深淵
安田と再び会ったのはUSBを渡されてから3カ月後だった。
USBの情報を頼りに俺は眞島のいた不動産屋、細田が住んでいたアパートの大家、そのアパートの建設に関わった工事関係者らに話を聞いた。
図書館で過去の事件、事故の新聞記事も検索した。
細田と眞島が辿り着けなかったことを見つけたが、何が彼らを死に導いたのか、その真の原因は分からなかった。
それを伝えて、霊媒師の観点から意見を聞きたくて安田と会うことにした。
「やっぱお前でも分からなかったか」
安田は例の喫茶店で俺が向かいに座るなり、そう言った。
「なんで分からなかったって思うんだよ?」
「そういう顔してたからだよ。お前は顔に出やすいからな」
安田はそう笑ってから、「で? 何が分かった?」と身を乗り出した。
そこにアイスコーヒーが2つ運ばれて来る。
10月中旬ではあったが、まだ昼間は暑い。
今日は出先から喫茶店に来たので、喉がカラカラだった。
なので、とりあえず半分まで一気に飲み干して、USBをテーブルに置いた。
「USBのお蔭で最初は順調に情報を集められたし、裏取りもできた。2人はよく調べてたよ。でもな、出て来たのは人形の話だけだ」
「人形?」
安田は眉間に皺を寄せた。
「ああ。頭が7つある木彫りの人形だ。しかも1つを除いて他は全部目が潰されている。不気味だろ?」
「頭が7つ……」
安田はそう呟いて片手を顎に当てた。
「あと指が、左手の小指が欠けているらしい。俺も実物はおろか写真や絵もなくて見てない。工事関係者から聞いた話だ」
「その人形はどこにある?」
「あのアパートの下、あの土地に埋まってるらしい。それがさ、奇妙な話がまだある。あのアパートの前は木造のアパートが建ってたそうだ。それを取り壊して今のアパートを建てるってなった時に、その土地から人形が出て来た。その現場を土地の所有者だという老人が見ていたそうで、人形は埋め戻してくれ、と言われたそうだ。そういう風習があるとかなんとか言って、理由は理解できなかったらしいが、土地の所有者だという老人が頑として譲らなかったそうだ。仕方なく埋め戻して今のアパートを建てたらしい」
「それのどこが奇妙なんだ?」
「その老人が誰か分からないんだよ。俺が土地の所有者に会おうと調べて行ったら、若い男でさ。彼は5年前にその土地を父親から譲り受けたらしいが、まだ老人って言うほどの歳でも風貌でもないし、祖父はもう10年以上前に亡くなってるからそんな老人は知らないってさ。あとな、その人形を見た工事関係者が次々と高熱を出して、工事が少し遅れたらしい」
俺の話に安田は眉間に皺を寄せ、テーブルの上のUSBに視線を落とした。
「USBを渡した時にもチラッと言ったが、俺もな、お前に話す前に不動産屋に行って来たんだよ。アパートの近くまで行ったが引き返したって言ったろ? あの日さ、体がだるくなって微熱が出てさ。こりゃ医者じゃ治せねぇヤツだって思って、神社に行ったんだよ。柏手打った瞬間、体がスッと軽くなってよ。で、思った。呪われてるなって」
「呪いの人形ってことか?」
「どういった呪いか分からねぇけどよ、7って数字で真っ先に思い浮かんだのが7人ミサキだ」
「聞いたことある。あれだろ? 7人集まったら死ぬって話だっけ?」
「違うよ。元から7人の怨霊で、これに遭遇した人が死んでこの7人に加わる。で、1番古い1人が成仏するって話だ。ロケット鉛筆方式だよ」
ロケット鉛筆。
昭和世代にしか通じないと思われる例えで俺は物凄く納得してしまった。
「なら、あの人形の7つの頭それぞれに怨霊が入ってるってことか?」
「さあな。7人ミサキが思い浮かんだだけだよ。あとこれも想像だけどよ、その頭の目玉は1つを除いて全部潰れてるって言ってたな?」
「ああ。釘か何かで突き刺したような跡があったって、工事関係者の話だ」
「部屋でした物音って足音と家具を動かす音と壁を叩く音だってことだが、それって目が見えない者が何かを探し回ってた音じゃないか? 目が見えないとさ、壁に片手を当てて歩くだろ? 壁を触る音が叩くように聞こえたのかもな」
「見えないから家具にぶつかって動いた音……ってことか」
音が止んだのは見つけたから。
確かに辻褄は合う。
でも。
「なんだってそんな人形を埋めてるんだ?」
「さあな。人の魂を人形に閉じ込めてやることなんざ、碌なことがねぇ。だが、人が住むアパートの下に埋めることで効率的に魂は集められるな。常に新しい魂を入れるには立地の良い単身アパートは好都合って訳だ」
安田はそう言って鼻で嗤った。
その表情から人形を埋めた人間を心底軽蔑しているのが伺える。
「思うんだけどよ。太古の昔からその土地はそこに在ってさ、その上で殺し合ったり、病で倒れたり、自ら死を選んだりしてさ、これまでに数え切れない死がそこに積み重なって来ている訳だろ? 事故物件なんて不動産屋がたかだか数年前の限定された空間における死を指して言ってるに過ぎない」
そう言われると確かに、と頷く。
言われてみれば、事件や事故なんてたかだか数十年前までしか記録が残っていなくて、もっと昔にだって殺人や自殺はあった訳だし、戦の場になっていたことだってあっただろう。
誰も死んでいない真っ新な土地なんて少ないんじゃないだろうか。
「それに自分の足元に何が埋まってるかなんて気にして生活してない。そんなもんだろ、人って」
安田はそう言って、ストローを使わずコーヒーに口をつけた。
氷を口に含んでガリガリ音を立てる。
「で、他の住人については? 何も分からなかった訳じゃないだろ? やっぱり全員死んでるのか?」
安田は氷を飲み込むとそう訊いて来た。
見透かすような視線に俺は軽く息を吐く。
「全員じゃないけど、死んでる。奇妙な数字の一致もある。2番目の住人は入居してすぐ精神を病んで入院。それで1カ月で退去して入院した部屋が209号室。その部屋で自殺してた。5番目は入居者は死んでないが、その部屋に泊まった彼氏が死んでる。しかも泊まった日が9月1日でさ、深夜営業のバーに行ってそのバーが火災に遭ったんだけど、その彼氏だけが逃げ遅れて死んでる。従業員や他の客は助かってる」
「住人以外が死ぬっていうのは眞島と同じだな。何か共通点は?」
「泊まった日の深夜にその部屋の住人である彼女にメールを送ってて、早くその部屋から出ろって一言。音を聞いただけじゃなさそうだ。多分、声を聞いたんじゃないか?」
「声か……」
「しかも、その彼氏が死んだ場所。雑居ビルの9階で902号室だったんだよ。部屋番号が割り振られてるタイプのビルだったんだな。でも、ここまで2と9が頻発するのに数字の謎は解けないままなんだ。で、霊媒師の安田様なら何かお分かりになるかと思って」
俺が皮肉ると安田は心底嫌そうな表情をした。
「霊媒師っつったって俺はなぁ、ただ視えて聴こえるってだけだ。お前もそれは知ってるだろうが。数字の謎なんか俺に分かるかっ」
安田はそう言ってコーヒーに口をつけ、氷をガリガリ噛み砕いた。
「……今回の件ってさ、解決するには人形を掘り起こしてお焚き上げなりして……」
「そんな簡単な話じゃないさ。まずアパートの下の土ン中埋まってるんだからよ。そんなの大家が許すかよ。しかも築浅物件だぜ?」
「でも人が死に続けてるのに」
「部屋で死んだ奴は1人もいないんだろ? 事故物件になった訳じゃないんだ。納得しないさ」
「だけどっ」
「細田の母親にも全部伏せる。運が悪かっただけだって。このペースなら細田が人形から解放されるのもそう遠くないだろうしよ。ま、人形が7人ミサキみたいな物だったらの話だが」
その言葉で俺は安田を見据えた。
そうだ。
これは全部俺達の推測でしかない。
確定していることは209号室の住人もしくは関わった人物が部屋の外で死んでるってだけだ。
ただ、数字に偏りがあって、偶然同じ声を聞いたり夢を見たりしたってだけで。
誰も幽霊を見たとかそんな話はしていない。
人形の話も本当かどうか怪しい。
となると、結局、俺達は誰1人としてあの部屋の真相にはまだ辿り着けていないのだ。
でも、推測だけならもう1つある。
「あと……5人目の、住人が死なずに彼氏が死んだ理由について考えてみたんだけど。この住人は夜の商売をしていて、夜は基本部屋にいなかったんだ。だから、深夜の物音も知らず、声も聞かずにいて、そのお蔭で……」
「運悪く彼女の代わりに夜に泊まってしまった彼氏が、声を聞いて死んだって? そう言いたいのか?」
俺が頷くと、安田は腕を組んだ。
「いや。それは当たってる気がするな。ま、憶測の域は出ないがな」
「じゃ、せめて大家にあの部屋は夜働いている人に貸すように伝えるか?」
「俺とお前が行って信じて貰えると思うか? それによ、そういうオカルトな話は霊験あらたかなそれっぽい奴が言ったって門前払いされることの方が多いんだよ」
「じゃ、何もしない気か? 今、住んでる人にも教えないのか?」
「勘違いしてないか?」
非難する俺に安田は冷ややかな視線を向けた。
「俺が受けた依頼は息子の死にあの部屋が関係しているかどうか調べてくれってだけだ。母親にとっても今住んでる赤の他人のことなんか関係ない話だ。それに俺は母親にはあの部屋は関係ない、単に偶然が重なっただけだって話すつもりだ」
「嘘を吐くのか?」
「金を貰わなければ詐欺にもならねぇだろ。それにな、あの部屋をどうにもできないのにあの部屋のせいだって言ってみろ。下手すりゃ無用なトラブルを招くだけだろ。生きてる人間に追い打ちをかける方が残酷だと思うがな」
「でも……」
言いかけて俺は口を閉ざした。
「ま、ダメ元で俺の師匠筋の人達には相談してみるけどよ。多分、関わるなって言われるだけだ。死にたくないならな。人形が俺達が考えているような呪物だったら、まずは大家らを説得するところからだし、掘り出したところでそれを供養できるような人は少ないからな。人に影響を与えない場所へ埋めて終わりってことも有り得るしな。皆、触らぬ神になんとやらで、近寄りたがらないだろうよ」
安田はそう諦めたような口調ではあったが、その表情は硬かった。
俺はその数日後、例のアパートの209号室のポストに手紙を投函した。
この部屋を退去することをお勧めします。
手紙にはただ、一言だけ。
何もできない俺が唯一できることだった。
きっとこんな部屋は他にもある。
その土地で昔何が起こったのか。
俺達は何の上を歩いているのか。
誰も告知はしてくれないから、知らずに今日も笑い合える。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
これにて作品自体は完結となりますが、2と9の数字のヒントは作中に残しています。
部屋番号以外の『何か』を表していますが、そのことに松坂・安田がいつか気づくかもしれませんが、作中では気づくことができませんでした。
あなたはお分かりになったでしょうか?
事故物件がテーマのコンテストの趣旨からは少し外れてしまったかもしれませんが、お楽しみ頂けたなら幸いです。




