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自分の生きる場所  作者: 堀河竜
葛城と五十嵐
5/18

葛城の事情




ゆさゆさ、と体を揺らされて目が覚めた。


寝惚け眼で回りを見渡すと、もう見慣れてしまった天井がまず見える。


馬場がいるから少し狭い、いつもの部屋だ。



俺の体を揺らしている人を見ると、女の子らしくて綺麗な人がそこにいた。


部屋の窓から差し込んだ日射しが、その人を照らしている。



「おはようございます、澤村さん。」



「おはよう、聡美…じゃなかった、藤林。」



こんなに女の子っぽい人は、絶対に聡美じゃないのに、なんでよく間違えるんだろう。


髪だって、聡美はショートカットで藤林はセミロングなのにさ。



でも、藤林の顔を見ながら目覚めるなんて久しぶりだなあ。


昨日は遅くまで本を読んで調査をしていたから寝過ごしてしまったのか。



「それにしても藤林はタフだなあ。

昨日は俺たちと一緒に遅くまで調査してたのに、クマ一つないじゃん。」



「私、朝は強いですから。」



いいなー、そんな健康的な体で。


俺はこの世界に来てからやっと目覚まし時計でも起きられるようになったのに。


今日は寝過ごしたけどさ。



「あの…澤村さん。

昨日言えなかったんですけど…」



「えっ、なに?」



藤林が何だか、もじもじしながら何かを言おうとしている。



「私達は…もうクラスメイトなので、丁寧語はもう使わない方がいいかなって思うんですけど…」



「そうなのかな…

俺はよくわからないけど…」



そういえば…藤林が両親や五十嵐と話すときは、丁寧語なんて使わず、ごく普通に話している。


丁寧語を使う時は、俺と馬場ぐらいだ。



「とにかく…これからは、丁寧語なしで話しますので、えっと…友達として、よろしくね。」



そう言って、藤林は照れながら、逃げるようにして部屋を出ていった。



俺は目を見開いた。


よろしくね、と言った。


よろしくね、と確かに言った。



ただそれだけの事なんだけど、藤林が丁寧語なしで話してくれた事がとても可愛らしく感じていて、俺は朝から心奪われたように、ぽかーんとしながらドアを見つめていた。




「お…おい、馬場…」



俺はとにかくこの感動を、この感情を伝えたくて、隣で寝ている馬場を揺する。



「ん~、何…?」



「藤林が…」



「何だよ…?」



「『よろしくね』って言った。」



「おいおい、藤林は『よろしくお願いします』だよ…丁寧語を使うんだよ…」



でも馬場はまだ寝惚けていやがった。


こいつは人の家に住んでるって言うのに、調査の時も朝遅くまで寝てるんだもんなあ…


まぁこの事に関しては、俺もなかなか人のことを言えないのが残念だけど…




俺は、まだ寝ようとする馬場を叩き起こし、リビングに降りてテーブルの席に着いた。


藤林と話したかったけど、藤林はもう食べ終わって部屋に戻っていた。


というより、早く終わらせたみたいだったけど。




でもまだ登校の時が残ってる。


俺たちは食事と身支度を済ませて家を出る。


昨日と同じように3人で住宅街を歩き出したけど、俺たちはなぜか黙り込んでしまった。


こんな時に限って、馬場も寝不足の所為で一言も喋らない。



どうにかして藤林と丁寧語なしで話してみたいけど、何となく気まずくて、俺は藤林に話題を振る事ができなかった。


藤林は俺より気まずくなっているはずなのに、なんとも情けないな。



とにかく、なんでもいいから藤林と話をしてみようか。


何気ない質問をして。



「あの、藤林?」



「な、なに?」



藤林は照れながら、答える。



「えーっと…今日の一時間目って、何だっけ?」



「数学だったと思うよ?」



丁寧語じゃない。


藤林が丁寧語じゃない。



それだけだって言うのにどうしてこんなにドキドキするんだ?


普段とのギャップってヤツか?


俺は普段とのギャップってヤツにドキドキしているのか?!



「あれ、二人ともいつの間にそんなに仲良くなったの?」



そうして俺がドキドキしていると、馬場が茶化しに入ってくる。



「そ、そういう訳じゃねぇよ。

友達だから、丁寧語をやめるってだけだ。」



「そ、そうだよ馬場くん。

別に、そんな急に仲良くなった訳じゃないからね。

馬場くんとも丁寧語なしで話をするんだから…」



「あ…そ、そうか…そうだよな…」




馬場も丁寧語なしの藤林に照れている。


良かった、俺だけじゃないんだな。


ドキドキするのは普通の反応だったらしい。



でも、何だか藤林と仲良くなれたような気がするな。


丁寧語を使う藤林も良かったけど、俺はやっぱり、友達のように親しく話す藤林が良いや。






まぁ、それは置いておいて。


俺たちが学校に来て教室に入ってみると、また昨日と同じように葛城が俺の机の上に座っていた。


相変わらず、クールで、そして拗ねたような表情で。



予想はしていたが俺は溜め息をついた。


いつまで続くのかなと、考えながら席に行き、椅子に座る。



「やぁ澤村。」



「やぁ葛城。」




転校当初から変なやつに絡まれたもんだ。


慣れて心を開けた人なら、別に机の上に乗っても不快な気持ちにならずに楽しく話をするけど、こいつは昨日知り合ったばかりだ。


葛城がどんなテレビ番組を見て、どんな趣味を持っているかなんてわからないんだ。



それに葛城は何故か拗ねていて不機嫌な様子だ。


楽しく世間話をすることなんてできるはずないだろう。



俺は、昨日葛城が、言えたら苦労しないと言った事を思い出していた。


言いたいけど言えないようなこと。



でもこの状況をなんとかするには、それを聞いて葛城を満足させてやるのが一番の得策のようだ。


あまり気がのらないけど、転校していきなり喧嘩するのは避けたい。


だから俺は、葛城と話をすることにした。


藤林が起こしてくれたお陰で時間もあるし。



「…葛城。ちょっと話がある。

ここで話すのはどうかと思うから、そうだな…体育倉庫の裏ってのはどう?」



「…いいだろう。」





-------------------------------------





学校の体育倉庫の裏は整備されていないようで、雑草が靴を隠すくらい伸びていた。


コンクリートの壁と、体育館で日陰となる場所なので湿っぽく、体育館の壁も薄汚れていた。


しかしそのような場所なので誰も来ない。


人前でしにくい話をする時には最適の場所だ。



葛城は慌てていたり迷ったりしている様子はなく、むしろ冷静で静かにしている。


だから俺も、怪訝そうな態度や苛立ちを見せず、冷静に話を始めた。




「さて、葛城。

何か言いたい事があるんだろ?

昨日言ってた、言えたら苦労しないってこと。

どういうことか教えて欲しいんだ。」



葛城は表情を変えない。


変わらず冷静に、俺の話を聞いている。



「何言ってんだ。

俺は女子と仲良くなりたくてお前達に近付いてるだけだって、昨日言ったろう?」



「でも昨日の五十嵐との会話を聞いていて、そういう感じがしないんだ。

俺の机に座ってる時は怒ってるみたいな顔して全然楽しそうじゃなかったし、藤林も拗ねた感じだって言ってたぞ。」




葛城は言いたくなさそうに顔を反らす。


でも俺は、絶対に葛城の口を割る気でいた。


このまま帰る気はなかった。



「教えてくれよ葛城。

毎回そんな顔して机に座られてたら、こっちも気が収まらない。

人前で話しにくいと思ってわざわざ体育倉庫の裏まで来たんだ。

何か力になれるかもしれないし、教えてくれよ。」




「………」




葛城は黙りこんで喋らない。


話そうかどうか迷っているのだろう。


事情がどんなものかわからないけど、俺を信用して話をしてくれると幸いだ。



「わかった…話そう…」



俺はゆっくり頷く。




「…単純な話だ。

俺は五十嵐とお前達が話しているのを不満に思っただけなんだよ。」



「えっ…?」




えっ…?それってもしかして…


って、なんか顔が赤くなってない?このクールな葛城くんが?



「勘違いするな…。

別に俺は…五十嵐がす、すす、好きとかじゃないからな…」




好きだった…。好きなんだそうです。


何も言っていないのに、この反応と弁解はそう判断する確定条件です。


墓穴掘ってます。


恋愛に疎い俺でも判ります。




そう思って、口を開けて惚けていると、気付いたら葛城がこの場を去ろうとずんずん歩いて行っていた。


そしてもう一度振り向いて。



「違うんだからな!」



いや、顔を真っ赤にしながらそう言われても…




俺はまさか、あのクールな葛城の事情がそういうものだったとは思っておらず、呆然と立ち尽くしてしまった。


別に構いやしないが、その反応はやっぱり衝撃的だった。






葛城は、席に戻ってからも俺の机の上に乗った。


1時限目の後も、2時限目の後も机の上に乗った。


しかし理由を知った俺はもう、嫌な気持ちにはなれずに、大目に見ようかと思っていた。


だってあの反応を見てしまったからなぁ。



「あのさ葛城、五十嵐と話そうとは思わないの?」



「なんで俺が五十嵐と話さなきゃいけないんだ?」



う~ん…


五十嵐の事が好きなんだろう、と言ってもどうせ否定されるだろうし、どうやって仕向けるか…



「だってお前…えっと、俺が五十嵐と話す事が気に入らないんだろ?

それだったら五十嵐と話して防げばいいじゃん。」



「なっ…」



うん、我ながらいい仕向け方だ。


葛城は五十嵐と話せるし、これがきっかけで、五十嵐も葛城を気になり出すかもしれないし(難しいかもしれないけど)、俺の机からは離れるし。


一石二鳥どころか良い事だらけだ。


全てが上手くいくんだ。



「そ、そんな事できるか!」



まぁ、葛城がそうしてくれたらね…


「なんでだよ。その方が断然いいじゃねぇかよ。

その方が全部丸く収まるんだぞ?

五十嵐と友達になれるかもしれないんだぞ?」



「嫌だ…無理だ…

俺にはあいつと話す勇気がない。話せないんだ。」



「くっ…」



俺は、五十嵐に話しかけようとせず、ただ俺たちから五十嵐を離れさせようとする葛城に少し苛立ってきた。


恋などした事がない俺が言うのもなんだけど、まず五十嵐に話しかけろよ、それで五十嵐の心に手を伸ばせよ、と。



「葛城、お前それでいいの?

こんな事しててもなぁ、その本人と仲良くなんなきゃ意味ないじゃん。」



「…」



「こんな事をしても、俺にも馬場にも"その人"にまで迷惑が掛るだけだと思うぞ?」



「何…?」



俺はまだ言い続ける。



「だってそうだろ?

"その人"は何も知らされてないからお前の気持ちなんて知らない。

だから誰とでも仲良くしたいと思ってるはずだ。

それをお前が邪魔する。迷惑になるだろ?」



「…」



葛城も、少し苛立ちを感じてきているようで、眉間にしわを寄せて俺を睨みつけてきた。


周りのクラスメイトは俺たちの状況に気付いていないようだけど、前の席で何もわかっていない馬場が少し慌てている。



しかし苛立ちを感じるのは普通なのかもしれない。


葛城、お前は"その人"こと五十嵐が大好きだもんな。




「俺は喧嘩を売ってる訳じゃないよ。

葛城と"その人"の為を思って本当の事を言っただけだ。

だからこの席に座って防御するより、話しかけて攻撃しろよ。」



「…」





俺が話した後、葛城は俺の机の上で黙っていた。


決して話すことなく迷っていた。


だから俺も、冷静を取り戻して静か待ち、葛城の答えを待っていた。



そうしている内に、休みの時間も過ぎて授業開始の鐘が鳴る。


その鐘で葛城も席に戻っていくが、その後ろ姿は少し落ち込んでいるような気がした。


そしてそれから今日はもう、俺の机に来ずに自分の席に座って、その背中を丸めていた。



やっぱり、俺が言った所為だろうけど、仕様がないか。


あいつもこのままじゃ前に進めないし、俺も迷惑するからね。



クールな葛城だが、クールすぎるのは問題だよ、葛城。

もう少し心を開かなきゃな。




-------------------------------------




「今日は葛城くんとどんな話をしたの?」



「えっ…」



帰り道、俺は藤林に訊かれた。


な、なんの事だ?


まさか葛城…との事じゃないよな…



「い、いつの話…」



「休み時間。

葛城くんが今日、最後に澤村くんの机に来たとき。」



やっぱりあの事か…


しまったな…周りが気付いていないから、藤林にこの事を聞かれているとは思ってなかった…


まさか藤林にあの場面を見られているなんて。



「葛城くん、あれから何だか落ち込んでたよ。

だから私も気になっちゃって…」



藤林が心配そうな顔をしてるけど、藤林は五十嵐と仲の良い友達だし、この出来事を話す訳にはいかない。



どう言い訳しよう…



「なんか、席に座って防御するより、先に話しかけて攻撃しろとか言ってたよ。」



「おいっ、馬場!」



馬場はニヤニヤしながら今日の出来事を話し出した。


こいつ、何もわかっていない癖に!



「それに、その人の事が気になるなら…」



「馬場、やめろって!」



俺が止めるように言っても、馬場の口は止まらない。


葛城の秘密が漏れてしまう。


くそ、止むを得ん!



「おい馬場!あれは何だ?!

お前の大好きなタイプの女の子がいるぞ!」


「どこどこ~?!」



カッ!


……バタン…。





ふう、とりあえずこれで口封じオッケー。



「澤村くん、それってどういう…って馬場くん?!何で倒れてるの?!」



「大丈夫だ藤林、実はこいつは持病のシャクがあってな。」



「そうだったの?!」



「それも特殊な病気なんだ。

誰かに迷惑をかけようすると決まって発作が起き、そして気絶する。」



「し、知りませんでした…馬場くんがそんな病気を持ってるなんて…

それと、そんな病気が存在するなんて…」



うん、完璧だ。


話は反らせたし口は塞いだ。


後は気絶した馬場を背負って帰るだけだ。


めでたしめでたし。



「あっ、そうそう。

今日学校の食堂行ってみたんだよ。

この学校の学食ってうまいな!」



新たな話題も振ってもう大丈夫、完璧だ。


葛城、俺はお前の命を救ったぞ。



俺は馬場を背負い、藤林と学食の話をしながら帰った。


今日はまだしょうがないとして、葛城は明日はちゃんと決めてくれるかな。


アタックするかしないかを。





そして次の日、教室のドアを開けると俺の机の上に葛城はいなかった。


ちゃんと自分の席に着いて他の人と話していたのだ。



俺はやっと止めたか、と一息つき、席に着いて机の上に突っ伏す。


こうして机に突っ伏すのは、久しぶりで、少し懐かしい気がした。


葛城がいないのも少し寂しい気もするけど、本当に懐かしくて気分がよかったのだ。




でもそれより、葛城はどう決めたのだろうか。


今、俺の机にいないとなると、防御だけのコソコソとした想い方はやめたのだろうけど、だとすると話しかけるか諦めるかどっちかだろう。


俺は話を聞きたいと思ったが、葛城は他の人と話していて話せない。



しかしふと、突っ伏したまま俺の机を見てみると、鉛筆で何か字が書かれてある事に気付いた。


「頑張ってアタックしてみる。

澤村には迷惑をかけた、すまない。by葛城。

※読んだら消すように。」




葛城って…クールだけどこういう事には弱いんだなぁ。


照れながら机に書く葛城が容易に想像できるよ。



でも、やっと決めたか。


やっと葛城が動き出し、五十嵐の心を得る可能性が見えてきたぞ。


防御だけだったから、ようやくのスタートだ。


これからどうなるんだろう。


葛城の防御が効いているのか、俺はまだあまり五十嵐と話していない。


だから五十嵐の気持ちはわからないし、むしろ葛城を嫌っているかもしれないと思っている。


俺たちがこの学校に来た日に、葛城と五十嵐は喧嘩したもんなぁ。



まぁいいか、これから葛城が頑張ればいいことだし。


それに、全く話していなくて面識がないよりかは、逆に良いかもしれない。


とにかく、葛城が頑張ればいいんだ。


頑張れば葛城、負けるな葛城。




「ん~、なんか昨日から首が痛いなぁ。

昨日は気が付いたら家のソファだったし、どうしてだろう。」



「んっ?気にする事ないぞ馬場。

俺にもそういう日はある。

でも大変だな、深刻な持病があって。」



「はぁ?」




俺はニヤニヤ笑いながら、言われた通りに葛城の字を消しゴムで擦っていた。






…そして。



「葛城…お前は今、何をしてる。」



「…お前の机に座っているな。」



一時間の授業の終了後。


葛城はまた、机の上に堂々と、クールに座っていた。



あぁ、机に書いたあの文字はなんだったんだろう。


消さずに取っておけばよかった。


今、すごく葛城の文字を見せてやりたいよ。



「俺は澤村に話があるから座っているんだ。

それでも、不快なのか?」



話?

クールな葛城くんが珍しいな。


なんの話だろう。



「いや、それなら変に気を使わずに済む、別にいいよ。

っで、話は?」



葛城は周りを見渡し、誰も聞いていない事を確認する。


今なら馬場もトイレかどこかに行っているし、丁度いい。



「その…例の人を、遊びに誘ってほしいんだ。」



一瞬、例の人とは誰だろうと思ったけど、きっと五十嵐のことだろう。



「お前は藤林と仲がいいだろう?

藤林と例の人は仲のいい友達だ。

だから何とか、みんなで遊びに行こうって、例の人を誘ってほしいんだ。」



あぁ、なるほど。



「その時に話しかけて仲良くなるつもりか。」



「あぁ。」



イスに座って窓際の壁を背にもたれながら横を見ると、机に座った葛城は、真っ直ぐと前を向いて真剣な顔をしている。


葛城はクールだから表情が読み取りにくいけど、真剣に話している事はわかる。



「また迷惑かけるかもしれないけど、今、頼りにできるのは澤村しかいないんだ。

いつかこの借りは返すから、何とか頼めないか?」



葛城は顔をこちらに目を向けながら、真摯に言ってくる。


まぁ…それなら引き受けてもいいけど…



「仕様がないなぁ、引き受けてあげるよ。

でも…」



「でも?」



「藤林にはこの件の事、詳し~く教える事が条件な。」



「…はっ?」




葛城の顔が、あまり表情を変えずにポカーンとした感じで引きつった。



「だって俺が理由を隠しながらこの事を頼んだら、藤林に変に誤解されるじゃん。」



「そう…だな、そうだよな、でも…」



「大丈夫。藤林はお前の気持ちを馬鹿にしたりしないよ。

人にも言い回さないと思うし。

だから心配すんなって。」



「…あぁ。」




葛城は目線を落とし、自分の膝をジッと見つめている。


その眼差しには、きっと藤林に知らせる事だけじゃなく、五十嵐とうまく接しられるか、五十嵐に好きになってもらえるかの不安も混ざっているのだろう。



でも不安なのはわかるよ。


恋なんてしたことない俺だけど、マンガとかそういうので知っているから何となくわかる。



でも五十嵐の気持ちを得る為には真っ直ぐな努力も必要。


それもマンガで知ったこと。


心苦しいと思うけど、それがものを勝ち取る条件なんだ。



葛城の攻撃は始まった。

それは防御だけだった葛城の成長でもあった。


これからうまくいくかどうかは

それをどう生かすかなんだ。



だから頑張れ葛城、負けるな葛城。





-------------------------------------





「澤村くん、今日葛城くんとどんな話をしてたの?」



「あれ、聞かれてた?」



夜、図書館で借りてきた本を藤林の部屋で読みながら藤林は聞いてきた。


この前もそうだったけど、なんで聞かれてるんだろう。



「私の名前が出てたみたいだったから気になってたの。」



う~ん、なんて耳がいいんだ。


名前を会話に出したとしても、なかなか反応できないぐらい小さい声で話してたぞ。


まぁ、藤林にはこの件のことを詳しく話すって決めてた訳だし、何も問題ないんだけど。



「うん、実はその事も含めて話す事があってさ。

まず、知っていてほしい事が1つあるんだ。」



「う、うん。」



…言うぞ、葛城。



「葛城は、五十嵐の事が好きなんだよ。」



「え…ええっ?!本当に?!」



藤林は目を丸くして驚く。



「本当の事だよ。これは自分から言ってた事だし。」



「そうだったんですか…

あの葛城くんが…」



やっぱり意外だったか。


クールな葛城くんがそういう感情を持つなんて、誰にも感情というものはあるものだけど、やっぱり意外に思うよな。


逆に告白されてから付き合うようなタイプの人だと思うよな。



「それで、昨日は葛城が五十嵐に話しかけないから、俺が話しかけるように説得してたんだ。

葛城が落ち込んでたのはその所為。」



「え、それじゃあ馬場くんの持病ってのは…」



「あ…ゴメン…嘘なんだ。」



「い、いいよ。それは仕様がなかったよ。

それで?」



催促され、俺が話の続きを話す。



「それで、今日は藤林に五十嵐を遊びに誘ってほしいって言われたんだ。」



「遊びに?」



「うん、みんなで水族館に行くんだってさ。

その時に五十嵐に話しかけるらしい。」



少しズルいような気がするが、この方法が一番効率が良く、葛城への負担が少ない。


少ない分は告白する時に返ってきそうだが。



「うん、わかった。

そういう事なら私も葛城くんを応援するよ。」



「ありがとう藤林。」



『何を応援するの?』



「あ…」



声の方を見ると、本を開いたまま寝ていた馬場が、目をこすりながらムクリと起き上がっていた。


そういえば、すっかり忘れて油断してた…


意外にも、馬場は寝るときに、いびきをかかない人なので忘れてしまったのだ。



どうしよう、馬場に水族館に行くと正直に答えて一緒に連れてくか…?


でも馬場には葛城の気持ちを教えていいと言われてないし、連れてきたら葛城は嫌がるかもしれないし…


それに、俺が当日に実行しようと思っていた、葛城と五十嵐を二人っきりにしよう作戦(水族館に入場したと同時に「二人で回ってくるから」と言って藤林と全力で逃走)も、実行しにくくなる。



そうして、どうしようどうしようと悩んでいたら、藤林が先に口を開いていた。



「馬場くんも一緒に行かない?」



「な…」



俺は少し、呆気にとられた。



藤林は馬場も連れていく気なのか?



「行くって、どこに?」



「水族館。みんなで行くの。」



「行く~」



目をキラキラ光らせて喜ぶ馬場とニコニコ笑う藤林。



あぁ…馬場も水族館に行くことになってしまった…


いいのかな…邪魔にならないのかな…


…まぁ、いいか。


たぶん、藤林にも色々と考えがあって誘ってるんだろうし、馬場が何か問題な行動を取ったら(って酷いな俺…)、その時なんとかすりゃいい。


だから俺は、藤林たちを放って、また本を開いてそれを読み始めた。



それにしても、馬場が参加することになっちゃったけど、水族館、面白くなりそうだなぁ。


葛城の為だけど、この世界に来て初めての娯楽の約束で、気づけば俺は、本当にその日を楽しみに待っていた。


興味なさそうにしていても、楽しみにして待っている俺がいた。




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