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反抗的な王子の格好を見ても、王はほとんど怒らなかった。
むしろ、綺麗に着飾った王子の姿を見て大喜びである。姫はわが父ながら情けなく思って、父の言葉を聞き流す。
「おおお、何と美しくも気高く言葉に尽くせぬほど、うーん、うーん、とにかく私の想像の範疇を超えた絢爛さに驚くばかりだ」
「王のご機嫌もこのうえなく清明におわすこと、最上の慶びにございます」
「全く素晴らしいことよ。ただ、この美しさをカニューレ公国から来た大使にもお見せしたかった」
「身が重過ぎて早く歩けませんでした。遺憾にございます」
「うむ」
王と王子の会話を聞いて、アリシアは不意にほっと吐息をついた。ウルフも彼女の隣で、やれやれ、といった顔で清々しい笑顔になっている。
既に大使がいないのだから、用事はもうこれで終わったと思ったのだ。
自分の体よりも大きな羽を担いできた王子はもう、集中力が切れており、早く帰りたい、と言わんばかりの態度。王の御前だと言うのに失礼にも大きなあくびをして、退屈であると伝えていた。
言ってることとやっていることが著しく大きく異なる男だ。アリシアは不機嫌になり、彼の横顔を睨みつけていた。
しかし、王は身勝手な彼の態度を見ても、怒らなかった。相変わらず笑顔である。姫はわが父ながら情けなく思った。
「そなたは私を笑わせようとしておるのだろう?」
「王の御所望とあらば、全力で王を喜ばせることが私の使命。王がもうよいとおっしゃるなら、私はこれで帰らせていただきたく――」
「ああっ! そのままでいいから、私の傍にいておくれ――さて、本題に入ろう」
王は優しい笑みを浮かべて二人を手招きする。しかしながら、ウルフは重々しい装飾品に埋もれていて立ち上がれない。アリシアは仕方なく彼の腕をとって立ち上がらせるのを手伝った。
彼は決死の表情で立ち上がり、よろよろしながら王の手前に歩を進めた。
巨大な冠と鳥の羽がゆっさゆっさと揺れて、王の真上にかざされる。王は仰け反って笑いながら、その派手な装飾品を眺めた。とにかく大きくて邪魔だ。彼がこれを本当の意味で美を感じて身につけたとは思えないほど、無意味な装飾である。
ウルフは牛歩のような歩みで前に行き、「あー、うー」と唸っていた。
「兵士を鍛えるより、よほど足腰が鍛えられるぜー」
「ふふふ、遠い道のりをよく来た、王子」
「これだけの装飾品を担いで歩ける男は俺ぐらいだ」
「うむ、頼もしい限りだ――今日、おぬしを呼んだのは他でもない。私の娘との婚礼について、話したいことがあったからだ」
「ハアっ、ハアっ……」
「近くで見れば見るほど辛そうではないか。脱いではどうだ?」
「どんなにバカバカしくても、やり遂げてこそ男って言えるのさ」
ウルフはにやりと不敵に笑みを浮かべ、王の目前に片膝をついて控える。よく鍛えた彼の肉体が震え、その重みに耐えた。
アリシアは呆れた顔で彼を見たが、王は王子の意地を見て、ようやく納得した笑みを浮かべる。ゆったりとした声で二人に話し掛けた。
「一年後に式をあげようと思う」
「…………」
「二人で協力して計画し、各国の大使をもてなし、国中に布令を出し、婚儀を滞りなく行いなさい」
アリシアは父の言葉を聴いてショックを受けた。もう、結婚を逃げられないと言う思いで落ち込む。自分が本当に隣にいる大ウツケの妻になるのかと思ったら哀しくなった。
ウルフはプルプルと震えながら、不敵な笑みを浮かべていた。王の言葉を聞き入れて無言で丁寧に頭を下げる。
王は用件を伝えると早々に顔色を変えて、彼の身を案じた。
「話はそれだけだ――ああ、王子、そなた、顔色が悪いぞ。血が滞っているのではないのか?」
「つっ……つつしんで勅命を承りまし、た」
「う、うむうむ」
「これより、執務に携わり、御婚儀の支度を取り計らい――く、く」
「は、早う立ち上がって退室しろ」
「詳しくは、また後日……相談に、参ります。退席のお許し、に、かっ感謝申し上げる」
「早く行け――王子の退室を手伝え!」
王は大慌てで近くにいた家臣に命じ、王子を抱き起こさせた。ウルフはふらふらしながら王の御前を引き払って退席する。
そんな無様な彼の姿を見送って、アリシアは己の行く末を案じていたのだった。




