第八部屋 ただただ普通に出たくない部屋②
◇
「ご飯できたよー、……ってなに撮ってたの?」
そうして朱里にカメラを向けたまま可愛い姿を収めていると、調理を終えたらしく声をかけてくる。俺は咄嗟に「え? い、いや? 自撮リダガ?」と誤魔化してみるけれど「えー? その割にはなんか変だよー?」と揶揄うように笑う。
「もしかしてー、また私を撮ってたりー?」
「(ば、バカ言えよ! 誰がお前みたいなちんちくりんを動画に収めようとするもんか──)──あまりにも新婚さんみたいで嬉しくて撮っちまったよ……」
「し、しんこんさん……」
やばい、勢い余って思わず本音と建前が逆になっちゃった。
でもそれはそれとして俺の言葉に動揺したのか、頬を赤く染める朱里の姿。え、めちゃくちゃかわいい。
俺はポケットにしまった携帯を改めて取り出して、そんな可愛い様子も画角に収めてみる。うん、これはしょうがないことなんだ、何がしょうがないのかわからないけれど、きっとそうに違いないんだ。
「う、うぅ……、ご、ご飯だよぉ……」
「そうだな、ご飯だな!」
ずっと照れ続けている彼女がたまらなく可愛いです、マジで。
これでまだ付き合っていないとかまじですか。おかしいよこの世界。さっさと付き合っちまえよ。……いや、告白していない俺が悪い話ではあるんですけどね。だってまだ朱里、幼児みたいな価値観してるし……。
というかこれあれじゃね? これが新婚生活だと仮定するのならば『お風呂にする? ご飯にする? それとも、あ・か・り?』とかそういうパターンがあってもいいんじゃないですかね?!
うひょー! 想像でしかあり得ないけれど、そういう意味では「ご、ご飯だよぉ」と照れている彼女がその身体を俺に差し出すというように捉えることもできるのでは──。
「も、もぉう! カメラはおしまい! さっさとご飯食べて!」
「──あ、お、おっす!!」
おっといけないけない。ちょっと理性を抑えることができなくなりそうだったぜ。ただでさえここ最近生殺しみたいな生活を送らされているんだ、これはしかたのないことなんだ。そう、しかたのないことなんです。
俺は少し頬を膨らませて怒っている朱里に「悪い悪い」と軽く謝りながら食卓につく。
……うん。これがいつまでも、ずっと続けばいいな。というか、続けるようにする。
高校を卒業しても、大学に行っても、働いても。すぐそばに朱里がいる生活にしたいよ俺。
そんな密かな願いを心のうちに固めながら、そうして並べられている食事を俺たちは一緒に食べることにした。
◇
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまです」
互いに手を合わせて、そうして食事が終わった合図を声に出す。
朱里が作ってくれた今日の夕食はカレーで、彼女の舌に合わせたような甘口のものだった。俺としては辛い方が好きなんだけれど、それでも甘口も甘口でいいなぁ、と思わされるほどに朱里のカレーは美味しかった。
「じゃ、せっかく朱里が作ってくれたことだし、俺が片付けてもいいかな?」
流石にここまでおんぶにだっこ(という言葉が正しいのかはわからないけれど)の状況では申し訳なさが生まれてしまう。ただでさえいつか結婚することがあるとするのならば、持ちつ持たれつな関係を作りたいわけで、そういった意味で一方的に何かをしてもらうだけ、というのはよろしくない。
俺がそう言いながら立ち上がると朱里は「え、だいじょうぶだよ! 私がぜんぶやるから!」と返してくる。
「ふっ、任せな。これでも俺は皿洗いの神と呼ばれた男、容易く綺麗にさっぱりと仕上げてやるさ──」
「──だ、だめ! わたし! わたしがやる!」
「それこそだめだ! 俺がやる、絶対に俺がやる! だ、だから、そ、そのぉ……。あ、あれだ。──先にシャワー浴びてこいよ」
めちゃくちゃねっとりしたボイスを意識しながら、なんとか朱里にそう声を出してみる。いや、普通に彼女が風呂へと入っている間に、俺ができることをしておこうってだけの話でしかないんですけどね? ほ、本当だよ? 他意なんてナイヨ?
「──それこそだめー! ぜ、絶対に彰人からシャワー……、じゃなくってお風呂入って!」
「え、えぇ? そんなに俺の皿洗いの腕が信用できないと申すでござるかぁ……?」
「ち、違うけど! あ、あれなの、このおうちのお皿、朱里の家族以外が触ったら爆発……しさん? ってやつになっちゃうの!」
「俺さっき食べるときに触ったじゃん……」
「あ、彰人は、……家族みたいなもんだし」
「──うぐぅっ」
──やばい、ダブルパンチがきた。
一瞬だけ新婚さん気分を味わっている上で、「私たちはもう家族だからね、結婚したから!」という意味合いと「私たちはもう家族だからね、彰人のこと、異性として見れないんだ!」という意味合いでダブって聞こえてきた。……いや、それだったら俺が洗ってもいいじゃんか。
というかそんなお皿があってたまるかよ。どういうところに防犯システムを登録してやがるお皿じゃい。
「そ、そんなに俺が皿を洗うのが嫌か……」
「違うけど! あの、お、お風呂も沸かしてるし、あれなの! 私は後風呂ってやつが好きなの! ぬるま湯くらいがちょうどいいの!」
「そ、それだったら俺も熱いのは苦手だし、少し冷ましてもらって入ってもらっても──」
「──だめ! 絶対にだめぇ! はい! もう彰人はお風呂に入らなければいけないの!! バイキンまみれだし! ばかだし! あほだし! とーへんぼくなんだからぁ!!」
「えぇ……」
そんなに俺、異性として見られてないのかな……、というかこいつの価値観の中にそもそも異性との恋愛とかっていう概念があるのかわからない。……それとも皿洗いについて全く信用されてないのかな。
そりゃあされてないよなぁ……。朝だって結局手伝えてなかったし……。昨日だって二の腕ぷにぷにしたこと、全く気にしていなかったし……。普通、男からボディタッチを受けたら何かしら嫌がる反応をするもんだよなぁ……。
つまり俺は、朱里から異性として見られていないし、家事の腕についても全般信用されていない、と。
……これも普段の振る舞いってやつなのかな。
「……はぁぃ」
俺は項垂れながら、リビングに置いていた宿泊セットを持って、しなしなとしながらお風呂の方へと歩みを進めていく。
ダブルパンチどころかトリプルパンチ、なんならノックアウトって感じですよ。
俺の新婚生活の夢ェ……。
そんな深い悲しみを抱きながら、俺はとりあえず朱里の言う通りにお風呂に入ることにしましたとさ……。
彰人くん、魔が差すタイプというよりは、タイミングで魔が引っ込んでるくらいに理性が常時変だな。
それはさておき字下げ機能使わせていただきます! ありがとうございます!




