は慌てて馬車から外を覗いた。
「こ、これは!?」
夕方と一変した光景に、俺は唖然とした。周囲に二十を超える、赤く光る何かがうごめいている。見ている間にも、それはぞわりぞわりとゆっくり近づいてくる。夜の闇にあまりに不気味な赤い光は、同調するように明滅のパターンを作っている。
地面を這っているもの以外にも、灌木の枝にぶら下がっているものもいる。その全てが俺たち馬車の方に向かって近づいてきている。
「戦う力がないものは、外に出るな。足手まといだ」
ハイドが俺に怒鳴った。馬には乗っていないが、武装を整えていて、手には薄く光る剣を持っている。ドラゴン討伐の時にクレイグが持っていたのに比べるとずいぶんと頼りない光だ。
「だ、大丈夫なんですか。こんなに沢山に囲まれて」
落ち着いているハイドに俺は聞いた。ハイドは夜目でも分るくらい俺を馬鹿にする笑みを浮かべた。
「当たり前だ。ミューカスごときは敵ではない」
対魔獣騎士団の若いエリートはそう言い捨てる。そういうフラグみたいなのやめて欲しい。
だが、ハイドは近づいてきた一匹に向かうと剣を振り上げた。夜の闇にわずかに光る剣先が弧を描くと、赤い何かは避けることも出来ず、真っ二つになった。びちゃっと言う音と共に地面に広がった赤く光るシミは、すぐにその光を失った。
隊長に続き、残りの騎士達も周囲の光に向かう。ジェイコブとレミも松明を手に赤い光を威嚇している。火を恐れるのか。不気味な。その間に騎士達が赤い光を潰していく。あっという間に、取り囲んでいたまがまがしい赤光の群れは消滅した。
◇◇
翌朝。俺は馬車の前で騎士団の成果を見せられていた。ゲル状生物の死体の山だ。
「こんな小さな魔結晶じゃ、ほとんど役に立たないわね」
取り出された小さな石を見てノエルが言った。魔結晶と言うことは、やはり昨夜のは魔獣の襲撃だ。
よく見ると、地面にはモグラのような穴が開いている。昼間見えなかったのは地面の下に潜っていたのか。穴の周囲には白い粉がこびりついていた、魔獣の表面を覆っていた粘液が乾燥したものか。
となるとあのネズミを食ったのはやはりこの魔獣だ。
「館長。ミューカスって言うのは何なんだ?」
鈍器でたたきつぶされたのか、かろうじて形を保った死骸を俺はつついた。一抱えくらいあるぶよぶよの塊は危険がないと分っていても気持ち悪い。
「最弱といってよい魔物じゃな。昼間は地面の下で広がって魔力を吸い、夜になると小動物を襲うようじゃ。この小さな魔結晶を見る限り、弱い魔脈でも生きていけるようじゃな。昨夜のあの数はこちらの魔力に引き寄せられたのかもしれんな」
フルシーは言った。要するにスライムか。この世界でも最弱らしい。昨夜の光景はぞっとしたが、実際あれだけの数があっという間に掃討された。
だが、大問題が二つある。ここは王国中部と西部の境界。本来ならいくら弱かろうが、魔獣がいる訳がない。
「昨夜言ったとおり、取るにたらん魔獣だ。お前でも走って逃げるくらいのことは出来るだろう」
ハイドがフルシーに一礼すると俺に言った。
「でも魔獣は魔獣なんだよな」
「そうだ。このような場所に魔獣が存在していたこと自体は大問題だ。団長に急ぎ報告しなければいけない。……お前が言った他のスポットも調べねばならん。ミューカスはともかく、より強力な魔獣がいる可能性がある」
そう、大問題その一はより上位の魔獣の存在の可能性だ。魔狼なんかがいたら、周囲の村では対抗出来ない。道を行く商隊が狙われたら一匹相手でも逃げることは出来ないだろう。
「どこから来たんだ、このスライム…………、ミューカスは」
魔獣は生物だ。自然発生はしないはずだ。
「考えられることは卵が魔脈に反応して孵ったということじゃな」
なるほど。それなら長い時間を耐えることや、遠くから飛んでくることもあり得るのか。レースの時に観測した魔脈の活性化で長い間眠っていた胞子が目覚めた。バクテリアレベルの話なら、十分あり得る。ただ、昨夜の大きさだと違和感がある。いや、卵が小さいとは限らないが。
「バルトとケイレスは急ぎ王都に戻り団長に連絡を。ライルとバレットは周囲をさらに調査する」
ハイドが指示をしていく。内容に文句はない。昨夜、魔獣に対する彼の判断と技術は確かだった。流石、魔獣氾濫に対処してきた第二騎士団出身者だ。
王都近くに魔獣が現れるなど、国家を動揺させるような事態だ。弱くても一刻も早く掃討しなければならない。ましてや、あの災厄の予言があるのだ。




