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二輿物語 『胡蝶恋記』  作者: tomoya
一章 「王、婚儀を命じる」
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「それが三年です。その後、収穫して、商人に売ってもらう予定なのですが、彼らの話では、見たことの無い植物なので、最初はたくさんの店に無料で配り、味を見てもらうのだそうです。商人と市を統括しているギルドがこの植物の流通を許してくれるまでの申請期間は三ヶ月」

「なるほど、そこから先の流れは理解できるぞ。ギルドが申請書を処理する時間が三ヶ月。新種の果物を売る商人の公募をして、権利を付与するまでに二ヶ月。実際に商人たちが売り始めるのは、どんなに早くても半年かかる。それから移送時間と販売ルートの定着まで時間がかかって、どんなに急いでも準備時間が1年はかかるのだ。その後、他の市場に波及するのは、さらに遅れる」

 研究者の話を聞いて、ウルフは答えた。

「新たな品物が国中に波及するまでに、時間がかかる理由は理解したぜ。外国の商品に比べて、競争力がないような気がしていたけれど、既に技術があるなら将来的に心配はいらねえな」

 脇にいた社会学者が口を挟んだ。

「輝殿下、国内の市場が貧しい理由はそれだけではありませんぞ。経済外障壁というものがございます」

「経済外障壁?」

「ザヴァリア国には七つの自治州がございます。国内の流通を妨げている要因はまさに、貴族の利権にあるのです」

「……貴族か。では、この国の貴族の既得権益について説明してくれ」

「領主が領民の人頭を把握するために用いている手形の発行が、流通を制限しています」

「手形……つまり、領民が領土から出て行くときに金をかけて制限しているって事か」

「そうです。だから域外に新たな品物が流通しにくいのです」

 社会学者がそんなことをいうと、今度は法学者が国政に与えている貴族の影響を話し始める。

「王家に治める地代は貴族から提供される各種の手形の収益から捻出されています。これを取り払うことは難しいでしょう」

「ふう……たくさん問題を指摘してくれてありがたいが、今の俺に貴族と対決する力はねえや。もう少し現実的な話をしてもいいかい?」

「何なりと」

「つまり、俺は国民が普段食ってる飯を食べたいのさ。これから五年で、国民の食生活を改善する。そのために、一年後に開かれる挙式の披露宴で国内外に向けて提案する。新しい生活の手本となるような晩餐の品目を考えろ」

「新しい生活、ですか……?」

「皆の学識豊かな才能をいかんなく発揮してくれ。必要な研究資金は俺が臨時予算で、ぶんどってくるから」

 王子はにっこり笑って学者たちを見渡す。学者たちはちょっと戸惑ってお互いに顔を見たが、しばらくして、マーシア博士がにこやかに承諾した。

「よいでしょう。私の研究成果をお見せするよい機会です。ただし、私は料理に疎いので、城内にいるコックたちの協力が不可欠でございましょうな」

「わかった。お前に協力してくれるように、俺の名で通達を出そう」

 ただし、今の王子にそのような権限はない。

 その許可をもらうために、王に頼まなければならない。彼は自分の仕事を見極めて、授業を終える。

 ちょうど、授業が終わった頃、王からの使者が居場所を探し当ててやってきた。渡りに船である。ウルフは文句を言うことなく、王の下へ急いだ。



 ウルフは謁見の間にやってくると、開口一番に叫んだ。

「この国には、素晴らしい財産があるぞ!」

 興奮しながらやってきた王子は、いつも通りの身軽な服装だ。薄いブラウスを着て、腕まくりをしている。優雅さからは程遠い形である。

 大臣たちは眉をひそめて彼の姿を見たが、王は嬉しそうにニコニコ笑って彼を手招いた。

 ウルフはいかめしい顔をしている大臣たちを見回して、王の膝元まで詰め寄った。今日のウルフは堅苦しくない。さっさと傍に来て、王のひざにもたれて甘えた。

 遠慮なく傍までやってきた王子を見て、王は嬉しそうに笑う。

「今日の王子は楽しそうである」

「うん。俺はこの国を好きになれそうさ。この城の奥深くに魔術師がたくさん住んでた」

「魔術師とな?」

「そうさ。この国をよくする魔術を知ってる。彼らの知性を利用せずに、何を利用する?」

「……学者のことであるな?」

「うん」

 ウルフは王の手にマーシアが作っていた果物を乗せた。王は奇妙な姿の植物を見て微笑む。

「食べてみてくれ」

「これはマーシアが研究していた植物か。もう完成しておったのか」

 王は懐かしい目で果物を見つめ、しばらくして口に含んだ。

 以前食べさせてもらった時よりも味がよくなっていて嬉しかった。

 ウルフは身を乗り出して言う。

「俺はこの果物が気に入った」

「うむ、私も気に入ったぞ」

「では、披露宴の料理で使ってもいいな?」

「使いなさい。これは外国に紹介しても恥ずかしくない果物だ。マーシアにもよくやったと伝えてやりなさい」

「あいつは料理が苦手なので、協力できるコックが必要さ。城内のコックに通達を出してもいいかい?」

「いいだろう」

 大臣たちが一斉に咳払いをした。王とウルフはきょとんとして彼らを見る。大臣たちはウルフに丸め込まれている王を見て不安になったのである。

 王は王子を呼び出した理由を思い出して、コホンと小さな咳をした。ウルフはそれを見て、少し警戒し始めた。

 予算案の承認が難航しているようだ。ウルフは澄んだ目を王に向けた。

「実は王子……そなたの予算案を吟味しているところなのだが」

 王は唐突に話を始めた。ウルフの頭は高速で回転を始める。


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