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その五 「夏季演習 後編」


 捕虜――――それは帝國陸軍にあって存在するはずがないものである……はずだった。


 「生きて虜囚の辱めを受けず」とは日華事変の最中に作られ、戦後生まれのぼくもまた基本教育期間中に耳にタコができるほど聞かされ、暗謡できるほど言わされた戦陣訓の一説だが、かの「大東亜戦争」の戦前戦中はこれが当然の通念であるかのように多くの将兵はおろか、日本国民の間にもそのように受け止められていた。


 要するに、平たく言えば「捕虜になるくらいなら死ね。」ということである。事実、「大東亜戦争」中に敵地上空で帰還不能を悟って自爆した戦闘機操縦士や、圧倒的な数の敵に包囲されても降伏の途を選ぶことなく玉砕した部隊の話は、戦前戦中に小学生だった世代はもとより、ぼくらもまた小学校の修身の時間から愛国心の発露として教えられてきた。捕虜になることは皇国、ひいては大和民族の恥であり、捕虜になるくらいならば、天皇陛下の赤子として迷うことなく死を選べというのが日露戦争以来の皇軍の伝統であり、社会常識にも似た観念となっていたのだ……少なくとも、「大東亜戦争」までは。


 日華事変の頃まで「戦陣訓」は愛国の理念として十分に機能した。だが結局は破綻した。どんなに戦陣訓の理念を徹底させたところで、作戦の不手際や人事不肖の状態などで当人の意思に関係なく敵中に陥る将兵は何処の戦線にもかなりの割合で存在したし、敵手となった欧米や中国の軍隊は一度窮地に陥ればどんどん降伏してくる。それが、前線の将兵に矛盾にも似た感覚を抱かせた。


 欧米は違う。彼らにとって捕虜とは圧倒的に強い敵を前に敢闘した末になるものであり、捕虜になるというのは決して恥ずかしいことではないし死に値する罪でもない。敵軍から得た捕虜もまたそうであり、敵手も人道と敬意を以て投降した彼等の敵を遇さねばならないというのが彼らの当然の感覚である。それが、当時の日本人の感覚とは決定的に違った。逆の言い方をすれば、欧米は自軍の将兵が捕虜になった際の対処法を研究し、兵士に対する教育をもきちんと行っていたが、日本軍はそれに関しては全く無頓着だったというわけだ。


 その相違が露呈し、顕在化したのは大東亜戦争が佳境に入ってからのことだった。一度捕虜になった日本軍の将兵は、尋問官が聞いてもいないような自軍の秘密をベラベラと喋り、彼らを唖然とさせたという。捕虜になった際の対処法の知識が皆無であったのは勿論、「戦陣訓」に従い得なかったということで、国から見捨てられたというヤケクソにも似た感情が、彼らをこうした利敵行為に走らせたのである。

 ところで読者の皆さんは、「大脱走」という映画をご存知だろうか? そう、あのスティーヴ‐マックイーン主演の、実際にあった捕虜収容所からの脱出劇を元にした戦争活劇である。第二次世界大戦の欧州戦線ではこうした脱走劇が多々あり、脱走に成功し味方戦線に生還した将兵は、それこそ英雄として喧伝され、勲章さえ貰えたものだった。だがこれ、同じ第二次世界大戦でも当時の日本軍では成り立たないことなのである。


 日本軍の場合、たとえ捕虜の身から脱し、味方に復帰したところで待っているのは周囲からの白眼視と、自殺にも等しい無謀な出撃への強要……これではまるで世界に冠たる皇軍どころか、当時巷で人気を攫っていたTV活劇「仮面ライダー」に出てくる悪の組織ショッカーか、「レインボーマン」の死ね死ね団である。こんなところに好き好んで入りたがる人間なんて、今時いるわけがない。


 事実、戦後の民主化の進展とともにこうした不条理が白日の下に晒され、その後に続いた朝鮮戦争で矛盾は一気に噴出した。戦争劈頭の清川江の戦闘で帝國陸軍の一個旅団が共産軍の重囲下に陥り壊滅した際、共産軍は日本軍の捕虜から得た情報を戦闘に大いに活用した。その情報源となった捕虜が陸軍の高級参謀であり、尚且つ華族の出身であり、さらには戦中の極秘交渉による捕虜交換であっさりと本土に帰ってきたことが露見してから騒ぎは一層大きくなった。前線の兵士には「捕虜になるくらいなら死ね」と命じて置きながら、この落差は何か……!? 


 折りしも反戦運動盛んなりし只中、さらにはこれに欧米のメディアまで「日本の後進性の表れ」という題目を掲げて便乗してきたことから問題はさらに拡大した。当時の国連軍最高司令官リッジウェイ米陸軍大将からは「こんな野蛮な国の軍隊と同盟を結んだ覚えはない」とまで言われ、身内を庇ったことからもとから斜陽気味だった帝國陸軍の威信はこれで完全に地に堕ちた。その上に当時民主化の時流に乗り議会内で勢いをつけていた革新系の野党からは、帝國陸海空軍の最高司令官たる大元帥 天皇陛下の「監督責任」を問う声すら上がるに至っては、全軍の将官が顔を蒼白にさせたに違いない。この問題の決着の内実は、「機密資料保全保護法」を盾に未だ大っぴらにはされていないものの、この問題で少なからぬ数の将官や高級士官の首が飛んだことは確かである。


 これらの事態に対する真摯な反省があったのかどうかは知らないが、朝鮮戦争後、日本軍は遅ればせながら捕虜待遇に関する教育に本腰を入れ始めた。「戦陣訓」の内容は絶対法規ではなくあくまで理想論としての扱いに格下げされ、政府は戦争捕虜の取扱に関する国際的な水準を定義したジュネーヴ条約への参加を批准した。ぼくらが小学校を卒業して二年後の修身の教科書からは捕虜となることを厭い、玉砕や自爆を賛美する内容は一切削除され、軍では基本教育の段階から捕虜になった際、そして捕虜を得た際の対処法をみっちりと教えるようになった。


 だが今でも捕虜経験者に対する周囲の眼は決して暖かいものとは言えない。最近でも捕虜経験を理由にした就職、結婚差別に起因する訴訟が少なからず発生しているし、軍隊に興味のない大多数の人間もまた、未だに「捕虜になること即ち死」と捉えている節があった。実例を挙げれば高校の就職説明会の際、

 

 「海軍の航空兵だったおじさんが言っていたけど、敵に捕まったら死ななきゃいけないんでしょ? そんな職場紹介しないでくださいよ」


 と言って帝國陸海空軍地方連絡本部の職員を慌てさせた同級生もいた程だから、一度周知された観念はおいそれと覆せるわけが無かったのである。



 ――――果たして、対抗演習の結果「捕虜」となったぼくは、海軍陸戦隊の終結地点まで海軍さんと行動を共にすることとなった。

 演習において捕虜になればどうなるか?……所持する武器弾薬の類一切を没収されることは勿論のこと、首から「捕虜」と極太マジックで殴り書きされたプレートを懸けられ、臨時仮設の捕虜収容所まで徒歩で移動させられる。その間、「実戦想定」と称し木刀で突付かれたり、上半身(または下半身まで!)を全裸にされて縛られたりと、「捕虜」はおよそ考えられる限りの「虐待」を受けるのだ。

ぼくもまた、ご多分に漏れず両手を縛られ、海軍陸戦隊のフェレット軽装甲車に引き摺られるようにして収容所への路を歩いていた。それこそ、親友の裏切りに遭い奴隷の身分に落とされたベン‐ハーのように……


 「こら近衛、さっさと歩け」


 と、ニヤケ顔をした海軍さんが、FALでぼくの背中を突っつく。人間というのは現金なもので、名目さえつけば必ず誰かを貶め、苛めたがる。軍隊はその組織としての機構上、そして戦争をする組織としての必要性から、人間のそうした負の側面がもろに顕われる職場である。つくづくここは、拭い様のないサディズムに満ちている。


 ぼくを引き摺りまわすフェレット軽装甲車もまた、速度を上げたり、かついきなり速度を落としたりとぼくの歩調を乱し、わざと疲労困杯させようという意図がありありだ。そしてその効果は、烈日の下で一層生きてくる。つくづく、車体後部に描かれた碇のマークと、「横一特」(横須賀第一特別陸戦旅団)の文字が恨めしい。


 一時間も、それもわざわざ炎天下と激しい起伏を選んだ道を歩けば、喉なんてあっという間にカラカラになるし意識もまた希薄になってくる。ぼくは夢遊病者のように、それこそ覚束ない足取りで道を歩いた。何時終るとも知れぬ苦界に身を沈めるぼくの一方で、海軍さんはといえば、移動中のLVTの上で水のたっぷりと入った水筒を片手に、哀れな捕虜の見物を決め込んでいる。海軍さんがモヒカン頭ではなく、やたらとトゲと鎖に飾り立てられた服を着ていないことを除けば、まさに後年の「マッドマックス」か「北斗の拳」そのまんまの世界……!


 「み、水ぅー……みずぅー……」


 「おめえに飲ませる水なんかねえ」


 品性のかけらもない笑い……戦友ドノには真っ先に置いてきぼりにされ、水が欲しいのに、水をもらえないところまでぼくはまさしくベン-ハーである。こういう場面では、イエス-キリストが哀れなベン-ハーに水をお恵み下さるのだが……果たして、ぼくにとってのキリストは装甲車に乗ってやって来た。


 「敵襲!」


 悲鳴にも似た声に、海軍さんたちは一斉に降車した。遠方の丘陵から迫り来るのは、まさしく我らが帝国陸軍の73式装甲車ハ号……! その瞬間ぼくが足元から崩れ落ちたのは、決して感激のためではなく刺すような烈光と熱線とにもはや身体が抗えなくなっていたためだった。


 73式装甲車ハ号は、北部管区軍と関東の近衛騎兵旅団及び教導機甲旅団にしか配備されていない帝国陸軍の「虎の子」的兵器である。帝国陸軍新鋭装甲兵員輸送車たる従来型の73式装甲車に、25mm機関砲の砲塔を取り付けた攻撃力向上型だ。だがその最大の特徴は、砲塔の両側に装備された計二基の64式対戦車誘導弾発射機にある。要するに兵士も運べるし戦車の撃破までできるというスグレモノ。根が装甲車だけあって調達価格も戦車より安く、これが開発された当初、もはや陸軍に戦車はいらないとまで言われた程センセーショナルな兵器である。


 その73式ハ号の砲塔が旋回し、ぼくの朦朧とした眼前で槍のように延びた25mm機関砲が破壊の閃光を吐き出した。腹まで響くそのず太い発射音とともに実弾を吐き出せば、海軍さんのLVTなぞほんの一斉射で各坐してしまうほどの威力がある。装甲車は射撃を続けながらその快速を生かして海軍陸戦隊の全周に回り込んで停止し、その後部から続々と兵士を吐き出した。装甲車の突撃陣形は瞬く間に見事な半包囲体勢となった。


 無線機を手にした統裁官の声が、演習場に厳かに響き渡る。


 「状況……LVT三両各坐。死亡18名、重症7名……それ以外は捕虜……!」


 状況は、決した。だが天はぼくが解放の余韻に浸ることを許さなかった。熱中症寸前のぼくは、襤褸切れのようなだらしない姿を枯草に覆われた轍の中に沈めるばかり……


 「み、水……」


 望むものは与えられる。ただ、それがどのような形で与えられるかは神の采配に拠る。仰向けの状態で意識を薄れ掛けるぼくの顔面に降り注ぐか細い冷水の滝……やがて、徐々に戻りゆく意識の導くまま、ぼくは眼を開く。


 「…………?」


 おぼろげながら、ぼくはその目の先にぼくにとってのキリストを見る。だがぼくに水を与えてくれたのは、当のキリストとは程遠い人物だった。


 「鳴沢二等兵……何をへたばっている? 本官は貴様の戦死を許可していない」


 うわぁ――――――・・・・・一難さってまた一難。


 倒れるぼくの傍で仁王立ちになり、手ずから水筒の水をぼくの顔面にぶちまけていたのは、陶大尉だった。海軍陸戦隊を撃破したのは、彼女の率いる中隊だったのだ。


 「う゛ぅ――――――……」


 「さあ立て。鳴沢二等兵。演習は始まったばかりだぞ」


 多少は元気を取り戻し、水を飲もうと顔を上げたぼくの眼前で、水筒を持つ手が上がった。唖然とするぼくの眼前で残りの水を自分の喉に流し込むと、大尉は踵を返し歩き出した。そして手早い、的確な指示……!


 「移動準備急げ。すぐに敵の増援が来るぞ。周囲の警戒を厳に……!」



 風を胸に受け進撃するのは心地よい。数分の後、半死半生の状態から救い出された(?)ぼくは、荒れ野を疾駆する73式ハ号の砲塔後部に跨乗する陸軍兵士の一人となっていた。


 各車は平原一帯に散開し、一路前方の未舗装道路を目指していた。その日の演習が終了したことを、ぼくらはほんの十数分前に統裁官の口から報されたのだ。終了が通達された後、広大な演習場に散らばっていた各隊は集合地点まで一斉に移動を開始する。その光景はさながら民族大移動的な様相を呈していた。何処に目を遣っても、目に入るのは戦車やら装甲車やら、兵員輸送車やら、濃緑色もおどろおどろしい陸軍の車両ばかり。上空では迫撃砲や野砲をスリングしたバートルが、編隊を組んで飛び交っていた。


 再び、視線を転じた反対側―――――荷台を改造した指揮通信区画からニョキッと二本の触覚のようなアンテナを生やした一式半装軌装甲兵車(ハーフトラック)改指揮通信車が、二台の偵察バイクを引き連れ丘陵を疾駆していくのが見えた。かたや最新鋭の装甲戦闘車。一方で向こうは大東亜戦争期に開発された超旧型――――東西緊張の中での平和な時代と、それに起因する予算削減が、こうしたチグハグな光景を演習場に現出させている。


 終結地点に集合の後、演習に参加した各車は規則正しく布陣することを要求される。それこそ、数センチの狂いも許されないという風に、規則正しい矩形に車両は並ぶのだった。ぼくらもまた、所属を越え車両の誘導や布陣の矯正といった作業に追われることになる。その作業の最中、臨時仮設の野戦車両補修拠点に、ぼくは見覚えのある人影を見た。


 「よう鳴沢二等兵……元気でやってたか?」


 オイル塗れの顔から、黄ばんだ歯を覗かせながら新藤軍曹はぼくに笑いかけてきた。そしてズタボロ

そのもののぼくの姿をまじまじと見つめた後、再びニッコリと笑う。


 「……その分だと、やっぱりえらい目に遭わされたようだな」


 「やっぱり」という一言が、ぼくの心に深く突き刺さった。


 上半身裸の軍曹の背後では、一両の戦車が整備を受けている真っ最中だった。車体の後部カバーを全て開け放たれ、クレーンでエンジンを取り外されてはいても、戦車の威容はぼくの眼前では何等変るものではなかった。


 「うわぁ……これが74式ですかぁ……」


 「そう、これが『武装せるコンピューター』さ」


 と、軍曹は誇るように背後の戦車に目を細めた。被弾面積を狭めるべく生み出された背の低い車体に湾曲構造を多用した砲塔、そこから延びる105㎜砲身は五式や60式のそれより長く、かつ太い。アナログ表示ながらも精緻極まる射撃精度を生み出す弾道計算機を備え、その他夜間戦闘を可能にするレーザー測遠機や赤外線暗視装置をも装備する74式戦車は、ぼくならずとも夢の戦車のように思われたはずだ。その74式が、ぼくのすぐ眼前で整備を受けている……!


 「鳴沢二等兵は確か大学の機械科だったな」


 「はい」


 「ちょっと……見てみるか?」


 「いいんですか?」


 軍曹は手招きした。ちょうど覆帯を取り外し、転輪に詰った泥を取り除く作業が始まっていた。その転輪に足を掛けて靴に付いた泥を掻き落とすと、軍曹は慣れた足取りで砲塔に登った。


 「鳴沢も来いよ。ただしちゃんと泥を落とすんだぞ」


 ぼくはといえば、ぎこちない動きで、それこそしがみ付く様にして砲塔まで登る。その様子を、軍曹は苦笑気味に見詰めるのだった。


 「鳴沢、入ってみろ」と、砲塔に入ることを軍曹は勧めた。

 

 「いえ、自分はもうここまででお腹一杯です」


 「いいから……」


 軍曹の好意には抗えなかった。ハッチを潜った途端、ムッとする熱気と共に鉄と電気、そして汗の入り混じった強烈な臭いがぼくの嗅覚奥深くに飛び込んできた。砲塔は意外にも奥行きがあり、最初は機関車のそれを想像した計器類の配置もまた、いささかシンプル気味であるように感じられた。

上から顔を覗かせ、新藤軍曹は言った。


 「すごいだろ?」


 「自分も戦車兵になればよかったなァ……」


 「ハハハハ……戦車はなァ、夏は暖房冬は冷房だぞ。身体を動かしていられるだけ主兵(歩兵のこと)もまた悪くないさ」


 軍曹と別れ、原隊に復帰する道すがら、バンちゃんと出逢う。ぼくに勝るとも劣らない、あたかも破産し文無しになってしまったかのような彼の変わりように、ぼくは愕然とする。


 「ちょ……板倉六年兵殿……?」


 彼もまた捕虜となっていた。あの撤退戦の途上、別方面から伏撃してきた海軍陸戦隊の一分隊に捕捉されてしまったのだ。当然彼もその間一滴の水すら飲ませてもらえなかったらしく、只でさえ痩せぎすの顔つきが一層干上がっているように見えた。彼の同僚は、海軍さんの捕虜収容所にまで水を用意してはくれなかったのである。


 「鳴沢ぁ―――――……水、みずぅ……」


 干からびた唇を震わせ、ゾンビのようにぼくに縋りつくバンちゃんに、ぼくはおずおずと水筒を渡した。自ら進んで、善意の赴くままに……と言ったら嘘になるが――――

 貪るように水をガブガブ飲むバンちゃんを見下ろし、ぼくは嘆息する。思う存分に渇きを癒して水筒を空にし、一息つくと、バンちゃんは言った。


 「鳴沢、メシにしねえか?」


 そう言われた途端、ぼくのお腹も鳴った。あたかも、これまで空かせることなど忘れていたかのように……



 缶詰の五目飯、缶詰の鰯の醤油煮、そして缶詰のタクアン……単調な献立ながら、その味は営内の食事よりも美味かった。携帯糧食が飛び抜けて美味なわけではなく、営内の食事が酷すぎるのである。贔屓目に見れば、原野の只中にいるという開放感が食事の味を普段より一層良くしていた……と言えるのかも知れない。

 連絡任務か、爆音も高らかに原野を駆け回る偵察用バイクに目を細めながら、バンちゃんはぼくに聞いた。


 「なあ鳴沢、お前、大型バイク運転できる?」


 「免許は持ってますけど?」


 「ええっホントか?……そりゃよかった」


 よかったって、何が?……怪訝な表情で彼を覗き込むぼくから目を逸らすようにバンちゃんは頷き、缶詰のメシを一気に掻き込んだ。バンちゃんの不思議な問いに、ぼくは首を傾げる。ローターを烈しく羽ばたかせながら地上へと機体を沈めてくる一機のバートルが、ぼくらの頭上スレスレを通過して行ったのはそのときだった。


 「ありゃあ……金星どものヘリコプター(乗りもん)だな」


 と、バンちゃんが言った。将官座乗の機体というわけである。遠巻きに眺めるぼくらを尻目にバートルは地上からの誘導に従い、そのまま開けた平地に脚を下ろすと、間を置いて開かれたドアからは続々と随員らしき参謀連中が降りてきた。そして一番後に、おそらく一座の中で一番エライ人が悠然とした歩調で降りてきた。距離的にはぼくらからそう遠くは無く、向こうからは草陰に隠れぼくらの姿は見えない。


 「閣下にはご機嫌麗しく……何より」


 出迎えの士官に「閣下」と呼ばれた男の背は高かったが、そうと感じさせないほど胴回りは太く、腰つきもずんぐりとしていた。かと言って決してだらしない体躯ではない。深々と被った鉄兜から覗く視線は鬼のように嶮しく、だらしなく葉巻を咥え、束子のような髭を蓄えた大きな口元とともに彼方を見据えている。軍人というより「どこの組長さんですか?」という疑問が先に立ちそうな、見るからにおっかないオジサンだ。


 その人はぼくらのものと同じ野戦服に身を包んでいたが、襟元に輝くのは、まさしく帝國陸軍中将の徽章……将官といえば、ぼくら最下等の兵士にとっては文字通り神にも等しい存在である。ぼくら兵隊が口を聞くことはおろか直にお目通りすることなど、まず無理無理。


 参謀達の前に立つと、その将官は相変わらず嶮しい目で周囲を一巡した。富士山麓の絶景を楽しんでいる様子には、到底見えなかった。忌々しげに葉巻の煙を吸い込んでは吐き出し、将軍は背後の副官に声を荒げた。


 「晴子!……晴子は何処だ!?」


 晴子って、誰のことだっけ?……そのときは訓練に追い捲られていたせいか、ぼくの脳裏には答えがうまく浮かんで来なかった。だが、ややあって自らジープを運転し彼の前に現れた一人の士官の姿を認めたとき、ぼくは食事もそっちのけに、決して小さくない声で「あっ」と叫ばずにはいられなかった。


 「陶大尉、お呼びにより参上いたしました!」


 と、ジープを降り、彼の前に進み出たのは紛れもない陶大尉だった。サングラスを外した彼女は将官の前で背を正し、見事な敬礼を見せたが、将官の方は彼女を面白くない寸劇でも見せられたような白けた目で見、やる気が無さそうな手付きで敬礼するのみだ。

将官は、言った。だがその口調と態度からして、彼は明らかに自分の前に立った女性士官を認め、受け容れてはいなかった。


 「対抗部隊を撃破したそうだな……晴子」


 「…………」


 階級ではなく名前で大尉の事を呼んだことに、ぼくは我が耳を疑った。そして将官は、畳み掛けるように続けた。


 「だがお前の指揮はただ状況と巡り合わせが良かっただけだ。実戦ではこうはいかんし、今日のお前の指揮には稚拙な点も多々見受けられた……!」


 直後、勢いよく振り上げられた分厚い掌が、大尉の頬を打った。頬を張られても余裕で踏ん張った大尉に、将官はさらに声を荒げた。


 「何だ、今日のお前の指揮は? それで皇国の守りが勤まると思っているのか!?……退役し、すぐに花嫁修業でもするがいい!」


 「…………!」


 愕然としてことの一部始終を見詰めるぼくの耳元で、バンちゃんは言った。


 「お前知らないのか? 『ウワバミ』の親父はなァ、市ヶ谷勤めのお偉いさんなんだぜ」


 「じゃあ、あの人は……」


 『父親?』というぼくの無言の問いに、バンちゃんは頷いた。


 「ウワバミのやつ、なんでも女ばかりの四人姉妹の末っ子でよォ、あいつの姉ちゃんたちは皆家を出て行っちまって、今じゃああいつだけが家業を継いでいるらしい。まあ、理由はオレでもすぐにわかるけどな」


 「まるでオスカルみたいですね」


 「オスカルかァ……そら言えてるわァ」


 バンちゃんは笑った。だがぼくには笑えなかった。むしろそのときぼくの心を占めかけていたのは、止め処ない不条理さだった。幾ら実の娘だからといって、衆人環視の場で手を上げることなんてないじゃないか……


 「…………」


 頬を張られても、陶大尉は真っ直ぐに、かつ無言のまま彼女の父親を凝視していた。形のいい口元が切れ、糸のように血が流れていた。その娘に、将官は無表情のまま顎を杓って見せた。無言のまま敬礼し、もと来た道を戻っていく彼女の歩調には一片の乱れもなかった。息を呑み、その様子を見守っていたぼくらの背後で、呼ぶ声がした。


 「板倉六年兵殿……?」


 突然の声に驚き、振り向いたぼくらの背後には、宮田四年兵の怪訝そうな顔。それをバンちゃんは怒鳴りつけた。


 「ばかっ、声がでけえよ」


 「小隊長が呼んでますよ。集合写真とるって……」


 演習場での集合写真……日頃を厳しい軍務に勤しむ徴兵太郎の皆さんに、決して除隊後の思い出にと撮らせてくれるわけではない。これもまた、帝國陸軍兵士の重要な「おつとめ」の一環である。


 「そこの一等兵さん、もう少し中央に詰めて」


 野戦服に身を包んだ広報担当の女性士官が、カメラを手に指示を送る。そのファインダーの向こうでは、60式戦車を背景に、入営以来心から笑ったことなど皆無に等しいむさ苦しいオッサン、そしてオニイサンたちが天使のように無邪気な笑顔を振り撒いている……それこそ、写真の中の「和気藹々とした軍隊」に騙されたおバカさんをこの世の地獄へと引き込むべく―――――


 ぼくもまた、その写真の中にいた。最初は軽い悔悟の念を感じたものの、今では写真に騙される者がいようがいまいが、ぼくにとってはそんな事などもはやどうでも良くなっていた。バンちゃんと肩を組み、女性士官の構えるカメラの前で精一杯の作り笑いを浮べながら、ぼくは日々の営内生活で退化しかけた脳みそをフル回転させ除隊までの日数を数えている。


 「ハイ、チーズ?」


 カシャッ……時間にして、わずか20秒。このとき撮られた写真が、巡り巡ってPR用のパンフレットになり、頭の弱い誰かさんを釣り上げる餌になるという寸法である……撮ったあとに込上げてくる虚しさもまた、お約束。



 ――――そして過ぎ行くこと二週間……演習は全ての日程を消化し、ぼくらは再び鬱屈とした営内生活へと戻っていくのだった。


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