空飛び猫の話
文才も無ければセンスも無いし、経験も持たない人が書いたものなので至らぬ点はごりょうしょう下さい。
適当に場面想像しながらどうぞ。
やっぱり少し寒い。何か羽織るものを持ってこようか。
その日僕は早起きをして散歩に出ていた。
太陽だって欠伸をするような時間。少し肌寒いけれどこの静寂な空気は僕にとってはなにより心地良い。
「まぁ、いいか」
引き返すのも面倒臭い。
時間を壊してしまわないように、ゆっくりと歩く。
僕は三日に一度は行うこの散歩を大事な習慣にしている。習慣は知らないうちに心の支えになることだってあるだろう。そして僕が空飛び猫に初めて出会ったのはそんな時だった。
「あの箱はなんだろう」
道端の、電柱の影に茶色の箱が置いてある。近くに寄ってみるとそれが段ボールであることがわかった。
そして後悔した。除いてみて中に入っているのが猫だとわかったから。
やれやれどうして、捨て猫なんかに会ってしまったんだろう。僕にはどうすることだって出来ないのに。
段ボールの中には小さな子猫が入っていた。真っ白で綺麗な顔付きだ。
「こんなに美人なら、きっと誰かに拾ってもらえるよ」
立ち上がろうとした時、僕の目に妙なものが見えた。
――翼。
この猫、翼が生えてる。
僕が慌てて後ろに飛退いた時、
「ミャア」
と子猫は小さく鳴いた。
とびきり愛らしい、天使の声で。
僕にはどうすることだって出来ない。
人は皆、自分にしか出来ないことを持っている。
そして、その逆も。それは僕の18年間の人生から得た一つの教訓だ。
この世界に対する僕の干渉は、あまりに小さくて何も見えない。
そう、あの子猫よりもずっと、ずっと小さくて。
――半年前、世界が終わった。
原因はわからない。
この星に隕石が落ちてきたのかもしれないし、或いは大地震が起きたのかもしれない。それとも何処かの愚かな人達が戦争を始めたのか――
原因はわからない。
ただ僕らは終わった世界の中で生きている。
だってそうする他になかったから。
しかたがなかった。
何だって放っておけば色褪せてしまうのだから――
結局、僕はあの翼の生えた子猫を置いて帰った。
僕は歩きながら考える。
見間違えたのかもしれない。でもあれは―
「あれは確かに翼だった」
子猫の呼吸に合わせて揺れる翼が、目にありありと浮かんだ。
そして次の日僕が様子を見に行った時、段ボールの中は空だった。東の空が真っ赤な朝焼けに染まったのは、それから四日後のこと。
異常な赤だった。
ヒナコは言う。
「もう持たないのかもしれない」
「持たないって、何が」
「この世界が、だよ」
「うん」
「こんなハズじゃあなかったんだと思う。本当はね」
僕らはよく並んで歩きながら、いろんな話をした。
「――もともと寿命が近かったのかも知れない。偉い人達は一生懸命頑張ったけど、それでもやっぱり駄目だったんだって」
「そっか」
「悲しい?」
「よくわからないよ」
そこで話は途切れた。
これからどうなるかなんて誰にもわからない。
誰にも。
「ヒナコ、この前、この道で捨て猫を見たんだ」
「捨て猫?」
「まだ子猫だった。白くて、背中に翼が生えてた」
「――そう。じゃあきっと空飛び猫ね」
「え?」
「童話だよ」
童話?
「荒れた町に生まれた空飛び猫は、やがて森に旅立つの。そこで素敵な居場所を見つけるのよ」
「じゃあ、僕が見た子猫も――」
それからヒナコは優しく微笑んだ後、またねと言って道を引き返した。その日僕は、誰もいない公園のジャングルジムの天辺で、沈みかけの夕陽を眺めていた。
ヒナコの言っていることは本当なんだろうか。
世界の終わりの話。
どうして終わってしまったんだろう。
――でも気付いていたのかもしれない。本当は知っていたのに、気付かないふりをしていた。
そう、どうすることだって出来ないから。
――本当に?
「だってしょうがないだろう」
僕らが間違いに気付くのは、いつだって最後の時。
もうじき夕焼けも終わろうとしている。
ヒナコが教えてくれた、空飛び猫の話。
――荒れた町に生まれた空飛び猫は、やがて森に旅立つ。そこで素敵な居場所を見つけるの。
「――居場所」
その時、僕の鼻に冷たいものが落ちた。
「あっ、雪だ」
空を見上げたその時、僕の視界に入ったものは、薄暗くなった空から舞い落ちる粉雪と、下手くそに飛ぶ小さな白い何か。
「――空飛び猫」
季節は初夏。粉雪が舞った六月。