第八部屋 ただただ普通に出たくない部屋③
◇
「……家族、家族かぁ」
シャワー室に入る手前の洗面台、俺は鏡を見つめながら改めて朱里の言葉について考えてしまう。
いや、なんとなくわかっていたような気がした。幼い頃から、本当に子供の時からずっと一緒に過ごしてきた朱里だからこそ、俺のことを家族としてしか見れていないんだろうな、ってそういう実感があった。
あまりにも朱里は距離感が近すぎる。近すぎるせいで、それがもう異性とかどうとかそういう話にまとまることはない。
朱里にとって、俺はきっと藍里ちゃんと同じくらいの兄弟的な立ち位置でしか見られてなくって、それ以上のものになりはしない。そもそも朱里が恋愛的な意味で人を好きになる、というところを想像することが俺にはできない。
「……一方通行かな」
そう思うと、すごく寂しくなる。
正直、どれだけ俺がふざけて朱里と関わっていたとしても、彼女のことを好きだという気持ちにおふざけはない。本当に彼女が大好きで、彼女の隣にいなければいけないのは俺だけでしかない、とそういった独占欲を抱えてしまうほどには、俺にとっては朱里は唯一でしかなく、誰にも譲りたくない人なのだ。
でも、朱里にとっては兄弟感覚、家族感覚。友人以上ではあるんだろうけれど、それが恋のベクトルで指されることはなく、親愛に近い気持ちでしか俺のことを見られないのだろう。
『あ、彰人は、……家族みたいなもんだし』
……やばい、ちょっと思い出すだけで涙が出そう。
どういう理由で皿洗いなり掃除をさせたくなかったのかはわからないけれど、それはそれとしてあの言い訳としてはきっと彼女の本音が混じっているのだと思う。そうじゃなきゃ咄嗟に言葉なんて出てこないもんね。しかも、演技が上手くない朱里だもんね、そんな彼女がナチュラルに『家族みたいなもんだし』って言ってきたんだもんな。そりゃそうですよねぇ。
「……はあ」
すげー寂しい。
やっぱりこれは片想いでしかないのだろうと思ってしまう。
ここ最近は朱里が異性的な関わりを増やしてくれていたおかげで、どこか脈があるのではないか、とそう思っていたけれど、実際にはいつも通り何かしらの漫画に影響を受けていただけでしかないだろうし、やはり朱里に恋心があるとしても、そこに俺が映ることはないのだろうと思う。
いや、俺も俺で奥手すぎたりした。奥手に言い訳をかまして、朱里がいろいろと物事を深く考えられるようになって、知識と知恵が身についてから大人な雰囲気を纏うまでは告白しないでおこう、と予防線を張りまくっていた。
だって、そうしないと撃沈するのは明らかだったから。
ここまでさんざんふざけ倒すようにしていたのも、彼女と一緒に過ごす時間が楽しかったから。ようやく幼馴染という枠を彼女と抜け出せるように思っていたから。
けれど、それにしては先ほどの朱里の言葉は、俺にとってあまりにも残酷なものでしかなかった。
「……風呂、入るか」
なんで俺、もう裸なのに鏡で自分を見つめ続けているんだろう。そういうのは少女漫画のイケメンとか、もしくはライトノベル系統のハーレム主人公くらいにしか許されないだろ、常識的に考えて。
ま、とりあえず過ぎたことはしょうがない。さっさと風呂に入ってしまおう。
◇
「はー、ぬくいぬくいぃ……」
これでもかってほどに身体をしつこく洗い流した後、朱里の言葉通りに熱すぎないお風呂の中に身を浸からせていただいて息を吐いた。
お湯加減、とてもちょうどいい。熱いお風呂が苦手だから、いまいち銭湯とかもいけないんだよね。まあ行く友達もいないし、家に風呂がある以上外に出ることもないんだけれど。
ただ、朱里の家のお風呂、というか浴槽については結構大きい。確か前に朱里から聞いたことではあるんだけれど、朱里のお義父さ──、じゃなくて、朱里のお父さんが家を建築する際に風呂だけはめちゃくちゃこだわったらしくて、その結果が広い浴槽、という風になっている。
『大の字になれない風呂は風呂じゃないんだー! ってお父さんが言ってたんだよねー!』
そんなことを小学生の時とかに聞いたような気がする。当時は、へー、とか、ふーん、とかしか返した記憶はないけれど、実際に入ってみるとその浴槽への広さのこだわりは確かに伝わるし、そして身体をおおっぴらに開くことのできるこのサイズ感は確かに心地がいい。俺も朱里と結婚なんかをして家を建てるときには浴槽広めの一軒家を作りたいもんだよね。……作りたい、作りたいなぁ。はは、まずその前に結婚か。……結婚かぁ。
「……うぅ」
やべぇ、おふろあったかいのにこころさむい、さむいでござるよ……。い、いや、まだ全然朱里については諦めてないし、なんとかこのお泊まり会の間で大きく進展できればいいなってそう思ってますけどね、ただあまりにも大きな壁に直面したなって実感が強くて、うう……。
……うん。でも、そうだな。
いつまでも言い訳を重ねていたって仕方がないし、そうして行動をしないままではずっと答えはわからないままだ。もしかしたら『家族みたいなもんだし』っていう発言には、兄弟という感覚以上に恋人で新婚さん、っていうそれも含まれている可能性だって大いにあるわけでして、その真偽を確かめるためには行動するしかないんですよ。
──だから、今週中にはっきりする。これ以上、もやもやするのはやめだ。
いいよもう、俺もなりふり構ってらんない。
俺は朱里と結ばれたい。朱里とお付き合いして一生を添い遂げたい。というか朱里がずっと隣にいないと嫌だ。他の誰かが朱里のそばにいるのが嫌だ。それが男でも女であっても関係ない。俺だけが朱里のそばにいたい。
そのためには、まずどうすればいいか。
……とりあえずデートでもするか。そうだな、明日休みだし、いろいろとお出かけするのも悪くはないよな──。
──ガラガラガラッ。
俺がそんな未来への展望のために思考を働かせていると、風呂の戸が開閉する音が聞こえてくる。
「──えっ」
風呂場以外から流れてくる風の冷たさ、それは確実に戸が開いたことを示していて、俺はそちらに目を奪われていく。
そして、そこには──。
「──ひゅ、ひゅー……」
……なんか過呼吸気味な呼吸を繰り返しながら頬を赤く染めている朱里の姿が、そこにはあった。……中学生の時のスクール水着を着用して。
だんだんと終わりそうな空気が出てきましたねぇ……。皆様も楽しんでいただけているでしょうか。楽しんでいただけてるのなら幸いです。
あと十数話ほどですが、それまでの期間よろしくお願いいたします!




