その一二 「上陸演習 後編」
―――――事前の制圧砲撃の後、揚陸艦より切り離され、波を蹴立て、浅瀬に覆帯を踏み入れて疾駆する海軍陸戦隊先遣部隊のLVT。砂浜に乗り上げ、開かれた後部ハッチから駆け出した海軍陸戦隊の兵士が散開し、一斉に伏射の姿勢を取った……そこに、攻め入るべき向かい側から身を屈めがちに駆け込んできた陸戦偵察隊。
「撃つな、味方だ!」
陸戦隊の小隊長と思しき男が、無言のまま偵察隊を手招きした。さすが陸戦隊。その間も射撃の姿勢は崩していない。その彼らの隊列を割り小隊長に接近した陸戦偵察隊の一人が、伏せた姿勢のまま敬礼する。
「報告します……!」
「…………?」
小隊長は、報告しようとした偵察隊員を怪訝な目で睨んだ。一方で睨まれた偵察隊員は、慌てて敬礼に伸ばした肘を屈める様にする。
「……よし、報告しろ」
「敵部隊の配置が判明致しました―――――」
偵察隊員は敵――――要するにぼくらの中隊の位置、そして兵士の配置などを手早く指示し、「LVTを乗り入れでき、急造陣地の設営に適した場所」へと誘導する旨を伝える。
「ああそれと小隊長どの……」
「何か?」
「近辺を対抗部隊の強力な装甲部隊が展開しております。無線を傍受されこちらの浸透を勘付かれないためにも、無線封止をするべきかと……」
「なるほど、それも一理あるな」
陸戦隊の命令伝達は早く、全ての部隊が無線機のスウィッチを切るのに時間は掛からない。それを確かめ、偵察隊員――――ぼくは偵察隊の方へと駆け戻った。そこに、同じく偵察隊に扮したバンちゃんが肘でぼくの上腕をごついた。
「気を付けろ鳴沢、海軍と陸軍じゃ敬礼が違うんだぞ」
「すいません……」
小声での注意に、思わず項垂れるぼく。だがさすがバンちゃん。六年も兵隊をやっているだけあって海軍のことも知り尽くしていた。バンちゃんに教わった海軍流の敬礼と用語が、ここで役に立ったのだ。
「なあ、鳴沢くん……」
と、不安そうな声で尋ねたのは石橋中隊長だ。彼もまた、陸戦偵察隊の軍装に身を包み、外見だけを見れば見事なまでに精鋭部隊の兵士を演じきっていた。
「こんな詐欺まがいの作戦、上手く行くだろうか?」
「詐欺か……でもオレはいい方法だと思うぜ。だってよ……」
と、バンちゃんが笑う。
「……『バルジ大作戦』みたいでカッコいいじゃん」
―――――かくして、揚陸を成功させ、ぼくらの誘導の下意気揚々と進撃した陸戦隊の先遣部隊を待ち構えていたのは、残余の中隊の待ち構える包囲陣だった。暫く進みぶち当たった行き止まり。そこで事の不審さに気付いた陸戦隊の小隊長が、ぼくに声を荒げた。
「おいこれは何だ? ここで本当に大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だろうよ……俺たちが勝つ分にはな」と、バンちゃんはせせら笑った。
「何……?」
ぼくはすかさず口笛を吹き、FALを小隊長に向ける。それと前後し、それまで物陰に潜んでいた中隊の兵士が、退路を立たれた陸戦隊に向け一斉に小銃やバズーカ砲を向けた。
「お前たち、何のつもりだ?」
ぼくは微笑み、襟の海軍二等兵曹の階級章を引っぺがした。その裏に現れた陸軍二等兵の階級章に、小隊長の目が点になった。
「そんな……!」
そこに、石橋中隊長の大声が一帯にこだまする。
「さあ貴様ら、ゲームは終わりだ。降伏しろ!」
……かくして、後続してきた本隊もまた同じような手段でぼくらの捕虜となり、ぼくらは中隊に倍する数の捕虜を得、さらには十数両のLVTの上に二両の軽戦車まで鹵獲してしまった。正式名称六四式軽戦車。五八式自走無反動砲の主武装を64式対戦車誘導弾発射機に換装した軽戦車だ。輸送機による航空輸送、さらには空中投下も考慮されたそれは、元来陸軍に二個存在する空挺部隊を支援する目的で開発されたものだった。だが現在では、海軍陸戦隊でも上陸部隊の支援用として導入されていた。
「これだけありゃあ、北海道の機甲師団とも一戦やれるぜ」
と、鹵獲した装備の山を前にして、バンちゃんたち古参兵は笑ったものだ。中隊長はといえば、上半身を裸にされ、首から「捕虜」のプレートを下げられ地べたに座らされた捕虜の群れに、自分の戦果を噛み締めるかのように見入っていた。その彼の背後から、ぼくは受送話機を手に躊躇いがちに語りかけた。
「中隊長、司令部に報告をどうぞ」
「ああ……そうだった」
棒読みに近い抑揚に乏しい声、だが活気に弾んだ声で司令部への報告を終え、それを見届けたぼくが持ち場に戻ろうとするところを、石橋中隊長は呼び止めた。
「鳴沢二等兵……?」
「はい……?」
「君は……除隊までまだ二年あるんだったな」
「そうであります」
「……そのまま、軍に残る気は無いのか?」
「自分は学業が未だでありますから……」
「……そうか、でも……惜しいな」
「…………?」
「鳴沢くんの指揮下でなら、どんな戦いでも生残れそうだ」
そう言って、中隊長は笑った。
「…………」
不意に、基本教育課程で徳山班長がかけてくれた言葉が思い出された。呆然とするぼくに、石橋中隊長は笑いかける。その笑顔はもはやひ弱な一青年の笑いではなく、一人前の前線指揮官の笑いだった。
中隊長がさらに何か言おうとしたそのとき―――――
『――――こちら司令部、第―――機甲中隊が重囲下に陥り、苦戦している模様。各隊は予備兵力を該当地点に指向し、中隊を援護せよ……! 該当地点は――――』
陶大尉の部隊だ!……驚きの余り、ぼくと中隊長は思わず互いに顔を見合わせる。
地肌むき出しの林道を、ディーゼルと覆帯との奏でる轟音が疾駆する。
……十数分後、陸軍歩兵軍装に身を包んだぼくらは、鹵獲した海軍陸戦隊のLVTを駆り新たな戦地へと向かっていた。
この場合、多種の技能資格を持つ近衛旅団の持つアドヴァンテージが遺憾なく発揮されるかたちとなった。装甲車の操縦ぐらい、中隊の古参兵にかかれば何と言うこともなかったのだ。
さらには、中隊の新たな戦力となった二両の軽戦車! 古参兵たちは操縦を続けながら、戦闘訓練下にあることも忘れ語り合った。
「まるでベトコンみてえだな」
「何がよ?」
「向こうのやつらも米軍の装備をかっぱらって戦ってるっていうぜ?」
「ばかもの! 即興性こそがわが皇軍の持ち味だ」
と、中隊長は闊達に笑った。先程の青瓢箪ぶりが嘘のように……どっかと腰を下ろしたLVTの車上から、中隊長はぼくらを省み、弾んだ声を上げた。
「よおし貴様ら、『戦車隊の歌』を歌え!」
聞いたことも無い名の歌を持ち出され、怪訝な表情を隠さないぼくらに、中隊長はまた笑いかけた。
「パンツァーリートも知らないのか? では本官が手本を見せてやる!」
そう言うや否や、中隊長は美声を張り上げ上げ勇ましい歌を響かせた。
嵐も雪も
炎暑も越えて
我らは進む
鋼鉄の歩み
木枯らしに
この命を託し
風を突いて
戦車は進む
肝心の歌詞がドイツ語だったので詞の詳しい内容は余りつかめなかったが、こういう内容だったと思う。石橋中隊長がソ連に攻め込んだ当初のドイツ軍機甲師団将校を彷彿とさせる満足気な表情で全部を歌い終えたときには、交錯する銃撃音は間近に迫っていた。それでも意気上がる寄せ集めの機械化部隊で、大尉は声を潜め、ぼくに言った。
「なあ、鳴沢くん」
「はい?」
「どこから攻撃すればいいだろう?」
「中隊長、始めから攻撃態勢なんか取らなくてもいいですよ」
今度は悪戯心の赴くまま、ぼくはまた中隊長に耳打ちする―――――
――――急速な上陸を終え、機動力を生かして迎撃に展開した陶大尉の部隊を包囲した海軍陸戦隊。
ぼくらは各車両に身を潜め、彼らの背後から接近する。彼らは包囲した対抗部隊への攻撃に熱中するあまり、無線を封止したまま戦場に入ってきた所属不明のLVTと軽戦車の集団――――ぼくらを完全に後続してきた増援と思い込んでいた……そこに、ぼくらの付け込む隙が生じた。事前の打ち合わせ通り、海軍の無線周波数を使い、皆はまさに言いたい放題に流言を飛ばしまくった。
『――――北方より敵戦車部隊出現! 急速に接近してくる!』
『――――背後に敵歩兵分隊! バズーカ砲を構えているぞ!』
『――――上空より攻撃ヘリ多数! 散開し回避せよ!』
『――――こちら上陸部隊司令部、攻撃をやめて後退せよ! 繰り返す……!』
そのときの海軍の慌てようときたら!……突然の「奇襲」の声に、たちまち続発する車両の方向転換、偽りの上級司令部からの通信に、攻撃するべき確固たる目標を見失い右往左往する兵士たち……狼狽は同士討ちすら生み、LVTや戦車の中には操作を誤って他の車両と接触、あるいは衝突する車両まで出た。
すかさず、ぼくは隊長に囁いた。
「中隊長、突撃命令を」
「わ、わかった……!」
意を決し、中隊長はハッチを開けて身を乗り出す。それこそ、彼の部下たるぼくらが待っていた瞬間だった。大きく手を挙げ、部下に前進を命じる古の勇士パンツァーマイヤーよろしく石橋中隊長は叫んだ。
「突撃ぃ―――――!!」
砲身を翻し、一斉に陸戦隊へ狙いを付ける中隊の軽戦車。LVTから脱兎のごとく飛び出し、至近の目標へとバズーカ砲の狙いを付ける中隊の兵士達……帰趨は完全に決し、奇襲にも似たぼくらの出現を前に、指揮系統の崩壊した海軍陸戦隊は散り散りになり、我先に後退を始めた。
「追撃だ! 攻撃の手を緩めるな!」
石橋中隊長の指揮は的確。ぼくらは戦場より離脱を図る海軍陸戦隊を追い、統裁官は混戦に巻き込まれながらも、次々と劣勢の上陸部隊に「撃破」、「戦死」の宣告を下していく。勢いに乗ったぼくらが水際まで上陸部隊を追い込むかに見えたそのとき―――――
『――――敵戦車部隊前進中。上陸部隊本隊と確認!』
味方からの急報に、ぼくと中隊長は顔を見合わせた。身を乗り出したLVTの車上からうっすらと臨む砂浜には、続々と上陸し、こちらへと迫り来る海軍陸戦隊のLVT、さらにはLVTを援護するように前方に出た海軍陸戦隊のM41中戦車が、蟻の群れるが如き一団を為していた。
万事休す!……だが運命の女神は、ぼくらの未来に「絶望」を用意してはいなかったのだ。
『―――こちらファルコン01、近衛騎兵旅団第3捜索中隊応答しろ……!』
突然ぼくの抱える中隊無線機に飛び込んできた通信。送受話器を取るのと、何処からともなくジェットエンジンの空を震わす音が近付いてくるに気付いたのと同時だった。
「こちら近衛機甲旅団第3捜索中隊……送れ!」
『―――こちら帝國空軍第84飛行隊。只今より対地支援を開始する。敵の正確な位置報せ……!』
ぼくははっとして中隊長の顔を見た。中隊長の目が、無言のまま「続けろ」と言っていた。地形図を手繰り見ながら、早口で敵上陸部隊の位置を報告し終えたぼくの耳に、パイロットの威勢のいい声が飛び込んできた。
『―――了解! 目標を視認、これより攻撃態勢に入る。頭を下げていろ!』
迫り来る爆音と耳を裂く急降下音……凄まじい速さで上空に迫って来る四本の白い軌条が、身を沈めたLVTの車内から上空を見上げるぼくの眼前でバナナの皮を剥くように鮮やかな散開を始め、次の瞬間にはF-100DJ「スーパーセイバー」戦闘爆撃機の鋭角的な機影になった。四機の機影は低空で瞬く間に戦場上空を飛び去り、後には地上に撒き散らされた衝撃波の余韻とともに、統裁官の「撃破 壊滅」宣告が虚しく上陸部隊に響き渡るのみ……
突然に訪れた静寂を振り払うように、ぼくは受話器を握り直した。
「……こちら第3捜索中隊……支援感謝します。送れ」
『―――いいってことよ! ところでそちらの隊に鳴沢って兵隊はいるか?』
「自分が鳴沢二等兵でありますが……どうかしましたか?」
『―――ウチの飛行隊の西崎大尉がなあ、貴様に礼を言ってくれとさ』
「…………?」
『―――じゃあ、話は伝えたぜ……隊長機より全機へ、これより帰投する……!』
厚みと暗さを増した雲の彼方に遠ざかり行く白い飛行機雲。それらを呆然と眺め、通信の切れた受話器を握ったまま、やがてぼくは石橋中隊長の顔を見た。
「どういうことだ? 鳴沢くん」と、ぼくに聞く中隊長。
「さあ……」
キョトンとするぼくの肩を、中隊長は叩いた。
「鳴沢くん、やっぱり軍人続けた方がいいんじゃないの?」
「え……?」
「ぼくが言うのもなんだけど、鳴沢くん……将器があるよ」
「将器だなんて……そんな大げさな」
「ま、あと二年あることだし、君の心変わりを祈るとしよう」
返答に窮したぼく、微笑を浮べてまま答えを待つ中隊長……沈黙するぼくら二人の傍、遠方からものすごい勢いで疾走してきた一台の73式ハ号装甲戦闘車が、ぼくらの眼前で前のめり気味に停止した。中隊長がいち早くLVTから飛び降り、73式の主が現れるのを待った。ぼくはと言えばそそくさと後部より抜け出し、その場からの離脱を決め込むばかり――――
「おい石橋……」
形ばかりの敬礼をし、73式から降り立った陶大尉は石橋中隊長に歩み寄った。無表情だったが、その眼差しの奥に鬱屈したものを篭めていることぐらい、ヒラの二等兵ですらわかる。
「陶さん……災難だったね。でもこの通り、もう大丈夫だから」
「話を逸らすな。貴様!」
声を荒げ、大尉はさらに中隊長に詰め寄った。
「聞くが、この作戦は貴様の立案か?」
「そ……そうだけど」
「陸戦隊の装甲車を分捕って連中の指揮系統を攪乱したわけか……らしくない作戦だな。石橋……!」
「言われてみれば……そうかも」
足を震わせ、油の切れた機械のようなぎこちなさで頷く中隊長を睨む陶大尉の目に、微妙な光が宿った。
「……本官はこういう姑息な作戦を立てる男を貴官以外にもう一人知っている……だがそいつは、士官でさえなければほんの半年前まで軍人ですらなかった」
「へ……?」
「……鳴沢二等兵だな?」
「な、なにを言っているのかなァ……陶さん」
「こんな無茶苦茶な作戦を立てたのはあいつだろう!……鳴沢ァっ、そこにいるのは解っているぞ! また貴様か!?」
慌てて引き留めようとする中隊長を押しのけ、陶大尉は早足でLVTの裏側に回りこんだ。
「……た、大尉殿?」
「鳴沢ぁ……このバカ!」
いきなり振り上げられた平手が、ぼくの頬を強かに打った。背中に圧し掛かる無線機の重みも相まって派手に転倒するぼくの襟を、大尉は掴み挙げ鼻先に引き寄せた。
「貴様ぁ……まだ教育が足らんようだな」
「大尉殿、これには海よりも深いわけが……!」
「誰が抗弁していいと言った? 貴様兵隊の分際で、自分が何をしたかわかっているのか!?」
感情に任せ振り上げられた拳に、反射的に目を瞑るぼく……だが、ぼくの恐れたことを押し止めたのは、意外な人物だった。
「…………!」
ぼくが再び眼を開けたときには、振り上げた拳を掴んだ人物を、信じ難いものを見るような眼で見詰めていた陶大尉がいた。唖然とする大尉を射るような眼差しで見据え、石橋中隊長はこれまで聞いたことも無いような冷厳な声で大尉に言い放った。
「鳴沢二等兵はぼくの部下だ。他隊の隊長が手を上げることなど許さない」
「何……?」
「鳴沢二等兵に命令できるのも、罰を与えることができるのもこの石橋だけだ! すぐにその手を除けて、ここから離れたまえ!」
「貴様……!」
陶大尉の手を掴んだまま、中隊長は嘆息した。
「ああそうさ……ぼかぁ弱虫だったさ。幼年学校の頃から使いっ走りだったし、武道教練のときには余りの臆病さに小便を漏らしたこともある。その間毛糸のパンツと腹巻なしでは過ごせない身体だったし、テディベア無しでは寝られない性分だった……だが今になってぼくにはわかった。弱いということはもうこれ以上弱くなることはない。あとは自分の力で如何様にも強くなっていくだけだってことがね。鳴沢二等兵が、それを教えてくれた。だから……ぼくはぼくが強くなるために彼の上官として鳴沢を守る。貴官が鳴沢を殴ることを、本官はもう許さない!」
「…………」
ぼくの喉元を締め上げる手の力が、少しずつ緩み始めた。振り上げられた手が少しずつ、そしてだらしなく下りていく。それは先程より分厚さを増した雲間を割り、一機のバートルがバリバリとローター音を轟かせて降りて来るのとほぼ同時だった。
「あれは……将官専用機」
中隊長の呟きが、ぼくの胸中に遠雷の訪れにも似た不安を抱かせた。果して、演習場のど真ん中に膠着したバートルから、肩を怒らせて出てきたのは……
「晴子! 晴子は何処だ!」
幕僚を伴い、野太い声で陶大尉の父上は自分の娘の名を呼んだ。彼は、彼の娘に対し父としての威厳を押し付ける手段として、オリーヴドラヴの作業服に包まれた恰幅のいい体躯の、その襟元に光る中将の階級章を使っているようなものだった。少なくとも遠巻きに彼らの様子を見守るぼくにはそう思われた。
――――それでも姿勢を正し彼の前に進み出た彼の娘に、彼は勢いよく振り上げた拳を以て報いた。
…………!
心身の衝撃に耐えかねその場に倒れこむ大尉。だがその場の誰もが愕然として、ただ沈痛の内に上官部下というより父娘の遣り取りを、固唾を呑み見詰めるしかなかった。
「お前には失望した。装備に劣る捜索中隊に助けられるとは何たる醜態か!」
「申し訳御座いません……父上」
「お前に代わり、退職願を人事局に提出しておいた。女だてらに軍籍なんぞに身を置いているから一族の恥を晒すような真似をするのだ。家でゆっくりと頭でも冷やせ!」
「…………!」
憔悴しきったように立ち尽くす自分の娘にはもはや目もくれず、言いたいことだけを叩き付けた将軍は、憤然としてヘリに乗り込んでいく。離れ行く父の後姿に気付かないかのように放心した大尉は、もはやそれまでの勇ましさすら失い、一人の弱い女性として断崖絶壁の前に立ち尽くしているかのようであった。演習において大尉は最善を尽くした。だが将軍が彼女の努力に報おうとしないことは勿論、もし彼がただ自分の娘を殴り、面罵するただその目的のためだけに、国民の税金から調達した輸送ヘリを使ったのだとしたら、これこそが帝國陸軍の抱える問題の最たるものだろう。
「あ……雨だ」
誰かがそう言うが早いが、バートルが鉛色へと変わり果てた雲の彼方へと飛び去って行くのを見届けるぼくの頬に、何か冷たいものが当たった。それは直後には早まり行く雨音となって中隊から勝利の余韻を洗い流していくかのように思われた。