がんばれ先輩!
「お前は俺のものだろう?」
「…い、いえ……。ぁ、あ、あの、ご自分の教室に戻られてください…」
あーあ、可哀想に。
言い寄られてる女の子は向城さん。
そして向城さんに言い寄っている男は頭脳明晰、容姿端麗で有名な3年生。しかしここは2年A組の教室。
ここアンタの教室じゃないからね。休み時間毎にこの教室に出没するので殆どのクラスメイトが慣れたみたいだけどさ。
取りあえず10分休憩がもう終わりそう…「キーンコーンカーンコーン」というか終わった。だが3年の自分の教室には戻らないようだ。
まぁ、1人に言えることではないけどね。
「カナ~、俺っちとイイコトしよう?」
「こんなバカたちほっといて、ボクと一緒に遊ぼー?」
「今日も可愛いよ、奏」
四面楚歌?
4人に言いよられるなんて大変だろうねぇ、まぁあの4人のお陰で授業が潰れて僕は嬉しいけど。
さてさて。今日もつまらない毎日を過ごそうか。
今日の一言日記。
向城 奏ちゃんは今日もモテモテです、まる。
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「あぁー…、今日も奏は可愛かったんだよ、聴いてるかい?ユキ」
「うんうん、聴いてるよ。今日も向城さんがキュートだったんだね」
僕は今日もアンタの話を聞き流してるけどね。
奇怪しいな、僕の同室者は滅多に部屋から出ないシャイな子だったんだけど。
いつの間にかアンタが自分の部屋のように居座って…。
報告。
先輩は相変わらず向城さんラブのようです。
あー、暇だね。
後で図書館に行こうかな。課題があったような気がするけれど、めんどいからパスね。
僕は今読んでいた本をもう一度最初から読み直そうとすると何かが止めた。
「……?」
ん?と思うと、強い力でその本を奪われた。
「ユキ」
「…なに?先輩」
本を奪ったのはどうやら部屋に住みついてる男で。
僕が本を奪われても動揺しないのを感じ取ったのか、男はあろうことか自分のポケットに入っていたライターで本を燃やし始める。
半分以上燃え、男の手に火がつこうとする前に用意周到なのかそれを灰皿へ放った。
僕はさっきまで読んでいた本が燃え尽きるのを見届けて、本を燃やした張本人に問う。
「……これで何冊目なのさ、先輩。幾らなんでも僕の本、燃やし過ぎ」
これが原因で火事になったら馬鹿みたいじゃないか。
「お前が俺の話を聞かないからだ。燃やされたくなかったらちゃんと聞け」
「…そうだね、以後気をつけるよ」
(寮なんかでボヤ騒ぎになりたくないしね)
先輩は満足したのかまた向城くんの話をしだす。毎日聞かされる僕の耳と精神を労わってほしいね。
あれ、今まで特に気にしなかったけど僕の部屋に灰皿なんてあったかな。
煙草なんて僕は吸わない。当然だ、未成年なのだから。
ということは…?
…………………。
まぁ、気にしない方がいいね。小さい事気にしてたらハゲになる、って言うし。
「……今日は5回も目が合った…!凄いと思わないか、ユキ!!」
「え、5回?……あ、まぁ、えーっと凄いんじゃない?………うん、今度は見つめ合えばいいと思うよ」
「僕もそう思ったんだが………いつも何故か奏に目を逸らされてしまうんだ…」
きっと奏は照れてるんだ。
そんな事を真面目に言うので、僕は相槌を打つがきっと頬が引きつっていることだろう。
桃色の空気を漂わせる男に対し、僕は激しくどんよりとしたものが渦巻く。
あはは、という乾いた笑いしか出なかったけれど男はもう別の世界に意識が飛んでいるから平気だろう。
目を逸らされるのは照れからじゃない、っていい加減気づこうね。先輩。
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「ユキっ!!」
「…なんでそんな息切らしてるの、先輩」
いつにも増して切羽詰まったような呼び声に、さて今日はどんな話を聴かされるのやら。
最近は本当に成長した、としみじみ思う。
僕が彼の話を黙って聴けるようになった、という事。
昔の僕(と言っても1週間前の僕だけど)はまず聞き流すのが主だったから彼が本を燃やす行為にまで発展されたが、今ではもう本は燃やされない。
その代わりに僕の首が絞められる事になったんだけどね。
流石に僕も首を絞められるのは勘弁だから、と話を聴くように努力をしているのだよ。ふふっ。
「はぁ、はぁ………2週間後に…、誕生日なんだ」
「誕生日?先輩の?」
「僕の筈がないだろうッ!僕じゃなくて奏だ、僕の可愛い か・な・で!!」
いやいや、向城さんっていつアンタのものになったんだ。
ストーカー予備軍ってこういうのから始まるんだな、怖いね。
本人絶対自覚ナシだろうしね、救済の余地ないよ。というか助けるような奇特な人がいたら、お目に掛りたい。
「あー…はいはい。先輩のビューティフルにラブな向城さんね。で?誕プレは何にするの?」
「察しが良いな。そう、プレゼントの話だ。薔薇の花束をあげようと思っているんだが……」
「んー…止めといた方がいいよ。先輩の他にも向城さんに誕プレあげる人いるんでしょ?小物の方がいいんじゃない?ピアスとかブレスレットとか」
「む。確かに…。」
「でも向城さん、前に洋書の小説が欲しいって言ってたけどね」
「っなに!?」
これでもう『花束をプレゼント』なんて事は考えないだろう。
男の頭の中はきっと有名な洋書のタイトル名がいっぱい出てきてる筈だから。
もう一声かければ…
「今有名な、ダーレンなんとかって本じゃなかったっけなぁ」
これで完璧。
男は向城さんの誕生日に本を贈った。
向城さんは大変喜んだそうで、男は赤面したようで。
あぁ、良かった良かった。
だってね、
バラの花束贈っていいのは二次元の住人だけだからさ。
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「………た、たちばなさん…っ」
「あ、おはよう。向城さん」
爽やかな朝の挨拶を交わすわけだけど。
あれ?なんで向城さんってば、僕の名前知ってんの…?
入学式から2年生に進級した今まで、テストの日以外寮にいる事が多い僕の名前なんて担任でさえ覚えてないと思ってたけど。
まぁ、寮にいるっていうか授業もろくに出てないっていうか。
簡単に言えば登校拒否しまくってるんだけど。
「あ、あぁあああ、あの…っ」
なんか引き留められてる感じがしなくもないけど……、まぁ気にしない気にしない。
そう。小さい事気にしてたらハゲになるんだよ。
「え、ちょっ、……ま、まって……っ」
バーコード頭にはなりたくないし。
さて今日も部屋に篭って楽しく睡眠学習でもしようかな。
頭がほわんほわんしてきたかも…「ふわぁ」ちょうど眠くなってきたし。
「ま、ままままってください………っ!!!!!!」
「ごふっ」
後ろからいきなりタックルは卑怯じゃないかな。あれ、タックルする本人が可愛ければ卑怯じゃないの?
なんか目が潤んでるし。ん?僕苛めてないはずだよ?
あれれれれ、なんでだろ。
「………まぁ僕の運動神経に感謝しようかな。」
体育の授業であまり活躍してくれない、ショボイ運動神経だけども。
「ぇ、え、えええっと……す、すすすいません…!!!!」
状況を理解したのかあたふたする向城さんを下から見ていた僕。
なんと言っても、タックルされて上手く僕が抱き止めなかったらこの子、怪我してたでしょ。きっと。
だから今の僕は廊下に後頭部をつけてる状態で、向城さんが僕のお腹に乗っているのだけど…。
この体勢はなんか先輩に誤解されちゃいそうだね。というか僕が殺されそうだよ。
「奏?…奏、どこにいるんだい?僕の可愛い奏は……あぁそこにいたのか。ん?一緒にいるのは誰だ?」
(………っ噂をすれば影!!!!!!)
逃げなければ、殺されるッ、首を絞められて気絶どころか、あっさり昇天だっつーの…!!!
僕はまだ死ぬ予定はないっ
「、ぇ…ま、まって…!」
そんな向城さんの声も聞こえなくもないが、僕は取りあえず今日は厄日なんだと思い、その日の残りの時間を自室で過ごした。
もうこれ以上はないという程、窓や玄関の鍵という鍵全部を閉めて死人のようにただただ過ごした。
携帯電話も登録している人間は極少数しかいないのに電源を消した。
「ふぅ……」
これで、
今日は大丈夫。
の、はずだった。
僕は寝ていた。部屋の寝室で薬を飲んで寝た。それはもうすやすやと。
暗闇が怖くて、電気を消せずに豆電球を付けたまま寝る人間がいると聞く。だけど僕はそんな事はしない。
変に薄暗い方が恐ろしい。
だから電気を全て消して寝る。暗闇も慣れればある程度どこに何があるのか見えるし解る。
そして僕はちゃんと寝室の扉の鍵を掛けたのを確認した。
鍵は掛けたから、大丈夫。
大丈夫だ、
大丈夫。大丈夫。
そう思っていたのに。
「…………ユキ。起きるんだ。お前、俺に隠してることはないか」
「…ぐ、…え?………え!っな、なん…!?」
(なんでこの男っっっ…!確かに鍵は閉めたはずだぞ!?)
しかも重い。腹の上に圧し掛からないで頂きたい。切実にそう思う。向城さんの倍の体重ありそうだね、彼女、物凄く軽いし。
取りあえず頭の中で理解したことは、2つ。
『鍵を閉めた筈なのに何故かいる』という事と『僕がマジで殺されるかもしれない』って事だ。
「答えろユキ。俺に何か隠してる事はないよな…?」
「え、は?…っう、重ッ……先輩退いてって」
ドスの利いた低い声で問われる。普段なら「わー、いい声だね」と言えるが、今は恐怖でいっぱいだ。
なに?なんでここにこの人いんのっ?
というか先輩、口調が段々ワルになってます。
この男…王子様イメージを保つ為に、自分の事いつも「僕」って言ってるのに今「俺」だからね?それだけでも怖さ倍増なのにさ。
「答えろ。俺に隠し事してないよな」
脅迫じゃない?ここまで来れば、僕いつ死んでも奇怪しくないと思うよ。
だってほら。この男の両手がもう僕の首にあることだし。
完璧絞め殺す準備してんじゃないか。
Yes以外を言ったものなら殺す、みたいなノリなのかな。これは。
まぁ、ノリで殺されたら………洒落にならない。
ひとまず先輩の目玉抉り貫いてもいいですか。
命の危機を感じるんで。
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「電話したのにお前は無視。部屋の前に来てみればドアを蹴っても出て来ない」
これは何かあったとしか考えられないだろ?
凍るほどの笑顔でそう言って僕の首を片手で締めて、また緩める。
この人が僕の極少数の電話番号を登録してる一人でもあり、ここの学校では唯一電話番号を知ってる人。
学校側には嘘の携帯電話を書いているし。
普段携帯に電話が掛ってきてもどうせ相手はこの男だ。
というか普通ドアは叩くもんじゃないんですか。ドア蹴ったら壊れるから。
マジで本気で止めてほしい。
「くっ……、あ、の、…せん、ぱい」
「ん?言うことあるんだったら、早く言わないと駄目じゃないか。俺にこうされても文句は言えないぞ」
あぁ恐ろしい。
きっと今朝起こったことは知らないはずだ。あの向城さんがこの男に言えるとは思えない。
タックルして相手を押し倒してました、なんて(その相手は僕だしね)。
まず僕は墓穴を掘らずにどこまでこの男の怒りを下げられるか。
それが最重要ミッションだと思うよ。
ミッションとか言うと、なんか悪の組織にいるみたいでカッコイイ響きだと思わない?
「はぁ…。えーっとですね、………今日はちょっと星座占いで最下位だったんで……」
「で?」
「…………部屋に篭って精進してまし、た……くっ」
「お前は俺を馬鹿にしてるのか?占いごときでこの俺に面倒を掛けるとは思いもしなかったぞ」
この男は首を締めるのがお好きのようだ。面倒、って。面倒かけた覚えとかないしね。
いつ僕がアンタに面倒かけたのか、深く聞いてみたいよ。
そして占いがお嫌いのようだけど…。
「向城さんも見てる占い、なんだけど、な、ぁ…」
僕が月1で買うくらいの雑誌を、向城さんは毎週購入しているようで。
その雑誌の後ろの方で、星座占いが展開されてるわけだけれども。
『あっ…今日のラッキーカラーは、紫のダルマ…』
と擦れ違い様に向城さんが雑誌を持って言っていたのを聞いたからね。
今更ながら、紫のダルマってあるのかな。すっごい疑問。普通赤じゃん。大丈夫かな、この占い。
「チッ……早く言えユキ。それとその占い、いつやるのか教えろ」
はぁ、今日は本当に厄日だよ。
いや、でももう夜中の1時過ぎだから明日なのか?
やっと先輩は僕の首から手を離してくれるようだ。
絶対明日、内出血してるねぇ。
やってくれるね、先輩。
「……そういえば。先輩どうやってここに来たわけ」
「企業秘密」
男は悪戯が成功したような顔をして笑顔でお帰りになったよ。
ほんと帰れ。地獄へ帰れ。ペッペッ。
僕の部屋に勝手に忍び込まないでほしいね。
今日の一言日記。
向城さんのお陰で先輩に殺されそうになりましたが…。
向城さんのお陰で助かったようです、まる。