⑨
古いゴンドラは炭鉱の坑道の様な細長く暗いトンネルを通っていた。岩盤をくり貫き鉄骨組みで補強した構造で、窓ガラスが結露で曇り始めている。ケーブルは街を離れ山間に向かっている様だった。ルウは一言も口を利かずに暗い色の床板を見つめ、ウェンもずっと黙ってルウを見ていた。ゴトゴトとケーブルの機関の音だけが明かりのついた室内に響いていた。何度か耳に電話が鳴り、ジェロやフォルトがかけてきている様だったがウェンは出ず、ルウの決心を待つ姿勢を保ち続けた。ゴンドラの行く先にユリエが居たとしても、彼女を説得できるのはルウだけだった。
トンネルを出た旧型ゴンドラは何の案内もせずに、森の中のプラットホームで静かに停止した。ゴンドラの扉がスライドしたとたん、室内に水流の轟音と湿った冷気がなだれ込んできた。雑木の切れ間に、古代遺跡を模した石造の水道橋が見上げる高さで大きなサークルを描いていた。アーチ型の石柱がうねうねと隆起した草地に突き刺さる様に並び、円形の中庭を囲ってる。灌漑用水路の分岐点施設だった。
扉が開いても動こうとしないルウに、ウェンは言った。
「君が指定した場所だ。」
ルウは外を見てちらちらと瞳を動かし、見えた物を無視して顔を俯かせた。ルウの決断が簡単ではないのは分かっている。恐らくユリエとルウは赤ん坊を見る事は出来ないだろう。無事に子供を出産させた後のユリエが人工子宮を取り出されて脳細胞を含めた再構成の処置となった場合、ユリエの全ての記憶は消失してしまう。
急に、ルウはどんとケースをウェンに突き付けてウェンを見た。
「私だけで話をさせて。」
ふらりとゴンドラを降り、プラットホームから繋がった小道を下っていった。
ウェンはケースを持って金属板のプラットホームに立つ。ルウの下っていく先に車を呼び出す為の停車場が見えているが、待合小屋に人はいない。ルウはきょろきょろと辺りを探していた。そこでユリエと待ち合わせた様だった。ウェンはホームから、陽が落ちかけて薄暗くなった森を見渡した。水道橋からは枝分かれした水路が谷間に向かって伸び、幾つかの分岐は水管になって森のトンネルに消えていた。木立の中に別の索道が見え、無人の停留所もあった。起伏を繰り返して丘を越えていく牧草地にも、誰も居なかった。
視線を戻すと、ルウは見えなくなっていた。ウェンはプラットホームを飛び降り、荒れた草地を突っ走る。小高くなった場所を選んで身体を一周させた。暗くなった広場の石柱の陰に、跪くルウを見つけた。
ウェンは駆け寄り息をとめた。石畳の舗装に割り込んだ草むらに女が倒れていた。
「ユリエ!」ルウがユリエの腕を掴み呼んでいる。ウェンはユリエの薄く開いた目を見ようと覆いかぶさり、ルウが叫んだ。
「動かさないで!」
ウェンはユリエの腰の下に赤い液体が溜まっているのに気付く。ルウはユリエのシャツをめくり、大きく膨らんだお腹を剥きだす。ユリエの腹部に皮膚の色と違う線が浮き上がっていた。ルウは手をあててラインを調べだした。
「開いてない。」ルウは声を抑えているが、震えていた。ユリエの目はルウの顔を見ているのか焦点が定まらず、額に汗が浮いている。荒い呼吸をつまらせ、ユリエは声を出した。
「ルウ」
「ユリエ!痛むの?」
ウェンは立ち上がって背広のノートを取り出した。手についた血でノートが滑る。
「フォルト!どこだ!?」
回線はすぐにフォルトを呼びだした。フォルトのノートにはウェンの位置がフタバから伝送されてるはずだった。
「お前はどこだ?」フォルトの声が聞き返した。
「水道橋がある。中庭だ!」
「トラックを借りた。すぐに着く。明るい場所にいてくれ。」
ヘリはほんの数分で明かりの灯り始めた市街地を横断した。夜の領域に向かう紫色の街を眺める余裕はジェロには無い。ウェンがユリエを見つけるのは早かった。
「ユリエは出血してる!ドクターは来てるのか!?」
慌しいウェンの状況説明をドクターが一つ一つに返事をしながら聞いた。
「二十分でそっちに着く。落ち着いてユリエを運んでくれ。」
ジェロは言ったが焦りは自分も同様で、急かす様に前方のヘリの行く先を見る。薬の作用が早すぎる。
「まずいよね?」
ウェンの通話を切ると、ジェロはドクターに聞いた。
「胎児のへそから母体壁に伸びてる吸盤が、子宮の収縮で剥がれだしたんだ。」
「切開細胞が機能してないのに?」
何も見えない闇の空を睨んでドクターは判断した。
「プラスの帝王切開だ。」
胎児の生命維持措置や産科医も必要になる。ヘリの装備で対応出来る処置ではなかった。
「往復で小一時間はかかる。」
ジェロはコクピットの目盛だらけの時計を見る。
「間に合うかい?」
ドクターに今答えられるはずが無い事は分かっていたが、聞かずにはいられなかった。
中庭にかけ上がってきたフォルトは石畳の赤い色を見て動きが止まる。
「破水してるの!全部が血じゃ無い!」
ウェンの横にいる女が助けを求める様に言った。フォルトは須藤クリニックにいた女だと気づく。屈んでユリエの襟元を両手で掴んだ。
「いくぞ。」ウェンの合図でユリエの着ているコートを担架の代わりに引っ張って、ユリエを持ち上げる。
「腰を高くして!」ルウは言いながらユリエの首を抱いた。
ぞろぞろと固まって小道を降り始めてから、ウェンは念を押すように言った。
「ルウ、君はフタバには連れて行けない。」
ルウは小川の改造を受けていた。フタバに行けばルウも処置をされる。共に記憶を初期化されれば、もう二人が出会う事は出来ない。
他にどうにか出来る状況では無い。ルウは荒い呼吸をするユリエの耳元でつぶやいた。
「ユリエ。こうするしかない。」
ユリエはルウの方に少しだけ瞳を動かし、苦痛にしばらく息を吐き、擦れた声を出した。
「私達の子なのよ。」
ルウは口を結び、それには答えない。
「しっかりして。貴方がこの子を守るの。」
土がむき出しの小道は足場が悪く、ウェンはユリエの腰が動かないように体を沿わせて固定した。ウェンの背広に赤黒い色が広がっていく。ユリエはずっと自分の首を支えているルウを見続けていた。
「誰にも渡したくない。」
ユリエの小さな声に答えず、ルウは手でユリエの汗で濡れた顔をぬぐう。暗くなった森には照明がなく、停車場の外灯から届く薄明かりでは足元がよく見えないが、後ろ向きで首を振りながら引っ張るフォルトのペースはだんだん速くなる。ルウは懸命に歩調を合わせた。
詰まる声でユリエに言った。
「どんな事になってもあなたを迎えに行く。私達はずっと一緒よ。」
くねくねとした小道がすこし狭くなり、ユリエの姿勢が不安定になる。フォルトが脚を踏みはずして揺らしても、ユリエはルウだけを見ていた。周期的な痛みでユリエは息を吐く。ルウが瞬きをして潤んでくる眼を醒ますと、またユリエが声を出した。
「私達の子なのよ。」
ルウは唇を結ぶ。小道の足元に眼を逸らし、ぎゅっと眉をしかめ、堪え切れなくった。ぼろぼろと涙が溢れだし、足元も見えなくなり、雑草につまづいてユリエを掴んだまま、がくんと膝を地面につけた。ウェンとフォルトは少しよろめき、立ち止まる。
ルウはその場に座り込み、小さく丸めた背中を震わせた。ウェンはすべるユリエの脚を掴みなおして、もう少しだ、とルウに声をかける。
「ヘリまでは一緒に行ける。君のスーツケースを持って来てくれ。」
ルウのケースはプラットホームに置いたままだった。中にユリエの服も入ってる。ルウは直ぐに両手で這うように腰を起こし、小道を駆け上がった。
フォルトが乗ってきたのは幌屋根のついた大型の低床トラックだった。後部のあおりを跨いで乗り込むと荷台は木板張りになっていて、屋根に付けられた小さな照明分だけ外よりも明るい。長い荷台の前方にドアがあり、鉄道車両の様な運転室になっている。フォルトは荷台の奥まですすみ、運転室の前で止まった。
「運転室にはスペースがない。ここに寝かせるしかない。」
ウェンは唇をかみしめるユリエに言う。
「ユリエ、降ろすぞ。」
木板の床にユリエをそっと寝かせ、ギクリとした。横向きになったユリエのシャツのお腹の膨らみが真っ赤に染まり、血はユリエの首元まで流れ出て固まっていた。フォルトはユリエの息遣いを確認すると、タオルを濡らしに傍の水路へ走る。
「待ってろ。何か下に敷く。」
木床は横になるには堅すぎる。ウェンはユリエに言って荷台を降りた。ルウが何か持ってるかもしれない、と駆け上がっていったルウを見あげた。ルウはゴンドラの止まっているプラットホームに上がろうとしている。
ウェンの目に留まったのはルウではなく、ゴンドラだった。自分達の乗ってきたゴンドラはウェンを降ろしてすぐに出発していた記憶があった。型も違っていたと思う。
いつの間にか、別のゴンドラが到着している。無人のゴンドラが呼ばれもせずにここに来る事は無い。
あのゴンドラはなんだ?
「ルウ!」
ウェンは叫んで走り出した。
ギュルン、とスターターの音が背中に聞こえる。
振り返ると、トラックのディーゼルエンジンが始動した。フォルトが驚いた顔で水溝から見ている。
「止めろ!」
くるりとターンして、ウェンは叫んだ。トラックはがくりと揺れて、ゆっくり動き出す。前方の運転室はウェン達から見えない。荷台のあおりに二人一緒に飛びつき屋根材の幌布を掴んで転がり込むと、丘のプラットホームでルウが「待って!」と叫んだ。
ユリエが腕で体を起し、置き去りになったルウに気付く。
「ルウ!」
「寝てろ!」ウェンは床に両手を付いてユリエに叫んだ。
「誰が動かしてる?」
フォルトは言って、起き上がるとトラックが加速した。グン、と荷重がかかり二人はよろめく。
ウェンは幌屋根の骨組みのパイプを掴んだ。
「あいつだ。」
運転室のスライドドアが激しい音を立てて開き、男が二人、荷台に出てきた。ゾゾとフタバ社の男がもう一人。ゾゾより大きい、黒い長髪のプラスだった。
トラックは自動運転で走り続けていた。ウェンはちらりと振り返ったが、暗闇の森に入ってもうルウは見えなくなっていた。額に汗を浮かべたユリエが上体を腕で支えたまま、ゾゾを上目でみる。ゾゾは、足元のユリエをしばらく見下ろし、ウェンへと目を移した。
「ユリエはこのまま連行する。お前らには撤収の指示があったはずだ。」
スーツを泥で汚したままのゾゾは静かに言って、例の警棒を腰から取り出した。
「妨害行為は容赦せんぞ。ウェン。」
ゾゾは警棒を使いたがってる。ウェンは奥歯を噛み締めて怒りを押さえ込む。
「車を止めろ。今はお前等に構ってられない。ユリエは俺達が連れていく。」
「彼女は警察で保護される。プラスならこれ位大丈夫だ。」
ユリエはゾゾを睨んでいる。山道を走るトラックがカーブを曲がる度に大きく惰力がかかる。フォルトは少しウェンの傍に寄った。ウェンが精一杯抑えている激情はフォルトに伝わっている。じりじりとゾゾとの間合いを詰めていくウェンの横で心を固めた。
「赤ん坊が居るんだ。そこらの町工場じゃユリエの対応は出来ない。」
ウェンの低く響く声にゾゾは眉をひそめる。
「フタバはこの愚かな企ての加担はしない。彼女の処置は我々の考える事じゃない。」
ウェンはユリエを指差し、怒鳴った。
「フタバは関係ない!ユリエを見ろ!警察に行って説明している暇はない!」
「お前こそよく見ろ。ヘリで運んでどうなる?結果は見えている通りだ。」
ピクリと顎をあげ、ユリエの表情が強張る。
「胎児は死んでる。」
ゾゾは言った。
ゾゾの思い通りだと分かってても、もうウェンは自分を止められない。ゾゾに突進した。
大男がウェンに腕を伸ばし、フォルトが叫ぶ。
いきなりユリエが立ち上がった。ウェンより早く、ユリエは拳でゾゾのわき腹を振り抜く。鈍い音が鳴り、ゾゾの体がくの字に折れた。
「この野郎、」
大男が体勢を変えてユリエの頭を片手で掴み、そのまま押し込んだ。ウェンは男の腕に飛びつくが、大男の力は抑えきれない。ユリエは頭をスライドドアに叩きつけられ、ドアが歪んで弾けた。フォルトが大男の首を掴み、身体を入れて後ろに投げつける。
ズドン、と男は荷台に投げ出され、ユリエは運転室に倒れこんだ。
「ユリエ、」ウェンが叫ぶのと同時にうずくまったゾゾが電撃をウェンに浴びせ、ウェンは両膝をついて倒れた。
木板に顔面を叩き付けて、ユリエを見た。
ユリエは倒れたまま腕を伸ばし、運転席のハンドルを握っていた。腕の力で体を起し、そのままハンドルをぎりぎりと回す。
床が跳ねるように傾いた。
激突音と衝撃でバクンと全員の体が飛び上がる。運転室のフロントガラスが粉砕し、ユリエが一瞬で安全装置の泡に包まれた。木床がウェンの上を回っている。ウェンは屋根のパイプに叩きつけられ、ゾゾが幌と一緒に飛ばされた。ざざあっと金属の擦れる音に火花が散って、頭に蹴られた様な衝撃を受ける。
身体が飛ばされて、木の幹に打ちのめされた。
もがいて体をよじり、息を通す。
全身が痺れ、自分の手足がどうなっているのかも分からない。横倒しになったトラックが目の前にあり、自分が土の上に転がっているのに気付く。トラックは暗闇の森の底に落ち込んでいた。
草を踏みつける足音に、少し首を捻った。
トラックのヘッドライトに照らされたユリエがいた。ユリエは背中を木の幹によりかからせて立ち、自分のシャツを破いて腹を見ていた。
ユリエの膨らんだお腹は開口するはずの部分が赤く線を浮き上がらせて、短すぎる切れ間から血が溢れていた。ウェンは起き上がろうとしたが、自分の手足の使い方を思い出せない。
もがくウェンを、ユリエは見た。
ウェンは腹ばいのまま顔をユリエに向ける。
「すぐに救助がくる。」
なんとか腕を突っ張り四つん這いに体を浮かせ、血と土の混じるつばを吐いた。
ユリエは黙ってウェンを見ていた。
「男の子だったのよ。」
ユリエの声は掠れていた。ウェンはユリエの顔をもう一度見る。
ユリエは涙を流している様に見えた。
「諦めるな。」
気休めのつもりは無い。ウェンは本気で言った。
ユリエはトラックの窓枠を掴み、ゆっくりと体を起す。森の奥に顔を上げて掌で目をこすり、つぶやく。
「一緒にいられないのなら、取り上げられるのなら、」
足を前に出してざくりと草を踏んだ。
「産んでもしょうがないじゃない。」
震えるユリエの声が終わらない内に、ウェンはがっと背中をたてて起き上がる。
「待て。」
足をついて立ち上がろうとして、ユリエの方を向くことも出来ずにまた転がった。体が怪我を感知して麻酔モードに入り、平衡感覚がなくなっている。
「諦めるな!ユリエ!」
暗闇に消えていくユリエにウェンは俯いて叫ぶ。ユリエの返事は無かった。
体を仰向けに転がして腕を突き出した。左腕の袖をめくり、血と土で汚れた皮膚に震える右手で文字をなぞる。何度も失敗を繰り返し、なんとか指の付け根の発光文字が現れる。麻酔モード解除の操作入力だった。
とたんに感覚が呼び出された。全身の激しい痛みがずしりとウェンを襲う。ウェンはうめいた。全身がこわばり、指がピクピクと震えた。
立つ事は出来る、ウェンはしばらく痛みに耐え少しづつ体を起していく。中腰で横倒しのトラックの上を見た。車道のちぎれたガードレールがキズを負った雑木の間にはみ出している。フォルトもゾゾ達も見えなかった。胸が痛み大声が出せない。痺れる右の手でポケットから取り出したノートは反応せず、電話はもうかけられない。エンジンの止まった横倒しのトラックからは、事故発生を知らせる信号が発信されているはずだった。ウェンはノートを地面に捨てた。
背中を丸めて足を立たせ、傍の木に手をあててウェンはユリエの消えていった方向に脚を引きずって歩きだす。暗い足元は感覚で進むしかない。
森には勾配が無く、まばらな木立の中をふらふらと進むと、すぐに方向が分からなくなった。もうトラックの明かりも届かなくなる。
木々の裏側にきらきらと光るものが見えていた。ウェンは光のある方へ手探りで向かう。
唐突に開けた場所に出ると、ウェンが川だと気付いた時にはもう足がくるぶしまで水に浸かっていた。小さな石が川底に敷き詰まり、巾は広いがどこまでもくるぶしの深さしかない。氷のように冷たい感覚がじわりと伝わり、ウェンは川の真ん中で立ち止まった。向こう岸にはまた深い森がある。川の流れる方向を見ると、川下は流れが真っ直ぐのびて暗闇の森に見えなくなっている。上流は岸の木立でカーブになり、奥にゆるやかに回り込んでいた。岸辺に押し出された若い杉の木の上には、輝く月が見えていた。鮮明な輪郭が円になり切れず、指で摘まれた様に少し滲んでいる。
彼女の体で歩いて行けるのはこの川しかない。彼女がもし、ルウの所へ戻ろうとしているのなら上流の方向になる。ウェンは月に向かって歩き始める。
青白い月明かりが映す森の光と影は、全ての色彩を消してしまう。流れる水は冷たく、ウェンの脚が水をはじく音は森の沈黙に吸収されて行く。痛む胸を押さえ、ウェンはユリエの言葉を思い出す。
自分が何をしているのか解らなくなりかけて、体の痛みを投げ出すように足を速めた。
ばしゃばしゃと川瀬を進み、岸辺の暗陰を回りこむと川の水が少し深くなった。スレート状の巨岩がごろごろと流れに横たわり、ウェンは岸にあがってぜいぜいと肩を揺らし、どこまでも歩き続ける。
岩に手をついて脚を止め、いつの間にか聞こえていた響きに気付いた。
ヘリのパイロットが、プラスの救助信号を受信したと知らせた。着陸予定の貯水湖のポートはもうすぐのはずだが、ウェンやフォルトとそんな段取りはしていない。ジェロは身を乗り出してパイロットに聞いた。
「発信者は誰だ?」
「照合出来ない。身元不明のプラスだ。」
パイロットは前を向いたまま答える。
この深い森の中で、ばったり救助信号に出くわしたとは思えなかった。ウェンの電話が応答せず、ジェロはフォルトの呼び出しに切り替える。
「近くの山道で事故も起こっているぞ。」
パイロットは横目で画面を指差しながら言った。画面の地形図に車両事故の信号が表示されている。呆然とジェロは画面を見つめた。
「どうなってんだよ。」
時間がかかり、ブツリと繋がったフォルトの通話に緊張する。
「フォルト!今どこ?」
沈黙を挟んで、フォルトの籠った声が答える。
「ジェロ。車が道から落ちた。」




