卒業した留年者。
〜プロロ〜グ〜
あなたは言った。
「私が死んだら、あなたは私の為に泣いてくれる?」
楽しそうに会話をしていたのに、一瞬立ち止まったかと思うと目を潤ませて、少し声を震わせて、そんな事を言ったんだ。
そこで僕は何をすべきだったのか。
何をしてやれば、君の泣き崩れそうな表情を救ってやれただろう。
あれから僕は、色々と大人になった。
今ならきっと、あの時の君を笑顔にすることができるだろう。
今はもう、それを確かめる事はできないけれど……。
君の笑顔が、僕の世界で一番の宝物だったんだ。
君のその手を握ることが、僕の最高の喜びだったんだ。
今のあなたはどこにいるのですか?
僕はそこには行けないのですか?
あなたの笑顔を夢で見る度に流れるこの涙を、あなたは知っていますか?
あなたは僕の全てでした。
あなたにとっての僕は、全てでしたか?
あなたにとっての僕は、何でしたか?
あなたにとっての僕は………。
〜1〜
「ふあぁ……あと30分…か」
壁にかかっているやたら丸くて大きい時計と、にらめっこをしてもう30分。
ちなみに時計は全く笑ってくれる気配が無い。
いや、オレを嘲笑っているかのようには見えなくもないが…。
1時限ごとの授業は60分だから、まあボケているオレでもそのくらいの引き算ができる頭くらいは持っているわけで。
「……はぁ…」
肌の体感温度を計れば季節は春。
時計の針を見れば時刻は午前12時。
眠さ最高潮の季節であり、腹の虫の合奏がフィナーレを迎える時刻である。
「…限界」
少し頭の薄い化学教師の窪塚が、最後のまとめと称して色々な化学式を黒板に白い棒で書き込んでいる。
周りは教師の話しに真剣に耳を傾け……ているわけがない。
オレのいるこのクラスは3年7組。
つまり、卒業組だからである。
国立の前期試験を終え、もしもの時の為の後期試験に向けて、教師の話そっちのけで個々で色々な科目を勉強している者。
すでに進路が決まり、あとは消化授業となっている者。
相対する雰囲気を出している、そんな妙なこの時期のこの学年。
少し周りを見渡してみる。
斉藤は数学の演習問題。
風間は世界史年表のおさらい。
金井はここからでは少し分かりづらいが、おそらく英語の長文読解。
まあ、言わば精神をピリピリさせている者が約半数。
宮本は学校に来てからずっと机に顔を伏せている。
西條は何か考え事をしているのか、ぼーっと黒板を見つめている。
園木に関しては、周りなんかお構い無しで隠れてマンガを読んでいる始末。
化学教師の窪塚もそういう事を分かっているのか、聞きたい人だけ聞きなさいと言っているかのよう。
そしてオレはといえば丁度1ヶ月前に、小説を手がける文庫会社から、オレの小説を執筆して欲しいとの通達があった。
自分でも信じ難いことだが、オレの出した短編小説が見事に最優秀賞をもぎ取ったのだ。
いわゆる高卒の就職者。
小説家と言えば聞こえは良いが、将来の先行きが不安であるのは自分でも良く分かる。
だが、このチャンスを逃したくはなかった。
幼い頃からの、大きくて大切な夢が目の前にあるのだ。
掴まないわけにはいかない。
そんなわけで、最近は家にこもって今度出版する作品の執筆をしている最中だ。
夜中までパソコン画面と向き合っているせいで、学校の授業は必然的に良い睡眠場と化してしまう。
(早く卒業したいなあ…)
別に学校に友達が居ないとかいうわけでもないが、やはりこの生活はキツイものがある。
早く執筆だけに集中したい。
早く本を出版して、あの人に見せてやりたい。
そんな思いが頭を駆け巡っている内に、
――キーンコーンカーンコーン。
時計を見れば、いつの間にか長針が6の字を指していた。
「…よし、じゃあここまでにしよう。号令」
「きりーつ」
気の無い委員長の掛け声で、皆が思い思いに重い腰を上げる。
「じゃあ明日から家庭研修に入るわけだが、皆くれぐれも羽目を外しすぎるなよー」
そう、明日からは待ちに待った家庭研修に入る。
今日の授業も午前だけで終わりなので、実質今の化学が高校生活最後の授業となったわけだ。
まあ、そんなことをしみじみと噛み締めるヤツよりも、長い休みに入ることの嬉しさを感じるヤツの方が圧倒的に多そうだが。
「今日はホームルームは無しだから、早く帰宅するんだぞー」
そう言い終えると、頭の薄い窪塚は教室を後にする。
だんだんと騒がしくなる教室の中、オレはさっさと帰り支度を始める。
「あれ、そんなに早く帰り支度して、今日は急いでるの?」
「ああ、早く家に帰って作業しないとだから。それに…腹の虫もやばい」
「いいよなあ、僕なんてこのあと家に帰ってもまた勉強地獄だよ」
「お前、絶対受かってるだろうに。今さらそんなに必死になるなよ」
「いや僕もそんなに自信が無いわけでも無いんだけどさ」
「だけど?」
「………親が…」
「あぁ……なるほど」
有名大学を志望しているだけあって、親もきっと必死なんだろうな。
「じゃあな佐藤。勉強の頑張りすぎで体調崩さないようにしろよ」
「うん、ありがとう。君も執筆頑張ってね」
「ああ、んじゃそういうことで」
軽く挨拶を交わし、教室を後にする。
さっさと帰って、たらふくご飯を食べた後に小説の続きを…と行きたいところだがその前に、いつも一緒に帰るあいつの所へ行かないとだ。
少し廊下を歩き、1組の教室の扉を開ける。
「おーい、家永。早く帰るぞー」
「ん、おうおう。ちょっと待ってろ」
オレの親友の一人である家永康弘は、まだ授業道具をカバンに詰めているところだった。
「早くしようぜ。オレの腹の虫が限界に来てる」
「分かったよ。それよりそんな扉の前に居ないで、こっち来いよ」
「ん、ああ、そうだな」
言われるがままに、窓際にある家永の席まで足を進める。
(はぁ…腹減った…)
切実な願いである。
(今日の昼飯なんだろ…帰りにパンでも買って帰ろうかな…)
そんなことで頭がいっぱいだったからだろうか…。
「おい!前!」
「…え?」
ドォオン。
「…遅かったか」
一瞬何が起こったかわからなかったが、前を見れば尻餅をついた格好で、少し背が低くて黒髪のボブカットが似合っている女子が一名……って。
「え!オレのせい!?オレとぶつかっちゃった!?」
家永に問いかける。
「うん。思いっきり、お前からぶつかって行ったな」
「ねえ、君。大丈夫!?」
家永の発言から察するに、オレが1人でぶつかって行ったらしく、明らかに悪いのはオレだ。
この子、大丈夫か…?
「…いたぁ……。あ、あの…はい。大丈夫……です」
何だか顔を赤くしている。
恥ずかしいのか、痛くて泣きそうなのか、少し分かりづらい。
「ねぇ、本当に大丈夫?頭とか打ってない?」
「あ、あの…大丈夫ですから。私…ちょっと急いでるんで」
と言って机の上の鞄を取ろうとしたが、
「……あ」
周りにいた3人が同時に声を上げる。
急いで鞄を取ろうとしたためか、鞄のチャックが外れ、中に入っていた原稿用紙が4,5枚宙を舞う。
「…す、すいません」
何故そんなに恥ずかしがるのか。
オレの足元へ落ちた1枚の原稿用紙を手に取る
「…ん?これは……小説?」
「あ、あの……その…」
「へえ。君も小説書いてるの?実はオレもなんだよ」
「…え?」
「もしかして、どこかで本を出版してたりする?」
「あ、えっと…。青山文庫で、その…連載小説書いてます…」
「え、青山文庫!?」
な、何てベタな展開なんだろう…。
青山文庫……。それは、オレが最優秀賞をもらった文庫だ…。
「あ、あのー…。俺はもしかして、仲間外れってやつですかね…?もしもーし?」
家永が何か悲しい口調で言葉を発しているが、オレはこの出会いに驚かずにはいられなかった。
〜〜2〜〜
「ほら、この服かわいいでしょ」
「ああ、えらく似合ってるな」
「でしょ、でしょ?この服お気に入りなんだ」
今オレ達が居る場所は動物園。
隣にいるのは…1週間前に劇的出会いを果たした、あの女の子。
「ほら、早く行くぞ、岬」
「はーい」
彼女の名前は、沢渡 岬。
出会った当初はすごく引っ込みじあんなのかと思ったら、メールをし始めると急に明るく接してくれるようになった。
彼女いわく、オレと話している時はなぜか元気になれるらしい。
(んなアホな……)
そんなツッコミを入れておきたいが、とりあえず今は黙っておく。
だって…そんな嬉しいこと言われたら、黙っておくのが普通だろ?
「もう、またぼーっとして。小説の事が頭から離れないの?」
「…あ、ごめんごめん。そんなことはないよ。ちょっと別の事を考えてた」
「えー、何それ。いやらしいことばっかり考えて」
「な、何で別の事といやらしい事がイコールになるんだよ!」
「なんとなく。顔を見るとそんな感じなんだもん」
「オレはいやらしい顔をしているんですか、お嬢さん…」
「うん♪」
あ、笑顔で言いやがった。
しかもきっぱりと。
本当にこいつ、第一印象と差があるよな…。
今じゃ陽気なおてんば娘ってところか。
ま、オレに取ってはそっちの方が嬉しかったりするんだけどね。
彼女と初めてメールをしたのは、出会った次の日から。
なぜかクラス全員のメールアドレスを家永が持っているのはオレも知っていたので、彼女のアドレスを脅迫まがいに奪取。
小説を書くもの同士、メールのネタは尽きることがなかった。
そして出会ってから5日後、つまり一昨日には一緒に街へ散策にも出かけた。
ウィンドウショッピングをして、レストランで昼食を取って、公園で小説の話をして……。
いわゆるごく普通の、カップルのデート。
初めてのデートだというのに、お互い緊張せずに楽しく過ごせたのはすごいと思う。
そしてその日別れる時に彼女はこんな事を言ってきた。
「じゃーん。私の右手にある2枚の紙はなんでしょう」
「ん…?えーっと、動物園の無料チケット?」
「当ったりー。ということで、明後日に行こうと思いますので、準備の程をよろしくお願いします」
「え……明後日…?」
「そう、明後日」
「え、そんな急に…!?」
「じゃ、またねー」
「ちょ、ちょっと!……行っちゃった」
そんなわけで、今こうしてオレ達は2人で歩いているわけだが…。
「なあ、何で今日なんだ?別に来週からでも良いだろうに。卒業式も終わるんだしさ」
そう、今日の日付は3月2日。
卒業式まであと1週間と迫っているのである。
「んっふっふ。それはー…」
「それは?」
「企業秘密です」
「そんなオチですか…」
まあ良しとするか。
別に予定があるわけじゃなかったし、それに……こんなに良い子と一緒に居れるのだ。
急であったって、小説が苦しくったって、構うもんか。
「ほらあれ、パンダが見れる!行こう行こう」
「あいよ、そんなに急ぐなって。コケるぞ」
今日はとことん楽しみますか…。
「…はぁー♪たっくさん動物が見れて、わたくし岬は感激であります!」
「ご満悦だな…」
「ええー、何よその疲れたような発言。君だって楽しんでたじゃない」
「そりゃまあ、それなりには…」
「あれー?何頭ものトラを見て、すげえ!!って感動してばかりいたのは、どこの誰だったかなー?」
「そ、それを言うな」
「へっへっへ。私には全部お見通しですよ、お代官様」
「何でそこでお代官様なんだ…」
今は動物園から少し離れた所にある、ファミリーレストランの中。
今が午後2時半だから、かれこれ5時間くらいは動物園を見て回った計算になる。
今は遅い昼食といったところか。
「このあと、どうするか予定決まってるの?」
オレは少し不安なことについて聞いてみる。
これで彼女が首を横に振ったら、オレはどうしたものか困り果てるわけで…。
「うん、決まってるよ」
なんだ……良かった。
「お、そうなんだ。どこか行くの?」
「…遊園地!」
「……へ?」
「遊園地!遊ぶの遊に公園の園に地面の地と書いて遊園地!アンダースターン?」
「ア、アンダースタン」
「うむ、素直でよろしい」
「え、いや、そうじゃなくて…!」
「さ、昼ごはんも食べ終わったし、レッツゴー!」
…何だか今日は、ものすごいハードな1日になりそうだ……。
「んー!良い眺めだねー」
「オレはもう景色見る余裕無いよ…」
「そんなこと言わずに、ほら、こんなに綺麗なんだから」
遊園地に着いたのは3時くらい。
そこからずっとアトラクションに乗りっぱなしだ。
そして今オレ達が居るのは、岬が最後に乗ろうと言ってきた観覧車の中。
何で岬は全然大丈夫なのだろう…。
「岬、お前よく元気でいられるな…」
「そんなことないよ?これでも足は結構パンパンなんだから」
「じゃあ何でそんなに笑顔で居られるんだよ…」
「だって…ね」
「だって、何だよ?」
「企業秘密です」
「またかよ…」
「では、そのお詫びと言っては何ですが」
「え、お詫びってなにをす――っ!!」
正直、心臓が跳ね上がるかと思った。
不意にオレの唇を、彼女の唇が塞いだ。
オレにとっては何分もの間続いたように思えたが、実際は数秒のことだったのだろう。
「ん…。はい、企業秘密のお詫びね」
「お詫びって……」
彼女の顔が赤い。
もしかしたら、オレはもっと赤いのかもしれないが…。
それにしても、急にこんなことをするなんて、本当に岬はこういう子だったのか……?
「ねえ…大丈夫?ぼーっとしちゃって」
「ん、ああ。大丈夫だよ、たぶん」
オレはそんな返事を返すも、何だか気がこもらない。
それもそうだ。
いきなりあんなことされて、黙りこくらない方がおかしいってもんだろ?
あれから1時間程経ち、帰り道を歩いている最中もまだ思い出すと頬が赤くなる。
「ねえ」
「ん?」
「今日は…ありがと」
「どうしたんだよ、急に改まって」
「ううん、ただ…ちゃんとお礼を言っておきたかったから」
「へ?何だよ、変なやつだな」
「えへへ、本当に私、変になっちゃったみたい。あ、じゃあ私ここ右に曲がるから」
「ん、ああ、分かった。じゃあな」
「うん。……じゃあ…ね」
「……え?何でお前泣いて――」
オレが言い終わる前に、彼女はアスファルトの道を駆けて行った。
何でここで泣く必要があるんだ?
不思議に思いながら、自分も家への道を進む。
時刻は夜10時。
結局、小説は今日一日なにもできなかったな……。
〜3〜
テュルルル、テュルルル。
…電話?
珍しいな、誰からだろう。
しかも、まだ朝の9時。
昨日の疲れだってまだ抜け切っていないというのに。
「はい、もしもし」
「あ、あのそちら水谷さんのお宅でしょうか?」
「はい、そうですけど…どなたですか?」
「あ、申し遅れました。私、沢渡岬の母なのですが…」
その言葉を聞いた瞬間、背中がゾクリとした。
「…あの、岬さんのお母さんが、何でわざわざうちに電話を?」
「えっと……あの―――」
次の言葉を聞いた瞬間、オレはもう家を飛び出さずには居られなかった。
ピーンポーン。
「はい……、え、水谷さん!?どうしたんですか。さっき急に電話を切ったと思ったら急に家まで来て…」
「はぁ…はぁ…。あの、岬さんは今どこに!?」
吐く息さえもどかしかった。
「岬は今、近くの総合病院にいます…」
「そうですか、ありがとうござ――」
「待って下さい!」
お礼を言いながら逆方向を向こうとするオレを、岬の母親らしき初老の女性が制止する。
「あの…たぶん、病院に行ってもきっと面会を許してもらえないと思います…。私が他人との面会を今は止めているので」
「でも、行かずになんていられませんよ!」
「あの私、岬から預かっている物があるんです」
「預かっている物?」
「岬は良く病室であなたの事を話していたわ。だからあなたを見た瞬間、あなたが水谷さんだと分かった。連絡先も、この預かった封筒に貼り付けてあったんです」
その話で、少し引っかかることがあった。
「え……病室で…って?」
「ええ、そうです。岬は産まれつき肺に重い障害を抱えていて、学校に行っている以外は、ほとんど病室で日々を過ごしています。学校だって本当は行かせたくなかったんですけど、岬がどうしても行きたいって言っていたので……。でも、こんなに早く発作が起こるなんて……何で私の岬が命を落とさなければいけな……いん……で…すっ…」
最後の方は、もはや涙声により聞き取ることは出来なかった。
泣き崩れるような母親から、1枚の便箋を受け取る。
封筒には、[Dear 雄也。私がいなくなったら、彼に渡して]の文字。
慎重に封を開けてみる。
もう、自分の手が震えているのが目に見えて分かった。
見るのが怖い。
だが、見ずにはいられない。
手紙の内容を、恐る恐る確認してみる。
[愛する水谷 雄也様へ]
雄也君。
この手紙を見ている時は、たぶん私はこの世には居ません。
今まで黙っていてごめんなさい。
私、肺に重い病気を抱えているんです。
お医者さんに大声で問い詰めました。
私の余命はいつなの!って。
笑っちゃいますね。
自分がいつまで生きられるかも分からないなんて、可笑しいじゃないですか。
そうしたら、お医者さんは遂に観念したみたいで、
「君が生きられるのは……あと1ヶ月だ」
って言うんです。
もう自分では覚悟をしていたつもりだけど、やっぱり実際に聞いてみると、随分重くのしかかるものですね。
その言葉を受けたのが、2月10日でした。
それからずっと、魂の抜けたように生きてたところに、雄也君と出会えたんです。
ずっと病院暮らしだった私の中で、雄也君は出会った時から輝いていました。
私と同じ小説家で、話しやすくて、かっこ良くて。
そうしている内に、私は思ったんです。
雄也君に全てを捧げようって。
急に私に付き合わせてしまって、ごめんなさい。
でも、少しでも雄也君のそばに居たかったから。
そんな最高の雄也君と、もっと一緒に居たかった。
だから、普段誰とも話そうとしなかった私も頑張りました。
頑張ったというのは違うかな?
何だか、自然と素直になれたんです。
自分の思いを、そのまま雄也君に捧げられた感じです。
なんだか、自分でも不思議でした。
これを見てる雄也君は、もう卒業式は終わってるのかな?
もし終わっていたら、卒業おめでとう。
何だか、小説家らしくない文章ですよね。
でも、伝えたい事は伝えられたかな。
この手紙と一緒に、指輪も入れておきます。
私、ずっと雄也君とのこと思い浮かべながら、この指輪をはめてました。
ただの安物だけど、それで少しでも私との思い出をずっと心にしまっていてくれれば嬉しいです。
それでは、もう私はもう雄也君には会えないけれど、どうか幸せに生きてください。
私の分まで、いろいろな幸せ掴んで下さいね。
それでは、さようなら。
私の世界で1番愛する、水谷雄也君へ。
3月1日 沢渡 岬
もはや、泣き叫ばずにはいられなかった。
人目なんて気にしていられない。
この体を流れる激情を、留めてなどいられなかった…。
〜エピローグ〜
オレは、家の中にある遺影に膝まづく。
なあ、父さん。
オレ、やっと小説家になれたぜ。
父親と同じ職業になれるなんて、何だか照れくさいよな。
しっかり高校も卒業したぜ。
ちょっと将来は不安だけどさ、今は仕事が充実してるから問題ないよな。
なあ、父さん。
そっちに岬はいるかい。
もし会ったら、仲良くしてやってくれよ。
オレの唯一の、大切な彼女なんだからさ。
オレ、高校は卒業できても、彼女からはずっと卒業できないのかもな。
でも、それでもいいかなってオレは思うんだ。
だってさ、この気持ちは揺るがないんだ。
何があっても。
ずっと、ずっと、そばにいるつもりだよ。
なあ、岬?
首から提げた指輪付きのネックレスを見つめ、思いを言葉にせずに語りかける。
ずっと一緒に、居ような……。
あなたは、卒業できましたか?
何か卒業できないものが一つくらいあるってのも、それはそれで良い事じゃないかな、と勝手に思ってます。