┗第二部屋 内訳(幼馴染視点)
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「なんか楽しそうだね!」
夕方、というかもう夜の時間帯。それなのにまだ太陽は落ちていなくて、オレンジ色の景色がベランダから覗ける。そんな時間。
私が居間の方で明日に向けての準備をしていると、妹である藍里がそんな声をかけてきていた。
「そ、そうですかなぁ? べ、別に明日の準備をしているだけですけどもぉ」
「な、なんか語尾が変だけど……」
「そ、ソンナコトナイデスゾ!」
「えぇ……」
なんとか完璧な演技で彼女の言葉に返してみるけれど、それでも藍里は私の準備が楽しそうに見えるのだろう。少しきょろきょろとしながら居間の床に折りたたんでいる書きあがった作品たちを見つめてくる。
「え、習字とか久しぶりじゃない? 中学卒業以来やってなかったのに」
「ま、まあね……。興が乗った……? とか、そういうやつ、みたいな?」
なんかこの前見た漫画であった台詞を真似しながら、私が彼女に返事をしてみる。実際に意味はよくわかっていないけれど、まあそれっぽい返事だったからか、藍里は何も気にしないまま「ふぅん?」と興味がないような返事をした。
「いやー、私は文字書くの下手だからなぁ。お姉ちゃんをお手本にしなきゃだよね」
「そんなことないよぉ! えへ、えへへへ」
──藍里はいい子だ。
なんか他の友達から話を聞くと、兄弟とか姉妹で仲が良いっていうことはあまり聞かないけれど、でもそれに反して藍里はいつも私に声をかけてくれる。しかも、毎回私を褒めてくれる。
『お姉ちゃんの料理は本当に美味しいよ!』
『本当にお姉ちゃんは賢いなー!』
『マジお姉ちゃんラブ、大好きっ!』
毎回それを彰人に報告する度に『……そ、それはよかったな』と少し目を逸らしながら返事をしてくるけれど、やっぱり姉妹同士で仲が良いっていうことは珍しいんだろうなって思う。そして、私に対して仲良くしてくれている藍里にも感謝が尽くせない。
「それにしても今日はどんな作品を仕上げたのー? 私、ちょっと見てみたいなぁ──」
藍里はそんなことを言いながら、私が書き終わって折りたたんでいるアレをそうっと手に取ろうとするけれど。
──パシッ。
「──あ痛ァ!」
──衝動的に、私は彼女の手を跳ねのけてしまった。
「あ、ち、違うの! ごめん、ごめんね藍里! た、たまたま蚊がね! 手の甲に止まってたから!」
「あ、そうだったんだ! ごめんね、ありがとう! それじゃあ早速作品を拝見──」
──バシィッ!
「痛いぃッ!」
「え、あ、違くて! 蚊が、蚊がね? うん、そう、蚊が今紙の周りに大量発生しているから! ごめん、ごめんね?!」
「そ、そんなことあるかな?! 今のところ虫一ついないような気がするけど!?」
「こ、これはね、書道を極めた人間にしかわからない蚊ナンダヨ!」
途端、めちゃくちゃ上手い嘘がつけたなぁ、という確信。そしてその確信の通り──。
「──まじ?! やっぱりお姉ちゃんすごいね!」
「え、えへへ、そ、そうなんですよぉ、へへ」
藍里は私を疑うことなく、ただ頷いてくれる。
(ふぅ、私が天才でよかったぁ)
私は自分自身が天才であることに感謝をしながら、なんとか床に畳んでいた紙のそれらを部屋に持ち帰ることにした。
だ、だって、彰人といちゃいちゃするためのものを用意してる、ってなんか恥ずかしいもんね。ば、バレたくないし。
せっかく藍里が私を完璧人間として見てくれているのなら、そのままで思っていてほしいし。……うん。藍里の期待を裏切らないためにも、これは仕方のないこと!
そう思いながら、私は自室へと戻ることにする。
流石に居間に置いておくのはよくない。どうせそんなに重くもないし、準備は自分の部屋でやろーっと。
私はそれから藍里に「ちょ、ちょっと勉強してくる!」と言いながら紙と荷物を持って居間を後にする。
「うん! 頑張ってねぇ! 蚊に気を付けてねー!」
「え? あ、うん? わかった、とりあえず気を付けるー!」
なんでいきなり蚊の話がでてきたのかわからないけれど、私は藍里の声に頷きながら、その場を後にした。
「……」
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私は賢いので、今日あったことを反省できる人間なのである。
今日、彰人の部屋に仕掛けた『えっちしないと出れない部屋』だけど、私がそのままアキトノヘヤで眠りこけてしまったために、結局閉じ込めることも出られないこともかなわなくなってしまった、という部分がある。
今日一日、私は高校での大半の時間を犠牲にして、それについての対策を考えてきた。
早起きについては必須。だって、そうしないと彰人と私を閉じ込めるための状況づくりができなくなっちゃう。起きてすぐに見てもらわないといけないから天井にも貼り付けなきゃだし、扉の上にもつけなきゃいけない。漫画がそんな感じだったから、きっとそれは必要なことなんだと思う。
だから、早起きは必要過程。必須なのだ。でも、早起きをすると、その分寝る時間は減ってしまうわけで、どうしても彰人の部屋で眠ってしまいたくなる気持ちを抑えることはできないと思う。
じゃあ、その気持ちを抑えるために必要なことはなにか。
──それだったら、めっちゃ早い時間から寝れば解決するじゃん!
これ、もう学校で考えているときから天才的発明だな、ってそう思わずにはいられませんでした。そうだよ。早い時間に起きなければいけないなら早い時間に寝ればいいだけ! いつも九時とか遅い時間にベッドに入って寝てしまっているけれど、それよりも早い時間に寝れば大丈夫!
「……ということで」
私は今の時刻とアラームを確認して、早速ベッドの中でタオルケットに包まっていく。
やばい、完璧な作戦だぁ!
これで明日こそ、彰人ときせいじじつってやつをつくるんだぁ──。
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そして、予定通りに私は深夜三時半に目を覚ますことに成功できた。アラームが鳴り始めたその一秒後には完全に状況を理解していて、藍里やお父さんお母さんが起きないために、瞬時にアラームの音を消していく。
「えっと、ええと。まず、制服に着替えてから、脚立を準備……、じゃなくて、貼る紙とガムテープを持ってから、それで脚立を持ってってぇ……」
私はそうあらかじめ考えていたことを頭の中で整理しながら、早速彰人の部屋で準備をすることにした。
「……」
□
「……邪魔するぜぇ……」
私は小声で彰人に挨拶をしながら、部屋の中に入っていく。
時間はまだ三時四十分。こういう準備って早めにしておくことが大事ってことはよく知っているからこそ、現在時刻からわかる余裕があることを理解して、大きな安心感を感じた。
とりあえず、小声ではあるけれど声をかけた彰人は私に反応することはない。
まあ、そりゃあそうだよね。いつも私が起こさないと全く起きないんだもん。こんな早い時間に目を覚ます、なんてこと、彰人にはないですよ、ふふ。
一旦、彰人の寝顔を見続けていたいような気持もあったけれど、今よりも未来のことを優先すべきだよなぁ、とそう思って、私はさっそく彰人の部屋にぺたぺたと紙を貼りつけることにする。
まずは簡単なドアの上、そして天井っていう風に、だんだんとレベルの高いところに貼り付けていって──。
□
「ふう……」
そして、なんとか支度が終わった。
正直、三枚も貼るのは面倒くさかった。一枚でいいんじゃないかな、って思ったけれど、それでも彰人はとうへんぼく、ってやつらしいと友達から聞いたから、とりあえず天井に三枚貼り付けてみた。
『ここはえっちしないと出れない部屋です』
『マジでえっちしないと出れない部屋です』
『絶対にえっちしないと出れない部屋です』
ここまで貼っておけば、彰人が起きても無視はできないだろうし、私を起こしてくれるだろう、という予測が立つ。
ちなみに計画についてはこうだ。
一、彰人が目を覚ます。
二、彰人が紙に気づいて私を起こす。
三、私が起きる。
四、私がドアを開けられないふりをする。
五、私と彰人が結ばれるぅ……。
「へへ、へへへへへ……」
やばい、めちゃくちゃ簡単に彰人と結ばれそうでにやにやしちゃう。なんか無意識に声とか出ちゃってました。
とりあえず、彰人が紙を見るまでは起こされても無視しなきゃいけない。……でもなぁ、彰人は鈍感っていう人らしいから、それでも気づかずにそのままドアへと進みそうだしなぁ……。
『そういう時は、力づくで止めちゃえばいいんだよ!』
私がそう悩んでいると、いつも学校でお話している友子ちゃんがそう言っていたことを思い出す。
そっか、力づくで止めて、それから紙に気づいてもらえればそれでいいんだ! それで、それで私が起きて、ドアが開けられないふりをしてぇ……。
「えへ、えへへぇ……」
もうニヤニヤが止まらない。
私はそうして、早速彰人のベッドにもたれながら眠るふりをすることにした──。
そうして朱里ちゃんは正座を二時間くらい続けて無事脱出(敗北)されましたとさ。
次回、幼馴染妹現る?! デュ〇ルスタ〇バイ!




