第七部屋 何もない一日、からの……⑤
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結局、朱里の発言が気にかかりまくってしまうことで、その日の授業に集中することはできなかった。……いや、もともと授業に集中できるようなタイプじゃないし、いつもシャーペンの芯を逆側から挿しこむ遊びしかしていないから普段通りと言えば普段通りではあるんだけれど、それはそれとしていろいろなことに身が入らなかった。
朱里が作ってくれた昼食をぼっちで喰らい、それからもずっと呆然としながら授業に取り組む。なんか課題とかあったような気がするけれど、メモに書き留めるのを忘れてしまったからもう知らない。いいや、後で朱里に聞けばなんとかなるだろう。そんな気持ちで放課後に起こることを予測しながら時間を過ごしていった。
そうして生徒を解放する放課後のチャイムが鳴り響く。各々が鬱憤を晴らすような溜め息をついて、それからそれぞれが自分の時間を過ごしていく。
俺もそろそろ帰らなければいけない。そう思って荷物の支度をするはするけれど……。
(このまま朱里についていったら生き埋めなんだよな……)
日中、何とか朱里の発言を理解しようと試行錯誤、いや思考錯誤を繰り返していたのだけれども、その結論としては俺が何かしらを朱里に対してやらかした結果、彼女がお怒りである、ということくらいしか見当はつかなかった。
思い当たる節を考えてみれば、あるような気もするし、ないような気もする。ちなみにほとんど昨日の二の腕のことしか頭にない。それ以外に思い当たる節を強いて挙げるのであれば、朱里の妹である藍里ちゃんとのいざこざというか、勝手な勘違いくらいだろうか。
でも、今朝の彼女の雰囲気を思うに藍里ちゃんの件では怒ってなさそう。そうであるのなら、自ずと行きつくのは二の腕の件になってしまう。
とりあえず開口一番は謝罪で行こう。それ以外で口を開いた瞬間にチャカを持ち出されてコメカミに銃弾をあてられて地面に埋められる。そのような憂いを抱きながら荷物の支度を終えた。
ちょうどいいタイミングというべきか、荷物の支度を終えた段階で、窓際の席に座っている朱里が俺のところへと駆けてくる。ちょこちょこというか、とことこというか、とてとてというか、まあそんな擬音がつきそうな歩き方で。それもこの上ないくらいの笑顔で。
「あきとー、一緒にかえろー!」
めちゃくちゃ可愛い笑顔で感情が真っ白になりそうなくらいに漂白してくる要素がある彼女。
──でも俺、この後埋められるんですよね?
そう思うと、その笑顔がサイコパスのものに見えて仕方がない。
「……ごめんなさいッ!」
俺はとりあえず彼女にかけるべき言葉を見失わないように気を付けながら、一旦頭を下げてみる。まだ椅子に座ったままだから、そのまま土下座に移行することはできなかったけれど、それでも額をガンッ! と机にぶつけるような勢いで頭を下げた。
「えっ?! 大丈夫!? めちゃくちゃデカい音が鳴ったけど!?」
「大丈夫だ、俺が朱里にしたことを考えれば、こんな痛みなんてかすり傷になってなりやしないさ」
「なんの話!? っていうかごめんってなに、一緒にかえれないの……?」
すごく寂しそうな声をあげる彼女に頭をあげれば、……すごく朗らかな笑顔から切り替わって、本当に悲しみを抱いているような、目に涙を滲ませたような表情を俺に向けてくる。
え、なんでそんな悲しそうな顔をしているんですか──。
「──まさかあいつ、清水さんを泣かせるようなことをしたのか……?」
「──オイオイオイ、殺すわアイツ」
「──だれかー! のこぎり持ってきてくんねー?! んー? いや日曜大工で使うだけー!」
──やべぇ、朱里の様子に気づいたらしい、まだ教室に残っている男子生徒の面々が物騒な言葉を吐き出してるっ!
「いや違う! 違う違う! あの昨日のあれ、あれだよ、あの二の腕めっちゃ触ったことを──」
「──あいつ、清水さんの二の腕触ったんか……、しかもめっちゃ触ったんだ……」
「──オイオイオイ、殺すわアイツ。……ゼッタイニ」
「──ごめーん! あとトンカチもお願いしていいー? んー? だから日曜大工、日曜大工で使うだけだからー!」
「あー、昨日のこと──、……エー? ナンノコトダロウ……、ワタシネムッテタカラナンニモワカンナイ!」
「──しかも寝込み襲ったのかよ、アイツに倫理観はねぇのかよ……」
「──オイオイオイ、オイオイオイ、オイオイオイ……」
「──ドリル! ドリルも頼むわー! あ、半田ごてでもいいよー! うん日曜大工ー」
──やばいやばいやばい。殺される、俺はこいつらに殺される。目の前の朱里からもそうだし、周囲の男子からも絶対に殺される──。
「と、とりあえず早く帰ろう! あ、あ、後で話すから!!」
「え、あ、うんっ! かえろかえろー!」
俺が周囲から命を狙われているとは露知らず、朱里は再び朗らかな笑顔を浮かべて、それからゆっくりと教室を出る。俺もその後に続くように、というかその背中を追い越す勢いで荷物を持って教室を出た。
人間って、こわい……。
「まあ、清水さんが幸せならええか……」とその後のクラスメイトは口々に漏らしましたとさ。




