第八部屋 ただただ普通に出たくない部屋⑥
◇
「──朱里は、俺と、……その」
「う、うぅ……?」
口ごもってしまう俺に、朱里は震えた声を返しながら首を傾げた。
朱里にきちんと聞かなければいけないことがあるのに、それでも健全に生きている彼女に対して、本当にこの話を持ち出していいのかを迷ってしまう。
いや、健全という割にはだいぶとやらかしてますけどね? 恋人でもない男の部屋に飛び込んで、いきなり『えっちしないと出れない部屋』とか言い出して、その上でああだこうだと俺に行為をせがんでいる様は、どうしたって不健全に見える部分はありますけどね。
でも、それでも朱里は俺のような邪な気持ちを持つことはない。昨日だってそうだった、えっちというものはハグを意味していると言葉で並べて、そして今日も第二のえっちとはお風呂だと語っている。……FUROだからFだろという気持ちはさておき、それでも彼女に淫らな欲望なんて見えてはこない。……そうか? そうかな? ……まあそうなんだろうな。
だって、朱里には性欲が感じられない。……まあ、俺は他の人と関わっていないし、女子との関わりなんて無縁を通りこすレベルでないから、性欲のある人間というものを見たことはないんだけれど、それでも、それでもだ。
きっと、今日だってお風呂に突入してきたことにも理由がある。俺が想像するような不健全な事柄とは異なって、ただただ健全に俺とお風呂が入りたかったのかもしれない。知識がないせいだ、という風に言うこともできるけれど、知識がなくたって邪な気持ちの一つを覚えていれば、おそらく裸で突貫してくるだろう。
朱里には邪な気持ちはない。健全に、あくまで健全に俺と関わろうとしているのだ。そんな健全なえっちというものを朱里は望んでいるに違いないのだ。
「……えっち、したいのか?」
だから、聞いてみる。率直に。そこに邪な気持ちは一切入れず、素直に彼女の捉えているものに便乗して。
「ひぇ?! イ、イヤ?! ベベベベベツニソウイウコトハナイデスゾ!!──」
「──ごめん、真面目な話なんだ」
俺は湯船の中で彼女を抱きしめながら耳元でささやく。「ふぁ、ふわぁっ?!」と朱里は声を漏らしているけれど、それさえも今はどうでもいい。
「ここ最近、俺とえっちしたいかのようにしてるだろ。俺の部屋に忍び込んで、勝手に書き初め用紙を貼り付けて、それで俺のベッドの上でもたれたり、添い寝をしていたり。そして、今日だってそうだ。第二……? だっけ? その第二のえっちをするために、恥ずかしいのにお風呂に入ってきてるだろ?」
「はわ、はわわぁ……」
俺の腕の中にいる朱里は、声にならない音を出しながらその背中を震わせている。顔はもう茹でられたタコみたいに真っ赤で、その赤さで熱が俺の腕にも伝わりそうな感覚。お風呂はそんなに熱くないのに、それでもそんな感じがする。
「……どうなんだ?」
「ひゃ、ひゃい……。あ、あ、あきととぉ、え、えっち、したい、でしゅ……」
「────」
──待て、待つんだ俺の息子よ。俺のサムシングよ。今のめちゃくちゃとろけている朱里の声とそのセリフに反応をするんじゃない! だめ! 今真面目な話! 朱里もそういうえっちな意味でえっちしたいって言ってるわけじゃないの! わかってるでしょ?!
や、やばい。今のは破壊力が強すぎる。よくない、教育に悪すぎる。あわよくば録音録画をすべて済ませたい気持ちに駆られる、あれ、手持ちの携帯電話はどこに置いたっけな。防水じゃないけどこの瞬間が撮れるならいっか──じゃなくて、俺! きちんと理性を保つんだよォ!
こ、こういうときは──、──南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……、だ、だめだこれじゃ……。……ええと、お父さんの顔、お母さんの顔、知らん近所のおばさんの顔、おかまの顔、ゴリラの顔、そしてそして──。
「……ふぅ」
「……ふ、ふぅ?」
「いや、なんでもない、……です」
危ねぇ。本当に危なかった。俺は朱里を健全に抱きしめているだけなのに、それが一気に不健全になるところだった。ただでさえ背面座位なのによくないよ本当に。
ええと、それで何の話だっけ。えっと、ええと……、ああ、そうだ、思い出した。朱里は俺とえっちがしたいんだった──いや、これシンプルに考えたら身体の一部に悪すぎるから言い換えよう。うん、えっと、あれ、あれだ、朱里は俺とハードボイルドしたいってことだよな、うん、そうだ、とりあえずそう言うことにしておこう。
「……なんで朱里は、俺とハードボイルドがしたいんだ?」
「……へ? は、はーどぼいるど?」
「ごめん、間違えた……」
冷静に、冷静にだよ俺。冷静に、きちんと──。
「なんで朱里は、俺とそんなにえっちをしたがるんだ?」
そして、ようやく聞いた。紆余曲折、山あり谷あり、山しか立っていないんですけれど、それはさておきようやく聞いた。
「ふぇ?」と朱里は声を漏らして、それから俯くようにした。
朱里のうなじがよく見える……、とてもビューティフォー……、──なんて、そんなことは思ってません。断じて思っていない、思っていないんだから!
「……え、ええとぉ」
「うん……」
「しょ、しょのぉ……」
「……うん」
「あ、あきとのことがぁ──」
「──ごめん、そこでストップして」
「──え、あ、はい……」
今ので完全に素面に戻った。空気感を理解したとでも言うべきだろうか。朱里がそこから紡ぐであろう言葉に憶測がたった。だからこそ、それ以上に言わせることはしなかった。
──今の、完全に告白に繋がる寸前でしたよね? え、完全にそうでしたよね? 俺の思い込みじゃないよね?
そして、今のが告白に繋がる言葉だとするのであれば、それを彼女から言わせるのは嫌だ。
俺がきちんと朱里に向き直って、それで俺から告白したい。だから、止めてしまった。
「……でもさ?」と俺は話題を転換するように言葉を吐く。
「今日で第二のえっちってことなら、今度は第三のえっちって風につながるだろ? そしたら、お風呂に一緒に入る、ということよりももっと大変なことになるかもしれないんだぞ?」
一応、直接的な言葉を選ぶことはしなかったけれど、それでもなんとなく彼女には伝わるように声を出した。
「朱里、俺とお風呂に入るだけでも恥ずかしいだろ? わかるよ、幼馴染だし、俺だって裸で恥ずかしいし。でも、でもな? もし、これ以上、更にえっちをするってなったら、もっと恥ずかしいことをしなくちゃいけなくなるんだぞ?──」
「──べつに、いいもん」
「────」
「──わたし、あきととえっちが……、したい、……もん」
「────」
腕の中にいる彼女の身体がとても熱い。お風呂の温度よりも高くに感じる彼女の肌を、俺は強く抱きしめたくなった。というか強く抱きしめてしまえよ、と囁く悪魔の心と、もういっそのことこのままヤッちまえよ、と誘惑してくる大魔王様がいる。おい、天使はどこだよ。
──けれど、それ以上に強く抱きしめることはできなかった。
「────ぷくぷくぷく……」
「……え? あ、朱里?」
──いつの間にか、彼女は俯いていて、そうして顔の全部をお湯につけて沈んでいる。いや、沈んでいるというか、顔だけを水で塞いでいるというかなんというか、ともかくとしてそんな──。
「って、そんな場合じゃないッ」
俺は朱里の顔を起こしてやって、それから沈もうとしている彼女の身体を引き起こす。
……すごく顔は真っ赤だし、目を瞑っているけれど、単にのぼせただけっぽい。呼吸はしているし、大丈夫。……俺は裸だけど、今の朱里には見えていないからセーフ。うん、大丈夫大丈夫。
とりあえず、朱里の気持ちは聞けた。もう、ほぼ確信というか、もう核心と言ってもいいくらいのものを感じられた。
だから、ここからは俺が行動をするしかない。
朱里からではなく、俺から。
きちんと、朱里に俺の気持ちが伝わるように。それがきちんと彼女に通じるように。
そして、正しい『えっち』というものが教えられるように。
──俺が、第三のえっちというものを、本物のえっちというものを見せてやりますよ。
俺は心の中でそう思いながら、一旦、朱里であったり自分のことであったりの後始末をすることにした。
今回は内訳ありません!
次回からは最後の部屋「主人公VSえっちしないと出られない部屋(with幼馴染)」です! お楽しみに!




