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留美の風邪が治ったのは次の日だった。
「昨日、来てくれたんだって?ありがとう」
翔太は留美と屋上に来ていた。
話があると留美を連れてきたのだ。
「ああ、もう風邪は大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ!
それで話ってどうしたの?」
留美は首を傾げて翔太を見上げた。
「…昨日、初めて知ったんだ。
君に双子の姉はいないと」
真剣な翔太の顔。
留美はその顔を静かに見つめた。
「…そうだよ、いない。
だって死んだんだもの。
小学校四年のときに…!」
あっけなかったよ、と留美は言った。
「信じたくなかった。
だって鏡をみれば、そこにいる。
私には恵が必要だった。
ずっと二人だったから。
恵がいなくちゃ生きていけないんだ。
だから私は…!」
「違う!
死んだのは恵じゃない、留美だ…!」
え?と留美は驚いた顔をした。
死んだのは留美だ、と翔太はもう一度言った。
「嘘よ、違うわ。死んだのは恵よ」
「違う、恵は君だ。
君が留美の姉の恵なんだ!」
留美は愕然としてしゃがみ込んだ。
私が恵?
私が姉?
じゃあ、留美は?
雨が降っていた。
二人、傘をさして歩いていた。
家に帰ったら何をして遊ぼうか、と話していた。
突然、隣にいた留美がいなくなった。
そう思ったら、留美がずっと前に倒れていた。
はじけ飛び、ゆらゆらと落ちてくる黄色い傘。
それを恵は見ていた。
ああ、そうだ。
死んだのは留美だった。
でも私は留美の死を受け入れることが出来なかった。
死んでしまった片割れ。
可哀想だった。
でも、私が留美を演じれば留美は死なない。
恵は家での私、留美は学校での私。
私は一人で演じていた。
ずっと、これからもそうするはずだった。
恵の頬から涙がこぼれた。
「忘れなくていいんだよ」
翔太がそう言って恵の涙をぬぐった。
「留美は僕と恵の心にいるよ。
覚えている。
だから忘れないよ」
恵は翔太に抱きついて泣いた。
優しく頭をなでられる。
優しく抱きしめられる。
恵はその温もりに安堵した。
翔太は恵が泣き止むまでずっとそうしていた。
恵の中に留美がいる。
留美は時々思い出したように現れた。
でも翔太はそれを黙って見守った。
いつか留美が完全に消えてしまう時がくるのだろう。
その時までは、と。
恵の心が癒えるまで、傍で見守り続けよう。
「ありがとう、翔太」
留美がそう言って笑った。