第1話 だいたい何でも爆発する
ぼんっ、と軽い爆発音がした。
次の瞬間、キッチンの鍋から黒い煙がもくもくと立ち上る。
あ、やばい、と思ったときにはもう遅かった。
「……あ」
木べらを握ったまま、私は固まる。
焦げた匂いがゆっくりと家中に広がっていく。
さっきまで「幸せ増量チョコレート」だったはずのそれは、黒い炭の塊になっていた。
まだいけるかもしれない、と恐る恐る混ぜた瞬間。
ぼふっ、と小さな追撃爆発。
鍋の中身が見事に天井へ飛び散った。
「…………」
終わった。
これは怒られるやつだ。
「……エミリア」
背後から、低く落ち着いた声がする。
怒鳴っていないのに、なぜか一番効く声。
「は、はい……」
ぎこちなく振り返ると、そこには呆れ顔の青年が立っていた。
きっちり着込んだ騎士服。整った顔立ち。鋭い灰色の瞳。
淡い金髪が朝日に照らされて静かに光っている。
王都騎士団所属の騎士──クラウス。
相変わらず、無駄に格好いい。
そして相変わらず、不機嫌そう。
「……今回は何をした」
「ち、チョコを……」
「なぜチョコが爆発する」
「魔力をちょっとだけ多めに……」
「お前の“ちょっと”は信用できない」
正論が痛い。
でもクラウスは、深いため息をつきながら私の前に膝をついた。
「手」
「え?」
「確認だ」
そっと手首を取られる。
指先を撫でるみたいに、丁寧に。
「火傷は」
「ない」
「怪我は」
「ない」
ほっとしたように、わずかに眉が緩む。
その表情が、ずるいくらい優しい。
怒られてるはずなのに、胸の奥がきゅっと甘くなる。
どうしてこの人は、いつも私より私の心配をするんだろう。
◇◇◇
私は見習い魔女だ。
……といっても、あまり胸を張れる出来じゃない。
薬は爆発。料理も爆発。だいたい何でも爆発。
箒は壁に突っ込み、転移魔法は屋根にめり込む。
成功率はたぶん三割くらい。
残り七割は事故。
昔から失敗ばかりで、まともに友達もできなかった。
だから、ひとりでいるのが当たり前だった。
——あの日、クラウスに拾われるまでは。
「行くあてがないなら、来い」
道端で倒れていた私に、彼はそれだけ言った。
説明も理由もなく、当たり前みたいに手を差し出して。
その手が、あったかくて。
気づけば私は、この家で一緒に暮らしている。
王都騎士団の堅物騎士と、半人前魔女の同居生活。
今思い返しても、ほんとに意味がわからない。
「……エミリア」
「は、はい!」
「今日は巡回が長引く。留守番していろ」
「子供扱い……」
「前科が多すぎる」
ぐうの音も出ない。
でも玄関に向かったクラウスは、ふと足を止めた。
「……危ない魔法は使うな」
振り返る。
視線が、やわらかい。
「俺がいないときに怪我でもされたら困る」
心臓が、どくんと鳴った。
そういう言い方、反則だと思う。
「……じゃあ、成功する魔法の練習しとく」
「それが一番信用できない」
「ひどい!?」
小さく笑って、ドアが閉まる。
家の中が静かになる。
さっきまで当たり前にあった気配が消えて、少しだけ寂しい。
……変だよね。
昔は、ひとりが普通だったのに。
今はもう、この家にクラウスがいないだけで落ち着かない。
カップを二つ並べてしまう癖とか。
朝、無意識に「おはよう」って言いかけちゃう癖とか。
全部、この人のせいだ。
「……好き、なんだろうなあ」
ぽつりと呟いて、顔が熱くなる。
怒って、呆れて、それでも世話を焼いてくれて。
こんな失敗だらけの私を、当たり前みたいに隣に置いてくれる人なんて。
きっと、もう二度と現れない。
だから。
「次は、ちゃんと成功させる」
焦げた鍋を洗いながら、小さく拳を握る。
あの人を、びっくりするくらい甘い顔で笑わせたい。
さて、と袖をまくる。
「もう一回だけ……!」
そして十分後。
家の中に、今日二度目の爆発音が響いた。
──やっぱり私は、失敗ばかりの見習い魔女らしい。
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失敗だらけの見習い魔女と堅物騎士の、ほのぼの同居ラブコメです。
2/14バレンタインまで毎日21:30更新、全5話で完結予定です。
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