第八部屋 ただただ普通に出たくない部屋①
◇
「……」
これは、いったいどういう状況なのでしょうか。
「ふふふんふーん♪」
鼻歌が聞こえる方に視線を向ければ、学生服の上にエプロンを羽織って、そうして俺たちの夕食を作ってくれている朱里の姿。その姿はさながら学生結婚をした新婚さんみたいな感じで、見ているだけでめちゃくちゃ喜びや幸せにあふれてしまう。いや、この前までは俺の家で毎日そんな風景を見ていたような気がするけれど、ここが自分の家ではないという部分、そしてあまりお邪魔したことがない(藍里ちゃんが怖くてなかなか上がれない)お家にお邪魔をして、そうしてくつろいでいるこの感じ。
これ、夢だよね。そうだ、これは夢なんだ。
え、だってこれ夢じゃないとおかしいよ。すっげー幸せなんだもん。
なんかすごく新婚さんみたいな雰囲気じゃないか。いや、まあ? 朱里は夏服の学生服を着こんでいて、その上にエプロンを羽織っているだけでしかないんだけれど、それでもなんだかさぁ、こういうのってラブラブの新婚さんとしか言いようがないじゃないですか。あわよくば裸エプロンでそのまま朱里をいただき──いや、だめ、裸エプロンで調理したら油跳ねとかで火傷するからだめ、だめですよ──じゃなくって、うん。これは夢だ、夢に違いないんだ。
俺は今幼馴染である朱里の家にお邪魔をしている。彼女に言われた通りに寝るときに使っている服とか歯磨きとか、軽く宿泊セットを家から持ち運んで、そうして今はリビングでくつろいでいる。そしてそんなリビングには台所から鼻歌を奏でる朱里の声が聞こえるわけで。
……やべ、テレビに全然集中できない。隙あらば朱里の姿を眺めたくなる。こんな貴重な機会に比べればテレビなんて正直どうでもいい。ぶっちゃけカメラ類を仕掛けていいのなら、目の前にある光景を色々な角度からとって永久保存してしまいたい気分。それくらい幸せ。
……というか、本当にご両親も藍里ちゃんもいないんだな。
朱里の家にお邪魔をして実感したのはそのような感覚。いや、正確に言えば藍里ちゃんは直前までいたのだけれど、宿泊セットを持ち合わせて朱里の家に上がった際に、爆速で大きな荷物を抱えてどこかに消えていった。何一つとして会話もなしに。
え、いいの? いいんすか? って藍里ちゃんに聞いておけばよかったな、と心底後悔してる。
だって、だってお泊まりですよ!? 二人きりでお泊まりですよ?! ここはセオリーとして邪魔者がいて然るべきじゃないですか。何かしらいい雰囲気が出来上がったところで邪魔をしてくる役割の人がいて当然みたいなところがありません?!
まあ、朱里からは事前に家族は全員出かけることを聞いてはいたけれど、それでもいまいち現実感は湧かない。てっきり藍里ちゃんだけは家に残って、そうして俺のことを色々と排除するための画策を練っていると思っていたから、それが現実じゃないことが信じられない。……いや、俺藍里ちゃん疑いすぎだろ。きっと祝福してくれてるんだよな、そうだ、そうに違いない。
というわけでお泊まりが確定しているそんな夕方である。朱里の家族は火曜日までは帰ってこないらしい。
そして明日からは土曜日で週末。つまりはお休み。そしてお休みの中で男女二人が一夜と言わず、二日三日と宿を共にする。
──え、こんなん勝ち確定フラグまっしぐらじゃないですか。
一緒のご飯を食べて、一緒にテレビを見て、一緒に課題を済ませたりして、一緒にお風呂に入って──、いやこれは過激すぎるからなしだな。……でも、それはそれとしてお風呂に入ったんだろうなとわかるくらいに朱里の髪が濡れそぼっていたりして、俺がそれをドライヤーで乾かしてあげて、頭を撫でたりしていい空気が出来上がって、そうして一緒の部屋でベッドと布団を敷いて寝て、それから更に恋の話とかに発展して、最終的には流れで、……的な?
いや、ある。これはある。あるぞ間違いなく。昨日はえっちしないと出れない部屋なのに、えっちせずとも出れてしまった悲しみ、そして悔しさがあったけれど、それでも今日はなんかえっちができそうな気がする。しかも朱里が思っているようなえっちではなく、完全に変態行為という意味でのえっちが。
はい、みなさん。今までありがとうございました。これにて最終回を迎えることになります。いやあ、こうしてね、朱里と結ばれることができて俺は何よりですよ。今後も彼女のことを幸せに──。
──いやいやだめだ。流れでなにヤろうとしているんだ俺は。
違う違う。俺と朱里が結ばれるときは観覧車の中とかで一番上にあがったときくらいに、夕焼けの景色を眺めながらロマンチックに告白するっていう風に相場が決まってるんだよ。それを流れでヤろうとしちゃあかんですよ理性くんよ。
うん、まあ、でも何かしらの進展はあるかもしれないよね。……あるよね? ないと困るんだけど。あってしかるべきだと思うんですけど。
……でも。
「──ふふふふーん♪ ふーんふふーん♪」
──こいつアホだしなぁ……。
期待するだけ無駄ですよね。わかってます。こういうのって期待した方が負けなんですよ。
だから俺は大人になります。いろいろな意味で。大人になって、期待をしない人間になります。ええ、失望とかしたくないんで。
俺はそうして鼻歌を奏でて調理をしている新婚の朱里のエプロン姿をカメラで隠し撮りしながら、彼女が料理を作り終える時間を待つことにした。
彰人くん、また理性が暴走しかけてる……。




