ダメな子はダメな子なりにがんばってみた。
わたしにはこれと言っていい思い出があまりない。あまりと言うより、全然と言った方が正解かも知れないが。
幼稚園の時、かけっこで一番を取ろうとして転んだ。それからは走ることが嫌いになった。
小学生の時、友人が好きな子ができてくっ付けようとしたが、相手に友人よりわたしの方を選んで友人と破局した。もちろん返事はノーだが。
中学生の時、修学旅行前に家の階段から運悪く転倒、全治3ヶ月の脚の怪我をしてやむ無く休んだ。
そして高校生。友達と言うのを作るのを止め、クラスにわざと馴染まず、部活は視界から外し、やることと言えば赤点を取らない程度の勉強と趣味の絵を描くことだった。
だけどその絵を描くことさえも上達しなくて最近は諦めかけているけど。
家に帰ればお節介焼きな優しい母に厳しいけど根は心配性な父、それと、普段は冷静沈着だけど妹のこととなると目が変わるシスコンの兄がいる。
だけどわたしはわからない。
なぜ人は努力をするのか。努力をしたからと言って、必ずしも報われて幸せを勝ち取るわけではない。
夢が見つかったからと言って、叶わなければ意味がないのだ。
夢さえ見つからず、諦めることが癖になってしまったわたしには関係のないことだが。
そんなある日、わたしはある男にこう言われた。
「ここ、ぼくは好きだな。雲のゆったりとした感じが良く出てる気がするよ」
それはわたしが昼休みに屋上で絵を描いている時だった。
気分で屋上の入り口から見た景色を模写していると、知らない男が覗いて、
「おっと。ごめん邪魔したかな?」
なんてヘラヘラした顔で言ってきたので、
「……べつに」
なんてわたしはぶっきらぼうに返した。
「絵、好きなの?」
「それなりに。でも下手だからもうやめようかと思ってる」
「それは勿体無いな。ぼくは好きなんだけどな、その絵」
なんて声色が柔らかく言うものだから、一瞬だけ嬉しいなんて思ってしまったのが悔しくて、
「こんな下手な絵にお世辞言っても無駄だよ」
なんてしかめっ面をして言ってしまった。
あとになって恥ずかしさも込み上げてきた。
「そう?でもさ」
わたしの絵に指差し、続けた。
「ここ、ぼくは好きだな。雲のゆったりとした感じが良く出てる気がするよ」
そんなこと言われたのは初めてだった。
そう言われた瞬間、嬉しさが胸に滲むように込み上げ、霧散するように融けてゆくようで……心地がよかった。
だからかな。
「……ありがと」
なんて柄にもないことを言ってしまったのは。
「うん。君はもっと素直になった方がかわいいと思うよ?そんな風に殻に閉じ籠らないでさ」
わたしは背筋に寒風が撫で、内蔵が縮むような感覚を得た。
そんな風に見透かした感じに言われて、わたしはきっと愕然としていたのだと思う。あとは単純に怒りと悲しみ。
――勝手なこと言わないで!
――知ったような口聞かないで!
――そんなこと、とっくの昔に知ってる!
当たってるから、それもあった。
わたしは幼い頃のような素直さを隠し、友達を作っていた頃のような無邪気さを捨て、わたしは孤独と言う殻に閉じ籠ることによって自分を守ってきた。他人よりも劣ってるからと、なんでも諦めてしまう、弱いを自分を。
「ぼくは今の君もいいけど、その内に閉じ込めた君も見てみたいな。きっととてつもない輝きがあるんだろうな」
――そんな期待するような目で、声で、わたしに触れないで!
「……ごめん。少し意地悪が過ぎたかな」
彼の手が、自分より大きな手が、わたしの手を包み込む。
「君、震えてる。よっぽど堪えたんだね、ぼくの言葉に」
――ごめんなさい
――わがままでごめんなさい
――諦め早くてごめんなさい
――好きな人取ってごめんなさい
――そそっかしくてごめんなさい
「大丈夫だから……もう無理は言わないから、ね?」
大丈夫。大丈夫。
彼は優しい声音で言い続ける。
わたしは怖かった。
失敗するのが怖かった。努力をして、失敗するのが。
努力するのが怖かった。無理までして、努力が報われないのが。
助けるのが怖かった。どんなに苦労しても、恋敵になってしまうのが。
なにより自分が怖かった。いろんなことを理由にして、諦めてしまう弱い自分が。
「大丈夫だよ。ぼくがいるよ」
そんなわたしでも、彼は離れずに、そっと近くにいてくれた。
壊れかれた心の、拠り所になってくれた。
優しい彼の声を聞いていると、とても落ち着いた。
「……ありが、と」
それだけ絞り出した。
「うん」
と彼はそれだけ答えた。
「ぼくね。世界が好き」
――わたしは世界が嫌い
「いろんな景色を見せてくれる世界が」
――いろんな景色を見せつける世界が
「たくさんの出来事を運んで来てくれるから」
――たくさんの出来事を壊してしまうから
「ぼくはこの広い世界が好きなんだ!」
――わたしはこの広い世界が嫌いなんだ!
気付けば涙が零れ、描いた絵の上に落ちて紙がくしゃくしゃになっていた。
「……わたしは嫌い。世界も、景色も、出来事も、自分も……」
「うん」
「だけど……なりよりも、そんな風に思える自分が嫌い……嫌いなの」
「そっか」
「……一人だった。ずっと、何しても、報われないできたから……わたしはずっと一人だったの」
「なら君は今日から一人じゃないよ」
「……え?」
「君にはぼくがいるよ。なにより君が描く心躍らせる絵が、ぼくは大好きさ!」
そう高らかに宣言にする彼の姿は晴れやかで、わたしは気分がス―ッと軽くなってゆくのがわかる程に安心感を得た。得てしまった。彼の言葉に。
「だからさ、一緒にまだ見ぬ世界を見よう!そうして新しい自分を見つけてさ、生まれたこと堪能しようじゃないか!!」
わたしはその言葉にくすっと笑い――
「はいっ」
と元気よく返事をしていた。
その時の自分はきっと、とても楽しそうな顔をしていたのだと思う。
過去を吹っ切り、現在を駆け抜ける一人の少女は、昔のような素直な心を取り戻して明日へと走り出す。少年と言う大きな存在に掬って、もとい、救ってもらったから。
きっと未来には辛いことも苦しいこともあり、それだけ楽しいことや幸せに思うこともある。だから人は青春というページをめくり、大人になってゆくんですね。
そんな風に僕は思います。
つたない文ですが、目に止めてもらい、最後まで読んでくれたことをここにお礼を言います。
ご拝読、ありがとうございましたm(__)m