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自分の生きる場所  作者: 堀河竜
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16/18

サヨナラ・イアルス



部屋はまだ闇に落ちていた。


電気は完全に消しているので、閉められているカーテンから漏れている月明かりだけが部屋を照らしている。


頭はまだ妙に冴えていて、でもほとんど寝ていないので目が痛むような眠たさと、そしてやっぱり、胸の痛みがあった。



この痛みには、薬もないから今日一日……いや、その先もずっと苦しめられるだろう。


いつになったら苦しみが消えて楽になれるのかな……。


まぁ、それをも背負うと俺は決めたのだけれど。




俺は布団を出て電気をつけ、まだ眠っている馬場の背中を一瞥して階段を下りて行った。


昨日の今日だし、今日は馬場と上手く話せる自信がない。


藤林とも、最後だと言うのに話せる自信がない。


今日は薬がないんだから、きっと藤林の顔を見ただけで泣いてしまう。


だからできるだけ藤林と顔を合わせないように朝食を早めに済ませるんだ。


そしてすぐにアースに帰る支度を済ませるんだ。





-------------------------------------





俺……つまり馬場 琢磨はいつも通りに起床して朝食を食べていた。


いつも通りに、って言ってもまだ窓の外は真っ暗で、太陽が昇ってくる時間まであと一、二時間もあるぐらい早い朝食だ。


ただ、食べる動きだけって事だ。


急ぐ様子も落ち込む様子もなく、いつも通りに食べ物を口に放り込む。


いつもの朝と変わらないように。



支度をして、重たい荷物をみんなでワンボックスカーに載せるとすぐに公園に出発した。


車は荷物と藤林夫妻が乗ると一杯になってしまったので、俺達はジャンプに使う自転車で公園に向かう。


一台は先のバイト代の残り全てを使って買った格安の自転車で、一台は古くなって使わなくなった藤林家の自転車だ。


この二台の自転車で一人ずつジャンプしてアースに帰る。


そして俺は桑林に好きだと告白するんだ。



しかし……澤村は本当に藤林を諦めるのだろうか……。


横で自転車を漕いでいる澤村に目を移すと、やっぱり澤村は死にそうで虚ろな顔をしている。


澤村の苦しみを抑える薬はもう残っていないらしいし、きっと今が一番辛い時だろう。


藤林と別れるこの時が。



俺が今、アースに帰る事で一番心配になっているのはそれだ。


本当にアースに帰れるかどうかの心配よりも、俺は澤村が正しい決断をしているのか心配で心配で仕方がなかった。



でも俺にはどうする事もできない。


昨日寝る前に、俺は澤村に説得しようとしたけど、澤村は藤林を諦めていると言って聞かなかった。

後の藤林をちらと見てみれば、藤林の表情にも"生気がなくて絶望しているような顔をしている"のにさ。



こんな状況、澤村の友達としてどうにかしてやりたいが、お前が動き出さない限り俺はどうする事もできないんだ。


それに……"俺だって桑林を俊太郎に取られたくない…俺だって桑林が好きなんだ"……。


だから、澤村が藤林への想いを見せるまで、冷たいかもしれないけど俺は待つ事にした。


アースへ帰るまでに澤村を見ている事にしたのだ。




そうして二人の様子を見ていると、すぐに日ノ出公園に着いた。


車が公園前に停まっていて、藤林夫妻が車の荷台からジャンプ台のパーツを降ろしている。



夜の公園には、当たり前だけど誰もいなかった。


道路も静まり帰っていて、車一台通ることはなかった。


でも時間はあまりない。


安全の為だけど、道路を勝手に封鎖するから人目につくと、かなり面倒くさい事になる。


だから俺はすぐに藤林夫妻に加わり、ジャンプ台のパーツやパイロンなどを車から降ろしてジャンプ台を組み立て始めた。




----------------------------------------------------------




胸が痛かった。


ジャンプ台を組み立てている間もずっと胸が痛くて、なんというか、胴体は切らずに心臓だけを切られて痛むようにズキズキ痛んでいる。


痛すぎて何だか笑いが溢れるくらいだ。


その痛みは俺の作業を遅れさせていたけど、それでも俺は手を動かし、馬場と藤林にそれがバレないように振る舞い、何とか痛みに堪えながらジャンプ台を完成させた。



でも木製のジャンプ台はやはり少し見てくれが悪かった。


自転車が滑走する部分は滑らかにして補強も注意深く作ったけど、その他の木材にはヤスリを掛けていなくてなんだか角々していた。

安全の為にジャンプ台の先に敷いたマットはもっと薄汚れていて見栄え悪い。





「まぁ見栄えは悪いけど、それはバイト代の残りで作ったから仕方ないかな……。

でも頑丈で支えもしっかりしてるし、大丈夫だろう」



「うん……」



「よし。じゃあ道路を封鎖して帰るか、澤村」



「あぁ……」



俺は何とか笑顔を作って答えようとしたけど、全く笑えずに馬場に答えた。


明らかに不自然だ。


これが俺の精一杯だから仕方ないが、やっとの事でアースに帰れるって言うのに、こんな表情をしていたら不自然過ぎるだろう?



きっともう、馬場は感づいている。


昨日の件もあるし、気付かない訳はないだろう。



「あの、澤村くん……?」



「……なに?」



藤林は俺の背中に向かって呼んだ。



藤林の顔を見たらきっと泣く。


俺は背中を向けたまま、できるだけ平静を孕んだ声で答えた。



「私、気分悪いからここに居て、いいかな……」



今日初めて聞いた藤林の声は、本当に気分が悪そうだった。


抑揚なんてものは感じられなかった。


しかしなぜそんなに気分が悪いかは、今の俺にはわからない。


ただの体調不良だろうと、簡単に片付けてしまう。



「うん……」



俺はまた、背中を向けたまま答える。


藤林の表情が見たいと思っても、泣いてしまうという恐怖で見ることができない。



しかし……結局この日、俺はまともに藤林の顔を見ずに去っていくんだな……。


顔ぐらい見てから去りたかったけど……それも無理だな、叶わぬ願いなんだな……。




藤林が離れていく寂しげな足音を聞いた後、俺たちは公園を出た。


公園前の道に交わる道の真ん中にパイロンを二個ずつおいて、滑走路となる道路を封鎖した。


元々この道路はあまり通らない道だし、早朝だから安心して計画を実行できるだろう。


でもこの道路は住宅街を通っている道だし、できるだけ早く終わらせたい。


なのですぐに俺たちは滑走路の一番端に移動した。



車、自転車よし、ジャンプ台もよし、道路も封鎖し、全ての準備が整った。


後は俺たちがジャンプしてアースに帰るだけだ。





「じゃあ……帰るか、澤村……」


馬場はジャンプ台までの滑走路を眺め、ため息をつくとゆっくりそう言った。



「あぁ……」



俺も、ゆっくりと馬場に答えた。


そんな俺を、車の側の和俊さん達がじっと見つめている。


本当に帰るんだね、本当にこれでいいんだね、と。



俺は藤林の両親にまで俺の想いが知られているのだろうかと気になったが、今となってはもうどうでもいい事だ。


ただ藤林家には本当にお世話になっているので大きな感謝を感じている。


きっと俺達はアースに帰っても、一生の間藤林家への恩を忘れる事はないだろう。


そう思いながら自転車を車の横に止め、サドルを跨いで俺は自転車に乗ろうとした。



しかしその時からだった。



俺は馬場に返事をした後、自転車を引いて移動しようとしたのだが、俺の体はぴくりとも動かなくなってしまった。


脳は信号を送っているというのに、体が全く言うことを聞かなくなってしまったんだ。




どうしたんだろう……。


どうしたんだろう俺の体は……。


ほら、さっさと自転車に跨って俺たちの世界に帰るんだろう?


俊太郎を藤林に会わせてやるんだろう?



なのにどうして動かないんだよ……。


どうして俺の言うことが聞けないんだよ……!


ちゃんと動いてくれよ、俺!


俺の言うことを聞いてくれよ、俺!






馬場は俺を察したのか、何も言わずに黙っていた。


ただ俺の顔を見たまま、じっと立っていた。



俺の頬に涙が伝う。


ぽろぽろと溢れてきて、顎から落ちて次々に地面へと落ちていく。


それでも俺は拭うこともせず、俯いたまま黙って涙をぼろぼろ溢した。


馬場も美奈子さん達も俺の近くで見ているというのに、俺は構わず泣き続けていた。



もう、俺の気持ちを隠せない。


泣かないと決めたのに…気持ちを抑えようとしてたのに……。



なんで堪えきれなかったんだよ…馬鹿野郎……。



一人ならまだしも、人の前だとすぐに悟られちゃうだろうが……。




やがて、馬場がゆっくりと口を開いた。



「隠すなよ澤村……そんなに強い気持ち、隠せるはずないんだから、隠すなよ……」



俺は声も出さずに泣き続ける。



「好きなんだろう? 大好きなんだろう? 藤林の事がさ」



気持ちを隠せなくなった俺は、こくりと正直に頷いた。


拭いきれないけど、両手で涙を拭う。



すると馬場は、悲哀を孕んだ笑顔を浮かべて、俺の両肩を叩いた。

俺の顔を覗き込んで、ゆっくりと言い諭す。



「じゃあ、ちゃんと藤林に言え。藤林が俊太郎を想っているかどうかなんてまだわからないんだ。

お前の思い込みかもしれないんだ。

だからちゃんと藤林に気持ちを伝えろ。

まずは、藤林の両親に伝えろ」



「あぁ……」



馬場は持った俺の肩を両親の方に向ける。


俯いた顔を上げて和俊さん達を見てみると、和俊さん達は俺を見守るように見つめていた。



俺は涙を流したまま、本当の気持ちを、魂の叫びを伝えた。



「僕は…藤林 美郷さんの事が、大好きです……。世界の誰よりも…俺たちの居た世界の誰よりも、藤林 美郷さんを愛しています……」



「はい……」



「どんなものよりも…自分よりも…両方の世界を天秤にかけても、藤林 美郷さんを守りたいくらいたい、愛しています……」



「はい……」




和俊さんは微笑みながら、涙ぐみながら、俺の話を聞いていた。


美奈子さんはと言うと、話が終わってから泣きながら俺を抱き締めてくれた。


今まで辛かったね、よく頑張ったね、と。



そして和俊さんは俺の肩をぽんぽんと叩きながら言ってくれた。


その気持ちを美郷にも伝えなさい、と。


帰るかどうかを決めるのはそれからにしなさい、と。



馬場もそう言ってくれたので、俺は藤林に想いを伝える事にした。


気と流れの所為かもしれないけど、ずっと自分自身を勝手に縛り付けてきた思い込みが解け、藤林への想いが叶うかもしれないと思えてきたのだ。



藤林に振られても、藤林は俊太郎が好きなんだという思い込みが当たっていたとしても、その悲しみを請け負う。


だから俺はこの世界にもう少し残る事にし、藤林に伝えようと思ったのだった。





----------------------------------------------------------




澤村はまだ溢れ出てくる涙を拭い、美奈子さん達と俺に礼を言って離れた。


まだ気持ちは落ち着いていなかったようだけど、どうやら決心は固まったようだ。




「馬場、ありがとう。

当たって砕けるかもしれないけど、伝えるよ。」



「砕けるかなぁ~。まぁ、それはそれで良いかもね~」



「何だよそれ、砕けて欲しいみたいに言うなよな。」



「わかってるよ。

でも、何だかお前は砕けないような気がしてさ。」



澤村はへぇ~、と顔を少し綻ばせながら言った。


久しぶり澤村の笑う顔を見れて俺はつられて笑い、二人して笑い合う。




「……これで最後かもな、お前と話すのも」



「そうだな……馬場は帰るもんな……」




そうだ……澤村はイアルスに留まるかわからなくても、俺はアースに帰る。


そうすると澤村と話すのはこれで最後になってしまうかもしれないんだ。




……なぁ、澤村。


俺たち、何だかんだ言って親友だよな。


桑林とずっと一緒にいるお前を妬んだりもした時もあったけれど、長い間思い出を作ってきた仲だ。


アースでもイアルスでも、思い出を共にしてきた親友だよな。



心の中で尋ねてみたつもりだったけど、俺は澤村が微笑んでいる様子を、ああと答えているように感じた。


ああ、俺たちは親友だ、と。



「向こうの世界に……あの穴に手紙を飛ばしてお前に手紙を出すよ。」



「ああ。俺も返事を穴から落とす。」



「うん、元気でな。」



「うん。」



そう言って俺達は握手をすると、澤村は車に乗り込んだ。


俺も自転車に跨り、車の窓のサッシに掴まる。



少し緊張しているけど、俺には少しの迷いもなかった。


みんなで真剣に調査し、その努力を俺が背負ってる。


恐がって止める訳にはいかないし、失敗する訳にもいかなかったんだ。



それに、俺には計画が成功する自身があったんだ。


根拠はない。


ただ何となく、何となく成功する気がしたんだ。



だから恐さはなく、計画に命を掛ける事に躊躇う事もなかった。




「じゃあ馬場……行くぞ」



「あぁ……」



コクリと頷くと車は動き出し、段々とスピードを上げていった。


それに従って、俺の自転車もスピードを上げていく。



「ぐ……くぅ……!」



は、速い……! 当たり前だけど、自転車でこんなスピード出した事がない……!


アースで学校に遅れそうになり、切羽詰まって全力で立ち漕ぎした時もこんなスピードを出した事がなかった……!



バランスを取るのがいつもより難しくて両手でハンドルを掴まっていたいけど、車のサッシに掴まる右手を離すと加速できない……!


左手だけでハンドルを握らなければいけない!



でもバランスを崩しちゃダメだ!


倒れてしまったら俺は死んでしまうかもしれないし、アースに帰れない……! みんなの努力が報われないんだ!



公園は真っ直ぐ近付いてくる。


俺も歯を食い縛ってバランスを取る。


大丈夫だ、安定している!



「今だ馬場、行けぇ!」



そして澤村の大声が聞こえてきた時、俺は右手を車から離して両手でハンドルを持った。


猛スピードで公園に飛び込み、100kmの速さでジャンプ台に乗った。



「うおおぉー!」



そして俺はすごい勢いで空を飛び、穴に向かって真っ直ぐ飛んで行った。


穴を通り、俺はイアルスから姿を消したのだった。




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