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209号室 ~ 告知事項なし  作者: 紬 蒼
1章 感ジル - 細田・眞島
4/12

不動産屋

 不動産屋に着くと、カウンターには中年男性と若い女性の2人だけがいた。

 俺の姿を認めると、2人が同時にこちらを向き、「いらっしゃいませ」と声を掛けたが、立ち上がったのは男性の方だった。


「お部屋をお探しですか?」

 言いながら手で席を勧める。

「いえ、今住んでる部屋のことで……ちょっと……」

 俺もそう言いながら示された席に座った。

「どちらのマンションでしょうか?」

「以前……4月に電話で物音がするって話をしたことがあるんですが」

「ああ。確か……このすぐ近くのアパートでしたね?」

 どうやら目の前の男性は電話で対応した担当者らしく、すぐに話が通じた。

 名札を見ると『眞島』とあった。

 そう言えば、電話で名乗っていた名もそんな感じだった気がする。


 眞島さんは素早くキーボードを叩いてパソコン画面を見つめた。

「ビラを投函してから約1カ月経ちましたが、物音はどうでしょう? まだ続いていますか?」

 ビラは電話した日、会社から帰宅すると投函されていた。

 仕事が早い、と思ったからよく覚えている。

「実は……昨夜も音がしてたんですけど」

 俺はあの声の話をしてみた。

 夢だと一蹴されるかもしれない。

 でも、誰かに話せば少しはあの気味悪さが薄れるのではないかと期待した。


「それは気味が悪いですね」

 眞島さんは俺の話を聞き終えると、真面目な表情でそう共感してくれた。

 だが、パソコン画面を一瞥して、俺に向き直ると「前にもお電話でお話しましたが」と前置きをして、誰も亡くなっていないことを強調した。

「ただ、そのお部屋はですね……この3年で6人変わっていますね」

「3年で6人って、おかしくないですか?」

 俺のそのツッコミに眞島さんも渋い表情で押し黙り、「少々お待ちください」と言って席を立った。

 一度店の奥に行き、しばらくして戻って来た眞島さんの手には太いファイルがあった。

「お待たせしました」

 席に座ると俺からは見えないように立ててそのファイルを開き、パラパラと頁を捲る。

 その手が止まると、眞島さんは再び口を開いた。

「正直申し上げます。今まで亡くなった方もいなければ、物音に限らず、あのアパートで苦情が出たことはございません。ただ、別の場所で亡くなられて、退去された方が2人いらっしゃいます」

「別の場所って……?」

「1人は他県のご実家で、もう1人は会社で。会社の場所は……」

「もしかして、それって女性ですか? この記事の」

 俺はジーンズのポケットからさっき調べた記事を取り出し、広げてカウンターに置いた。

 紙を手に取り、記事を見た眞島さんは目を見開き、次いで俺を見た。

「これを……どこで?」

「さっき図書館に行って調べて来ました。その人……なんですか?」

 俺の問いに眞島さんは少し間を置いて「はい」と頷いた。


 それから眞島さんはカウンターにファイルを置いて広げた。

 そこに綴じられていたのは、これまでの入居者の契約書だった。


「この仕事をして20年になりますが、割と短期間で入退去が繰り返されるのは、単身者向けの物件ではそう珍しくありません。何かしら苦情があったり、いわゆる事故物件の場合は注視しますが、そうでなければあまり気に留めておりませんでした。こちらの物件も入居者が亡くなって退去されていますが、部屋で亡くなられた訳ではないので、事故物件には当たりません。ただ、これまでの209号室の退去理由を見ると……確かに妙、ですね」

「妙というと……?」

「1人音信不通で強制退去にしている方がいますし、家具を置いたまま退去された方は急な異動になったと言われて。ま、その方は家具の撤去代を別途お支払い頂きましたので、トラブルにはなっておりませんが。割と突然、退去されている印象ですね。日々いろんな部屋の手続きをしておりますので、そこに埋もれて気づきませんでしたが……この部屋だけ見ると、これは……確かに異常です」

 眞島さんは眉間に皺を寄せ、ファイルを見つめた。

 俺はもっと「何もない」と言い張られると思っていたので、こうもあっさりおかしいと認められると、逆に物凄く不安になってきた。


「あの……誰も死んでいないのに事故物件というか……幽霊が出る部屋って……」

「今まで聞いたことはないですね。少なくとも私はそういった苦情も事例も知りません」


 眞島さんはそう言って俺が印刷した記事を再度手に取って見つめた。


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