第5話(最終話) 甘すぎる魔法と、あなたの隣
最終話です。
バレンタインに甘いお話をお届けしたくて書きました。
エミリアとクラウスの騒がしくて幸せな毎日、最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。
──朝から、心臓がうるさい。
窓の外は澄んだ冬晴れ。
冷たい空気なのに、胸の奥だけがやけに熱かった。
「……よし」
机の上に並んだ材料を、私はじっと見つめる。
カカオ豆。砂糖。ミルク。
そして、小瓶に入った淡い金色の粉。
ほんの少しだけ気持ちを伝えやすくする、感情安定の補助魔法。
爆発は、しない。
…… 今日は、きっと。
「今日は、絶対に失敗しないんだから」
誰に言うでもなく、ぎゅっと拳を握った。
今日はバレンタイン。
大切な人に、甘いお菓子を贈る日。
つまり。
クラウスに、チョコレートを渡す日だ。
考えただけで、顔が熱くなる。
「な、なんでこんな緊張してるのよ、私……!」
ただ渡すだけ。
ただ「ありがとう」って言う、それだけ。
それだけなのに。
胸が、苦しいほどいっぱいだった。
鍋を火にかけ、カカオを溶かす。
甘い匂いが、ゆっくりと部屋に広がっていく。
粉を、ほんのひとつまみ。
そっと振りかける。
「……ハッピーなイメージ、ハッピーなイメージ……」
失敗しない私。
笑って受け取ってくれるクラウス。
隣で並んで歩く、いつもの帰り道。
そんな光景を思い浮かべながら、混ぜる。
すると。
とろり、と。
チョコレートが、やさしく光った。
「……できた」
爆発しない。焦げてもない。
ちゃんと、きれいな形。
それだけで泣きそうになった。
「……私、成長してるじゃん」
少しだけ、胸を張れる気がした。
これなら。
これなら、きっと。
気持ちも、ちゃんと届く。
◇
騎士団の中庭。
いつもの場所で、クラウスは剣の手入れをしていた。
真面目で、無愛想で、融通が利かなくて。
でも。
誰より優しい人。
失敗ばかりの私を、呆れながら、毎日助けてくれた人。
「……クラウス」
声が、震えた。
彼が顔を上げる。
「エミリア? どうした。顔が赤いが、熱でも」
「ち、違う!」
条件反射で否定してしまう。
ああもう、ほんと可愛くない。
でも。
今日は逃げないって、決めた。
ぎゅっと包みを差し出す。
「……これ」
「……?」
「バレンタイン。……その、お世話になってるから」
視線が泳ぐ。心臓が暴れる。
沈黙が、長い。
逃げたい。
でも。
逃げたくない。
「……エミリア」
「な、なに!?」
「手が震えている」
「う、うるさい!」
思わず笑われた。
その優しい笑顔に、胸がぎゅっと締め付けられる。
もう、無理。
隠せない。
「あのね……!」
気づけば、叫ぶみたいに言っていた。
「いつも迷惑かけてるし! 爆発させるし! 怒られてばっかだし!」
「自覚はあるんだな……」
「でも!」
ぎゅっと、服を掴む。
「それでも隣にいてくれるの、クラウスだけで……!」
視界が滲む。
「一緒にいると、毎日楽しくて……うるさくて……でも、すごく幸せで……」
もう誤魔化せない。
「……好きなの」
空気が、止まる。
「あなたの隣が好き。あなたが好き」
はっきり、言えた。
「だから……これ、受け取って」
差し出した手を。
大きな手が、そっと包んだ。
「……俺は」
低い声。
「魔法も菓子も、正直よく分からん」
「ひどくない!?」
「だが」
少しだけ、困ったみたいに笑って。
「お前が作ったものなら、何でも嬉しい」
心臓が、止まるかと思った。
「……それに」
ぽん、と頭に手が乗る。
「隣にいるのは、最初から俺のほうが望んでいた」
「……え?」
「鈍いな、エミリア」
耳まで真っ赤にして、彼は言った。
「俺も、お前が好きだ」
世界が、真っ白になった。
嬉しくて。
泣きたくて。
笑いたくて。
「……っ、ばか……!」
「なぜ怒る」
「嬉しいからに決まってるでしょ!」
気づけば、二人で笑っていた。
冬の空気は冷たいのに。
繋いだ手は、やけにあたたかい。
きっとこれからも。
爆発して、怒られて、また迷惑かけて。
それでも。
こんな騒がしくて、愛しい毎日が続いていく。
──あなたの隣で。
それが、私のいちばんの幸せ。
甘すぎる魔法なんていらない。
だってもう。
この恋が、奇跡みたいだから。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!
気分転換のつもりで書き始めた短編でしたが、二人を書くのが楽しすぎて、気づけば一番甘い物語になっていました。
少しでも「ニヤニヤした」「癒された」と思っていただけたら幸せです。
よければ感想や評価いただけると、次の物語の励みになります!
また別の作品でもお会いできたら嬉しいです。




