美しきもの
プロローグ
人類史上の最初の人<ヒト>は、神に似せて作られたという。
しかし、神はその出来上がった人<ヒト>の姿に不満を抱き、碌な力を与えずに野に打ち捨てた。
神の手から離れた人<ヒト>は、世界の理に揉まれて様々な姿をとり始めた。
ある者は耳の先の尖った美しきものに、ある者は小柄で力強きものに、また、ある者はより神に近き姿に。
神は捨てたはずの人<ヒト>の中から、自らの望んだ姿に近づいていく者が現れたことを喜び、そのもの達に祝福を与えた。
而して、この世界では、神に近き美しき者ほど、様々な才を得るようになった。
人々は言う。
”天は最も美しき人に全ての才を与える”と。
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私は、小さい頃から鏡の前に立つことが嫌いだった。
それは、自身の醜い容貌を目の当たりにしなくてはならない行為だったからだ。
だから、26年の人生で初めて男女として付き合えたあの男にほとんどの財産を奪われて、挙句の果てに「てめぇのように醜いゲテモノが人間様と付き合えるはずがねぇだろ?」と暴力とともに吐き捨てられたのは、ごく当たり前のことように思われた。
雨の中、傘も差さず、私は俯き加減にとぼとぼ歩く。
ずぶ濡れの服は、漸く止まった鼻血で真っ赤に染まっている。
道行く人々は、そんな私を気味悪そうにしながら横を通り過ぎる。
突然、傍でけたたましいクラクションの音が鳴り響き、顔を上げると両目に痛いほどの光量が飛び込んできた。
その直後、身体<からだ>全体をハンマーで殴られたような衝撃を感じ、すぐに私の意識は闇に飲まれた。
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前の世界では、天は二物を与えずっていう諺があったけれども、どうやらこの世界の神様は寵愛がとても偏っているらしい。
けれども、才色兼備、多芸多才であっても必ず幸せになれるとは限らない。
美人薄命っていう諺もあるし、それはむしろ不幸に繋がるかもしれない。
前の世界で、美人がこんなこと言っていたら、きっと私は悔しくて悲しくて世の不条理を嘆いていたと思う。
けれども、実際にそういうこともあるのだと、この世界に生まれ変わって私は初めて知った。