ビンゴ大会、猫のように眠る藤林
車いすバスケを終えた後、俺達は藤林の家に向かった。
藤林が、五十嵐の退院を祝ってパーティーを開こうと誘ったのだ。
と言っても、予定していたものじゃないから、あまり豪華なものじゃないし準備もしていない。
だから俺と藤林は、みんなと別れて買い出しに行っている。
なぜ俺と藤林になったかと言うと、五十嵐と葛城がなぜかそう仕向けてきたからだ。
でも俺は、別に藤林が嫌いな訳じゃないのでその仕向けに乗って別れる。
馬場がその事に不服そうにしてたけど、それも二人がなんとかしてくれて、今は二人でスーパーを回っているのだった。
「澤村くん、ジュースは家にあるから他のものを選んでね。」
「うん。」
でも、そうして藤林と二人っきりになってみると、なんだか緊張してしまう。
藤林とはあんな事があったんだから、緊張するのも無理もないのだけれど、家では今まで通り普通に話せていたのにな…
「そういえば、二人で何かするのって、久しぶりだね。」
「うん。」
隣を見ると、藤林も今頃あの時の事を思い出しているのか、少し緊張していた。
普通なら、あれはこれはと話しながら買い物をするのに、その所為で、俺達はあまりしゃべらずに買い物を終えてしまった。
それどころか、帰り道も黙って静かに歩く。
日が落ちて、既に暗くなっている住宅街の道を、ゆっくりと静かに歩いていた。
ダメだ…緊張を紛らわす為にも、何か話題を考えないと…
五十嵐が退院できて良かったね~だと、すぐに話は終わってしまいそうだし…
そう考えていると、俺は今まで、気になっていたけど訊けなかった事がある事を思い出した。
ちょうどいい、藤林に訊いてみよう。
「そ、そういえば…藤林と俊太郎って、いったいどんな関係なの?」
「えっ、俊太郎?」
俊太郎は、藤林と仲が良いという事しか知らない人だ。
アースから落ちてきた俺と、すれ違ってイアルスに消えてしまったし、顔も性格も知らない人なんだ。
その事と藤林と仲が良いという事だけに、どういう関係なのか前々から気になっていたんだ。
もしかして、恋人か何かなのだろうか…
「う~ん、俊太郎かぁ…」
藤林は、なんだか複雑そうな表情をしながら少し考える。
俺はその間、なんだか無性に気になってきてしまって、藤林をジッと見つめていた。
「たぶん…仲の良い幼なじみ、だと思う…」
幼なじみ、か…
だとすると、俺と聡美のような関係…みたいなものなのかな…
そう考えると、俺はやけに胸が安らいだ気がした。
なんでだろう…恋人と予想していたから、拍子抜けしたのかな…
「そっか…五十嵐も無事に退院したし、これからは俊太郎の為にも調査しないとな…」
「そうだね…冬休みも近いし…」
そう話していると、住宅街の家の駐車場に、何かが伏せて寝ているのに気付いた。
「あっ、澤村くん、猫だよ!」
「おっ、ホントだ。」
藤林は歩いて、ゆっくりとその猫に近付く。
茶色と白色の模様がある猫はそれに気付くけど、逃げずにそのまま寝ていた。
「わぁ~、可愛い~」
藤林はそう言って猫の背中を撫でる。
猫は満更でもなさそうだ。
「…な、なかなか可愛いな。」
「でしょう?澤村くんも撫でてみる?」
そう言われたので、俺は照れながらも猫の頭に手を持っていった。
そしてゆっくり撫でてみる。
猫は全く嫌がらずに、目を細めて気持ちよさそうに顔を綻ばせた。
「…可愛いでしょう?」
「う、うん…」
猫を撫でるというのは何故か恥ずかしいけど、こうやって撫でていると、純粋に幸せな気持ちになるというか…なんというか…
でもそういえば、小学生の頃は猫を見つけてはよく触ってたな。
その頃にも、今の藤林のように隣には聡美がいて、猫が離れていくまで二人で撫でてたっけ。
「あっ!そういえば、馬場くん達が待ってるんだった。」
「あっ、そうか…藤林、行かなきゃ。」
「そうだね。じゃあね、猫ちゃん。」
そう言って、早歩きで家に向かう藤林。
俺もその跡について歩き出す。
でもその時に、俺は藤林の後ろ姿が、何故か聡美の後ろ姿と重なって見えた。
髪型も身長も違うのに、一瞬だけ聡美に見えたのだ。
でもその時はあまり深く考えていなくて、その時の俺は、それが重要な事だとは、少しも気付きはしなかったのだった。
----------------------------------------------------------
「では、五十嵐の退院を祝って…乾杯!」
「かんぱーい!」
缶ジュース同士がぶつかり、軽い音が鳴り響く。
グラスじゃないから豪華さは少し欠けるけど、これでも藤林が奮発して買い物したので、準備なしのパーティーとしては豪華な方だ。
「ぷはーっ!
やっぱ体を動かした後の冷えたジュースは特別にうまいぜ!」
「馬場、勢い余ってジュース溢すなよ。
ほら、人に迷惑かけると気絶するだろ?」
「はぁ?」
「あはは。」
馬場は訳がわからないような顔をしているが、俺のボケがわかる藤林は楽しそうに笑う。
「えっ?もしかして馬場って、変な病気でも持ってるのか?」
「そうなんだ。
人に迷惑をかけると発作が起きて気絶するんだ。」
「澤村くん。今は嘘つく必要はないんじゃない?」
藤林が笑って注意する。
五十嵐たちも、二人しかわからない何かがあるんだなと、微妙な笑みを浮かべた。
馬場だけは本当にわからないような顔をしていたけど。
…それにしても、なんかいいな。
俺たちしかわからないって。
ちょっと皆に意地悪できたみたいだ。
「あっそうだ。早速だけどビンゴやろうぜ!
せっかく家にビンゴセットがあるんだし!」
「ビンゴ?
でも景品がないからつまらないと思うけどな。」
「何言ってんだよ。用意できてるもの、あるだろ?」
「えっ?」
なんだろう…もう用意できてるものって…
ていうか、なぜか馬場が気持ち悪いくらいニヤついている…
一体何を景品にするつもりなんだ、こいつは…
俺は馬場ほどアホではないので、馬場の考えている事なんてわからない。
「何を景品にするんだよ…」
馬場はよくぞ聞いてくれました、とばかりにふんぞり返る。
「唇だよ。くちびる。」
「はぁっ?!」
「もちろん、女子のだけどね。」
「ば、馬場くん?!何を言ってるの?!」
さすがの藤林も慌てふためく。
馬場のヤツ、唐突すぎるし強引すぎだ!
「まぁ、五十嵐はやめといた方がいいかもね。
誰かさんが嫌がるだろうし。
だから藤林、よろしくぅ!」
「そんな!嫌だよ馬場くん!」
そうだよ、やめとけよ馬場。藤林が可哀想だろう!
「まぁまぁ、藤林も気になってる誰かとキスできるかもよ?」
「え…」
その言葉を聞いて、少し考え込む藤林。
え…まさか、この中に意中の人が…?
「そ、そんな人いないから!」
…まぁ、よく考えたらそうだよなぁ。
藤林は幼なじみって言ってたけど、俊太郎という人がいるんだから…
「まぁまぁいいじゃん。
藤林が勝ったら無効って事にするからさ。
じゃっ、ビンゴカード配りまーす。」
「で、でもそんな!」
馬場はカードを渡して藤林を静かにさせる。
やっぱり、藤林が可哀想だ。
少し強引な事になっても馬場を止めるしかない!
そうして馬場を止めようとすると、葛城が苦し紛れに口を開いた。
「あー、馬場?悪いけど、俺もやめとくな。」
「えっ?」
葛城達の方を見ると、五十嵐が殺気を放ちながら葛城を睨みつけていた。
ま、まぁ当然だな…
恋人が自分以外の人にキスされる光景なんて、想像もしたくないに決まってる。
少し考えれば馬場もそれはわかると思うのだけど、馬場は今の五十嵐と葛城の関係を知らない(まだ俺達が教えていない)ので、わからないのだ。
「わ、わかった…仕様がないよな…
まぁとりあえず、俺たちはビンゴやるか!
まず第一球…」
「あっ、おい馬場!」
俺が馬場を止める前にガラガラは回される。
そしてビンゴの土台に球が転がり出されてしまった。
「何?澤村?」
「…いや、なんでもない。」
もう球は引かれてしまった。
今頃馬場を止めても、もう引いちゃったからダメー、とか言うんだろう。
それになんだか、卑怯な事を言っているようで、自分から引き下がってしまったのだ。
あぁ…ごめん、藤林…
「えーっと番号は、28!」
「あっ、あった…」
「お、俺もあったぞ。」
「私、ない…」
「はいじゃあ次ー」
ガラガラ…
「32!あった!」
「俺は…ないか。」
「私も、ない…」
うわぁ…藤林が泣きそうな顔してる…
まぁ、嫌だろうなぁ。キスだもんなぁ。
女の子は特にそういうの気にするだろうし…仕様がない。
俺が勝って、やっぱりなかった事にしよう、とか言ってやめさせるか。
勝てるかはわからないけど。
「6!よっしゃ、またあった!」
「うーん、ないか…」
「ない…」
「ってちょっと待ったー!
お前なんか仕組んでないか?!
さっきからいい球出すぎだぞ!」
「変な言い掛かりはやめろよな。
別にお前が回してもいいんだぜ?」
「く…」
…まずい、馬場が三回連続で当たるなんて。
このままだと馬場が勝って、藤林にキスされるのは馬場という事になってしまう…
うわぁ…想像したら本気で腹が立ってきた。
このまま黙ってなんかいられない。
だから、ガラガラを回す役は馬場から交代してもらい、俺は異常なくらい意気込みながら、ガラガラの取っ手を握った。
「はぁあ!」
カラン!カラン!(37、19)
「くぅ、ない…」
「俺は、2つだ。」
「なに?!」
馬場が驚いて俺を睨む。
そう簡単に藤林の唇を奪わせてたまるか。
「私は…1つあったけど、
まだ1つだけだよぉ…」
「心配するな藤林。」
「えっ?」
「俺が勝ったらこのゲーム、なかった事にしてやるから。」
俺の運にかけて意地でも馬場をビンゴさせない。
絶対に藤林の唇は守ってみせる!
それから俺達はガラガラを回し続け、俺と馬場の接戦を繰り広げていた。
自分達の背中に、まるで炎でも上がっているような勢いでビンゴを…いや、勝負をしている。
カードは、俺のカードがあと一つでリーチ、馬場のカードも、リーチをしかけているという状態だ。
今日は馬場の運がいいのか、最初の方から馬場がリーチに近いという状態だったのだけれど、なんとか俺が巻き返したのだ。
「卓人。なんか私、すごいドキドキしてきたよ…」
「俺も、参加してないのにドキドキしてきた…」
…そう。俺たちは、見物している葛城たちまで興奮させる程の迫力で、睨み合いながら自分のビンゴをしていた。
馬場に藤林の唇を奪わせる事だけはどうしても我慢ならない。
藤林の気持ちを全く省みず、この卑劣なビンゴを始めた馬場の思い通りにさせるという事が、多分かなり腹立たしいからだろう。
だから、こんなゲーム早く終わらせて、藤林を守ってやるんだ。
性欲丸出し野郎から守ってやるんだ。
「澤村、早く回せよ。もう待ちきれないぜ。」
「ちっ、回してやるよ馬場野郎。」
「馬鹿野郎みたいに言うな!」
ガラガラを回すと、球が2つ転がって出てきた。
それを手に取って確認する。
「2だ。」
「「リーチ!」」
何ぃ?!俺だけでなく馬場もリーチだと?!
せっかく馬場を追い詰めたと思ったのに!
「くぅ…譲らないな澤村…」
「譲れるか。絶対に守ってみせる。」
そして再び睨み合う。
最早このゲーム…遊びではない。
一球一球の緊張感が激し過ぎる。
まだ7玉しか出していない事が不思議に思えるくらいだ。
「それにしても…澤村はいいのか?
勝ったら本当にこのゲームを無効にするのかよ。」
「あぁ、そうだよ。
藤林にキスをもらえるなんてやっぱり嬉しい事だけど、こんなゲームの賞品の、気持ちのこもってないキスなんて、されても嬉しくないし、それに藤林が可哀想だからね。」
「澤村くん…」
ゲームが始まって、ずっと笑っていなかった藤林が初めて笑った。
うん、やっぱり藤林は笑っていた方が可愛い。
心配しなくていいよ。馬場から守ってやるから。
「…ふーん、賞品のキスでも嬉しいと思うけどな。
まぁ早く回せよ。この勝負に、白黒つけようぜ。」
「…うん。第八球、回すぞ。」
カラカラン…
とても静かな雰囲気の中、ビンゴの球は出された。
俺と馬場はもう既にリーチだ。
この球でどちらかの勝敗が決まってしまうかもしれない。
俺が勝って、ゲーム無効の可能性もあるけど、馬場が勝って、キスの権利をゲットされてしまうかもしれないんだ。
俺は緊張で震えそうな手で、その球を取った。
そしてナンバーを確認する。
「…27。」
「…ない。」
「…一個、でもビンゴじゃないか。」
…まだ来ないか。
もう嫌だ…こんな緊張するゲーム。
ちくしょう、早くビンゴして終わらせて…
「あの、澤村くん。」
「えっ?なに藤林?」
藤林は言いにくそうに、口ごもりしながら話しかけてくる。
そしてその口ごもる藤林は、カードを見せながら予想していなかった事を言った。
「私、今のでビンゴだよ…」
「え…」
馬場も聞こえていたらしくて、振り向いて藤林を見ていた。
それどころか葛城も、五十嵐も愕然として。
「…と、言うわけで、俺たちの勝ちだ、馬場野郎。」
「そんな"馬場"なぁあー!!」
馬場、ショック死。
「いつの間に巻き返したんだ…
全然当たってなかったから、もう俺と馬場の戦いだと思ってたのに…
ていうか、リーチって言ったっけ?」
「いや…言わない方がいいような空気だったから…」
なるほど、俺たちの戦いに水をささない方がいいと思ったのか…
仕様がない、仕様がないよなこれは…いや、目的は達したから別にいいんだけど…
それにしてもビンゴの仕方もすごい…
ビンゴしている列しか穴が空いていないなんて、どれだけ強運なんだ…
「いやぁ、見てるこっちも燃えてきちゃったよ。
ねぇ?卓人?」
「あぁ、何故か格闘マンガを見てるみたいで、面白かった。」
葛城たちも楽しめたみたいだし、まぁ何事もなかったからよかった。
馬場が勝つなんて事になったら最悪だからな。
「あの…澤村くん?
さっき、気持ちのこもってないキスは嬉しくないって、言ってたよね?」
「えっ?う、うん。」
あれ…どうしたんだろう。藤林の顔が真っ赤だ。
藤林の異変にまた少し、俺は緊張してしまう。
「でもね、これにはありがとうって気持ちがこもってるから…」
「え…」
藤林は俺の肩に手をのせて頬に唇を押し付けてきた。
俺はその温かくて柔らかな感触に不意を突かれて固まってしまう。
「藤…林…」
「助けてくれてありがとう、嬉しかったよ。」
藤林は真っ赤になりながら言う。
俺もきっと、顔が真っ赤になっているに違いない。
「はは、嬉しいよ藤林。
頬のところ、しばらく洗えそうになくなっちゃったけどね。」
照れながら笑って茶化して言うと、藤林も同じようにして笑った。
自分のこの気持ちに気付き始めたのはたぶん、この時からだったと思う。
俺の胸が、異常なくらいドキドキして轟いていて、藤林の唇にもっと触れたいと思ったんだ。
藤林も今、こんな風にドキドキしているのか、知りたいと思ったんだ。
この時の事は、印象が強くてよく記憶に残っている。
泣きそうで、羨ましそうにしている馬場の顔も。
「くっそぉ!何でみんな
どんどん女ができていくんだよ?!
何でみんな俺を置いていこうとするんだよ!」
そして、俺が藤林にほっぺチュウをもらっているのを見た馬場は、涙を流しながら叫び始めた。
俺が照れ臭くて目線を落としているので、葛城と五十嵐が馬場をなだめる。
「まぁまぁ馬場、澤村と藤林は前々からよく一緒だったし。」
「た、確かにそんな雰囲気出てたよね~」
「前々から?!
ってことはもう正式にそういう関係なのか?!」
馬場からの問いに、俺たちは同時に答えた。
「待て馬場、藤林には俊太郎って言う人が…!」
「馬場くん、澤村くんには聡美って言う人が…!」
俺たちは互いに同じ様な考えを持っていたみたいで、また恥ずかしくて床に目を落とす。
暴れていた馬場も葛城たちも俺ちを見て静まり返る。
そうだ、藤林には俊太郎がいるんだ…
幼なじみと言っているけど、俊太郎は藤林にとって大事な人かもしれないんだ…
でも、こんな事はいけないかもしれないけど、俺の胸のドキドキが止まらない。
体が火照ったままで、まともに藤林の顔が見れない。
どうしたんだ?どうして俺はこんなにもドキドキしているんだ?
いけない事かもしれないのに、もしかして、俺は……藤林に…
「澤村くん…」
「は、はいっ!」
なんて事を考えていると、藤林が体をずいと近づけて、俺を呼んできた。
目がトローンとしていて、顔もまるで酒でも飲んでるんじゃないかと思うぐらい赤くなっている。
「あの時訊けなかったんだけど…聡美ちゃんって、澤村くんにとってどんな人なの?」
ぎくりとした。
大体こう聞いてくるだろう予想してたけど、ぎくりとした。
でも、別に聡美は、ただの幼なじみじゃないか。
毎朝起こしに来てくれて、学校に行く時も帰る時も一緒だったけど、それも"友達として"じゃないか。
何も隠すことはない。
「ただの、幼なじみだよ…」
「本当に?」
「ホント。」
「本当に?」
「ホントだよ。」
「…そうなんだ。」
…いや、待て。本当にそうだったのか?
子供の頃からずっと一緒にいて、小、中、高、同じ学校に通って、本当にただの幼なじみだったのか?
そう疑問に思うと同時に、俺は藤林の異変に気付いた。
座っているのにふらふらして、顔が赤くなっていて、何だか、目が回っているみたいだ。
これは、普通じゃない!
「ちょっと藤林、大丈夫か?!」
「だ、大丈夫…」
「だ、だってふらふらして…って藤林!」
藤林はいきなり俺に倒れてきた。
肩をつかんで受け止める。
これは…この匂いは…間違いない…酒だ。
「美郷!」
「澤村!藤林はどうしたんだよ?!」
「あぁ…心配するな。
たぶんこれは、酒だよ。」
「酒?!」
俺は藤林が飲んでいたカル○スの缶を手に取って見てみる。
やっぱりそうだった…これは、カル○スサワーだ。
「気付かなかった…
自分も同じものを飲んでたのに、気付かず飲むなんて…道理で…」
「道理で…なに?」
「い、いや何でも…!」
にやにや笑う五十嵐。
しまった…俺がドキドキしていた事を感付かれている…!
「ちぃ…なんで澤村なんだ…
俺に向かって倒れてもいいじゃないか…」
その横で、再び泣き始める馬場。
おかしいな。馬場の飲み物に酒は入っていないはずなのに、なんで泣き上戸になっているんだ。
「さて、そろそろ時間も遅いし、帰ろうか葛城。」
「そうだな、帰るか。
馬場、帰り道に自信がないから、着いてきてくれないか?」
「……ふぁい。」
藤林は寝ているし、俺はその藤林に膝を貸しているから、送れるのは自分しかいないと悟ったのか、馬場は泣きながらも素直に受け入れる。
でも帰るのに、葛城逹が馬場を連れていくという点は、本当に必要なのか疑問に思う。
俺と藤林を二人っきりにしようとしてるんじゃないかと思えて、信憑性がなくて疑わしいんだ。
そんな俺を放って、さっさと帰っていく五十嵐逹。
俺の有無を言わさず、玄関を閉めて行ってしまった。
…さて、俺はこれからどうしよう。
何をしようにも、膝で藤林が寝ているので身動きが取れない。
テレビのリモコンは…遠すぎて取れないし、マンガは…この部屋にない。
全く身動きが取れなくて少し困ったけど…満更でも、ないな…
でもいいのかな…
藤林は嫌がるかもしれないし、俊太郎の事もある。
しかしやっぱり身動きが取れないので、どうしようもない。
それにしても、酒一缶だけで酔いつぶれるなんて、かなり酒に弱いんだなぁ…
でも、藤林は何でもできるすごい人、というイメージがあったので、藤林の苦手なものを知れて、少し嬉しく感じた。
でも遅いなぁ、馬場…
いったい何をしているんだろう…
時計を見ると、既に30分も経っている。
葛城逹が引き留めて、わざと遅くしているのだろうか…
少し葛城逹を恨めしく思いながら、俺の膝で可愛いらしい寝息を立てている藤林を見る。
…やっぱり、可愛い。
こうしてじっくり見てみても、可愛く思えるし、女の子らしい顔立ちをしている。
聡美とは大違いだ。
きっと、聡美はこうしていても、いびきを豪快にかいて寝ているだろう。
俺はそんな可愛らしい藤林を撫でてみたくなり、手で、ゆっくりと頭を撫でてみた。
少し前に、駐車場にいた猫を撫でるように。
すると藤林は、猫と同じようにやっぱり満更でもなさそうに、少し笑った。
俺の胸には幸せな気持ちが広がり、しばらくそうして藤林を優しく撫でていた。