第4話 バレンタイン前夜は大騒ぎ
──翌朝。
「今日は、絶対に成功させる」
私はエプロンの紐をきゅっと結んだ。
決戦の日。
バレンタイン前日。
今日失敗したら、もう時間がない。
つまり。
「爆発は、許されない……!」
「いつも許されてないが」
後ろから冷静なツッコミが飛んできた。
振り返ると、腕を組んだクラウス。
完全に監督ポジション。
「今日は俺が見張る」
「信用なさすぎない?」
「家が吹き飛ぶよりマシだ」
ぐうの音も出ない。
悔しい。
でも今日は本気だ。
本屋で借りた『失敗しないチョコレート入門』もある。
材料も完璧。
深呼吸。
「いきます」
刻んで、溶かして、混ぜて。
慎重に。
丁寧に。
いつもの三倍ゆっくり。
クラウスが後ろからじっと見てるのが緊張するけど。
「……順調、だな」
「でしょ!」
爆発しない。
煙も出ない。
奇跡。
これは、いける。
「よし、型に流して──」
つるっ。
「あ」
手が滑った。
ボウルが宙を舞う。
「っ危な──」
がしっ。
後ろから伸びた腕が、私ごと抱き寄せた。
ボウルは床に落ちず、クラウスの手の中。
私は、思いきり彼の胸にぶつかっていた。
「……あ」
近い。
近すぎる。
騎士服越しでも分かる体温。
鼓動。
息が、触れる。
視界いっぱいに、クラウス。
こんな近くで見たこと、なかった。
睫毛、長いんだ、とか。
意外と優しい目してる、とか。
どうでもいいことばっかり頭に浮かぶ。
離れなきゃいけないのに。
体が動かない。
胸が、どくどくうるさい。
聞こえてないよね?
聞こえてたら死ぬ。
「……立てるか」
「……う、うん」
そう言いながら、まだ腕は私の背中に回ったままで。
守られてるみたいで。
大事にされてるみたいで。
それがたまらなく嬉しくて。
ぎゅっと服を掴んでしまった。
「……エミリア?」
「……もうちょっとだけ、このまま……」
自分で言って、顔が爆発しそうになる。
何言ってるの私。
でもクラウスは、笑わなかった。
呆れもせず、からかいもせず。
ただ、ほんの少しだけ。
腕に力を込めてくれた。
それだけで、胸がいっぱいになる。
「怪我は」
「な、ない……」
顔、上げられない。
心臓うるさい。
やばい。
「……ドジ」
「今の不可抗力だから!」
笑ってる。
ちょっとだけ。
すごく優しい顔で。
ずるい。
こんなの好きになるに決まってる。
◇◇◇
数時間後。
テーブルの上には、小さなチョコが並んでいた。
「……できた」
爆発ゼロ。
焦げゼロ。
見た目、普通。
でも。
「初成功……!」
思わずばんざいする。
クラウスが小さく拍手した。
その仕草が、なんだかくすぐったい。
「味見するか?」
「え」
「毒味は必要だろ」
「毒じゃないよ!?」
半分に割って、差し出す。
クラウスが一口。
もぐもぐ。
真剣な顔。
数秒が、やけに長い。
「……どう?」
「……甘いな」
「失敗?」
「いや」
ふっと目元が緩む。
「うまい」
その一言で。
胸の奥が、じんわり熱くなった。
ああ。
これだ。
この顔が見たかった。
この「うまい」が欲しかった。
それだけだったんだ。
◇◇◇
夜。
包んだチョコを、そっと見つめる。
赤いリボン。
ちょっと歪んでるけど、精一杯。
「……明日、渡そう」
ちゃんと言おう。
ごまかさないで。
逃げないで。
「好きです」って。
心臓がどきどきする。
怖い。
でも。
あの人の隣にいたいから。
勇気、出さなきゃ。
もし断られたらどうしよう、とか。
今の関係が壊れたら、とか。
怖い考えはいくらでも浮かぶ。
でも。
言わなかったら、きっともっと後悔する。
隣にいるだけで幸せで。
笑ってくれるだけで嬉しくて。
怪我してないか心配で。
そんな毎日をくれた人に。
何も伝えないなんて、ずるい。
「……ちゃんと言おう」
ありがとうも。
好きも。
全部。
魔法なんか使わない。
爆発もしない。
私の言葉で。
私の声で。
ちゃんと伝えるんだ。
ぎゅっと、包みを胸に抱きしめた。
明日は、特別な日になる。
きっと。
部屋の外から、クラウスの足音がした。
それだけで、自然と笑ってしまう。
明日。
きっと。
この気持ち、伝えるんだ。
読んでくださってありがとうございます。
次回、バレンタイン当日。最終話です。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。




