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二輿物語 『胡蝶恋記』  作者: tomoya
一章 「王、婚儀を命じる」
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3

 侍女たちが集まって噂話をしていた。

「姫さまもいよいよ結婚ねえ……姫様のティアラはどんな形にするの?」

「輝殿下は新しく作りたいみたいなの」

「どんなティアラも、姫さまの髪の輝きにはかなわないわ。本物の金よりも美しいもの。生きている宝石ね!」

「愛しい姫様の髪に触れられるなんて嬉しいわ! どんな髪型にしようかしらァ」

「んもう、髪結いはみんなでやるの! あなただけの姫様じゃないんだから」

「で? 輝殿下の御髪は誰が結うの?」

「…………」

「――へ、下手だったら、斬られるかなァ? 私、彼の髪に触ってみたいんだけど。つるつるしてて綺麗だ、し」

「バカ! 殺されるわよ?!」

 彼女たちは、ぞっとした顔で口を閉じる。ウルフの長い黒髪を誰が結うことになるのかは、彼女たちにとっては死活問題だ。ただでさえ気難しい王子なのに、その身に触れて機嫌を損なえば、即死刑だ。

 しかしながら、その難が自らの身に降りかからなければ、傍目に見て充分に魅力的な男性なのだ。年頃の娘たちが彼を意識しないはずも無い。

「輝殿下も、きちんと着飾ってくだされば、いい男なのにね」

「どうしてあんなに勿体無い格好ばかりしているのかしら」

「彼の衣装係は何をしているのよ。怠けているのではなくて?」

「奴隷のように裸足で駆け回ったりもするのよ?」

「シャツ一枚で馬に乗って遊んでいたわ」

 近頃の侍女たちは身支度に抜かりが無い。自分たちの主人の婚約者であることも忘れて、女を磨くようになってしまった。

 不意に大げさなため息が「ふう」と聞こえてきた。侍女たちは自分たちの置かれている状況を思い出して、ギョッとした顔で作業を再開した。

 まさにウルフの婚約者、アリシア・フォル・ザヴァリアの部屋の中での一幕だ。

 アリシア姫は夕食のためにドレスアップしている。彼女たちはその手伝いをしているところだったのだ。大胆な侍女たちである。

 アリシアは浮かれている侍女たちを見て声をかけた。

「あなたたち、王子のことをよく観察しているのね」

 アリシアは複雑な思いで、彼女たちを見た。世の中には、あの王子と婚約が出来て喜ぶものもいるのだ、と知る。なのに自分は何故、嬉しくないのだろうか?

 侍女たちは、あわてて取りつくろった笑みを浮かべて、囁いた。

「そ、それはもう、アリシアさまの婚約者なんですもの、気になりますわ」

「そうですわ。あの方はとても……噂では、極悪非道で残虐な悪魔のようにひどいお方と伺っておりましたが、どうしてどうして、よい殿方ではありませんか」

「一風変わった所もありますが、武芸に秀でて、兵士たちにも慕われていて」

「あんなによい御婚礼相手は他にございません」

「姫様、御婚約まことにおめでとうございます!」

「本当に私たちも喜んでおりますのよ」

「オホホホホ」

 褒めたりすかしたりゴマをすったり侍女たちも大変だ。あんまりウルフを褒めては嫉妬されるだろうと警戒し、再び悪口へと移行する。その繰り返しだ。

 しかしながら、アリシアはもう彼の【風評】を聞き飽きてしまった。確かに、ウルフは噂に事欠かない変な王子だ。それに人心をひきつける魅力もある。だからこそ、その身に余るほどの噂が持ち上がるのだ。

 戦地で聞こえている【鮮血刃の悪魔】という通り名に見られる残虐性を彼には感じなかった。実際に彼に触れて感じた印象では、ウルフはただのやんちゃ坊主だ。

 人の噂と実体の差を感じて、アリシアは戸惑っていた。

 本当の彼はどんな人間なのか。

「輝殿下がお迎えにいらっしゃいました」

 扉の向こうで奴隷の声が聞こえてきた。周りにいた侍女はあわてて、姫の身支度を整えた。

 出来上がっていく晩餐会用の姿を見て、アリシアは少し落ち込んだ。


 鏡の中には飾り立てられた美しい女がいた。

 王の謁見で仰々しく着飾っていたウルフの様を思い出す。きっと彼は今夜の彼女を見ても、喜ばないだろう。ウルフの目にはおそらくゴテゴテに着飾った強欲な女に見えるはずだ。

 今までアリシアが出会ってきた男性たちなら、「美しい」とほめてくれるだろうが、ウルフはその点がとても正直で嫌な男だった。彼には、豪華な金銀や宝石、意匠の凝らされた繊細な衣類なんて、価値が無いのだ。

 彼の心がわからない。

 何故、世の中にはあんな男性がいるのか、と思う。

「腹減ったァあああー……アリシアは何やってんのさァ」

 扉の向こうから、これ見よがしにウルフの叫び声が聞こえてきた。早く出て来い、と言わんばかりの不機嫌な口調だ。侍女たちが真っ青になってアリシアの髪をまとめたが、姫は澄ました顔で「待たせなさい」と命じた。

 今、彼に屈するのはしゃくである。彼にアリシアへの愛はあるのだろうか……いや、どうだろう。無邪気に毎日遊び狂っている王子が本当に、恨めしい。


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