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二輿物語 『胡蝶恋記』  作者: tomoya
一章 「王、婚儀を命じる」
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 王は優しい口調で問題点を話した。

「二つの点で王子から説明をお願いしたくて、来てもらった。まずは結婚式の披露宴の場所についてだが、新居を作ってそこで行うのは何故か。私には判らぬので、説明をお願いしたい。もう一つは大規模な工事をなぜ国家予算でやらなければならないのか。特に私が気にしているのは、軍事施設を強化する必要があるのかどうかと言う点だ。私は平和な予算を組みたいと願っておる」

 早い話が金の使い方の正当性を説明しろ、というのだ。

 しかし、正しい金の使い方なんて、人それぞれである。判断できる話ではない。誰の理解を得ればよいというのか。

 ウルフはふーっと吐息をついて気持ちを静めた。彼は王の手を握って彼の懐に入る。それは、祖国で父親に甘える時によくやる手だった。

 彼は王に近づいて答えた。

「本当に説明が必要なのかい? 誰にでもわかるように項目名も考えたのに。俺の文章が悪かったのか」

「いや、そうではない……私には王子のしたいことは伝わったぞ」

「ならば、何故説明が必要だ。正しい答えを言えば、認めるのか。だが、何が正しいのか俺には判らない。俺はこうしたいと思ったから提案した」

「判っておる。お前の力を試したいというなら認めてもよい。ただ、国は一人のものだけではないのだ。お前だけでなく、皆にとってもよい政策なのだと証明しなさい」

「…………」

「よいか、王子。国内にお前の敵を作ってはならぬ。今が味方の作り時だ」

 王はウルフの手をポンと叩き、自分の部下を振り返った。

 ウルフはようやく王から手を離した。彼らを従わせることを求められているのだと、理解する。大臣たちは冷徹であるが、味方にすれば頼れる権力者たちなのだ。

 話し合いで何とかなるとは思っていない。誰もが納得する政策なんて元からないのだ。気に入らなければ、ケチをつける。それが政治だ。

 ウルフは大臣たちを見つめて問いかけた。

「お前たちは、俺と一緒に仕事をしたくないのか」

 大臣たちは重々しい表情で黙っている。

 ウルフは停滞している空気を追い払うように大きく息を吸い込んで吐いた。

 その部屋に集まっている大臣たちの名前を一人一人思い出す。身近にいる男から先に声をかけた。

「アラガス・デル・コント将軍、お前はこの国の脅威が戦争だけだと思っているのか」

「いいえ、戦争はこの国には不要です」

「では、お前がこの国に存在する理由は何だ。お前はこの国に不要な人間か?」

「…………」

「……この国には軍隊が必要だ。夜盗や密輸、越境する犯罪人を誰が監視する。隣国で起きた争いを国に入れないようにするにはどうしたらいい。俺は祖国では確かに暴れん坊だったし、戦に身を投じていたが、戦争のために軍を動かすよりも、国民を守るために軍を動かす方が多かったぜ。俺はこれから中央に待機することが多くなる。国外から旅客も増えるこの時期に、誰が国境ぎわまでこの国を守ってくれるんだ。お前は軍を強化することに意義はあるまいな?」

「ございません。天命に従いまして、国をお守りする覚悟でございます」

 軍指令官は静かに答えて目を閉じた。もともと、将軍はウルフに意義は申し立てていない男だ。アラガスは静かに目を伏せたまま、他の大臣たちの視線を無視する。

 ウルフはアラガスの隣にいた男の顔を眺めて、名前を思い出す。

「ライナス・グラヴィア国土大臣、国内の流通にかかる最低日数を把握しているか」

「恐らく一月はかかりましょう」

「お前はのんびり旅をしているな。俺は一週間以内に移動できたが、普通は二週間だ。戦争の多い俺の国では、この日数では致命傷だ」

「…………」

「街道が舗装されず、中継地点が少ないために、馬が疲弊しやすくて困った。国内を移動している食品は新鮮であれば国から病厄を追い出す。お前とお前の家族、そして国に暮らす全ての人のために迅速に行え」

「ご高察痛み入ります。心を入れ替えて事にあたり、日々精進させていただきます」

 国土大臣は苦笑いして頭を下げた。予算が下りるというなら、仕事を全うするだけだ。彼は吹っ切れた顔で静かに服従を示していた。

 ウルフはようやく朗らかな笑みが浮かんで、ライナスの隣にいる男を見つめた。

「アラン・デル・デリ建設大臣、俺が城を建てるのは贅沢だと思うか」

 建設大臣は困った顔で頭をかいた。彼は、茶目っ気のある笑みを浮かべて頷く。

 しかし、親しみやすい男に見えた。建設大臣は言う。

「予算的には城ぐらい建てられますがね。どうして、王子は王のお傍で執政を学ばぬのです。それはあなたにとって失策でございましょう。私にも息子がおりますが、私が生きている間ぐらいは、グラスからグラスへ水を移すがごとく、今まで得てきた全てを受け継がせたいと思っているのでございますよ。同じ父親として私は王が不憫でなりませんなぁ」

「……なるほど」

 ウルフは肩から力が抜けて笑ってしまった。王を振り返ったら、彼はにっこり笑っていた。「私のことは気にするな」と言われたが、確かに父親の心情は無視していた。

 ウルフはしばらく口を閉じて思案する。


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