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【短編ミステリー】止まない黒い雨

作者: 神海みなも
掲載日:2026/01/24

 まずはこのイラストをご覧ください。 とあるイラストレーターが描いた、奇妙なイラストです。


 あなたにはこのイラストがどう見えますか? 線画のみの未完成の作品なのでしょうか?


【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】


 実はこの不自然な空白には、計算された『ある仕掛け』が施されていました。空白に隠された「真実」を知った時、この絵の見え方は一変します。


 深夜2時。私、タチバナはしばらくモニターの明かりを見つめたまま動けずにいた。画面には1枚の奇妙なイラストが表示されている。


 まさかこの1枚のイラストがあんな事になるなんて、この時は誰も予想していなかった――。


 *


 事の発端は数時間前。ネット上の友人である「マシロ」君からのDMだった。私は小説を執筆しながらイラストも趣味で描いている。


 そこで同じ絵を描く者として何か気づくことはないかと相談されたのだ。


 最初はXのDMを介してのやり取りだったが、私は詳しく話を聞くためにDiscordでの会話に切り替えた。


「ねえ、タチバナさん。『さとうえみ』さんのXの更新が、1ヶ月も止まっているんだよ。何かあったんじゃないかって不安で……」


 彼は沈んだ声でそう言った。「さとうえみ」というイラストレーターの熱心なファンなのだそうだ。


 彼女の作品は単に色彩が美しいだけではなく、そこにはいつも見る人を楽しませる「ある仕掛け」が隠されれているらしい。


 ある動物のイラストを逆さまにすると別の動物に見えたり、ある決まった角度から見ると文字が浮かび上がったり、あるいはステレオグラム(立体視)が仕込まれていたりする。


 マシロ君はそんな彼女の挑戦的な作風に惹かれ、投稿のたびに「いつも謎解き楽しみにしています! いつも素敵なイラストをありがとう」とリプライを送っていた。


 それは彼女にとっても励みになっていたようで、「何度か好意的な返信をもらっている」とマシロ君は嬉しそうに語る。


 しかし、1ヶ月前の投稿を最後に彼女のアカウントは沈黙を続けていた。そして今回問題なのが、彼が言うその「最後のイラスト」だ。


「ほら『さとうえみ』さんのアカウントを見てよ。……いつもの彼女らしくなくて。いつもカラフルでちゃんと色が塗られているんだよ。でも投稿されたのは未完成のイラストなんだ」


 私はXで「さとうえみ」と検索する。フォロワーは1万5000人を超えており、私は存じ上げていなかったのだがかなりの有名人らしい。


 確かに日付は1ヶ月前で止まっており、それ以降の投稿は一切ない。


 早速、私は固定ポストに設定されている例のイラストをクリックして開いた。


 そこに描かれていたのは黒いペンで描かれただけの頼りない線画だった。トリックアート的な仕掛けも、鮮やかな色彩もない。


 イラストの中央には右を向いて歩いている少女が一人。手には閉じた傘を持っているが、少女の頭上には雨が降り注いでいる。


 しかしその雨はイラストの左半分にしか描かれておらず、右半分は塗り忘れたかのように真っ白な空間が広がっていた。


「これが彼女が描いた未完成の……イラスト?」


 私がそう言うとマシロ君は不安げに呟いた。


「だってほら色が塗られていないし、雨も途中で切れているし……。うーん、スランプか何かで描きかけを投稿しちゃったとかのかな? それとも……」


 私は画像を拡大しじっと見つめた。確かに未完成にも見える。けれど、私には別の意図があるようにも思えた。


「そうかな? 私にはこのイラストが『雨上がりのイラスト』に見えるけど」


「え? どういうことですか?」


「だってほら、この少女は右に向かって歩いているでしょう? 左の雨雲の下を抜けて右側の何もない『晴れ間』に向かって歩いているように見える。だから傘を閉じて持っているんじゃない? このイラストは心機一転頑張りますっていう、ポジティブなメッセージじゃないかな」


 そう言われてみればそうかもとマシロ君は少しだけ声を明るくしたが、このイラストを投稿してから1ヶ月空いているのはやはりおかしいと言う。


 どうしても拭えない違和感が残るというマシロ君のために、私は知り合いの作家の先生・神崎さんに声をかけることにした。


 神崎さんの本業はミステリー作家だが、その洞察力や推理は現実の不可解な出来事に対して遺憾なく発揮される。


 ほどなくして、私とマシロくんの会話に神崎さんが加わる形でDiscordの通話を再開した。


「どうも、はじめまして。ミステリー作家をしている神崎だ。キミが相談者のマシロ君だね」


「は、はい。よろしくお願いします!」


「なるほど。確かに彼女のイラストにしては随分とシンプルに見える」


 神崎さんはポストされたイラストを拡大しながら冷静な声で続けた。


「そしてタチバナさんは雨上がりの絵と考えていると。確かにそうも捉えられますが……、俺はこの『雨』そのものが気になるな」


「雨……ですか?」


「ああ、雨を表現するただの斜線じゃない、よく見てみてくれ。長い斜線に挟まるように『しずく型の雨粒』と、『連なる斜線』が組み合わさったモノとが交互に描写されているのが分かるか?」


 私とマシロ君は改めてイラストを見返した。確かに「長い斜線と途切れた雨、長い斜線と途切れた雨」と交互に描かれている。


 私たち2人がなるほどと言っていると神崎さんはマシロ君に質問する。


「マシロ君、確か『さとうえみ』さんは自身のイラストの中にいつも謎解き要素を入れていると言っていたな? それは毎回入れていたのか?」


「あ、はい、そうですね。初期の頃はただイラストを投稿していたみたいですが、自分が知る限りでは1年くらい前から投稿するイラストには毎回その謎解き要素が含まれていました」


「なるほど、だったら今回のイラストにもその謎解き要素が入っていると思っていいだろう。ここで2人に質問なんだが、この『点と線』組み合わせを1度は見たことがあるはずだ。実はここに暗号が隠されている」


 マシロ君がしばらく唸った後、すべての謎が分かったと言わんばかりに声を上げる。


「点と線の組み合わせ……、点と線。うーん、どこかで……。あ、そうか。『モールス信号』ですよ、タチバナさん!」


「御名答。それにこの少女は右を向いて歩いている。すなわち、『左から右に読め』ということだろう」


「ああ、確かに点と線の組み合わせの暗号ですね。じゃあ、このモールス信号を解いたら隠されたメッセージが?」


 神崎さんがフフと笑い、さらに話を続ける。


「多分この長い斜線で囲まれているの2本一組の雨が1つの文字だろうな。左側が子音で、右側が母音の組み合わせだ」


 私たちはネットからモールス符号の対応表をダウンロードしてきて、1つずつ照らし合わしていく。


 暗号を解いた事への感謝か、あるいは助けを求めるSOSか。しかし――。


「ああ……、ダメだ。意味が通らない」


 文字を書き出してみたが『wo、wg、uk、wg、gk、ug、uw、ww、ro、so、do』となり、残念ながら神崎さんが言っていた左側が子音で右側が母音という推理は間違っていた。


 並べ替えても、逆から読んでも、それは意味のない文字の羅列にしかならなかった。


 「そうか、モールス信号ではなかったか……。じゃあ俺の勘違いで――」


 その時だった、マシロ君が悲鳴に似た声を上げた。


 「ああっ、通知が! 『さとうえみ』さんのアカウントが動きました!」


 私たちは慌ててXの「さとうえみ」のアカウントを確認する。


 1ヶ月ぶりの投稿。しかし、そこにイラストはなかった。


 投稿されたのは、「さとうえみの姉」と名乗る人物からのメッセージ。「大切なお知らせ」の文言から始まる文章の書かれた画像が添付されていただけだった。


『妹のファンの皆様へ。さとうえみの姉です。報告が遅くなり申し訳ありません。報告するか迷いましたが、皆さんに知ってほしくてポストさせていただきました。妹のえみは、先日、亡くなりました』


 心臓が喉から出てきそうなほど大きく鼓動した。マシロ君は言葉を失い、ただ嗚咽だけを漏らしている。


 すぐにそのポストは観覧数が上昇し、たくさんのリポストが付いた。さとうえみさんの死を悲しむ者やお悔やみのコメントを残す者。ただただ悲しみと嘆きが連なっていく。


 一方で、「自演乙w」「嘘をつくな」「描くのを辞めるなら黙って消えればいいのに」など心無い言葉も飛び交っている。


 さらに「さとうえみの姉」と名乗る人物のメッセージは続いた。


 えみさんは以前から脳の病気を患っており、視力をほとんど失っていた事。一縷の望みをかけて手術に臨んだが、術中の容態急変により帰らぬ人となった事。


 そして生前、AIイラスト生成疑惑やトレース疑惑などの誹謗中傷に苦しみながらも、最後までプロのイラストレーターになる夢を諦めていなかったという衝撃的な報告だった。


『そして最後の1枚も病状が進行し、全盲の状態で描いたものでした。未完成に見えるかもしれませんが、あれがえみの精一杯のイラストです』


 重苦しい沈黙が3人の間を満たす。そう、終わってしまったのだ。謎解きでもなんでもない、彼女が必死に描いた最後の遺作。


 マシロ君が震える声で「そんな……」と呟く。


 だが、神崎さんだけは違った。なにか1人でぶつぶつ喋っている。


「目が見えなくなっていた……? もしかして……、いや、だとそうすると」


「神崎さん、どうかしましたか?」


 「ちょっと確認したいことがあるんだ。さとうえみさんのお姉さんに、DMで連絡を取ってみようと思う。彼女のイラストが本当に『未完成』なのかどうか確認したいんだ」


「え? どういうことですか?」


 私は神崎さんに質問する。


「今回の件、どうも一筋縄ではいかない気がしてね」


「あ、じゃあ僕が連絡を取ってみます。自惚れに聞こえるかもしれませんが、もしかしたら僕のこと覚えて貰っているかもしれないので」


「本来なら第三者が介入すべきではないが、君になら心を開くかもしれない。ああ、頼んだ」


 それからしばらく経って、マシロ君の仲介により私たちは「さとうえみ」さんのお姉さんに連絡を取ることが出来た。


 マシロ君によるとすぐに返信が来たとのこと。なんとお姉さんの方もマシロ君を認知していたらしく、今回のことを伝えると快く引き受けてくれたようだ。


 名前は「佐藤」さんと言うらしく、Discordでの会話も了承してくれた。


 佐藤さんは気丈に振る舞っていたが、その声は疲弊しきっている。神崎さんは悔やみの言葉もそこそこに、単刀直入に切り出した。


「佐藤さん。えみさんの最後のイラストですが、あれはタブレットなどのデジタル機器ではなく、画用紙に例えばボールペン等で描かれたアナログのイラストではないでしょうか?」


「え? は、はい。目が見えなくなってからは、先程おっしゃった通り画用紙にボールペンでアナログイラストを描くことが増えていました。でも、それが今回の件とどんな関係が……?」


「視覚に障害を持つ方が絵を描く時、筆圧を強くして紙を凹ませ、その『溝』を指でなぞって位置を確認するという手法があります。専用の器具もあったりもしますが、彼女もそうしていたのではないでしょうか?」


 佐藤さんは息を呑む声が聞こえる。


「はい、そうです。えみもそうやって描いていました」


「だとしたら、あの絵には続きがあるはずです。佐藤さん、今手元に原画はありますか?」


「ええ、いま丁度遺品整理をしていましたので。あ、ちょっと待ってください。今持ってきます」


 佐藤さんが1度離席し、すぐに戻ってきた。


「その絵の右側の空白部分。そこを指でなぞってみてください。何か描いてありませんか?」


「空白の部分? 分かりました……」


 衣擦れの音と、紙を触る音がマイク越しに聞こえる。やがて、佐藤さんの震える声が響いた。


「……あります。何かが描いた跡が。凸凹しています」


「やっぱり……。彼女は描いていたんです、最後までイラストを。しかし、途中でボールペンのインクが切れてしまった。そう、目が見えない彼女はインクが出ていないことに気づかずに、そのまま凹凸だけを頼りに描き続けていたんです」


 そして神崎さんは申し訳なさそうに続ける。


「そこで勝手なお願いなのですが、その空白部分を鉛筆の腹で軽く擦って貰うことは可能でしょうか? フロッタージュの要領です。そうすれば、彼女が本当に描こうとしていた残りの部分が浮かび上がるはずですので」


 佐藤さんはためらう様子もなく、快く承諾してくれた。彼女も妹が何を描きたかったのか知りたいようだ。


 数分後。Discordの画面に1枚の新しい画像が共有された。左側にはインクで描かれた黒い雨。そして右側には白い無数の線が浮かび上がっている。


【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】


 そこには画面全体を埋め尽くすほどの、激しい雨が描かれていた。


「完成、していたんですね……」


 佐藤さんを始め、その場に居た全員が息を呑む。


 私が冒頭で感じた「雨上がりの晴れ間」など、そこにはなかった。インクが切れても見えない目で描き続けた、終わることのない土砂降りの雨だけだったのだ。


 その雨の描き方も先ほどと同じように、長い斜線と途切れた雨が交互に描かれているものだった。


 そう、イラストは完成していたと分かったが、振り出しに戻ってしまったのだ。


 私はこの重い空気を取り払おうと佐藤さんに声を掛ける。

 

「あの、佐藤さん。えみさんは生前、どんな方だったのでしょうか? イラスト以外に趣味とか好きなものはありましたか?」


 私がそう言うと少し驚いていたが、妹のことを思い出しているのか少し声が柔らかくなった。


「はい、目が見えなくなる前からですが、ラジオを好んで聴いていましたね。イラストを描く時にBGM代わりに聴いていました。ラジオ内で扱っているクイズコーナーが特に好きだと言っていました」


 佐藤さんは更に続けた。


「他には本を読むことも好きでした。不思議ですよね、目が見えないのに本が好きだなんて。実は目が見えなくなってすぐに点字の勉強も始めたんです。要領のいい子でね、すぐにスラスラ読めるようになったんですよ」


「え? ……もしかしてこの雨って――」


 私は佐藤さんの言葉に電撃のような衝撃が走った。慌てて先程のイラストを凝視する。その時、私の疑惑は確信に変わった。


「これはモールス信号なんかじゃなかったんです! 目の見えない彼女だったからこそのアイディアだったんですよ」


 神崎さんは怪訝な声で私に質問する。


「ん? どういうことだ?」


「点字です。私もこの雨が2本1組になっているのが不思議でした。でも、これが点字だと考えるとしっくり来るんです。点字は3X2の『点』の組み合わせでできています。そしてこの雨も3X2の雨粒の『点』と斜線で出来ているんです」


 マシロ君も私の言っていることが理解できたのか、私に続くように話し始める。


「なるほど、雨粒が点字の『点』で斜線の部分が空白になるんですね。だとそうすると、ここに描いてあるのは……」


 私たちは点字の対応表を画面の端に開き、左側のインクの雨と、右側の白い傷跡の雨を一つずつ照らし合わせていった。最初は、まだインクが出ていた左側の文章だ。


『あ、か、り、が、き、え、る、な、に、も』


 佐藤さんが短く息を吸う音が聞こえた。視界が閉ざされていく恐怖。それが淡々と綴られている。


 そして、インクが切れ溝だけになった右側へと文章は続いていく。


『み、え、な、い、ま、だ、か、き、た、い』


 クリエイターとしての純粋な渇望。そして、最後。雨の密度が最も高くなった場所に刻まれていたのは、たった四文字の叫びだった。


『く、や、し、い』


 画面に表示されたその言葉を見てマシロ君が絶句し、神崎さんが静かに復唱する。


「……嘘だよ」


「明かりが消える、何も見えない。まだ描きたい、悔しい……か」


 佐藤さんが糸が切れたように泣き崩れた。


「そんな……あの子、私の前ではずっと笑っていたんです。『大丈夫、まだ描けるよ』って。『アンチなんて気にしてない、私は私の絵を描くだけだから』って、気丈に振る舞っていたのに……」


 姉に見せていた笑顔。それは、姉を心配させまいとする仮面であり、そして自分自身さえも騙そうとする最後の虚勢だったのかもしれない。


 けれど、ペン先は心の内側にあるぐちゃぐちゃの感情を、残酷なほど正直に画用紙に刻み込んでいた。


「どうして……、どうして私はあの子の気持ちに気づいてあげられなかったの……! 一番近くにいたのに、こんなに苦しんでいたなんて……!」


 右を向いた少女。彼女が見ていたのは希望の未来などではなかった。


 見えなくなる視界、描けなくなる恐怖。そして自分を否定した理不尽な世界への血を吐くような悔恨だったのだ。


 それはあまりにも酷な現実だった。明るい未来を願って解いた謎が、この世界の終わりのような真実だったなんて。


しばらく重い空気がその場に漂った後、佐藤さんは静かにお礼を言った。


「謎を解いていただいたのに、こんな事になってしまって……」


「い、いえ、こちらもなんて声をかけたら良いのか……」


「少なくとも、えみの気持ちが分かって良かったです。こんな終わりだったけれど、知らないままよりは……」


「そ、そうですか……」


 佐藤さんは最後に「ありがとうございました」と残し、離席していった。


 マシロくんも「僕も失礼します。ちょっと、時間をください」と言って離席した。


 残ったのは私と神崎さんの2人だけ。重苦しい沈黙の中、神崎さんがふと独り言のように呟く。


「……なあ、気付いたか」


 彼の声は不謹慎なほどに落ち着いていた。私は涙を拭い、画面上のイラストを見つめたまま神崎さんの言葉を待つ。


「改めてこの絵を見ると……この少女、鼻や口はあるが、目だけが描かれていないんだ」


 言われてみればそうだ。前髪が長いわけではない。ただ、目があるべき場所が空白になっている。これは視力を失った彼女自身を現した姿なのだろうか。


 神崎さんはさらに淡々と続ける。


「それに、右側を鉛筆で塗りつぶしたせいで、この少女が自分から『暗闇』の中へ歩いて行っているように見えないか?」


 その時、私の背筋に冷たいものが走った。


 白い画用紙の上の少女が右側の真っ黒な闇へ向かって、一歩を踏み出している。その姿は死への恐怖というより、覚悟を決めた巡礼者のようにも見えた。


「マシロ君が言っていたように、彼女は絵の中にたくさんの仕掛けを入れるのが好きだった。逆さ絵や、隠し文字……。では、今回の『黒塗り』はどうだろうか?」


 私は言葉が出なかった。さらに彼は続ける。


 「インクが切れること。そして、誰かがその溝を鉛筆で塗りつぶして、少女の行く手に『闇』を作ることも。……もし、彼女がそこまで計算してこの構図を描いていたとしたら?」


 神崎さんはそこで言葉を切ると、自嘲気味に笑った。


「いや、考えすぎだな。すまん、俺の心が汚れているようだ」


 神崎さんは「じゃあな」と言って通話を切断した。プツン、という電子音が鳴り部屋に静寂が戻る。


 私はモニターに残された少女を見つめる。


 ――計算されていた? まさか。あれは偶然だ。


 インクが切れたのも、私たちが鉛筆を使ったのも、すべて偶然の結果にすぎない。


 そうでなければ、あまりにも救いがない。


 彼女は「悔しい」と叫びながら、同時に自分の死さえも最期のトリックアートとしてデザインしていただなんて、そんな事があってはならない。


 そう自分に言い聞かせても、私の目にはその少女が永遠の闇へと安らかに吸い込まれていくようにしか見えなかった。


 画面の中で、音のない黒い雨だけが降り続いている。

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