ウンコサッカー
古緑空白さんに出したお題を自分でも書きました。
古緑空白さんのは、こっち→http://ncode.syosetu.com/n4375ce/56/
グラウンドにウンコが落ちていた。
練習中は誰も気づかなかった。クールダウンを終え、グラウンド整備を始めたときに初めて発見された。サッカー部顧問は「用具室の鍵取ってくる。掃除しろ」と言い置いて立ち去り、部員たちが残された。
一年生に掃除を押し付けようとする上級生たち。当然一年生側は反発する。
すると主将がニヤリと汚い笑みを浮かべ、こう言った。
「かくなる上はウンコサッカーだ」
「先輩、ウンコサッカーとは何ですか!」
「我が部の伝統、ミニゲームだよ。制限時間十分、ウンコを相手のゴールに入れて得点の多かった方が勝ち! 負けた方がウンコを捨てるのだ。素手だぞ素手」
素手ウンコ掃除という過酷な罰ゲームは、一年生たちを怯えさせもし、逆にその退路を断ちもした。ここまで言われて逃げることはできない。
怖気は一瞬のうちに伝染する。「負けたときは誰が捨てに行くか」で仲間割れを始める一年生チーム、既に主将の術中であることには誰も気づいていない。
ゲーム開始の笛。
上級生チームの無慈悲な猛攻が始まった。
対する一年生たちは、反射的にウンコから逃げてしまう。
ゲームへの"慣れ"――容易には埋まらない経験の差。
またも主将がヘディングを決めて、5-0だ。
残り時間、既に一分。このビハインドは厳しい。
「くっ、もうダメか……」
心を折られ始めた一年生チームの中で、
「勝負を諦めるな!」
たったひとり気を吐くのは攻守の要、ミッドフィルダーの米田共太郎。
「そんなこと言ったって、あと一分で5点も取れないよ!」
「ひとりきりならそうかもしれない。だけどサッカーは11人で戦うものだ! 俺の作戦を聞いてくれ!」
キックオフ。
時間的にもこれが最後のチャンスだろう。
そのとき上級生チームは目を疑った。
「あ、あいつら何を考えていやがる!?」
一年生チーム全員が――そう、ゴールキーパーまでもがウンコを無視し、相手サイド深くに走り込んでゆくのだ。
浮き足立ったチームを主将が一喝、
「あいつらただのヤケクソだ! ゴールはがら空きだぞ!」
経験の差。
動揺を一瞬で殺し切り、上級生たちは糞を追うハンターに戻る。
6点目が、あっけなく決まった。
「得点、6-11!」
審判の声は震えていた。
「何をとち狂った審判!?」
振り返った上級生たちが見たもの。
それは、ゴールラインに並んで尻を出している一年生たちの姿であった――
「俺たちは――ケツをまくったんです。たとえ10点差でも、勝負を諦めなければひっくり返せる」
米田がパンツを上げながら言った。
「さあ先輩、拾ってください! 既に干からびたそのウンコは平気でも、このウンコはどうですかな! 今しがた生まれたばかりの、このほかほかのウンコ!」
一年生チームが勝利の喜びに沸いたとき、
「お前ら何やってんの」
顧問が戻ってきた。
「何でウンコ増えてんの」
まずい。
まさか言い訳など用意しているはずもない。沈黙に耐えられなくなった米田が口を開きかけたとき、
「俺が漏らしたんです」
静かに手を上げたのは主将であった。
「キャプテン!?」
静かに笑み、首を振る。
「拾い食いしてハラ痛かったんです」
そう言って、膝をかがめてウンコを拾う。
濡れたウンコを拾い上げる姿はあてなき道をゆく巡礼者にも似て、
「米田、お前はさっき、『サッカーは11人で戦うものだ』と言ったな。ゲームに参加してる奴らに限ればそうかもしれない。でも、観客席で見てる人たちがいて、ベンチで声張ってる仲間がいて、教えてくれる先生がいて――みんな含めて俺たちは"チーム"なんだぜ」
上級生たちがひとりまたひとり、静かにうなずき、神妙な面持ちでウンコを拾い始めた。
異様な光景に、顧問の顔には次々と疑問がのぼって、しかしそれは不敵な笑みに追われて消える。
「なんだかわかんねーが、聞かないでおく。全部片付けてから上がれよ――それから、拾い食いはやめとけ」
「しゃァーッス!!」
「先輩、今日はありがとうございます」
夕日の中、米田が主将に近寄って、小さくささやいた。
「次は俺たちが、先輩の尻拭いをしますよ」
「生意気だぜ。ケツを拭かずにパンツを履く奴が何を言う」
笑いはさざなみのように伝染する。やがて全員の顔がほころぶとき、彼らは既にひとつのチームだった。
――ノーサイド。